組織の日常 『気の毒な目撃者』
殲滅部隊隊員Aの災難。
『気の毒な目撃者』
ものすごいものを見た。
いや、見ている。
「君の事は評価しているよ。うん。でもね、だからと言って何をしても良いってことじゃないんだよ。」
バシリ
痛い音が部屋に響く。
同時にくぐもった声。
「僕の親父は許していたかもしれないけど、僕は許さないよ?僕はね欲張りだから。」
バシリ
バシリ
本来なら馬に入れるための鞭が天井から吊るされたあの人の肌を打つ。
その度に痛い音が鳴って、赤い筋が彼の背に生まれる。
「いや、ほんと。すみませんね、あんまりにも嬢ちゃんが、可愛くて」
背から血を流し、額から脂汗を流しながらも彼は笑みを浮かべる。
軽口を叩く様子に主は、ザクト様はさらに笑みを深める。
「それはそうだ。ショウエンか可愛いし綺麗で、すごく魅力的だよ。でもね」
ザクト様がCさんの正面に回って彼の顎を鞭で持ち上げる。
「彼女は僕のものだよ。誰にも渡さないし、誰にも触れさせやしない」
ぞぞぞと、背に悪寒。
丁度俺に背を向けていて、ザクト様の表情はわからないけど明らかに俺に対しても言っている。
ショウエンさん。
つい最近、俺たち殲滅隊に加わった女の子。
組織には7年も前からいたけど、正式に構成員になったのはつい最近。
さらにはザクト様の愛人で、そういう関係になっているらしい。
まだローティーンなのに、ザクト様が手を出すなんて…とも思っていたけど、実際に間近で見ると確かに可愛い。
可愛いというよりも綺麗な部類だろう。
鋭い目付きに、しなやかな猫みたいな動き。
豹だっけ、大きな猫科の猛獣っぽい雰囲気でなんというか、不思議な魅力がある。
学校でもてそうだとは思うし、正直興味はあるけど…手を出したらまあ隊長が殺しに来るだろうしと思って実行していない。
でも、Cさんが、やらかしてしまった。
勿論未遂。
お触り程度だったらしいけど、本人曰く『行けたら最後まで行くつもりだった』そうだ。
なんでこの人はわざわざハードモードに挑むんだろう。
案の定Dさんに見つかってフルボッコ。
更に隊長の元に引きずり出されて現在『お仕置き中』。
Dさんがこの場にいないのはショウエンさんの傍にいるからだ。
「ま、これに懲りたら二度とショウエンに手を出さないでおくれ。君は僕の大事な部下だ。殺したくないし、君だって死にたくないだろう?」
「はい、まあ。まだ、色々やりたいんで。」
ザクト様が俺に合図を送る。
Cさんの縄を外せと。
俺は黙って指示に従う。
手首のロープを片方ずつ外す。縄の痕が痛々しい。
てゆうか顔のアザがひどい。今気付いたけど。
「派手にやられましたね。」
「ああ。男前だろ?Dに感謝だな。」
こんなときでも軽口言えるのは、もう尊敬に値する。
てゆうかDさんも本気出しすぎ。
「歯折れてないし、眼球破裂もない。上手く殴ってくれたよあいつ。」
となぜか嬉しそうに言う。…もしかして、Cさんマゾ?
「あはは、君はサドだと思ったけど、とんだマゾだね。お望みなら何時でも相手してあげるよ?でもショウエンは巻き込まないでね。」
ねっとりとした笑いを浮かべて、鞭の先なめる姿は、SMクラブの女王様さながらで……
違う!隊長は男だ!なにドキドキしてるんだ俺!
「いいですね久々に。たまには貴男に鳴かされるのもイイですね。」
Cさんも何応じてるんですか。ってか、たまにはって、え?え?
いつもは違うのだとか、いつもは隊長が啼かされているのかとか、え?
「ふふふ。まあ、気が向いたらいつでも僕の部屋に来てくれていいよ。じゃあね。」
後は頼んだよと、背中に声を掛けられて隊長が部屋から出て行った。
沈黙。
耳に聞こえるのはCさんのやや荒い息遣いくらいだ。
「………」
「………」
「………えっと、Cさん。マゾ、だったんですね。」
「ぶっ、あははははは言うに事欠いてそれかよ!いてっ」
盛大に吹き出したCさんは頬を抑える。顔を急激に動かしたせいで、腫れている部分を刺激したらしい。
「元気ですね。Cさん。」
「あはは…まあな、タフなのが俺の売りだからな。でも流石に今回は少しヒヤヒヤしたけどな。」
「だったら最初からやらなきゃいいのに。」
「人生にはスリルが必要だろ。ヌルい人生は好きじゃないんだ。」
「はあ…」
少なくとも、俺達の日常は一般人よりも危険もスリルも満載だと思うのだけど。
「お前が火遊びで野垂れ死ぬのは構わんが、他人を巻き込むな、C。」
後ろのドアが開いて入ってきたのは、Dさん。
ショウエンさんの義父で今回の事件の第一発見者で、Cさんの顔をボコボコにした人だ。
いつも仏頂面だけど今日はそれに輪を掛けて仏頂面だ。
「よおD、嬢ちゃんは元気か?」
この状況でわざわざショウエンさんの名前出すなんて。本当にこの人は…。
「誰かさんのせいでぐっすり眠ってらっしゃる。」
「そうか、そんなにきついのは飲ませてないんだけどな。」
「未成年に飲ませるんじゃない。」
詳しくは聞いていなかったんだけど、どうやらCさんは酒に酔わせてコトに及ぼうとしていたようだ。
まあ、あのショウエンさんをどうにかしようと思ったら薬か何かで無抵抗にするしかないよなー。
彼女、強いし。
「それにしても、お前本気で殴ったろ。まだいてーよ。」
立ち上がったCさんがわざとらしく頬を撫でる。
「当たり前だ。バカにつける薬はないからな。それとも、まだ足りないか?」
視線だけで殺せそうなくらいにCさんを睨みつけるけどCさんは全く意に介してない。
神経が図太いというか、なんというか。
「まあでも今回は流石に懲りたよ。もう嬢ちゃんに手は出さない。誓って本当だ。」
「ふんっ」
Dさんは鼻を鳴らして上着の内ポケットからタバコを取り出した。
俺にも一本差し出す。
「頂きます。」
俺はそれを受け取って口にくわえる。ライターは自前のを取り出してっと。
「俺にも一本くれよ、D。」
「なんでお前にやらなきゃならんのだ。」
「堅いことを言うなよ。硬いのはアソコだけでいいじゃねえか。」
突然のシモネタにDさんの顔がまた険しくなって、ゴキブリでも見るかのような目つきでCさんを見る。
それでもタバコを一本取り出すのは、エライなあと思う。
なんだかんだで仲がいいんだよな、あの二人。
「火、もらうぜ」
「ああ」
でも、でも…。
流石に口に加えたタバコから火を移すのは距離が近すぎるんだと思うんだ。
ザクト様がバイセクシャルで、あとCをさんもそれっぽい気がするからまあいいんだけど…まさかDさんも…?
「おいA、不埒な想像をするんじゃない。」
「えっ!?あっ、聞こえてました!?」
「お前は表情に出やすい。いいか、私はCにライターの燃料を使うのがもったいないんだ。だから火を直接移したに過ぎない。いいな。」
「またまた~そんなこといっちゃって。俺のこと好きなくせに。」
あ、ため息。
「本当に鬱陶しいなお前は。A、間違ってもお前はこうはなるなよ。」
「なりたくてもなれません。俺、小心者なんで。」
「度胸は座っているくせによく言うよ。」
「そんなことないです。はい。ってかCさん、タバコよりも先に消毒しましょうよ。化膿しますよ。メディカルルーム行きますか?」
「いんや、こんなの舐めときゃあ治るよ。」
床に落ちていた服を拾って、上半身も露わなままCさんはドアに向かう。
「でも組織再生しないと痕になりますよ。」
「放っておけA。必要なら自分で行くだろうし。一人で反省する時間も必要だ。」
Dさんにそう言われると何も言えなくなる。
「じゃあな。また後で。」
ひらひらと後ろでに手を振ってCさんは部屋から出て行った。
「行っちゃった。ほんと、何なんですかあの人…」
何年か一緒にいるけど、読めない人だ。
ただのチャラ男かとも思ったけど、にしては根性も軽薄さも筋が入っている。
ちょろっと聞いた話だと殺人鬼だとも聞く…けれども、そんな異常さは見えないし。
分からない人だ全く。
「A、君も災難だったな。あの馬鹿のお仕置きに巻き込まれるなんて。」
「はあ、でも隊長の命令だったんで。なんで俺が必要だったのかはわかりませんでしたけど。…俺も警戒されてんですかね。ショウエンさんになんかすると思われたのかもしれません。」
「おそらくそうだろうな。あの人はショウエン様のことになると人が変わるからな。」
そう言って煙を吐き出す。
うーん、でもショウエンさんの事で人が変わるのはDさんも一緒ですよ。
本当にみんな、ショウエンさんが好きなんだなあ……
何年か前は、誰かに対してこんなに感情を向けることはなかったように思うのに。
特に隊長は、あれだけ遊び回っていたのに今はショウエンさん一筋だし……いや、まあちょこちょこ何かしている気配はあるけど前ほど派手じゃないし。
「ショウエンさん、寝てるって言ってましたけど…」
「あの馬鹿がジュースと言ってカクテルを飲ませたんだ。酩酊とまでは行かないが、意識が散漫になったところを好き放題しようとしたみたいだ。幸い、私が近くにいて気付いたから良かったが…」
「ばれないとか思ったんでしょうか、あの人。」
「後先考えない馬鹿だからな。考えが及んでいなかったんじゃないのか?…そろそろ出よう。」
「そうっすね。」
いつまでもこの『お仕置き部屋』にいることもないだろう。
俺とDさんは部屋を出る。
廊下は静まり返っていて誰もいない。
時刻も遅いし、当たり前か。
「夕食がまだなら、連れて行ってやるぞ」
「まじですか!お願いしますー。」
思わぬ先輩の提案に俺は頷く。
さっきまでの緊張感はもうない。
「ついでにBも呼んでやれ。さっきまで資料室の明かりがついていたから、残っているだろう。…そうだな、せっかくだからEにも声をかけろ。」
なんだか、やけに優しい気がする。
俺は少し頭に引っかかるものがあるけど、まあ、先輩の申し出を断るのも難だと思い、素直にモバイルを取り出した。
「わかりました。きっと喜びます。」
俺は気持ちを切り替えて、呼び出した二人の電話番号にコールをした。
END




