組織の日常 『手紙』
手紙
製本の発注作業をしていたときに端末が震えた。
着信元は同僚のA、回線を繋ぐと予想通りの明るい声がスピーカーから響いた。
「何か」
『よおB、今から空いてるか?Dさんが飯に連れていってくれるんだけど、お前もどうだ?仕事中なら悪ぃけど。』
Dさんが?珍しいこともある。
「残業中です。重要ではないので、そちらに行きますよ。」
『さんきゅー。じゃあミーティングルームにいるから来いよ。Eも一緒だ。』
「わかりました。」
通話を切り端末をズボンのポケットに仕舞い込む。
時刻は午後九時を回った辺り。
すでにこの部屋には自分しかおらず、見回りをしてから施錠しなくてはいけない。
「(本当に珍しいこともあったものだ。そういえば、Dさんと外食なんてかなり久しいな。)」
Cさんの部屋に集まって酒盛りなら何回かあるものの、それだってDさんはあまり参加しなかった。ショウエンさんを育てることになってからは特に。
元は落ち着いたというか、感情の起伏があまり無い人だったけど、ショウエンさんを引き取ってからは少し変わった。
何もないときの雰囲気が柔らかくなったというか、なんだか幸せそうな表情が見られるようになった。
「(全室異常なし。閉めるか。)」
作業用のエプロンを外しながら時計を確認。
電話を受けてから五分も経っていない。
僕は作業一式をロッカーに仕舞ってかわりに鞄を取り出す。
同じ建物に住んでいる部屋があるからコート等の外出着はない。
外に出るなら取りに帰るか…とも思ったが、どうせ車の移動だと先にミーティングルームに向かった。
「来たか」
「お待たせしました。」
部屋にはAとDさんとEがいた。
「Cさんは?彼は来ないんですか?」
「奴はザクト様から『お仕置き』を受けて謹慎中だ。」
お仕置きって、また何かやらかしたのだろうか、あの人。
「ショウエンさんに悪戯したみたいで、鞭打ちされてたぜ…思い出しても痛いっ」
そう言ってAは自分を抱き締める。
悪戯?ショウエンさんに?
「大丈夫なんですか、ショウエンさん」
強い少女だとは思うが、相手はあのCさんだ。何かされていなければいいけど…
「バカが飲ませた酒のせいで眠っているが心配はない。今は部屋でお休みだ。」
「酒って、結構マジじゃないですかCさん。」
「ああ。」
「んで、ザクト様がめっちゃ怒ってさ。さっき言った鞭打ちの刑をしたんだ。」
想像するだに恐ろしい。でもあの二人のことだからその状況すら楽しんでそうだとも思う。
前総帥の息子と、前総帥直属の殲滅部隊だったCさん。
人を殺すということに関して溢れる才があり、同時に刹那的快楽主義者である。
愛人関係でもあるとも言われているが、おそらく事実。
以前酔っていたCさんが『隊長は上手い。つい、本気でやってしまう』と言っていた。
最初は訓練かとも思ったが、どうやら夜伽のほうだったから当時は驚いた。
でも、あの隊長ならあるだろうな…とも納得してしまった。
思考が逸れた。
「ではCさんは治療で来ないんですね。」
「そうっスね。だから今日は四人っす。どこいきますか?」
「そうだな」
Dさんが時計を見る。今の時間にやっているのは居酒屋かバーくらいだろう。
「行きつけの店でよければ空いている。狭いが味は保証する。いいか?」
「勿論!文句なんかないですよ。」
「僕もです。」
「…ウス。」
着いたのはDさんが言っていた通りの小さなバーだった。
ボックス席もあって、僕たちはそこに通された。
客は僕たちと、カップルらしき二人組がカウンターに座っている。
メニューを見ると、酒の充ての気が強いものの、まともな食事が載っている。
「好きなものを選べ。値段は気にするな。」
「ありがとうございます!じゃあお俺、ヒレステーキと、シーフードピザで。」
「…スペアリブとこだわりソースのハンバーグ大。付け合わせはライスで。」
AとEは早々に決めてドリンクメニューを見る。
「B、君はなにがいい?」
「そうですね、じゃあ僕はカルパチョサラダとアラビアータで。」
「肉っけないじゃん。食べないの?」
「今日は控えたい気分なんです。」
ここ最近はデスクワークが続いて妙な気だるさがある。油物や肉を食べる気分にはなれなかった。
「酒はどうだ?」
「そっちも遠慮します。…ええそうです。まだすこしやることがあるので。」
「そうか。」
Dさんがオーダーをウエイターに伝える。
フードの他にはドリンクをいくつか頼んで、メニューが回収される。
「でもよさそうな店っすね。年季入ってて、こういう雰囲気オレ好きっすよ。」
Aが懐からタバコを取り出して咥える。すでに灰皿は彼の目の前にある。
「吸ってもいいですか?Dさん。」
「構わん。私も吸うからな。」
と、Dさんも同じように懐から煙草を取り出す。
そういえば、暫く禁煙していたはずだが、また吸い始めたのだろうか?
「ありがとうございます。あれ?でもDさんは大分前から辞めてたんじゃなかったでしたっけ?ショウエンさんに良くないからって…」
「前まではな。でも今は一緒に暮らしているわけではないからな。」
「へ~」
やはりショウエンさんに気を使って吸っていなかったようだ。
ヘビースモーカーではないにしても、ショウエンさんがココに来る前は煙草を吸っている姿を見ていた。
任務とはいえ、彼女のためにきっぱりとやめたのは真面目なDさんらしい。
彼とは既に数年、一緒に『任務』をこなしていたがその姿はまるで機械のようだった。
感情もなく、淡々と前総帥やザクト様の命令をこなす。
かつて警察官11人を一夜の内に殺した凄腕の殺人鬼。
その警察官の中には僕を貶めた人間もいた。数年上の狙撃部隊の先輩だった男だ。
Dさんの奥さんが殺された事件で駆りだされていたが、民間人に多数の被害者をだしたため関係者は処罰確実。
とはいえ、警察官をやめさせられることはなかっただろう。
給料が減るか、謹慎処分だが時間が経てば元に戻る。
運が悪かった、程度にしか認識しないのかもしれない。あの連中であれば。
そう、まさか殺されるとは思っていなかったのだろう。
だから油断しきって、むざむざと殺されたのだ。
…もし僕が警察官のままで、あの作戦に参加していたら僕もDさんに殺されていただろう。
だから、ある意味では運が良かったのだ。僕も、あの人も。
「Bは吸わないよな。なんで?」
「切っ掛けがなかったので。Eもそうでしょう。」
無口なEが頷く。
彼がこの隊に来たとき、彼はまだ学生だった。
さらには動物を飼っていたから、それにも気遣って煙草酒の類いは一切触れてこなかったらしい。
酒は、まあここに来てから覚えたようだが。
「…ウス」
「そっかー。まあBは仕事も紙相手だから引火したら大変だもんな!」
煙が漂い始める。
「そういう貴方も飲食関係でしょうに。仕事中は吸わないのでは?」
「そういえばそうだなっ!あ、紙と言えば。まだ手紙出してんの?例の女教官に」
またこの話題だ。
AといいCさんといい、本当にこの話題が好きだなあと思う。
「ええ。ちょうど今書いているところです。」
「熱心だな。返事は来ているのか?」
「はい。毎回とは言いませんが、季節の折には必ず。」
豪胆な人で、手紙を書く姿が未だに想像できないがそれでも綴られた文章から伝わるのは、変わらない彼女の姿。
「そうか。いい『友人関係』なのだな」
「ええ。そうです。」
僕はそうとだけ返した。
部屋に着く。
すでに遠隔操作で用意していた満水のバスタブを確認して、着替えを取りに寝室に向かう。
ふと、机の上の書きかけの手紙が目に入る。
自分で設けた期限はあと一週間だ。
いつもの挨拶は書いてある。
何かしらの、生活のエピソードを書くのだが毎回これには苦労する。
嘘は書かないと決めているから、ネタがないときは中々に辛い。
前回は、ちょうど近隣都市に遠征(と言う名の殲滅作戦)をしたから、その都市で流行っていたお菓子の話を書いた。
その前は、ショウエンさんの初舞台だっから後輩の女の子の仕事ぶりが良いと書いた。(詳しい内容は勿論書いていない)
今回は…そうだ、今経験した話でいいか。
久々に同僚と飲みにいった話。
これだ。
僕は数日の悩みが晴れて、自分でもわかるほど軽い足取りでバスルームに向かった。
僕の撃った弾は彼女の右脚を砕いた。
出血多量。
粉砕骨折。
スコープ越しの彼女の表情がみるみる苦痛に歪み、ついに叫んだのを僕は覚えている。
次の瞬間、僕の目の前は真っ暗になって、気がついたら警察官の資格を剥奪、業務上過失傷害で送検されていた。
彼女の意識が戻るまで毎日病室に通った。
血も肉も骨さえも捧げたかったのに、できないもどかしさ。
やることもなかった僕は一日中彼女の部屋にいた。
当時はまだ今ほど再生治療が発達していなかったから、彼女の右脚は戻ってこなかった。
『…おはよう、×××』
彼女が目覚めた時に、僕はどうしていただろうか。
泣き叫んで許しを乞うたのか、それともその場を逃げ出したのかよく覚えていない。
気がついたら、部屋で手紙を書いていたのだ。
その時の推敲文が幾つか残っている。
償い、返す、何年掛かっても
それだけ書かれている。
僕は働いた。もともと天涯孤独だったから心配する家族はない。
朝も、夜も働いた。
それでもこのバカ高い物価の町では自分の生活費もままならない。
より収入のいい仕事に…だけど、武器ばかり相手にして来た自分には特別な技能なんてなくて、しかも前科がついている。
まともなところは雇ってくれない。
焦燥感にかられたある夜、路地裏で破落戸が女を弄んでいた。
明らかに、合意ではない。
わずかに残った警察官としての正義感か(もとよりなかったから義務感か)鬱憤張らしか、とりあえずその破落戸を伸したのだ。
三人がかりだったけど、あの人が叩き込んでくれた対多人数用の訓練のお陰で易いものだった。
転機とは、あの時のことを言うのかもしれない。
助けた女はある組織のボスの情婦で、僕のことをボスに伝えたらしい。
数日後に黒服の男達が僕のアパートに来たのだ。
礼と、組織への参入の誘いだった。元警察官だと言っても動じなかった。
その時の自分は余程焦っていたのだろう。
月に一度、手紙をある人物に出すことを条件に入ったのだ。
それからの日々は、一転した。
情婦たちのボディガードが主な仕事で、かなり楽だった。
裏の世界。
宝石や札束が飛び交う世界だ。
金は、みるみる溜まった。でも彼女に勘ぐられたくなくて、送金額は以前に少し上乗せした額面を。
手紙には、遠い場所で働いていると書いた。
情婦達に何度か誘われはしたが、ボスに知れてはとすべて断った。
それに、彼女への償いが終わっていないのに女を抱く気にもなれなかった。
更に転機が訪れたのは、あの日だ。
組織間の武器取引に呼び出された。なんでも、新型スナイパーライフルの実験で、僕が狙撃手にと呼ばれた。
新型銃を見たとき僕は、久しく忘れていた感覚を覚えた。
スコープを覗いた先で命が散る瞬間を見届ける、あの罪悪感と高揚感の狭間に突き落とされる感覚。
実験台は、組織の金に手をつけた下っ派。
物陰を利用して動いて逃げる所を、一撃。
スナイパーライフルの補正機能は恐ろしいほど高性能で、手振れも、反動も殺していた。
どんな制御装置を組み込んでいるのか気になって思わず聞いた。
『それ自体に興味を持つなんて、変わった奴だな…気に入った、私の組織に来い』
それがクライシス前総帥・ゼブル・ノウエンとの出会いだった。
『元警察官、しかも狙撃部隊出身。…上官を撃って罷免か。だが、その上官とは今も文通を続けているところを見ると、撃つつもりは無かったのだな。大方、敵対派閥の誰かにでも陥れられたのか』
『!なぜそれを。』
『この街で私に知らぬものはおおよそない。…ああそれと、君を陥れた人間は皆死んだよ。このDが、殺した。』
その時はじめて、僕を陥れた先輩が死んだことを知ったのだ。
あの事件以来僕は彼女のことばかり気にかけて、世間の出来事など知ったことではなかったから。
Dさんとはその時初めて出会った。
刃物のような鋭い眼をした男。
僕より六歳上なだけなのに、老成して、この世のすべてに絶望しているかとも思える、悲壮な雰囲気を漂わせて。
クライシスはそれまでいた組織とは比べ物にならない程、厚遇された。
情婦のボディガードはあったけど、専ら戦闘の仕事が多く、危険な分金も、思う存分手に入った。
けれども、今までの組織と違うのは『表の顔』があることだった。
母体のノウエンコーポレーションは今や世界的大企業。
そこの最高責任者がクライシスの総帥、ゼブルだった。
クライシス構成員の殆どがノウエンコーポレーションの社員であり、Dさんも会計士として『任務』が無いときは働いている。
僕も本社の図書室で司書の様なことをすることになった。
本当は警備員でもよかったのだけど、戦闘部隊は出来るだけ表に出ない職務に、と総帥が言っていたからそうなった。
僕はその時の手紙に『ようやく安定した職に着くことができた。』と書いたのを覚えている。
ある企業の図書室勤務になったから、今までよりも多くの額を送ることができる。と。
彼女からの手紙には『もうお金送ってこなくてもいい、君は十分償った、稼いだお金は自分のものにするべきだ』とあった。
とんでもない。
彼女の一生を、生き甲斐を奪ったのにのうのうといきる事なんて出来ない。
そう返した。
それからは、今に至る。
毎月、僕の『司書』としてもらえる給料からギリギリ捻出できる最大金額を送っている。
彼女との月一度の文通は、日の当たらない場所にいる僕に残された最後の光だ。
もう二度と彼女を失いたくない。
END
Bが狙撃してしまった上司はバルバラ・カルロッゾです。
バルバラは影の一族に連なるため、(実力はありますが)ギガの警察組織の中では珍しく女性で高い役職にありました。
そのため、妬んだ人間がBに嘘の情報を流してバルバラを打つように仕向けました。
結果、BとバルバラはDの凶手から逃れたので、生きているのですが。
ショートストーリーではバルバラが警察に復帰するので、どうなることやら…。




