組織の日常 『仲間』
『仲間』
ノウエンタワー中層階。
裏組織クライシスの戦闘要員や主要研究員はすべてこの中間階に居を構えている。
そもそもノウエンタワーは、オフィステナント、ショッピングモール、マンションを兼ねた複合施設であるため、彼らは表向きごく自然にこの裏組織の牙城に済んでいるのだ。
生活の一部を管理されている以外は全て自由である。
自分たちが『クライシス』の一員であるという事実を表に出しさえしなければ、誰と住もうが何をしようが、問われることはない。
D達ザクト直属殲滅部隊のメンバー五人もノウエンタワーに住んでおり、同じ階にいる。
彼ら以外の同階の住人は、ガラスの直属部隊だ。
というわけでこの階は他階に比べれば中々に厳つい住人揃いだった。
そんな、厳ついフロアで、賑やかな声が響く。
Dことディーン・デナードの部屋。
午後六時。
彼の部屋はファミリーマンションサイズであり、独り暮らしには広すぎる。
のだが、現在は三人の男達によって占領されており、広いはずの部屋が狭く見える。
台所には二人の男…CとAが立っており二人で料理を行っている。
「へ~あのお嬢ちゃんは俺達の事『ボディガード』だと思ってんのか。しかもあの事件は警察の隠蔽工作、と」
Cは茹で上がったすじ肉を切り、濃い茶色の液体が沸騰する鍋の中に放り込む。
長目の金髪を一つにまとめ、いつもの派手な柄のシャツの上には、エプロンを着ている。
恐ろしく、似合わない。
「まあこの街の警察ならやりかねないですからね。」
Aはというと、オーブンの中から焼き上がった肉の塊を取り出す。
試しに一太刀切り入れて焼き具合を確認する。
肉汁がしたたる。丁度良い。
それを食卓に運んで、次はと冷蔵庫からニンジンとセロリを取り出してスティック状に切っていく。
赤茶色の髪の毛をバンダナで停めて、これまた派手なシャツの上にこちらはギャルソンエプロン。どこかのカフェでバイトにいそうな風貌で、Cよりは似合っている。
「おーい、B。そっちはどうだ?ってかEはどこいった」
「準備してます。Eはデザートを買いに行きました。もうすぐ戻ってきますよ。」
Bは黒いボブカットの髪の毛をそのままに、部屋を片付けている…とはいっても、几帳面なDの部屋なので殆ど掃除は必要なく、精々家具の位置を変えることぐらいしかない。
だが、この力仕事は今はいないEにさせれば良かった…と後悔していた。
力はそこそこあるが、体格が他のメンバーよりも劣っている分、大きな家具…ソファを動かすときに床に傷を付けないようにするのは骨が折れるからだ。
Eならば一人で持ち上げることは用意だろう。
「…もうこんな時間か」
「Dさんとショウエン様は何時に帰ってくるんでしたっけ。」
「半だ。あと15分くらいか。」
Cは冷蔵庫から葱を取り出し、輪切りにしていく。
「にしても、歓迎会って、面白いこと思いつきますね。」
「久々の新メンバー、しかも女の子。ザクト様の愛人となりゃ、歓迎しないわけにはいかないだろう。会を開いた俺に得点アップ、特別給与間違いなしだ。」
「めっちゃ下心満載ですね。Cさんらしいです。」
そう言いつつもAは知っている。Cが心から彼女の入隊を喜んでいるのを。
他のメンバーもそうだ。BもEも、仲間が増えて喜んでいる。
Eなど『昔飼っていた猫に似ている』とまで言って。
Dに関しては、言わずもがな。
「にしても、Dさん良く会場してくれましたね。意外でした。」
「…というか、Dがここ以外許可してくれなかったんだ。他のメンバーの部屋だとザクト様が五月蠅いとか、外だと落ち着かないとか色々言ってな。」
「へえ」
「んでデリバリーじゃ味気ないから、こうやって俺自ら手料理を作っているって訳だ。」
「それで僕もかり出されているわけですね。」
「そうそう。お前も慣れてるだろ、仕事上。」
「専門はお酒です。…まあ確かにちょっとしたもんなら作れますけど。Cさん程じゃないですよ。」
「まあな。俺って結構まめな男だからな。」
玄関の扉が開く。
静かな足音と袋がこすれるがさがさとした音。
「おかえりE。何買ってきたんだ?」
「………アイスとシュークリーム。あとフルーツ。」
のっそりと廊下から出てきたのは巨体のEだ。
彫りの深い顔なのだが、その筋骨と目つきからまるで大型肉食獣…特に熊のような威圧感がある。
Eは無言で買ってきたデザートを冷蔵庫と冷凍庫に入れていく。
「オードブル出しといてくれ。あんまり冷えすぎても旨くねえしな。」
「ウス」
Cの指示に従い、Eは色とりどりのオードブルが並ぶ大皿を冷蔵庫から取り出す。
出来た隙間にシュークリームを入れてばたん、と閉める。
「E、丁度よかった。ソファ移動させるの手伝ってくれ。」
「…ウス」
Eはテーブルに冷製オードブルの盛り合わせを置くとBの側によった。
そして三人掛けの大きなソファを軽々と浮かせて、Bの指示にしたがって動かす。
「それはそっちに…そうそう。ありがとう。」
「ウス」
Eは短く返事をして手を洗いに洗面所に行く。
「そろそろ帰ってくる頃でしょうか。」
時計の針は18時半を指そうとしている。
Aは用意したベジタブルスティックと、冷蔵庫の中のサラダボウルを出してテーブルに並べた。
Bは用意していた一口サイズの鳥股肉に小麦粉を付け、熱した油の中に放り込んでいく。
「A、レモン切って。」
「了解っす。……え、Cさんフライドチキンにレモン掛けるんすか?」
「ああ。そうだ。揚げ物なのにさっぱりするぞ。お前は掛けないのか?」
「自分は苦手ですね」
と言いながらもAは冷蔵庫からレモンを取り出す。
表面を軽く洗剤で洗い、保存剤や農薬を流して水気を拭き取り、くし切りにしていく。
玄関でガチャリと鍵が開く音がなる。
そして二つの足音。
「おいでなすったぜ、メインディッシュが。」
「…そんな食べ物じゃないんですから。ってかDさんに聞こえたら不味いですよ!」
「聞こえている」
廊下の奥から出てきたのはダークグレーのスーツを着たD。
そしてパーカーにジーンズと、ティーンらしい格好をした本日のメインことショウエン。
「ありゃ?てっきり制服で来ると思っただけど。」
「汚れたら煩わしいだろう…さあ、ショウエン様こちらに。」
Dはリビングの一人掛けソファにショウエンを座らせる。
ショウエンはローテーブルの上にところ狭しと並べられた色とりどりのオードブルやローストビーフ、白身魚の香草焼き、瑞々しい野菜のサラダ、等々の料理に目を奪われた。
いかに大人びた少女といっても身体はまだ育ち盛りの子供。
食欲が旺盛なのは、ショウエンも他の子供と変わらないようだ。
「できたぜ、俺特製一口フライドチキン~、あとパスタ茹で上がったら終わるから、飲みモン出しとけよ。」
「…ウス」
「ショウエン様、何を飲みますか?」
「……あ、ええっと、とりあえず、お茶…」
「お茶?おいおい折角なんだし酒にしようぜ。俺、嬢ちゃんが好きそうなの仕入れ」
「ショウエン様は未成年だ。それに空きっ腹もよくない。」
あきれてため息をつくDに、Eは冷蔵庫から取り出したお茶のボトルを渡した。
それをプラスチックのコップに注いで、ショウエンに渡す。
「ありがとう。Eも。」
「………ウス」
Eは冷蔵庫から次々に酒を取り出していく。
ビールにワイン、缶酎ハイ、カクテル缶など。
キッチンタイマーがなり、ついで湯気がシンクに立ち上る。
茹で上がったパスタの香りと、にんにくの香ばしい香りが漂いはじめ、その場の人間の胃袋をこれ以上無いほど刺激する。
「出来たぜ、俺特製魚介パスタ!」
貝や海老、イカがのったトマトパスタが大皿に盛られて出てきた。
ローテーブルに、ダイニングテーブルに。
机と名のつく場所は料理に埋め尽くされた。
Dは取り皿に各種の料理を少量ずつ取り分けてショウエンに渡した。
他のメンバーもドリンクと皿を手元に準備して思い思いの品を取っていく。
最後にCが、エプロンをはずして缶ビールを片手にとると、会は始まった。
「そいじゃあ、嬢ちゃんの入隊を記念して乾杯!」
「へえ、Aは昔そんなことしてたんだ。」
小腹が満たされ、料理を一通り堪能したショウエンはメンバーの紹介を受けた。
今まで名前しか知らない彼らを、より深く知るためにと。
名前、年齢、表向きの職業に隊での役割、そして得意な戦闘手段などだ。
Aはもとストリートギャングで定職につかず街をうろつく破落戸だったらしい。
徒党を組んで粋がって、裏組織の武器商人を襲ってしまったのが運の尽き、仲間は報復を受けて殺されてしまった。
Aは最後に生き残って、絶体絶命のところに当時クライシス殲滅隊のDに拾われて今に至る、らしい。
「今は隊長の持っているバーで気まぐれにバーテンダーしてます。色んなやつが来るんで、たまにいい情報が入ってきたりしますよ。」
「いい情報って?」
「どっかの会社がこっちの業界に進出してきそうとかな。武器の密造とか、脱法薬物の精製、販売とかな。事前に分かれば、嚇しを掛けるだけで大事にならなくて済む。」
「ふうん…」
ショウエンはお茶を一口含む。
「僕ですか…そんなに面白くありませんよ、僕の身の上は。」
「元警官、しかも狙撃部隊の隊員だぜ、こいつ。」
「…警察?」
ショウエンは茶を飲み込むと、まじまじとBを見つめる。
言われてみれば、Dと同じく『真面目な一般人』の風貌を持っている。
警察官ならば、なぜ裏組織に?
「ええ。でも不祥事で首にされたんです。銃器以外にさして興味もなかったのでそのまま、裏組織の用心棒をしていました。そこで、当時他の組織だったk前総帥にスカウトされたんです。」
「同僚、ってか隊の先輩達に嵌められたんだよな。まだ若かったけど凄腕だったBを妬んでだ。んで嘘の指示で、直属の上司を狙撃しちまって重体にさせてしまった。その責任を取らされて、罷免だ。」
「酷い。Bはなにも悪くないじゃないか。」
「いいえ、僕がもっと注意を払っておけば良かったんです。僕が撃ってしまったあの人は私の師匠と言っても過言ではなかった。なのに気付かなかったのは僕にも責任はありますから。」
そう言って、Bはくいっと、酒をあおった。
「そういやB、その上司とはその後どうなんだ?」
Cがややにや付いて訪ねる。ショウエンはその様子を見て不謹慎だとも思ったが、Bの様子を見て首をかしげた。
少しだけ恥ずかしそうだ。
「……月に一回、今でも手紙を出しています。」
「全然進展してねえじゃねえか!もう10年くらい経つんだろ?」
「C、あなたが思っているような仲では無いと何度言えば。それに僕は加害者なんです。彼女の職を、生き甲斐を奪ってしまったんですから一生を掛けて償わなきゃいけないんです。僕にできるのは謝罪の手紙と、お金くらいしかないんです。」
どうやら彼の上司というのは女性で、元上司という関係以上の感情をBは持っているらしい、とショウエンは感じた。
「毎月だよな。俺達の給料からして、もう一生養えるくらい払ったんじゃないのか?」
「……表の、司書の給料から出しています。彼女が予想する僕の生活レベルから工面できる最大の額しか送っていません。下手に大金だと、勘繰られますから。」
Bは普段は『ノウエンコーポレーション私設図書館』の司書として働いている。
当たり前だが、元上司にもそこで働いていると伝えているのだろう。彼の言うとおり、裏組織のメンバーとしてのBの給与はかなり多い。人一人養うくらい簡単だが、勘ぐられてBの『本当の仕事』を嗅ぎ着かれては厄介である。
元警察官。
手紙を出しているというが、少しでもヘマをすれば組織のことが露呈する可能性はあるのだが、それでもBは止めない。
並々ならぬ思い入れを、その元上司に持っているのだ。
「…で、順番から行くと次はあなたですよ。C。」
身体的にも絡んできたCを掻い潜って、Bは新しい酒を求めてダイニングテーブルの方に行ってしまった。
「あーもー、付き合い悪ぃなあ」
「お前がしつこすぎるんだC。でどうするんだ。」
Cはショウエンを見て、んーと悩む声を漏らす。
「?どうかした?」
「いいや、嬢ちゃん。ちょいとばかし俺の話はパスだ。もうちょい後になってから、そうだなメンバーの最後にするよ。」
「?」
首を傾げるショウエンにDは説明する。
食事の最中にはCの話は相応しくない、と。
「というわけで次はDだな。」
「Dはさっき聞いた。車の中で。」
「ええ?もう?」
「時間短縮だ。それに私の話は面白くないから、改めてみんなに聞かせる必要はないだろう。」
「それは僕のも一緒ですよ。」
酒を取ってきたBが戻ってくる。
Cに絡まれて迷惑そうな顔をしていたが、折角の会だ。
話に加わらないのはマナー違反だと思ったのだろう。
「そういえば、僕の敵はDさんの手で葬られたんですよね。後から知ったんですが。」
「…らしいな。」
Dは少しだけ暗い表情を見せる。
「その時にはBはもう警察辞めてたのか?」
「そうです。一ヶ月前には、はい。それで本当はあの突入の指揮は元上司がするはずだったんですが…」
DははたとBを見た。
BもDを見ていた。
両者は硬直して動かず、その場にはある種の緊張が走る。
AとEは何も言わず、ただ次の言葉が発せられるのを待つ。
待つが、二人からは出てこない。
「はあ、お前らいい加減にしろよ。嬢ちゃんが困っているだろ。」
「困っていない。大体理解した。」
「「え?」」
と驚いたのはBとDだ。
「Bを陥れた狙撃隊の先輩というのは、Bが慕っていた上司とは別の派閥の人間。それで派閥のトップか、あるいは自身の上司の命令でBとその上司を不祥事で排斥しようとした…。これがBの事件の真相。それで二人を排斥して、転がり込んできたのは犯罪組織の突入作戦。これを担当する予定だったBの上司は結構凄い人だったんだな。女の身で危ない仕事を任されるんだから。Dの話から、相手もそこそこの規模だったんだろう。それで指揮したは良いけど、失敗。民間人を多数巻き込んで悲惨な結果になった。Bは『もし指揮官が違っていたら』って考えているんだろう、ずっと。…武器以外に興味ない、って言いながら、本当は違うんだな。」
そこまで言ってショウエンはお茶を口に含んだ。
あっけにとられているのはA達も含めた彼女以外全員だ。
Dの情報とBの一言からここまで推測した。大した想像力だ。
概ね間違ってはいない、とCは心の中でほくそ笑んだ。
「ショウエン様、いつもよりも饒舌ですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。…このお茶、美味しいな。何だか甘い味もする。」
またお茶を呷って。
Dは気付いた。
「おいC、何を入れた。」
「何でもかんでも俺の所為にするの辞めろよ。まあ、そうなんだけどな。」
ケケケと軽薄に笑う。
「カシスリキュールだよ。美味しいだろ?次はオレンジで割って」
「ショウエン様は未成年だと何度言えば…はあ。」
Dは深々とため息を吐いてソファから立ち上がった。
何かソフトドリンクをショウエンに与えるつもりらしい。
「BはDに謝りたいのか?」
「…あの事態を引き起こしたのが全て自分の所為だ、と思えるほど傲慢ではありません。だけどなんらかの申し訳なさを感じているのは事実です。僕は彼に全てを教えています。あとは彼が判断すべきです。」
「当時の警察の大半が腐っていたのはどうしようもない事実だからな。だからBの上司のような、『まとも』なのが排斥されたんだろう。」
Cがそう言ったところで、手に氷の入ったタンブラーを持ったDが戻ってきた。
「もしも、の話は現実的ではありません。Bには悪いですが、仮にあなたの上司が指揮を執っていてもあの場は変わらなかった可能性だってあります。その場合はB、私は君も君の上司も殺していたかもしれませんし。…それだけの話です。これは。」
ごく無表情に、かといって冷徹でもなくDは平然と言い放った。
それが当たり前とでも言うように。
「おっかねーなDさんは。」
「……いいえ安心しました。ありがとう、Dさん。」
ショウエンには何が安心したのか分からないが、二人の間の空気が元に戻ったことだけは感じ取った。
あの事件。
警官隊と犯罪組織の衝突による、白昼の惨劇。
Dの中ではそれは既に過去の物になっている。
突入の指揮をしたもの、狙撃に加わっていたもの、前線にいたもの
『あの時』『あの場で』『妻を撃ったもの』だけがDにとって重要だった。
不幸な偶然が引き起こしたものだけに、彼はそれ以外の要素は全く考えていない。
考えても妻は戻ってこない。それをこの10年近くかけて、漸く受け入れたの
そして…考えることは、自分自身にも返ってくると知っているからだ。
あのとき、自分達があの場にいなければ。
何度も自分を責めた。
家に帰っても誰もいない。
迎えてくれる。一緒に食事を摂ってくれる。傍にいてぬくもりを与えてくれる存在はもう居ない。
その現実を突きつけられる度に自問した
あの場に行かなければよかった
自分に生きている価値などない。
妻の居ない世界に自分は居る理由がないと、何度も自分を殺そうとした。
だが死の直前に妻の顔が浮かんで手が手が止まる。
何度も繰り返す内に、彼は辿り着いた。
自分の役割。
自分が『最後』にすべきことを。
そうして『警察官連続殺害事件』を引き起こした。
一夜のうちに、11人の警察官を撃ち殺した。
ある者は自宅の玄関先で
ある者は職場のトイレで
ある者は街の雑踏の中で
ある者は飲み屋の中で
撃って次へ、また撃って次へ
Dはそれを繰り返し、全てを終えて妻の眠る墓場に足を運んだ。
あまりに大胆な出来事に警察は混乱し、Dは捕まることなく終の場所に向かったのだ。
そして、出会った
-君の人生は、つまらない人間の為に終わってしまうのかい?-
そう言った、黒髪に青灰色の瞳の男。
-…私にとって、生きる理由はもうない。放って置いてくれ。-
-君にとっては、か。死にたいのか?-
-……-
混乱していた。
最愛の妻はもういない。
復讐を果たした。
Dが考え得る、『やるべき事』は既に果たした。
生きる意味、それはない。
しかし死ぬ意味もなかった。
-私は君が欲しい。理性を保ったままであれだけの事をやってのけた逸材。生きる意味がないのなら私が与えよう。死ぬのは自由だ。ただし、私の元に来てからでも構わないはずだ。-
私はそうして、彼に…クライシス前総帥、ゼブル・ノウエンの配下に加わったのだ。
「湿っぽくなってしまいましたね。すみません。」
「いいや。気にしてない…次は、Eか」
「………ウス……」
肉料理を咀嚼していたEが短く返事をする。
大きな体躯に似合った量を、先程から淡々と身体に詰め込んでいる。
会話は殆どしない。
口数の多くない男だとショウエンは認識している。そんな彼が、自分の身の上を語ってくれるだろうか…と少し懸念していたが。
「自分は、高校生を殴り殺して、ここにいます。」
意外にも言葉は彼の口から出てきた。
が、かなり省略されている。
「お前なあ、ちいとは説明しろよ。」
「喋るのは、苦手です。」
そう言ってCを見る。
「…まあ、お前が良いなら俺が説明するけどよ。えっとな、こいつは昔猫飼ってたんだよ。親は早くに亡くなって、ばあさんと猫と二人と一匹で暮らしてたんだと。大学生の時にばあさん死んじまったんだよな。んで手続きとか色々している間に飼っていた猫が居なくなって、探しに行ったら近所の悪ガキ…ハイスクールの生徒が猫を嬲り殺してたんだ。」
「……」
「んで激情したEがその場にいた高校生5人を撲殺。10人に大怪我を負わせたんだ。Eにとって猫は最後の家族だったからな。」
ショウエンはEの様子を伺う。
静かに、感情の薄い表情でCの言葉を聞いている。
「んでEは捕まって裁判。猫と人間5人の命じゃあ後者が重い。しかも10人のうち何人かは再起不能なくらい伸しちまった。加えてEにはもう庇ってくれる人間はいない。検察は死刑を求刑し、おそらく判決もそうなるだろうと、みんな思ったさ。」
「…死んでも仕方ないって思いました。あいつらは俺の猫を殺して報いを受けた。だから次は俺だと。でも、俺は釈放された。隊長が俺を『買い取った』んです。」
「被害者、ってか殺した5人はかなりの悪でEの猫を攫った時にEの金を盗んでいたことが分かったんだ。他にも暴行事件や恐喝もやっていた。勿論遺族側は裁判ではそれを隠していたんだけどな。検察側もそれを分かっていたんだけど、まあ金を掴まされていたんだろうな。それらを全て公表するか、起訴そのものを無かったことにするか。公表すれば世論は動くし、『強盗事件』として逆に遺族を起訴することもできる。んで、遺族達は起訴を取り下げたんだ。厄介者の息子を払えただけでも良かったと思ったんだろうな。酷い親だよ。」
「…隊長は、俺に言いました。『俺がほしい』と。…いままで、家族以外にそう思われたこと、なかったから。恩も、あるから、俺はここに居ます。」
Eは皿に乗ったままだった肉を口に放り込んだ。
「んで今はノウエン本社の設備管理部門の作業員として働いている、と。」
「そうです。あと、俺が一番後輩です。ショウエン様がここに来る三ヶ月前に、入りましたから。」
「そうなのか。でも、今は私が一番後輩、だな。」
ショウエンがそういうとEはショウエンをじっと見つめ、「後輩…」と呟いた後小さく頷いた。
「なんだE、そんなに嬉しいのか?後輩が出来たの。」
「後輩といっても、ショウエン様の戦闘力は我々に近付きつつある。侮るなよ。」
「……ウス」
A、B、Eは深々と頷いた。
ロメオ親子を襲撃したときに見た、ショウエンの力。
魔法に疎い彼らにも、ショウエンがそれに長けていることは理解できた。
加えて肉弾戦の身体の運び、度胸。そして同級生に手を下した冷酷さ。
彼らの中では、ショウエンは既に民間人の女子供ではない。
まごう事なき『裏組織の戦闘部隊』の一員となっていた。
「そうだ、Eがデザートを用意しています。僕準備してきます。」
Bがそう言って立ち上がると、Eも付いていった。
「Eはな、外見いかついけど動物好きなんだぜ。偶に猫喫茶で半日くらい過ごしてる。」
「どうでも良い情報ですね、それ。ところで、Cさんは話すんですか?」
「俺か?」
Cは自分を指差す。ショウエンは少し廻るのが遅くなった頭でCに付いて考えた。
Dの次に部隊に入ったという年長者の一人。
派手な服装で軽薄な印象、遊び人の様に見えるが『あっちの仕事』は確実に完璧にこなす。
「話しても良いよな、D」
「なぜ私に聞く。」
「だって、嬢ちゃんのパパじゃねえか。教育に悪そうなお話を聞かせても大丈夫かなっと」
にやりと笑う。
対してDはギロリとCを睨み付ける。
ショウエンはと言うと…反応はない。強いて言えば、今までメンバーの凄惨な生い立ちを聞いてきたのに教育に悪そうも何もないのに、と思っていた。
「俺はただの殺人鬼さ。」
「………それはまた、大層な。」
何となく予想していた言葉に、ショウエンはさして驚くことなく言葉を返す。
「本当のことさ。9年、前かな。俺はホストやってたんだ。接待だけじゃなくて、そうだなあ…羽振りのいい奴とは寝たりもしていたかな。んでまあ、それも色々なプレイを」
「そこはいらん。端的に話せ。」
Dが割り込む。
男女の話は出来るだけショウエンに聞かせたくないのだろう。ショウエンもその分野の話が出てくるとは思っていなかったようで少し驚いていた。
「あーはいはい。…んで、俺はちょっと目覚めちまったんだ。首を絞めるってことに。最初はただ苦しそうな顔を見るだけで良かったんだけど次第にエスカレートして、ある時に殺しちまったんだよ。人間怖いよな。癖になったら中々やめれねえ。客だけじゃなくて、同じ店のホストとか、なじみの店のねーちゃんとか、色々やらかしたよ。」
「苦しむ顔に興奮する。そう言っていたな。」
「そうそう。まあ俺もどっか歪んでんだろうな。んで、何時ものように娼婦を殺した次の日にこいつが家の前にいたんだ。」
「Dが?」
「ええ。当時私は、総帥直属の戦闘部隊の一員でした。入りたてだったので、私の仕事は愛人達の監視、護衛でした。Cが殺した娼婦も、総帥の愛人だったんです。」
「警察じゃない、って一発で分かったよ。俺を殺しに来たんだって即座に理解した。逃げられないってことも。それで抵抗して…最終的には捕まって総帥の所に引き摺られて連れて行かれた。怖かったぜ。だってあの時D全然喋らなかったし。」
「無駄なことはしない主義だからな。」
「それで、どうなった?」
「んでまあ、総帥の所に行くわな。拷問受けて殺されると思ったんだけどよ、そしたらDが『組織に引き入れることを薦める』って言ったんだわ。ほんと、驚いた。総帥も笑ってたな。んでDと一緒になって今に至るってわけだ。」
Cはロック割りの蒸留酒を造り、口を付ける。
ショウエンは暫くあっけにとられていたが、やがて口を開いた。
「今は、今でも、殺したいのか?」
なんとも恐ろしい質問だ。
Cは、ただ笑った。
「歳をとったからな、『それ』は緩やかなモンになったさ。」
END
ザクト直属の殲滅部隊の過去。
Eを除いた四人は先代にスカウトされていますが、行く宛もないので組織に残っています。
一番まともな人生を送るはずだったのがDですが、今では一番ヤバい人です。
しかしショウエンの父になってからは、ちょっと人間味が戻ってきています。
とはいえ、皆どこかしらネジが飛んでいます。




