組織の日常 『闇に生きる』
闇に生きる
「ええ、これで今回の新作は全てです。ディスプレイをしっかりお願いしますわ。」
ギガ中心部に程近い巨大ショッピングモールのとある一角。高級ブティックエリアのある店の事務室で豪華な金髪のグラマラスな美女が紙箱に入った服を卓上に並べる。
女性の言葉通り、この店で来週から展示する新作ファッションだ。
女性はこのブティックの社長で、名前はフィーナ・ノウエンという。
ブティックの母体企業であるノウエンコーポレーションの社長秘書でもある。
本来なら、こうした新作を運ぶ仕事など下に任せれば良いのだが、彼女は店の偵察もかねて毎回自ら運んでいるのだ。
勿論、ボディガードもつけて。
「今回はここで終わりよね、ヴァンフリーデ」
「はい。すでに全店舗巡回済みです。」
ボディガードのヴァンフリーデ。
黒い髪の毛を肩口で切った、細身でやや背の高い女性。
声は落ち着いていて感情はうかがえない。
組織ではただ『W』とだけ呼ばれているのだが、こうした『表の場』では偽名で呼ばれる。
ヴァンフリーデ・ヴェルヘルムス。
それが彼女『W』に与えられた仮の名前。
本名など彼女にはなかった。裏組織の誰かの子供、生まれ出でたときから彼女は日の当たらない場所に居続けて、所属が変わる度に名前が変わる。
名前がなかった時期さえある。
「少しお腹が空いたわ。確かモールの中にカフェがあったわね。そこでなにか食べましょう、ヴァンフリーデ。」
「了解しました。しかし、そのような不特定多数の人間が屯する場所では身の安全を保証しかねます。せめて、ガードマンがいるレストランを推奨します。」
淡々と意見を述べるWにフィーナは笑みを一つ。
「そんなに心配しなくても、モール内だもの。そんなに物騒な人はきっといないわ。」
しかしフィーナの言葉も虚しく、店内にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
素早く反応したWはフィーナの傍に寄り、懐に手を差し入れる。
指先には護身用の短銃。
ブティックの店長は慌てて内線電話の受話器を持ち上げ、どこかにダイヤルを繋ぐ。
「こちらブティックノウエン。このサイレンは何事ですか?…え?強盗!?」
「強盗ですって!」
「どこに強盗が…はい…はい。わかりました、シャッターを閉めて、警察が来るまで出ないようにします!…社長、大変です。二階下の宝石街に複数の強盗が現れたそうです。今人質を取って立て籠っているらしいです。」
「モール街で強盗なんて…」
「こんなこと初めてです!しかも、社長がいるときになんて…」
店長は見ているほうが気の毒なくらい縮み上がり、顔を伏せている。
「あなたのせいじゃなくてよ。気にしないでちょうだいな。それよりも、強盗はこっちにきたりしないかしら?」
「立て籠っているのなら、移動してくる可能性は低いでしょう。それにこの店舗には防火シャッターがあります。耐久性もありますし、それを下ろして事件が解決するまで待つのが一番よろしいかと。」
「そうね、下手に動いても危ないでしょうし。」
「承りました。」
店長は深々と頭を下げると事務室から出ていった。
「本当に強盗なんて、珍しいわね。」
「ええ。しかし人質を取っているとなると、長くかかるかもしれませんね。複数とも言ってましたし。早々にモールから抜け出たほうがよろしいかもしれません。」
「確かにそうよねえ…少し様子を見てから動こうかしら。シャッターを下ろすの、待ってもらいましょう。」
「了解しました。伝えてきます。」
Wがドアに向かおうとしたとき、再びドアが開いた。
入ってきたのは支店長と、女性向けブティックにおおよそ似つかわしくない二人組の男だった。
染めたような長い金髪に一房の黒髪、派手な柄シャツにサングラスと絵に描いたようなチンピラ。
もう一人はやや七三分けにした黒髪の、襟シャツにジャケットを着た中年の男だ。
しかし後者の表情はやや険しく、なにかに焦っているようだ。
「あら、CにDじゃないの。あなた達もモールにいたのね。」
「これはこれは、フィーナ様。こんな場所で会うなんて奇遇ですね。」
チンピラとフィーナ達は知り合い…というよりも、おなじ組織の一員である。
フィーナの弟ザクト直属の殲滅隊の年長者二人で。
「二人でショッピング?」
「ご冗談をフィーナ様。今日はショウエン様の警護です。ご友人とここでショッピングを楽しまれていたのですが、運悪く入った店で強盗がありましてね。」
Dは淡々と喋ろうとしているが、忌々しげなのが伝わってくる。
「それは大変!ショウエンちゃんは無事なの?」
「膠着状態ですからね、まあ危害は加えていないと思いますが。」
「ショウエン様ならご自分で脱出できそうなものですが。」
Wの言葉にDは首を振る。
「確かに、彼女一人ならそうですよ。でも今日は学校のご友人が一緒です。『裏』の顔を見せるなんて彼女はできませんよ。」
「だから俺たちが秘密裏に解決しなきゃな。警察は手際悪いし。嬢ちゃんの前で怪我人も死人も出したくないし。」
Cは事務所の一角に置かれているロッカーを開ける。
掛かっているコートや底面の用具箱をすべて引っ張り出して空にする。
底面のある箇所をスライドさせると、番号盤が現れ数字を入力する。
「ひらけごまっ」
がちゃりと鍵の開く音が鳴ってロッカーの奥がスライドする。
二重収納されていたものは、銃と黒いグローブだ。
グローブは鉄心が入っているのか指を通さなくても手形を維持している。
Cはグローブを手に取り、嵌める。
「何をするつもりだC」
Wが眉を潜めてCに
「強盗は複数でね。五人か?一人一人なんとか物陰に誘き出してとっちめてやろうかと。」
Cは拳を握ったり開いたりを数回繰り返して感触を確かめる。
グローブは手首部分を太いバンドで固定したものなのだが、手のひら側の縁に辛うじて指で摘まむことができる三つの突起がある。
Cはそれも一つ一つ摘まんで引っ張った。
突起の先には細い糸が繋がっている。
金属糸で、強度は人二人なら裕にぶら下がることができる。
絞殺用の暗殺器だ。
「目立つことをするな。警察も来ている。」
「警察は来ませんよ。『入ってきたら人質の命はない』とご丁寧にお決まり文句を言ったそうですから。」
フィーナの携帯端末が鳴る。
突然の大音量の着信音にその場の人間は全員身をすくませた。
「ごめんなさい、兄だわ。」
着信音で相手がだれか分かるようだ。
兄、すなわちノウエンコーポレーションの最高権力者。
『フィーナ、今どこだ』
「ガラリオモールよ。仕事でね。」
『やはりそうか…』
どうやら強盗事件のことを知って心配して掛けてきたようだ。
「私は平気よ。Wもいますし。私よりもショウエンちゃんが大変なの。お友だちと一緒に人質にされちゃったみたいなの。今CとDが武器補給に事務所に来ているわ。」
『ショウエンが…?あ、こらっザク』
『ショウエンが人質ってどういうことだよ姉さん!』
「言葉の通りよ。CとDが今から助けにいくみたいよ。だから安心なさい。」
『僕もそっちに、あ、兄さん僕まだ話』
『状況はわかったが目立つと後が厄介だ。…Wがいると言ったな。』
「ええ、いますわ。」
『代わってくれ』
フィーナは言われた通りWに端末を渡した。
「はい、総帥。」
『Wか。任務だ、Cと協力してショウエンを保護せよ。…すまないな。』
「申し訳ないないどそんな。総帥のご命令に従うのが私の役目です。」
『本来なら警察が解決するのを待つのだが、ザクトが五月蝿くてな。こいつが今行けば確実に死人が大量に出る。』
電話の向こうでわめき声が聞こえるが、Wは短く返事する。
「了解しました。『最小限に押さえます』」
WとCがブティックを出る。
両者の手にはあの黒いグローブが填められている。
服装も髪の色さえも変えた二人は全くの別人に見えた。
Wは赤い髪の毛にパーカーにジーンズ、Cは黒髪にTシャツジーンズ、とラフな格好だ。
二人とも耳にインカムをつけている。
「若い女の子と一緒にヤるなんて、おっさん嬉しいよ。」
「口を利くなクリス。」
「でもお前と仕事するのが嬉しいのはホントさ。優秀だし、お前と俺の相性ばっちしだし。」
そう言ってCはWの肩を抱くがWはすぐに叩き落とした。
「そういう連れないところも好きだぜ。」
Wは大きくため息を吐いた。
「…分かっていると思うが、まずは状況確認だ。強盗がいるアクセサリーショップの階に向かう。」
「俺たちが見ていた状況と変わらなければ、人質は全部で九人だ。嬢ちゃん合わせてな。構成は五人がジュニアハイの女子学生。ハイスクールのカップルが二組に、父親とキンダーの組み合わせが一組だ。母親らしき女が店の外で泣いていたから、家族でショッピングしてたんだろうな。可哀想に。」
「犯人の特徴は?」
「そうだなあ、破落戸って感じじゃあなかったな。もしかしたら未成年かもな。」
「若かったのか?」
「ああ。精々ハイスクールって感じだ。背も低かった。恐らく万引きかなんかして、バレて引っ込みがつかなくなったんだろうな。若気の至りってやつだ。」
「若気の至りで大事を起こさないで欲しいものだ。」
Wは溜め息一つ吐き捨てて階段室に足を踏み入れた。
こうしたデパートではエスカレーターやエレベーターが多用されているため、人気はない。
『階段室に着いたか。現場は二階下の宝石階の『ショップ・アンナ』だ。…まて、ディル様から通信だ』
「ひゅー、機械の御大まで出てくるなんて、やっぱり嬢ちゃん愛されんなぁ~」
「だまれC」
『…聞こえるか。C、W』
「はい、聞こえていますディル様。」
「聞こえてますよ。嬢ちゃんが捕まってしまったんで、今助けに行こうとしてます。階段室です。」
『見えている。』
二人は周囲を見渡して、天井に監視カメラを見つける。
この都市の全ての機械を支配下に置く男に、Cは手を振った。
『犯人は市内のハイスクールの男子生徒六人だ。別段、素行が悪いと言うわけではない。家の経済状況も悪くはない。…カメラの画像から、万引きして引っ込みがつかなくなったみたいだな。』
サングラスに犯人のデータが転送され、ディスプレイされた。
「…」
「…ふーん。やりにくいなぁ。いっそ悪党なら一思いに殺せるのに。」
『人的被害が出ていない以上、派手な行動は慎む方がよいだろう。それに、犯人達は興奮している。下手に刺激をすれば、何をするかわからん。』
「確かに、いかにも悪そうな連中よりもこんなやつらの方が、何しでかすかわかんないですからね。」
二階分の階段を降りると、人だかりが見えてくる。その向こうだろう、立てこもりは。
「C、作戦はさっき立てた通りだ。抜かるなよ。」
「へいへい」
二人は一瞬だけ視線を合わせて、二手に別れた。
「ど、どうすんだよっ、人、また増えてるぞ。」
「どうもこうも、こうなっちゃったんだから仕方ないだろ!」
アクセサリーショップアンナで声が飛び交う。
五人の若い男…ハイスクールの、ごくごく普通男子生徒が言い争っていた。
「だから、俺はやめろっていったんだ!」
「嘘つけっ、始めに言い出したのはお前だろ!」
「だいたいお前がナイフなんて持ってくるからっこんな大事に」
「五月蝿い!あいつら見返すとか言っていたじゃないか。」
「そうだ、だいたいあいつらが俺達をバカにするから…」
その様子をショウエンは店の隅に座り込んで眺めていた。
至極冷静に、しかし途中からこの犯人達が馬鹿馬鹿しく思えてきたのだ。
なんでも、彼らは市内の高校に通うごく普通の男子生徒であるのだが、どうやらいじめられっ子のグループらしい。
いじめっ子達に勇気がないと言われて、万引きをして勇気を示そうとかなんとか。
「(馬鹿馬鹿しすぎて言葉もでない。高校生にもなって、ものの善し悪しも分からないなんて、いじめっ子を見返す以前の問題だ。それにナイフ?ろくに扱えない凶器で、一体何をしようと言うのか。)」
万引きを見つけたのは、ショウエンと同じく人質になっている男性だ。
今その腕の中には三歳くらいの女児がいて、異様な雰囲気に不安な表情も露だ。
男性は犯人達を見ている。
彼らの言動の端々に浮かぶ幼さと愚かさに発言しそうになるが、彼らの注意が自分に、ひいては愛娘に来ないように口を固く結んでいる。
二組のカップルもそうだ。
男の方は、彼女の手をぎゅっと握っている。
私も、さっきからずっとアデーレの手を握っている。
「ショウエン…」
「大丈夫、さっきお父さんとクリスおじさんがいたから、きっと助かる。」
小さな声でアデーレに耳打ちする。
「クリスおじさん?…あの金髪の?」
「そう。」
せめて彼らに連絡を入れることができればいいのだが、端末は立て籠りが始まってすぐに取り上げられてしまった。
「あ、あんたたち」
ふと、女の子の声が犯人達の言い争いを止めた。
発したのは、五人の女性グループの一人。多分私と同じくらいの。
「い、いつまでも、こうしてるのは無駄だと、思うよ。早く、謝ればまだ、そのっ」
「だまれよ!!」
勇気を出した女の子の発言をヒステリックな叫びで途切る。
「もう、遅いんだよ!外には警察がきてるんだ。テレビ局だって、もう俺達の顔も名前も出てるかもしれないんだぞ!…そうだよ、どうせなら、あいつらに、見せてやろうぜ、俺達だって、『こんなことできるんだ』ってさ!あいつらに出来ないことをっやったんだぜ、あは、はあ。」
完全に、自分に陶酔しているようだ。
見ているだけ胸がムカついてくる。
酷いものだ。
こんなもの、勇気でもなんでもない。
今、自首するように言った子の方がよっぽど勇気がある。
「おい、お前俺に謝れよ。」
「え?、あ、ひっ」
ナイフをちらつかせて、女の子を脅す。
虫酸が走る。
「今どんな状況かわかってないんだな、これだから、女は嫌なんだ!なにもわかってなくて、あいつらと一緒に俺達を笑いやがって!」
女の子は必死に頭を下げて、友達と固く抱き合っている。
その様子を見て犯人は笑う。
さっきまで言い争っていたのに、今では一緒になって女の子達をいじめ始めている。
これは、不味いかもしれない。
「ショウエン、何を、するの…?」
拳を握りしめた私にアデーレはそっと尋ねる。
こんなやつらを再起不能にすることは容易い。でも、それをするとアデーレに。
「……?」
ふと、目の前のアクセサリー台に紙が一枚置かれていることに気づく。
さっきまでは、なかったのに。
ちらりと見えたのは、ブテッィクノウエンの文字。
「…」
私は音を立てないように、その紙を手に取った。犯人達は、気付いていない。
「それは…?」
四つに畳まれていたそれを開くと『灯りを消すこと』と『換気扇の下にはいかないこと』だけあった。
「…」
私は店の換気口の位置を見る。
換気口は二つで、子供か細い女の人が通れるくらい。
そのうちの一つはこの紙がおかれていた台の近くにあって、微かに何かが出ている。
細い糸のようなもので、照明の灯りにも消えそうな細さ。
「!」
私は灯りのスイッチを探す。
テナントだと、一件一件で電源管理をしているはずだから、必ずあるはずだ。
「どうしたの?」
「アデーレ、電灯のスイッチって見なかった?」
小声で会話する。
大丈夫気付かれていない。
「スイッチ…?…奥の方にあるのが、普通だと思うけど…」
「奥って、今私がいるところでしょ、でもないよね…」
「それか、店の真ん中かな、ほら、柱が通ってる…」
柱が壁からせり出しているところにそれはあった。
黒いスイッチが三つ。
天井の蛍光灯は三列ついているから、おそらくあれを全部切れば店は真っ暗になるだろう。
「…アデーレ、落ち着いて聞いてね。ボディーガードが私たちのすぐそばまで来てくれているの。私が店の灯りを消したら、身を低くして頭を抱えて動かないでいてね。」
私の言葉にアデーレは目を丸くするけど、すぐに頷いてくれた。
彼女は実際に私の仲間の…DとCを知っている。だから、理解してくれたようだ。
犯人達を伺う。
まだ、あの女の子達に罵声を浴びせている。
情けないったらありはしない。
私は身を屈めてゆっくりと中腰になる。他の人質たちに目配せをして、声を立てないように目で訴えかけた。
よし、みんな頷いてくれた。
床を這うようにゆっくりと進む。
あの換気口の下を通るとき、上を見上げると二つの光るものが見えた。
目だ。やはり、居る。
誰だか分からないけど、ノウエンコーポのレシートを落としてきたのだ。
こちら側の人間で間違いはない。
気づかれないように柱に近づく。
あと、一メートルほど。
立ち上がって駆け出せば、一秒ほどでスイッチに触れることができる。
そんなときだ。
犯人達の一人がこちらを振り向いてしまった。
「!おい!お前何してる!」
私は素早く立ち上がって、手を伸ばした。
黒いスイッチに指先が触れて押し込んだ。
「なんだ!」
「真っ暗だぞ!?」
スイッチングの音とともに店内が暗くなる、同時に、金具が外れる音と落下衝突音。
そしてふわりと、私の脇を誰かが駆け抜けた。
「ぎあゃっ!」
「い、痛い!!」
打撃音と何かをひっくり返したり、崩れたりするすごい音がしている。
女の子達の悲鳴も聞こえるけど、痛め付けられているようなものではなくて、何がなんだか分からないといったふう。
目を凝らして犯人達の方をみると動く細い人影ひとつ。
女性のようだ。
「…ショウエン」
小さい声が私に届いた。
振り替えると、アデーレがいた。
手招きしている。
「ショウエン、逃げよう」
「え?」
「ショウエン、クリスさんが」
そこまで言うと、アデーレの後ろから大きな影が出てきた。
薄暗いなかでも、分かった。Cだ。
「隣の店舗からスタッフルームづたいで来た。逃げな、嬢ちゃん。」
スタッフルームから?でも、たしかこちら側から鍵か何かをかけていたはず。
「こじ開けたんだ。なあに、心配ない。逃げな。」
良く見れば、私とアデーレ、それに犯人達に囲まれていた女子学生達以外は全員既に逃げたみたいだ。
「さ、早く。あとは俺達に任せな。」
私はCの言葉にしたがって、ドアを抜けてスタッフルームに入り込んだ。
スタッフルーム伝いに隣の店舗に抜けるとDがいた。
一瞬だけ、ぎゅっと抱き締められて、そして手を引かれてどこかに連れてかれる。
私もアデーレの手を握っていたから三人数珠繋ぎでなんだかへんな感じ。
でも誰も気にしていない。ほとんどの人の関心はまだ、強盗が立てこもっているはずのあの店に注がれているから。
階段から二階上の高級ブティックフロアへ。
人通りは、今はほとんどない。
ブティックテナントの一つ、見慣れたノウエン社レーベルに入ると。
「一時はどうなることかと思ったわ、ショウエン。よかった、貴女が無事で。」
店の入り口をくぐると金髪にドレス・スーツを着こなした綺麗な女の人が迎えてくれた。
それが、私の上司でもあり、家族でもあるフィーナ様だとはすぐに気付いたけどまさかここに居たなんて想像もしていなかった。
「怪我は?大丈夫だとは思っていたけど、とても心配したのよ。」
スーツが皺になるのも構わずに私を抱きしめて下さる。
「…ご心配を、お掛けして、すみません。」
「あなたが悪いんじゃないわ、気にしちゃ駄目よ…こちらの、可愛らしいお嬢さんがお友達ね。」
「はっ、はい。あの、わたしっ、私…」
フィーナ様を目の前にして、アデーレは照れているようだ。
「はじめまして、私の事はフィーナと呼んで下さいな。」
「は、い。あの、アデーレ・カミルといいます。ショウエ、デナードさんのクラスメイトです。」
「お名前は、ショウエンから聞いているわ。…ザクトからもね。」
「ザクト…?あっ!あの、赤い髪のお兄さんでしょうか?」
「そうよ。私の弟なの。」
アデーレはぽかんと口を開けて、失語する。
どうしたんだろうか。
「アデーレ?」
「…美人のお兄さんのお姉さんは、やっぱり美人なんだ……」
「あら、そう言ってくれると嬉しいわ。」
微笑んで手を差し出す。アデーレは慌ててその手を握った。
「これからもショウエンと仲良くしてくださいね。」
「はっ、はいっ!」
アデーレは耳まで真っ赤にしている。無理もないだろう。
私だって、初めてフィーナ様に会ったときどこかのお姫様かとも思ったくらいだ。
そのあたりのモデルや女優よりも綺麗で、グラマラス、知的でもある。
「あら、帰ってきたようね。」
握手がすんですぐに、店に二人の男女が入ってくる。
女は、すらりと背が高くて真っ赤な髪の毛をしている。
男の方は背が高くて筋肉質で、黒い髪の毛。
二人とも黒い手袋とサングラスをかけているけど、男の方はCだとすぐに分かった。
「おかえりなさい、ヴァンフリーデ、クリス。」
「任務を完了しました。撤退後、警察部隊が鎮圧したそうです…こちらの御令嬢は?」
きびきびとした態度のこの女性に、アデーレは少し緊張したみたいだけど、サングラスを外したCがウインクを送ったものだからそれはすぐに緩んだ。
「ショウエンのお友だちよ。アデーレちゃん。この女性は私の護衛なの。男性の方は、貴女も知っているようね。」
アデーレは頷く。
そして、暫し考えて口を開く。
「あの、今日のこと私内緒にします。」
「あら?どうしてかしら。」
「だって、もしショウエンが、その…お金持ちの娘さんって、広まったらまた誘拐されるかもって……」
「アデーレ」
どうやらアデーレは、私がノウエンコーポの関係者と気付いたようだ。
まあ無理もない。
高級ブティックでこれだけ堂々としていたら、ここの店長どころか、その上の役職だと思い付くのは当たり前か。
「…確かにそうね。でも、無理はしなくていいのよ?あなたのような素直なお嬢さんに口止めなんて、したくないもの。」
少しだけ寂しそうな表情。心からそう思っているのだろう。
フィーナ様。
ノウエンコーポレーション服飾部門の長。ノウエンコーポレーションの最高秘書官でもある人。
…裏組織でも、総帥のガラス様を支える方。
この人も、そう、普通の人ではないけれど優しさは本物。
「秘密を抱えるのは、とても苦しいことだもの。」
その言葉は、紛れもない真実だとその場にいる私も、CもDも思うのだから。
「よろしいのですか」
ノウエンタワーに戻る道中の車の中。
外装強化高級車の、後部座席に並んで座る二人の美女。
一人は豪華な金髪にグラマラスな身体を上物のスーツで包んでいる。
一方の女性もスーツなのだが、こちらは真っ黒で、ネクタイを閉めている。
同じく真っ黒な髪の毛を肩口で切り揃え、切れ長の目は紫羅地方の特徴をもっており、整った顔立ちなのだが、無表情であるが故にどこか近寄りがたい雰囲気を持っている。
「何が?」
「アデーレ・カミルです。先のロメオの件でも彼女はザクト様のお姿を見ています。放っておくのは危険では?」
「大丈夫よ、ヴァンフリーデ。今の私たちは『ただの会社経営者の一族』なのだから。」
「しかし、不安要素であることは確かです。」
「ええそうよ。でも、今のギガはとてもクリーンなのよ。犯罪組織なんて、『いるはずがないの』。そんな中で、ごく普通の女の子が居なくなったりしてみなさい。暇な警察がここぞとばかりに、調査に乗り出すでしょうね。しかも、あのロメオの件の後ですもの。余計に熱心にね。そうすると、ショウエンの周囲も嗅ぎ回るでしょうね。」
ヴァンフリーデははたと、口を閉じる。
「ショウエンとDの個人情報は完璧よ。でも、面倒くさいことになるのは確かよ。そう考えると、アデーレちゃんについてはなにもしない方がリスクが低いわ。それに、彼女はショウエンのこと、本当に大切だと思ってくれているみたいだもの。」
「……」
そこまで考えが及んでいなかったとヴァンフリーデは反省する。
邪魔者や、不安要素は消す…今まで彼女はそう教え込まれてきたゆえに、どうも短絡的なところがある。
この8年ほどで、それの考えは薄れてきたと思っていたが。
「大丈夫よヴァンフリーデ。でも、私たちのことを心配してくれたのね。ありがとう。」
そうしてフィーナはまた、にこりと笑った。
その夜、ノウエンタワー最上階総裁室。
CとD、そしてWはガラリオモールの強盗事件の報告をしていた。
相手は組織の頂点たるガラス。彼の横には今、フィーナとザクトが佇んでいる。
機械の王は、不在だ。
簡易にまとめた報告書を三人とも見ている。
「…なんか、今一しまらないね。誰も死んでないし。」
「総帥から、被害は最小限度と命じられました故。」
ザクトの揶揄にもWは真面目に返す。
「ま、兄さんは無血主義だからね。」
「からかうのはよせ、ザクト。W、気にしないでくれ。よくやった。」
「仰せつかりました故」
無表情を崩さないWにCは軽く肩を抱く。
「でも、殺さない程度に痛め付けるって結構難しいだろ?W?」
「今は報告中だ。」
その手をまるで虫を払い除けるように叩き落とす。
Cは懲りずににやけている。
その様子にガラスも、Dも咎めることはない。
「さっきニュースで見たけど、『犯人グループの仲間割れ』ってさ。その隙に人質は脱出、警官隊が突撃した頃には店内には怪我をした犯人達だけだったってさ。Wは良く無事に撤退できたね。帰りもダクトかい?」
「いいえ。取り残されていた女子生徒と一緒にスタッフルーム経由です。私とCの行動は、多くの人間に見られてはいるでしょうが、変装していたので我々だとは分からないと思います。…一人を除いて。」
Wの言う一人とは、アデーレのことだ。
「ああ、アデーレちゃんね。大丈夫よ。今日の事は秘密にするって約束してくれたから。」
「彼女なら、まあ心配はないね。イイ子だし。」
「…」
ザクトとフィーナが二人してそう言うなら…とWはそれ以上言わなかった。
「なんにしても、ご苦労だったC、W。下がっていいぞ。Dもな。」
「「「はっ!」」」
最後に敬礼をして三人は部屋をあとにした。
エレベーターに乗り込むまでは無言だが、乗り込んで真っ先にCが大きくため息をつく。
「はああ、つっかれたぜ。」
「お前は誘導だけだろ。Wの方がよっぽど大変だんだぞ。」
「お気遣いありがとうございます。D殿。」
Cに冷たいWだが、Dに対してはある程度の敬意を払っているらしい。
「ショウエン様を助けてくれて、ありがとう。私からも礼を言わせてくれ。」
「……はい。」
Wは一瞬Dと視線を合わせるが直ぐに目線を下げる。
恥ずかしがっているように見える。
「なんだよW。俺の時とはえらい違いじゃねえか。」
「お前はセクハラしかしないからだ。」
「愛情表現さ。」
エレベーターの鐘が鳴る。
彼らの住まう階だと階数板は知らせる。
ノウエンタワー高層階は彼ら組織の占有地。高層階のなかに彼ら『殲滅部隊』の住居はある。
ファミリーマンション並みの広さと、鉄壁のセキュリティに至れり尽くせりの完全機械化設備。
望めば機械給仕人形も手に入り、おおよそ家事で労力を費やすこともない。
危険な仕事の見返りは、それ相応のものだ。
「じゃあなD、また明日。」
「W、お疲れ様。本当に、助かったよ」
「俺は無視かよ!」
軽口を叩いたCに対して、DはCの横をすり抜ける時に軽く肩を叩く。
元より気など悪くしていなかったが、Dには珍しくCに気を使ったのだとCは内心驚いた。
昼間の、ショウエンが人質に取られていたのがよほど堪えたのは誰の目から見ても明らかだ。
任務として父親になったはずだが、いつの間にか本当の『父親』になってしまったのだろう。
「…じゃあな」
「おっと待てよW」
自室に戻ろうとするWの腕をCは掴む。
露骨に顔をしかめるWに構いもせずにCはあっという間に自分の部屋に引き込んだ。
一人暮らしには広すぎる部屋だが、物欲の激しいCらしく、インテリアが多数配置されている。
スツールだけでも四種類。
食器棚には高価とわかるクリスタルガラスの器にワイングラス。色付きの、金細工が施されたもの。
インテリアの一環だろうか、部屋の隅には様々な帽子が掛かったポールスタンド。
「座って待ってろ。」
白い革張りのソファーにWは半ば無理やり座らせられる。
抗議しようと、棚に頭を突っ込んでいるCの方に顔を向けるが、Cはすぐに振り返ったため眼が合ってしまう。
言葉を発するタイミングを逃していると、手に木箱を持ってWの横に座った。
「服脱げよ。怪我してんだろ。」
「……」
「なんもしねーよ。ほら。」
Wは訝しげにCを見る。睨みつけると言ったほうが正しいだろう。
確かにWはショウエンを救出する際に怪我をした。
犯人の少年達を暗闇の中で取り押さえる時に凶器のナイフが脇をすり抜けたのだ。
『いつも』とは違った排除対象と内容に一瞬判断が遅れ、負傷した。
「…よく気付いたな」
「オレサマ、血の匂いには敏感でね」
そう言ってCは自分の鼻を指さす。
「とっとと直せよ。じゃないと、訓練でも本気出せねーからな。お前くらいなんだし。俺の相手できるの。」
「D殿がいるじゃないか。」
「やだよだってあいつホントに容赦無いもん」
口を尖らせて拒否するCにWは内心呆れつつ、服に手を掛けた。
「……ちょっとでも変な真似したら、殺すからな」
END
Wは生粋の暗殺者です。
元々クライシスに送り込まれた暗殺者ですが、捕まっている間に所属していた組織が無くなったのでそのままクライシスの構成員になりました。




