↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/39

煙後日談 『父親の気持ち』

「ではお休みなさいませ。」

Dは受話器を置いて溜め息を吐いた。

身体的な疲れもあるが、それよりも今まで話していた相手の発言に、大いに驚かされたからである。

7年間娘として育てていた少女が上司によって女になった…平たく言えばセックスを経験した、と。

彼女の周りに親密な男友達などは勿論いなかったから、俗に言う『初体験』を済ませたことになる。

ショウエン自身がDの上司・ザクトに対して並々ならぬ好意を寄せていて、ザクト自身も彼女に厚意していたが、まさか、男女の中に発展するとは。

「(いつかはこうなると、覚悟していましたが…)」

ふとDは頭によぎった『覚悟』という単語に首をかしげる。

覚悟だと

まるで二人がそういう関係になることを恐れていたみたいじゃないか

いや、実際にこの胸の中にあるもやもやは何だ

そして何かを奪われたような喪失感すらある。

「……全く、私にもまだこういった気持ちがあったなんて」

Dはかぶりを降るとクローゼットからジャケットを取り出す。

財布と個人端末をポケットに仕舞い込み隣の部屋へ。

「C、暇だろう飲みに行くぞ。」

隣はDの同僚のCの部屋だ。Cはビールを飲みながら猥褻なビデオを見ていたようで、Dが入ってくると慌ててテレビのスイッチを消した。

「なんだよ、入ってくるときはノックぐらいしろ!」

「しても無視だろ、お前は。」

「んなことねえよ。で飲みに行くって?珍しいなお前からなんて。」

文句を言いながらも立ち上がり支度をする。

口は悪いし下品だが、このCという男は基本的に付き合いはいいのだ。

特にDとは歳が近いこともあり、連んで何処かに行くこともそこそこある。

ただし殆どはCからの誘いであったが。

「エストンロイヤルのスカイラウンジでいいな。」

「そりゃまた、良いところに行くんだな。何かあったのか?」

シャツを着てジャケットを着て、長目の金髪を一つにまとめてCは尋ねる。

「…後で話す。」




エストンロイヤルホテル・60階スカイラウンジ。

ホテルチェーンを構える某グループのホテルの中でもグレードの高い施設。

そこのスカイラウンジは、眺めと提供している酒の質により値段も張る。

一般人なら、恋人をもつ男がここぞという時に、あるいは大企業の上層部への接待や、巨額が動く怪しい取引に使うくらい。

もしくは、金をもて余すセレブリティが会員になってたまに来るぐらいだろう。

Dはどちらかと言えば後者だ。

ザクトの直属部隊に支払われる給与は平均的サラリーマンの年収のおおよそ三倍。

『任務』があろうと無かろうと、毎月支払われる。

加えて『副業』もこなし、更にはここ数年は『ショウエンの世話代』として多すぎる+αを受け取っているDからすれば金は溜まる一方だ。

だから彼はこうしてどこかのラウンジや、クラブの会員に登録し減らない金を消費している。

それでも溜まる速度の方が早いのだが。

「今夜は奢りだ。好きなだけ飲め。」

ラウンジの奥、VIPエリアの一角の円形ボックス席に二人は腰を下ろした。

ボックス席といっても、壁の半分はガラスになっておりそこから夜景を見ることだできる。

腰を下ろした二人に、ボーイが一切の隙を見せない動作で二人に近づく。

「ようこそ御越しくださいました。御伺いいたします。」

Dはワインと肴の盛合せを、Cはビールを注文した。

ボーイは注文を書き取ると一礼し、また隙を見せない動きで下がっていった。

「こんなところでもお前はビールか。」

「最初はな。」

Cは懐からタバコを取り出す。

「私にも一本分けてくれ。」

「え、ああ良いけど…」

一本箱から取り出すとまずは自分の口に、そしてもう一本取り出してDに差し出す。

「すまないな。」

「いや。」

Cは最初にDの煙草の先端に火を着けた。

「珍しいな。最近止めてたのにな。」

「たまには、な」

Cも火を着ける。

「嬢ちゃんに差し障るってか」

「……まあな。成長期だからな。」

「優しいね~Dさんは。」

「仕事だ。優しいも何も、彼女を健やかに育てるように命令されたんだ。身体に悪そうなものは極力避けるのが普通だろう。」

「だからって、スパッと禁煙できたお前が凄いよ。…てか7年ぶりじゃねえのか?煙草」

「……かもな、げほっ」

吐き出す時にDは僅かに咳き込む。

「ほら、無理すんなって。なんか今日変だぞ、お前。何かあったのか?」

「失礼致します。ドリンクをお持ちしました。…ではごゆっくり」

ボーイが酒とツマミを持って来たため、会話は一時中断した。

テーブルの上に注文の品物を並べて、煙草は灰皿に二人とも置いた。

「とりあえず、乾杯だ。」

「…へいへい。」

カチン、とグラスがぶつかり合い、口をつける。

ワインは濃い赤色で、クーラーに入ったボトルごとテーブルにやってきた。

職業柄、そうしたものに詳しいCはそれが結構値が張るものだと気付いた。

自分が飲んでいるビールは、まあ美味しいが所詮はビール。このワインの値段の四分の一もないだろう。

そう思ってあおった。

「っぷは、他人の金で飲む酒はまた格別だ。…んで、何があった。」

「…ショウエン様が、ザクト様に抱かれた」

「へー……って、おい。マジか。いつ、いつだ。」

Cは目をこれでもかと見開いてDの言葉を待った。

「ついさっきだそうだ。今はザクト様のお部屋でお休みらしい。」

ぐいっとワインを一気に飲み、肴を口に放り込む。

普段のDからは考えられない、少し荒い動作だ。

「(任務だとか良いながら、結構感情的になるじゃないか)ま、いずれそうなる気はしてたぜ、俺は。」

「私もだ。」

「じゃあ良かったじゃねえか。予想通り、予定通りで。嬢ちゃんの待遇は、そういえばどうなるんだ?タワーに戻ってきたってことは、お前との関係も親子のままって事はないだろう。」

「ショウエン様は俺たちと同じ、ザクト様直属部隊になった。戦闘に関してはこれから本格的に訓練をすることになっている。」

「じゃあ、同僚ってことか。でもま、それだけじゃないだろうけどな。」

ザクトと肉体関係を持ったということはショウエンは彼の愛人になったということだ。

彼女の性格上、同僚達に威張り散らしたり、我儘を言うことはないだろうが、何となく気を遣いそうだ。

もし彼女の身体に傷の一つでもできたら…考えるだけでも恐ろしい。

「…」

「なに浮かない顔してんだよ。むしろ祝ってやるべきなんじゃないのか?娘が女になったんだから。大人の階段を上っただけだ。」

「いや、あまりに突然だったからな。」

グラスにワインを注ぎ、またあおる。

「14だったか?まあ、少し早い気がするけど、嬢ちゃん年齢の割に雰囲気とか大人っぽいから別に良いんじゃねえの?身体だって」

「お前、あの子をそんな目で見ていたのか。変態。」

ギロリとCはDに睨まれた。

「んなわけあるか!俺はもっとむちむちな女が良いんだ。青臭いローティーンは対象外だ!」

「ショウエン様が貧相だと?本当にお前は失礼極まりないな。」

「お前の方がよっぽど失礼な事言ってるぞ!てかお前キャラ違うぞ。よっぽどショックだったのか。嬢ちゃんが処女喪失したの。」

「はっきり言うな馬鹿者。」

「図星かよ」

そうしてDはまたワインをあおり、追加の酒も頼んだ。

出てきたのは蒸留酒だ。

グラスは二つ。

ロックアイスも付いている。

「またキツイの頼んだなお前。」

とくとくとダブル程度注がれてロックアイスが投げ入れられる。

琥珀色の液体が照明によってぬるりと光る。

「でも、お前も『父親』になっちゃってたんだな。」

「長年居れば、動物にだって情は湧く。まして相手は人間だ。それにあの子は賢くて良い子だ。気に入らないわけがない」

そしてまた呷る。

「おい、無茶すんなよ。」

Cはボーイを呼んで水を頼む。

このままのペースで飲み続けるのは危険だと判断したからだ。

「何苛々してんだよ。」

「苛々などしていない!」

荒々しく言い放つが、アルコールが回ったのか目元をしかめて眉間を押さえて項垂れてしまった。

「ほら言わんこっちゃない…なあ、落ち着けよ」

Cは宥めるようにDの背中を軽く叩く。

こんなDを見るのはCは始めてだった。

「…嬢ちゃんを他の男に奪われて寂しいのか」

Dは俯いたまま頷いた。

「変なことを聞くが、お前のそれは親子の愛情か?それとも女に向けるもんか?」

はっと、顔を上げる。

少し血走って潤んだ目にCは少し驚いたが、目を逸らさない。

「嫁さん失って、そのままずっと女を作ることもなく今までいたんだ。誰かを好きなっても今さらおかしくないが。それが」

「…この独占欲に酷似したものが何なのかは、私には分からない」

「だから苛々してんだろ」

「……そう、だな…」

ボーイが水を二つ運んできた。

Cはそれを受け取って片方をDに渡す。ボーイが下がったのを見て、Dはそれを半分ほど喉に流し込む。

少し落ち着いたのか、大きなため息をして、乱れた髪の毛をかき揚げる。

「……良い子なんだ…本当に。」

「あ?」

「一途で、ザクト様のことを、ずっと…こんな私に対しても…」

「……」

Cは無言で煙草とライターを差し出す。Dはそれを受け取り、くわえて火を点けた。

深く吸い込み、今度は咳き込まずに紫煙を吐き出した。

漠然とどこかに目線をやりつつ、ぼそぼそと口を開いて言葉を紡ぎ出し始める。

「…読み書きだって…並の子供よりもしていた…分からない言葉や宿題はちゃんと自分で調べてから聞きに来たし、食事だって、私の言いつけを守っておやつは言いつけ分だけ食べていたし、テレビだって私が指定した番組以外は全然見ないし、疲れているときはお茶を入れてくれたりしたし、任務で遅くなってしまった時も食事を用意して待っていてくれたりしたし……」

「……」

「誰かが、待っていてくれると、そう思い始めていたんだ。まだ、自分にも…居ると……」

CはDの身の上を思い出す。

ごく若い時に妻を喪い自暴自棄になっていた時にこの組織に入った、と。

しかも妻は病気などではなく他人の手によって呆気なくその命を奪われたのだ。

警官隊とある犯罪組織の銃撃戦。

D夫婦はたまたまそこに居合わせて、流れ弾を食らってしまった。

しかもそれは、警官隊の誰かが撃ったものだったため、犯人は明らかにされず、Dには多少の賠償金が支払われただけだった。

罪を負うべき人間は罰を受けず、生きている。

愛するものは、返ってこない。

その理不尽さに、彼は壊れてしまった。

Dはその金で二挺の銃器を購入し、事件当時の事を詳しく調べた。

関わった警察官の氏名、所属、住んでいる家やその行動パターンに至るまで調べあげた。

そしてある月の無い夜に『復讐』を決行した。

妻を撃ったと思われる警官隊11人全員を一夜のうちに銃殺。その殆どはヘッドショットの元、一撃で命を落としたらしい。

最後に自分も死のうと、妻の墓の前で佇んでいた時に前総帥のゼブルに勧誘を受けた。

その後どういう心境か、Dはゼブルの要求を飲んで彼のボディーガードになり、今ではその息子の直属部隊の参謀だ。

浮いた話一つなく、今まで独りでいた彼にとって、ショウエンは言うなれば家族だったのだろう。

「最初から、彼女の目にはザクト様しか映っていないのは知っていた。でも、それでも私を慕っている所もあったんだ。それだけで、良かったんだ…」

「……そうか」

「それが無くなるのが……嫌、なんだと思う」

ぼそりと呟いた言葉は消え入りそうなほど小さいが、しっかりとCの耳に届いた。

妻を失ったトラウマが思い出されるのだろう。

つまりDが不機嫌、もとい落ち込んでいるのは、誰かに大切な誰かを奪われる悲しさを、もう一度味わうことになったからに他ならないのだ。

「でもよ、お前が嬢ちゃんと過ごしてきた時間が消えるわけじゃないだろ?嬢ちゃんだって、いきなりお前との関係を変えたりはしないと思うけどな。」

「根拠は?」

「嬢ちゃんは、言ってもまだ子供だ。頼れる大人が必要だ。俺達は嬢ちゃんと親しいわけじゃないが、お前は違うだろう。彼女の『父親』なんだからな。…それに、嬢ちゃんはまだ生きてるぜ。会えない訳じゃないんだぞ。」

生きている

その言葉にDは瞠目した。

そして漸く、Cの方を見て、目元を緩めた。

大きくため息を吐く。

「そう、だな……見苦しいところを見せた。許してくれ。」

口許を緩めて、水をもう一口。

その様子にCは笑いながら蒸留酒のグラスに口をつけた。




「大体、ザクト様は早急すぎる。再会して昨日の今日で未成年、しかも義務教育中の女の子に手を出すなんて。せめて二ヶ月くらい待つとか…」

「その二ヶ月の根拠は何なんだよ。」

「私が妻と交際を始めてからステディになるまでかかった時間だ。」

「経験談かよ!てかお前って、やっぱり普通の人間だったんだな。ちゃんとした男女交際してたんだな~」

「他のカップルがどうかは知らないが、お前の爛れた男女関係と比べ物にはならんことは確かだな。」

「爛れたとか言うなよ。10年前だったら俺もそこそこまともだったぞ。」

「嘘を吐け。路地裏で色々やらかしていてよく言う…。」

Cは苦笑いを浮かべた。

「まあ俺の事なんてどうでも良いじゃねぇか。んで、ザクト様がなんだって?」

「まだあの子は成長途中なんだ。それを、強引に……同い年くらいの男ならまだしも、大人のザクト様を相手にするなんて身体的に辛いに決まっている。」

「……同い年くらいねえ……そういや嬢ちゃんに手出してきたのは、同じ学校の元クラスメイトだったっけ?」

「ああ、だが3歳ほど上だったがな。…思い出しても忌々しい。」

「お前刺されたモンな」

「それはどうでも良い。許せないのはあの子を連れ去った挙げ句、暴力を振るい彼女を傷つけた事だ。陵辱までされそうになったからな……ああ、思い出しても腹立たしい。」

再びヒートアップして来たDをCはなだめる。

「まあまあ落ち付けって。もう死んじゃったんだし。てかお前が手を下したんだから良いじゃネエか。」

そう、バルトにトドメを刺したのはDである。ショウエンのナイフを受けて虫の息だったバルトの頭に銃を撃ち込んだのだ。

Cは覚えている。その時のDの表情は冷酷そのものというか、静かなる怒りを秘めたものだったということを。

表に出していなかったが、彼の心中はもしかしたら地獄の業火の如く燃え滾っていたのかもしれないとCは今更ながらに思った。

そういえばトドメなら2発くらいで良いはずなのに、あの時は確実に5発以上打ち込んでいた。

しかも片方ずつでだ。二挺拳銃だから計10発か。

結果バルトの顔は原形を留める事無く、血も脳髄も床に垂れ流しになったのだ。

流石にショウエンに見せるのは酷だと予感したザクトは、Dが撃つ前に目隠しをして、更に撃った後もその部屋から出るまでショウエンに見せないようする程グロテスクな有様だった。

様々な死体を見てきたCでも、少し引いてしまうほど。

「だけどよ、あのザクト様だったらきっと至極丁寧に扱ったと思うぜ。あんだけ一人の女を気に入っているのを俺は見たことないしな。それに経験豊富だし、そっちのテクニックも十分あるだろう。何より嬢ちゃんがあんだけ慕っている相手なんだから、同い年のガキなんかよりはよっぽど、というかこれ以上ない相手だぜ。」

「時期が早い、という話をしているんだ私は。お前は何を聞いていたんだ?」

DはまたギロリとCを睨む。

「時期ねえ…ま、ザクト様も若い男だしお盛んな歳だろ。好きな相手だったら抱きたいと思うのは当然だろう。ここはお前が大人になって大目に見てやれよ。」

鋭い視線も気にせずCはカラカラと笑う。

Dは最後に鼻を鳴らすとまたグラスの酒を呷った。


END

前回が五年前…時が経つのはとても早いですね。

ショウエンの養父、ディーン・デナードことDの話です。

ほか4人の物語も順次上げていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。