『煙』16.鮮血の花【屠る者】
16.鮮血の花【屠る者】
重役室のある十八階の階段室で下層のD達と合流した。
残った敵勢は全て重役室前に集結しているらしく下階は静かだ。
上階も同じだ。警備兵は全て私の魔法で拘束し、ザクト様が息の根を止めた。
「残る敵勢はターゲット二人を含めて三十一人です。部屋の中にターゲット二人とSPが五人、警備兵が十一人。残りは外を固めていますね。」
「ビルの外からはどうだ。B、何か見えるか?」
『いいえ。シャッターを下ろしているようで何も見えません。』
「狙撃は難しそうだな。それ以外に何かあるか。」
『いいえ。しかし、他のビルの人間が外に出始めています。警察はまだ来ていませんが。』
「了解した。あと三十分以内にケリを付ける。脱出ルートの確保を頼むぞ。」
『了解しました。』
ザクト様とBの通信が終わる。
みんな得物を構えた。
「さて、仕上げですかね。」
Cがどこか楽しそうに言う。こんな状況に似つかわしくない軽薄そうな男だと思っていたけど、その目は明らかに何かを楽しんでいるように輝いている。
この状況にか、それとも人を殺すという感覚、感触そのものにだろうか。
分からない男だ。
「追い詰められた奴らはどんな行動に出るかわかりません。徹底的に潰しましょう。」
ショットガンを装填し、廊下の奥を視るのはEという男。ザクト様の部下達の中では一番大柄だけど、一番若いと言う。
ヘルメットの下の表情は分からないが、制圧担当というだけあって威圧感がある。
「Eはショットガンで牽制。その間にAとCは一体ずつ片付けろ。俺はこれを使って、中のSPを二人ほど殺るよ。」
ザクト様がパイルバンカーに弾を装填する。
大きな杭のような弾丸だ。
「どうやって、中のSPを殺すんですか?」
私の質問にザクト様は口の端をあげて答えて下さった。
「敵が部屋の外にいる時に取る行動として、ドアの左右に張り付くってのがあるんだ。よく訓練されたSPなら、形式に則ってそうするだろう。でもそれはあくまで壁の耐久性が、襲撃者の武器の威力よりも強度が高い場合にのみ適応できる動きだ。パイルバンカーを最大出力にすればあの壁はぶち抜けるからね。SP達の動きはカメラで分かるから、そこを撃つ。」
廊下の奥で銃声が鳴った。続いて激しく打ち合う音が聞こえてきた。
先に行ったA、C、Dが銃撃戦を始めた様だ。
「始まったみたいだな。僕たちも行こうか。」
Dが先頭に立ちその後ろにザクト様、私は殿について廊下を進んだ。
銃声と絶叫、断末魔が響いている。
敵は部屋の前にバリケードを築いて応戦しているがそれも無駄なことだった。
Eのショットガンに隠れている間にほんの少しでも身体の部位が見えればAとCがそこを銃弾で抉る。
痛みの余り飛び上がればジ・エンド。
投降の暇さえ与えず、攻撃する。これは銃撃戦ではない。ただの処刑だ。
「SP達が動き出しているようだな。」
ザクト様がパイルバンカーを構えた。
「……ドンピシャだな。」
爆音が二回響き、扉を挟んで壁に二本の杭が刺さった。
私も部屋の中の様子をカメラで視ようと思ったが、Dに止められた。
「どうせ部屋に入るんだ。カメラで視るか、肉眼で見るかの違いだろ。」
「ですが……そうですね。ショウエン様、どうぞご自由に。」
ほんの少し言葉が濁ったのは、私に残酷な場面を見せたくないからだろうか。
でも無駄な心遣いだ。
ザクト様の言う通り、どうせ後で視る。
それに、私にはやはり人を殺すときの罪悪感というものが無いらしい。
「……見事です。ザクト様」
串刺しにされた巨漢が二人、痙攣を繰り返している。
他にもSPは三人。そしてバルトと、その父親のアドラーだ。
SP達はドアに向かって銃を構えている。
人数が多い。私は余っている蔓の種を床に蒔いた。
「いけ…!」
Eの足下を抜け、蔓は床を、壁を、そして天井を張って重役室に進んだ。
部屋の外にいた敵を拘束し、部屋の中のSP、警備兵達を拘束した。
その様子を他のメンバーもカメラで視ていたらしく、静かになるまでその場に何も言わず待機している。
「…この震えているのがバルトってやつか。あ、銃を持ち出したぞ。」
「こんなやつに刺されたってのかよ、Dさんは。」
揶揄するようなCの言葉にDは何も言わない。
「それにしても、これくらいの戦闘で疲弊するなんて、色々と舐めすぎですね。人身売買なんていう裏稼業に両足突っ込んだくせに。」
Aはため息を吐いた。
「……」
Eは何も言わない。黙ってショットガンを背中に固定し、ナイフを取り出した。
他のメンバーもバルトを罵倒しながらナイフを取り出した。
「さて、動けなくなったようだからトドメに入りましょうか。」
Cが言うとAとEは頷く。
「にしても本当に気の毒になるくらい、甘い奴ですね。報復とか考えなかったんでしょうかね。」
「所詮表稼業の人間は、裏の理屈なんて分からないものさ…しかし本当に、滑稽だな」
ザクト様がそう言った瞬間、三人は転がり込むように部屋の中に突撃してきた。
バルトが銃を撃つんじゃないかと心配したが、奴はそれも出来ないようだ。
重役室のカメラを視ようと思ったが、早々に血に濡れて見えなくなった。
開け放たれたドア越しに血と断末魔の跫音が響く。
そして、微かに銃身が光っている。知っている制服の男。バルト。
私も身を滑らせるようにして中に入る。固まったままのバルトの腕を掴み足を払い、地面に押さえ付けた。
「やめろ、いやだ、死にたくない!!助けてくれ!!」
五月蠅い。傍らで腰を抜かしているアドラーを見るが、恐怖に震えて黙っているだけだ。
「親父!助けて!助けてくれよ!!」
「あ、あ…」
助けを求められた父親は、ただ言葉にならない呻きをあげるだけだった。
既に彼らの味方は、物言わぬ屍になりはてている。
「片付いたか。」
ザクト様がDを引き連れて入ってきた。
既にこの部屋で生きている人間は私達とこのアドラー親子だけだった。
「はじめまして、アドラーさん。夜の家族団欒のさなかにお邪魔してすみませんね。」
「……だ、誰だ、君たちは…こんな事をして、け、警察が黙っちゃ居ないぞ!」
「警察沙汰になって困るのはあんたらの方じゃないのか?人身売買なんて、リスクばっかりなのは分かっていただろ?金が手っ取り早く入る方法だし、売った側も買う側も両方罪を被るからな。中々露呈しにくいが、その分恨みを買う。露呈したときの罪も重い。しかも売られた子達はみんな重度の麻薬中毒みたいだから、良くて終身刑、悪くて死刑だな。」
アドラーは引きつったような声を上げる。
その様子を見たのか、私に押さえられているバルトが声を上げた。
「おれはっ……俺は悪くない!親父に言われて仕方なく女達をっ」
この後に及んで見苦しい。
私が口を開こうとしたのを、ザクト様は手で制した。
しかも、離せと言う。
私が彼の意図を組むのに時間を要していると、Dが横から出てきて私と代わった。
私はザクト様の隣に立ち、Dは崩れたバルトの腕を掴んで無理矢理立たせた。
「なんで、お前は悪くないんだ?バルトくん。」
「!何で、俺の名前を!?」
「そんな些末な事はいいんだ。さ、何でだい?」
このザクト様の声。明らかに楽しんでいる。
「…親父の会社を、もり立てようと思ったんだ。それで、親父の取引先に女をやればいいって思ったんだ!最初は学校の馬鹿な女を宛がったんだけど、次は完全にモノとして欲しいって親父が言ったから、適当に街で捕まえたんだ。そしたら親父がもっともっとっていうから…だから!俺は悪くない!親父の言うとおりにしただけだ!最初の切欠は確かに俺だけど…」
「へえ……父親の為にね。」
半ば蔑みを含んだザクト様の言葉にバルトは気付かず続けた。
「そうだ!あんた、いや貴方たちに俺達の販売ルートをやるよ!この国の企業のお偉いさん、それに外国の企業のお偉いさんばっかりだ!絶対儲かる!だから、それで勘弁してくれよ!」
バルトは気付かない。私達の誰一人、その話に興味を抱いていないことを。
暫く静まりかえった後、ザクト様が笑い出した。
滑稽だ、と言わんばかりに。
愚かだ、と言わんばかりに。
「あははっ、あはははは!いや、君は実に面白いね。生き残ろうと必死だ。ま、この状況だと取引できる材料は確かに女、あと金だからね。でもさ、こうは思わないのかい?『全てを奪った後で殺す』って考え。」
アドラー親子の顔がみるみる青ざめる。
「わ、儂は多少なりとも名前も顔も売れている!殺せばお前達も足が着くかもしれんぞ!」
「目撃者ゼロ。しかも監視カメラも停電で働いていない。僕達が居た証拠なんて無いよ。銃もわざわざ、君達が持っている型のに合わせてきたんだ。一般流通しているタイプで助かったよ。警察は腑抜けでめんどくさがり屋だから、この膨大な数の銃創を一つ一つ調べる事はないだろう。それにね、僕たちがなんでここに来たかまだ分からないのかい?」
ザクト様が私の後ろに立つ。そしてヘルメットの留め金を外し、ゆっくりと上に引き抜いていった。
「……!!!」
バルトの顔が引きつった。バイザー越しだった時よりは幾分暗い視界だが、彼の顔が醜く歪んでいるのは見えた。
「お、お前、は!?」
「やっと気付いたかい?」
続いてザクト様もヘルメットを脱いだ。
「ひっ!今朝、校門に、い、た。」
「お、おい!バルトどういう事だ!知り合いか!?」
「元クラスメイト、でしたね。たしか。」
Dが説明すると、アドラーはこれ以上ないほど眼を見開いた。
「おいC、ついでにDのも外してやれよ。」
「へいへい……よっと。」
「!!あ、あ…」
Dの顔を見て、バルトの顔はこれ以上ないほど歪んだ。汗が目に見えるほどにじみ出ている。
自分が刺した男の顔くらいは覚えていたようだ。
「中々痛かったですよ。」
「こえーなDは。ま、ショウエン様の場合痛いだけじゃ済まなかったけどな。」
「………」
私は無言でバルトを睨んだ。
完全に怯えきっているその姿に、ザクト様は満足そうだ。
「報復だよ。報復。僕達の仲間に手を出したんだから、金なんて二の次。君達を懲らしめるのが、今日の目的なんだよ。」
「更に貴方たちは派手にやり過ぎました。折角表立った組織が消えて静かになったこの街のパワーバランス、金の流れを狂わせる所だったんですからそれなりの処遇を考えています。」
「しょ、処遇…?」
「そうだな、アドラーさん。確かあんたはこのバルトと腹違いの娘がいたよな?病気で死んだ妻との間に二人。長女は確か、私立のエスカレーター式で大学まで出て看護師、次女は同じような経歴で今は教師か。あんたの娘にしちゃ、しごく真っ当な道を歩いているじゃないか。彼女達の夫も真人間。うーん実にいいね。極めつけは、親父との仲はあまり良くない……か。」
「なっ、どうしてそれをっ、いやむ、娘達に何かしたのか!?」
娘達の話題が出た途端、慌ててザクト様の前に這いずり出た。
「む、娘達は関係ない!!頼む!そっとしておいてくれ!!かわりに何でもする!!何でもやる!!」
「何でも、ね。その言葉に偽りはないかい?」
アドラーは首を縦に振る。
「じゃあさ、バルト君に犠牲になって貰う。」
「!!お、親父!!」
「…………ああ、良いだろう……」
残酷だ。いや、報いだ。
元はと言えばバルトが引き起こした事態。
こうなるのは、当然だ。
「バルト君。さっきも言ったけど、君は派手に遊びすぎたんだよ。いくら子供だからっていってもいわゆる裏世界ではそんなこと関係ないのさ。君のお父さんは君という代償を払って落とし前をつけようとしているんだ。跡継ぎがいないこの会社は、大変だね。ま、そうじゃなくてもこれだけの大惨事が起きたんだから廃業だろうけどね。」
バルトの身体が弛緩する。
父親に見捨てられたという事実が、彼を絶望の淵に落としたのだろう。
でも、私と眼があった瞬間、彼ははじかれたように私に向かってきた。
「ショウエン!」
私はみんなの叫び声を聞きながら、至極冷静にナイフを抜いた。
バルトの手にもナイフが握られている。Dを刺したものだ。
追い詰められた動物は、最後にすさまじい力を出すというけど、まさにそんな感じだった。
「しねえええええ!おまえのせいだ!!」
「人の所為にするな。見苦しい。」
定まらないナイフを避けて、私は切っ先をひねり出す。
飛び込んできたバルトは、そのまま私のナイフを胸に抱き込んだ。
肉が裂かれ、骨が割れる嫌な感触。
ぱくぱくと何かを喋ろうとして口から血を垂らす顔に、崩れ落ちた身体。
「致命傷、にはならないな。心臓からは逸れている。D。」
「はい。」
ハンドガンを二丁、Dは微かに呼吸するバルトの頭に向かって構えた。
「ま、いくら何でも刺激が強すぎるかな。」
バルトを凝視していた私の目を、ザクト様は両手で覆い隠した。




