組織の日常 『休日』
※動物に対する暴力・死亡描写があります。
休日
エルリック・エッジという名前になってから早八年。
今の名前に馴染み、昔の名前を忘れてしまいそうになる。
静かな子供だった。
幼い頃に両親を無くし、母方の祖母に引き取られて育てられてきた。
女手で、しかも若くはない。それでも不自由させまいと働いていたのを俺は幼い頃から気付いていた。
少しでも家計を助けようとジュニアハイの頃から勉強と、アルバイトを両立させていた。
猫を拾って来たときも、怒らずに喜んで迎え入れてくれた。
それで高校を出たらすぐに働こうとしていたのだが、祖母の強い勧めで専門学校に進学した。
もの作りが好きだった彼は、建設の学校に入った。
奨学生となり、成績も上々。
真面目ぶりが功を奏し働き口も見つかりつつあった。
祖母に恩返しができる。
そう思った矢先だった。
祖母は帰らぬ人となった。長年の労苦が、少しずつ彼女を蝕んでいたのだ。
俺は酷く落ち込んだ。
だが、更に悲劇が襲った。
葬儀の夜に、泥棒が入ったのだ。
荒らされた部屋にもショックを受けたが、それ以上に飼っていた猫の姿がみえないことに焦りを覚えた。
嫌な予感がする。Dは喪服のまま、街に飛び出し、自宅からそれほど離れていない路地裏で変わり果てた姿となった猫を見つけた。
辛うじて息はしているが、助からないという事は一目で分かった。
そして、猫のそばにはEとそれほど変わらない少年達がいた。
手に持った角材や、ナイフから猫を虐待した犯人であることは明白だ。
意識が沸騰した。
気を取り戻した時には、路地裏に立っているのは俺一人だった。
腕には息堪えた猫。
そして足元には、殴られ昏倒した少年達が折り重なって倒れていた。
自分の身体も所々怪我をしたが、今は身体よりも心が痛かった。
大切な家族を一度に全て失った。
生きている意味を彼は失った。
裁判は滞りなく行われる予定だった。
弁護士は祖母の古い知り合いで、ほとんど隠居していたほどの高齢者。
判例ではEの死刑は確実だ、でもなんとか助ける。
その弁護士はEを励ますが、今の自分には生死は最早どうでもよかった。
死ぬ意味はないが、生きる意味もない。
身寄りをなくし、唯一の家族であった猫を殺され、何も残っていなかったのだ。
何も考えたくない、何も考えられない。
死ぬのももうどうでも良い。
そう思って裁判でも反論は唱えなかった。
彼は裁判所の廊下で大人達に囲まれた一人の少年とすれ違った。
紅い髪の毛に青い瞳の人形のような綺麗な少年だ。
彼は俺とすれ違う瞬間にこう言ったのだ。
「お前を俺の部下にした」
過去形。
決定事項。
これから死のうという人間に、何を言っているのだろうか。
誰かに強く言われたことが久しくて、その後の裁判ではその少年の事ばかり頭に浮かんだ。
さあ、判決を。
静寂の後に述べられた判決は、驚くべきものだった。
執行猶予付きの、判決だった。
少年達はナイフや凶器を持って、お互いを殺しあった。
俺はたまたまその場を通りかかり、正当防衛で殺してしまったのだと。
俺は驚いた。
何をどうみても、俺が彼らを殺したことに違いないのに、遺族は訴状を変えたのだ。
家に帰って俺を待っていたのはあの子供。
黒いスーツの、堅気ではない男達に囲まれた子供は、こう言ったのだ。
「君に生き場所を与える。」
俺が家族以外に必要とされた、初めてのことだった。
それからの生活は、今までとは全く違った。
銃器と血と殺しと死体と。
噂にだけ聞いていた、巨大犯罪組織クライシス。
俺はその幹部直属の兵士になったのだった。
機械の扱いは得意だったから、銃の扱いにはすぐになれた。
人を殺すことについては、最初は躊躇した。
でも、殺す相手の顔と、俺の猫を殺したやつらの顔が重なってからはそれも無くなった。
ああそうだ。俺の猫を殺した高校生は悪いやつらだったらしい。
盗みに、強盗、暴力、女の子に暴行、やりたい放題をしていた札付きの悪だったそうだ。
それをどうやら、結審前に検事側に示して俺への刑罰が軽減されるように影で取引したらしい。
遺族側がそんなことを納得するのかとも思ったが、冷たいもので、厄介者が払えただけでも良しとするか、とまで言い捨てたらしい。
釈然としない怒り。
俺の家族は殺されて、こんなにも悲しいのにあいつらはなんなんだ。
手を下したのは俺だが、家族が殺されて、平気でいられるなんて。
しかし、死んだやつらの悪事が公表されることになり、遺族達は社会的な制裁を受けることになった。
検事との取引も、この告発も全て俺の新しい上司…ザクト様が仕組んだことだった。
『君の敵は勝手に取らせてもらったよ。僕も、ああいう奴らは辺戸が出るほど嫌いなんだ。』
恐ろしい子供…いや人だった。
そんな人が俺を必要としている。
例え使い捨てでもいい、俺を助け、敵を取ってくれたのだ。
ザクト様についていくと俺は決心した。
それから、年月は流れた。
裏切り者の粛清、対抗組織の殲滅、クライシスパニック、機械都市からの撤退に、帰還。
新しい仲間もできた。
ショウエン。一回り下の女の子。
猫のような鋭い目に、身のこなし。目が離せない。
恋ではないが、頭を撫でたい衝動に駆られることしばしば。
だがそれをすれば彼女の養父と、上司のザクト様に睨まれるだろう。
特に後者は、虫の居所が悪ければ…。
しかし、彼女は本当に似ている。
俺が昔飼っていた、あの黒猫に。
ああ、それと、基本的に自分は動物が好きなのだろう。
「いらっしゃいませ。あ、エッジさん!」
「……こんにちは。」
「いつもの、ですね。すぐに用意しますから、お好きなところにお掛けください。」
世間で言う祝日に休みを取り俺は馴染みの店に赴いた。
この手の店は、休日はすごく混むのだ。
大抵は平日に一人で来るのだが、今回は仕方ない。
最近忙しくて、休み自体取れなかったのだ。
そうして出来た休みに、自然とここに足が向いたのだから仕方ない。
待たなければならないかとも思ったが、お昼時に来たおかげが思っていたよりも客が少なく、席も空いていた。
店の隅に腰を下ろすと、にゃあ、と鳴き声ひとつ。
茶虎の雌猫が擦り寄ってきた。
「猫ちゃんもエッジさんが来るのを待っていたんですよ。」
女性店員が猫用のお菓子を持ってくると、他の猫も一斉に俺のところに寄ってくる。
白猫は俺の右腿に、三毛猫が俺の左腿に。
にゃあにゃあと菓子をせがむ。
喉元を撫でてやればごろごろと鳴らしちらりと俺を見る。
菓子を一欠片与えると満足そうにまた、にゃあと。
撫でては菓子を与える。
肉球を押したり耳を撫でたり。
暫くぶりの動物の感触に夢中になる。
「エッジさん、これサービスです。久々に来ていただいて、猫ちゃん達も喜んでいるので、私からのお礼です。」
目の前の机の上に人用の飲み物が置かれる。
俺がたまにオレンジジュースを注文していたのを覚えていたのだろう。
橙色の液体が透明なタンブラーに満たされている。
「……ありがとう」
厚意は素直に受け取ろう。
俺は猫との戯れを一旦中止して、オレンジジュースに手を伸ばした。
「……あ」
ごく自然に店内に視線を巡らせてみれば、なんと。
「あ」
向こうも俺に気付いたようだ。
膝の上に灰色猫を乗せながらこちらを見て硬直している。
漆黒の髪の毛に、血のように紅い瞳。ややつりあがった目に白い肌。
猫のような雰囲気の少女。
同じ部隊の同僚であり、上司の恋人。
ショウエン様。
「どうしたの?ショウエン?」
ショウエン様の隣には見慣れない少女がいた。
黒い髪の毛、眼鏡の、大人しそうな少女。
俺はその人物がショウエン様の友人の『アデーレ・カミル』であると判断した。
「…お知り合い?」
少女が俺の方を見てそうショウエン様に訪ねる。
ショウエン様は少し混乱しているようだ。
まさか、俺が『猫喫茶』にいるとは思いも寄らなかっただろうし。
「ショウエンさんですね。こんな場所でお会いするとは。お父上は、お元気ですか?」
「あ、はい。元気、です。」
元気も何も、今朝にも顔を会わせているのだが。
助け船を出さないとこの気まずい雰囲気のままだろう。
「彼は、エルリックさん。お父さんの知り合いなの。」
「おじさんの?じゃあ…」
「まあ、そうね。そう思ってくれて構わないわ。でも彼は今日、非番よ。」
どうやらアデーレという少女は、我々が普通の人間ではないと感づいているようだ。
ただ、この前の報告では『ショウエン様のボディガード』であると認識しているとのことだ。
別段、警戒するほどでもないと俺は思っている。
「あの、私、アデーレ・カミルといいます。ショウエンさんのクラスメイトです」
「はじめまして。エルリック・エッジです。ショウエンさんのお父上の同僚です。」
「……猫、お好きなんですか?」
「はい。昔、猫を飼っていて。それで。今は猫、飼えないですから。」
膝の上の白猫を撫でる。
ごろごろと喉を鳴らして身を捩る。
「すごく、なついてますね。」
少女は不思議なものを見るかのように俺と猫を見る。
無理もない。
自分で言うのも難だが俺の外見は厳つい。
愛玩動物とこのように戯れる姿を想像するのは中々無理な話だ。
「よく来ますから」
「でも、動物って、すごく敏感ですし。だから、エルリックさんが優しいって分かっているんですよ。」
俺は驚いて少女を、アデーレの表情を見た。
ごく普通の、取り繕うような笑顔もない。
当たり前の事を言ったのだと言わんばかりの、そんな自然な表情。
「な、何かお気に障りましたか…?」
「…いえ。そう言われたのは初めてでしたから。」
「エルリック、さんは物静かだけど、気が回るってお父さんが言っていたわ。言われるのがはじめて、なんてことはないでしょ?」
「そう、でした。はい、お父上には何かと目を掛けていただいていました。…女性にそういわれるのが、初めてなんです。」
俺はここ暫く使っていなかった顔の筋肉を駆使して『優しい笑顔』を作ってみる。
一瞬表情が強張った二人の表情を見て、やはり慣れないことはするものではないと、深く心に刻んだ。
小一時間ほど猫を堪能して、二人と一緒に猫喫茶を後にする。
小腹が空いていそうな二人を、以前Dさんに教えてもらった喫茶店に連れていく。
落ち着いた雰囲気の店で、老舗の部類に入るだろう。
「なんでも好きなもの、を頼んで。」
ランチと書かれたメニューを渡すと、二人は暫くそれに釘付けになった。
女の子とはいえ食べ盛り。
欲求には素直に従わざるを得ないだろう。
ウェイターが水を運んできた時に二人が告げたのはランチセット。
一番値段の安いものだ。
遠慮しているのだろうか。
「俺はステーキランチ。付け合わせはライス大盛り。あとサイドメニューで…」
分厚いステーキランチにフライドポテトと三種類のソーセージの盛り合わせを注文する。
そしてこっそりと二人に食後のデザートを後で持ってくるように言う。
遠慮して、こちらも頼まなかったようだ。
「今日は、どこに行ったんですか?」
「映画よ。今流行ってるアクションもの。」
「そうです。魔法の、まるで本当に魔法を使っているみたいな…。」
どうやら合成映像の超大作を見に行ったようだ。
魔法の合成映像は、ここ最近流行っていると聞く。
映画が出来始めた直後から、魔法の表現は常に課題となっていた。
まさか実際に行使するわけには行かない。
だが火花や火薬といったものでの表現も限界がある。
そこで生まれたのが、とった画像に絵を着ける技術だと言う。
さながらカトゥーンの様に、最初はまさに『絵』であったが、別の映像との重ね合わせが実現してから映画の迫力は格段に増した。
…とは、図書室のBが言っていたのだが。
ショウエン様が見に行った映画も、この前の休暇にBが見たものだ。
「エルリックさんは映画、お好きですか?」
「いえ、あまり見ないです。嫌いと言うわけではありませんが。同僚が詳しいです。」
自分の人生で娯楽と呼べるのは…もし、動物と触れ合うのがそれだが、それ以外はあまりない。
強いて言えば本を読むくらいだろうか。
あとはCさんやAさんに付き合って酒場に行くくらいか。
「そう、同僚って、誰かしら」
「B…ビルです。ビル・ビザンティ。休みの時は、大抵映画をと言っていましたから。」
Bさんは物静かだ。
元警察組織の狙撃手だったが、貶められて離職。
以後職を転々とし、今に至る。
巨大組織の、殲滅部隊員、組織一のスナイパー。
表向きは、企業の図書室勤務だが。
見た目は、落ち着いている。
知的でもあるが、学がないと彼は言う。
俺と同じく、ハイスクールまでしか出ていないらしい。
「ビルさんは、どんな人?ショウエンは会ったことある?」
「ああ。うん…静かな人、かな。黒い髪の毛で、紫羅人っぽい顔つき。でも映画好きなのか…初めて知った。」
ウェイターが料理を運んできた。
まずは女の子たちへ。
パスタとサラダとスープのセット。
パスタはカルボナーラとアラビアータか。
ついで俺のステーキランチ。サイドメニュー。
早速ステーキにナイフをいれる。
肉汁滴るレアステーキ。旨そうだ。
二人もパスタを口に運ぶ。
美味しい、幸せ、などと年相応の素直な感想。
無論、ショウエン様も。
こうしていると、彼女も十代半ばの普通の少女なのだと錯覚する。
…自分と同じ裏組織の人間などとは思えない。
「よく召し上がるんですね。」
アデーレが突然、俺に言葉を向ける。
少し驚いたが、元より無表情な俺だ。
向こうは気付いていないだろう。
「エルリック、さんはほら体も大きいし。」
ショウエン様も俺の動揺には気付いていない。
「はい。よく食べます。でもサイドメニューは少し多いかもしれませんから、よければお好きに取ってください。」
ソーセージにフォークを伸ばして突き刺すと、パリッ、と良い音が鳴る。
口に運べばじわりと熱い肉汁に香草のよく利いた風味。
その音と香りに二人は興味を示して、やがて遠慮がちではあるが、フォークを伸ばした。
「まさか、Eが猫喫茶にいるとは思わなかった。」
アデーレを自宅に送り届けて俺はショウエン様と二人、ノウエンタワーへの帰路を辿る。
中級住宅地は都市再開発で出来た比較的治安の良い場所、なのだがその周辺地…たとえば今いる旧市街地は場所によってはスラムの面影もあり、治安はそれほど良くはない。
だが鉄道の最寄りが、残念ながら旧市街地の外縁にあるため、こうして歩いて向かっているのだ。
彼女や、自分の身分であればタワーから迎えを寄越すことくらい容易いのだが『一度Eとはゆっくり話したかった』と言われてしまっては逆らえない。
とはいえ、話す内容は俺の出自や好きなものといったことで、さして新しい情報を話すでもない。
…ああでも、そうか。
いわゆる『コミュニケーション』というやつなのだろう、ショウエン様がこうして話しかけてくれているのは。
仲間、とは親しくしておかないと。
『仕事』の際に、相手を信頼できないと安心して色々できないから。
「ショウエン様は、動物お好きですか?」
「ええ、嫌いではないわ。そういえば、昔、タワーで動物を飼っていたと聞いているけど、E、何か知らない?」
「いいえ。たぶん、俺が来るよりも前では?誰から聞いたんです?」
「Dが言っていたの。今日、猫喫茶に行くと言ったら『昔はタワーでも飼っていた』って。」
初耳だ。
タワーで動物…薬品開発機関での実験ならまだしも、飼っていたとなると幹部達の愛玩動物である可能性が高い。
となると…先代か。
「先代総帥かもしれませんね。」
「先代?それって、ザクト様のお父様の?」
「はい。俺は会ったことないんですが、色々持っている人だと。」
物欲支配欲肉欲あらゆる欲望に忠実だったと聞く。
そんな人物なら珍しい動物の一匹や二匹買っていても不思議ではないだろう。
「帰ったらDに詳しく聞いてみようかしら……?」
ふとショウエン様が立ち止まった。
そして脇の路地に視線をやる。
「どうしましたか?」
「何か聞こえる…」
言われ通り耳を済ませる。
街の騒音に掻き消されそうだが、微かに聞こえる。
助けを求める、猫の。
「E!」
考えるよりも先に体が動いた。
暗い路地で、障害物も多い。
身体の大きな自分がつっかえることなく進んでいけたのは潜り抜けた修羅場の賜物か。
声が近付くにつれてはっきりと、しかし弱々しくなる。
建物群に囲まれた、裏路地の交わる少し広い場所に行き着いた。
そこには何人かの、いかにも柄の悪そうな男が屯していて、何かを取り囲むように円陣を組んでいた。
男の一人がこちらを振り向く。
自分と同じくらいだろうか、若い、という印象はない。
「ああん?誰だ、おまえ。」
「何をしている。」
「お前には関係ねえだろ…って、お前、どこかで」
暗闇の中、男は目を凝らして俺の顔を見る。
そして、あ、と驚愕の表情を浮かべた。
「お前は、八年前、そうだ思い出したぞ。おいっ!お前ら!こいつだ!こいつのせいで俺たちはっ!」
俺も彼らが誰であるか思い出す。
そうだ、八年前。
路地裏で俺の。
「こちとら、お前がバラしてくれたせいでまともな生活も出来なくなっちまったんだ!」
「そうだ、高々猫一匹で人を殴り殺しやがって、この人でなしが!」
俺の猫を殺した奴らだ。
「お前達は俺の家を荒らした。俺だけじゃない。他の家や、女に乱暴も働いていたと聞いた。何度もな。人間の感情を踏みにじった、お前達の方こそ人でなしだ。」
俺は冷静に、ポケットの内側から手袋を取り出して装備する。
防刃繊維が織り込まれた戦闘用グローブを。
「うるせえ!でも、ちょうどよかったぜ。いまムシャクシャしていたところだ。お前で気を晴らさせてもらうぜ!」
そう言って男は右手に拳を作ると殴りかかってきた。
狭い路地の中、避けるのは難しい。
体を最小限に捻って避け、繰り出される拳を横から殴り付けて軌道を変えた。
「ぎゃあああああ!」
堅いコンクリートの壁を殴り、男は屈み込んで悶絶する。
押し退けるように男の横をすり抜けて、呆気に取られている男達のそばによった。
「な、なにしやがんだよぉ!」
また一人殴りかかってくる。
今度は多少開けた場所だ。
体を横にずらして、勢いを殺さぬように足を払った。
転がる音と悲鳴。
「て、テメー舐めた真似しやがって!」
ガシャンと、何人かがジャックナイフを取り出す。
残った者も落ちている角材や鉄パイプを拾い上げる。
「先に手を出してきたのはお前達の方だ。挑発もな。」
「この状況でなに言ってんだ?それがどうしたっていうんだよ!」
「凶器を持ち出したんだ。俺が抵抗しても、正当防衛が成り立つと言っているんだ。」
一瞬の間をおいて男達は笑いだした。
「この期に及んで、正当防衛ってか!それはな、生きていたらの話だろうがぁ!死ね!」
一人が脇にナイフを構えて突っ込んでくる。
俺の胸、もしくは腹を狙っての突撃。だが、遅い。
迷うこと無く腕を突き出し掌をナイフに向ける。
相手が一瞬戸惑いを見せた隙にブレードを掴み、上に引き上げる。
いとも簡単に相手の手が離れたのを確認して、空いている方の拳をその男の胸に叩きつけた。
身体の重心である腰付近を中心にそいつはぐるりと回転し硬い地面に後頭部を打ち付けた。
ごん、と鈍い音がして痙攣する。
奪ったナイフを右手に握り直して、残る奴らの方に足を向けた。
鉄パイプを頭上に掲げて、奇声を上げながら突進してくる。
地面を蹴って間合いをつめる。
一瞬動きが止まるのを俺は見逃さない。
ナイフで空に弧を描けば叫び声と僅かな出血。
鉄パイプがカランと音を立てる。
腹に一撃を入れると相手は身体をくの字に折ってもんどうりうった
薄く切られた腕を抱えて男は地面に踞った。
あとは同じ作業。
向かってくる相手にナイフを差し入れて、投げて。黙らせる。
意識は驚くほど覚めている。
数ヶ月前にロメオの拠点を襲撃した時よりもはるかに簡単な作業。
昔の、猫が殺された時は激昂し記憶は残っていない。
あの時の自分であれば記憶が罪悪感になっていただろう。
しかし戦場を何度も超えた今となっていは、肉を断つ感触も骨を砕く音も自分には何の感情も齎さない。
相手が文字通り、人間の屑だからだろう。
「た、たすけてくれ…!」
「……」
抵抗をやめて懇願するものが漸く出てきた。
といっても、最後の一人だったが。
他のものは懇願をする間も与えずに自分が叩きのめしていたということに気が付く。
「何なんだよ、お前!アニキと知り合いみたいだし、お、お前も俺たちと一緒なんだろ!?」
「一緒?何のことだ?」
「お前も職がなくてむしゃくしゃしてんだろ!だから、自分と同じ立場のやつをなぶっているんだろ!」
俺は喚く男を無視して、男たちが群がっていた辺りを見る。
目を背けたくなる光景。
あの時と同じだ。
猫が。
「お前たちと一緒にするな。抵抗もできない、弱いものを嬲るような非道なお前たちと。」
俺は拳を握りしめた。
「E!急に走って行くから心配したんだぞ!…それは?」
「猫です。まだ息があります。治療すれば助かるでしょう。」
奴らが嬲っていた猫はまだ息をしていた。
殴られて気を失っていたようだが、内臓をやられていたら厄介だ。
ジャケットにくるんで持ってきたが、早く医者に見せたかった。
路地から出る最中にタワーから迎えを寄越すように端末で連絡をしたから、ものの十分ほどでここに着くだろう。
「猫の声、だったんだ。」
「…最初に気が付いたのは、ショウエン様でしたね。」
ショウエンさんは包まれた猫を心配そうに覗きこむ。
子猫と成猫の間くらいの若い猫だ。
ガリガリに痩せて、毛並みも汚い。
野良猫はこの町には掃いて捨てるほどいるが、見つけた以上見殺しには出来なかった。
ましてや『あんな状況』だったのだから。
「助けてって聞こえたような気がしたんだ。Eにも聞こえたんだな。…助かるかな、この子。」
「助けます」
今度は、という言葉を俺は飲み込んだ。
END
Eはザクトが勧誘しました。
ショウエンの村が襲われる直前ぐらいに参入しています。
ちなみに、ショウエンを助けた時、ザクトは十四歳、Eは二十歳前です。
次は、少し過去に戻って、ガラスの部下・Xの話になります。




