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『煙』13.牙城への帰還

13.牙城への帰還


久々のノウエンタワー。

摩天楼。

特別階行きのエレベーターにザクト様と二人で乗る。

「兄さん達に挨拶にいこう。久々だしね。」

「でも、私こんな格好ですし、その…なにか着替えはありませんか…」

男達に破られた制服は見るも無惨で、今はザクト様の上着で何とか肌を露出させずに済んでいる。

この格好で総帥に会うのは憚られる。

「ああ、そう言えば…少し寄り道しようか。」

ザクト様は目的階の一つ下の階のボタンを押す。

そこは、ザクト様達の部屋とかつて私が住んでいた部屋がある階だ。

扉が開くと、あの頃と変わらない光景が現れる。

私はザクト様に手を引かれてそのまま彼の部屋に入る。

ここも、変わらない。

強いて言えば、少し煙草の臭いが漂っているくらいだろうか。

でも不快ではない。

私はソファに座るように言われたから、そうした。

ザクト様はクローゼットに身を滑り込ませてから数十秒して、紅い服を持って出てきた。

女物のノースリーブのワンピース。

ブランドものだとわかる。

「サイズは多分合うと思うけど、着てみて。」

「こんなに綺麗なもの、無理です。私、汚れてますし。」

ザクト様は一瞬考えて、直ぐにニヤリと笑う。

「じゃあ、汗流してきなよ。使い方は分かるよね。」

さあ、と私をバスルームに促す。

「下着類とかは、そうだなDに頼んで用意させるよ。…ごゆっくり。」

とりあえずの着替え、とバスローブを手渡されて脱衣場に押し込められた。

何がなんだか、分からない。

どういう状況なの…?

「えっと、兎に角、入ろう。」

私はなるべく自分に落ち着くように言い聞かせながら服を脱いだ。

無惨に裂かれた布を脱いで、形だけでもと整えて脱衣かごに入れた。

ザクト様の部屋の浴室は何年ぶりだろうか。

何度かフィーナ様に入れてもらった記憶がある。

…考えても見れば、なぜ彼女の部屋ではなくザクト様の部屋のバスルームを態々借りていたのだろうか。

幼い頃の私は、とても無遠慮だったようだ。


コックを捻ると直ぐに熱い湯が出てくる。

昨日までいたDの家では、冬場は冷たい水が少しだけ出てからじゃないと湯は出てこなかった。

この部屋は、やっぱり設備がすごい。

あと備えているボディソープとかも高級品ばっかりだ。

これはザクト様の趣味が良いからだけど。

「……使わせていただきます……」

ふんわり、フローラルな香りが鼻腔に届く。

熱いシャワーと相まって、ようやく冷えていた身体の芯に熱が甦る。

私は念入りに身体を洗う。

男達に触れられた肌を清めたかった。

髪の毛、顔、身体、足の爪先に至るまで全て。

ふと、鏡を見る。

紅い目の女の子が写る。

それと、幻かなにかが。

大きな紅い花。

私が具現化させた私の力。

男達の血を肉を吸いとった私のアルラウネ(精神体)だ。

「……また、殺しちゃった……」

私は幼少期に三人を殺している。

無意識のうちに。

そしてさっきも、また何人もの命を奪った。

無意識のまま。

だから正直罪の意識は、ない。

それでも胸の奥底につかえる何かは、罪悪感なのだろうか。

私には、分からない。


髪の毛を絞り、私は扉を開けた。

そしたら、壁が。

「倒れてるんじゃないかと心配したよ。下着はそこに置いておいたから。」

と、私に触れるか触れないかぐらい接近して脇を通り抜けて、彼は、ザクト様はバスルームに入った。


……見られた…?

私は顔が熱くなるのを感じた。

腰が抜けそうになる。だが、ここで座り込むわけにはいかない。

私は指示されたインナーをかき集めるように身に付け、バスローブを羽織って脱衣場を出た。

なんで、なんで彼が!?

彼も一刻も早くシャワーを浴びたかったのだろうか。

いや、そんな素振りは見せなかった。

もしかして、私を…??

「いや、違う。私なんかを」

私はソファに座り頭を振る。

彼が好きなはずはない。

きっと、私のことは只の部下としか思っていないはずだ。

そう、きっと。

「あれ?着替えてると思ったんだけど、まだだったんだ。それとも、その服は気に入らないのかい?」

いつの間にか彼が目の前にいた。

ソファに座る私の前方を塞ぐように、まるで覆い被さるように。

顔が近い。

「ざ、ザクト様。いつのまに…」

「ん?君が出てから結構たっているよ?…というか、髪の毛乾かしてないんだね。」

「わっ」

バスタオルが頭に被せられる。

そして、撫でるように、わしわしとザクト様が拭いてくださっている。

「そんな、ザクト様」

「いいから。」

声色はどこか楽しそうだ。それならばと、私は彼にされるがままに大人しくすることにした。


反応することに疲れていたこともあったかもしれない。

どこか心地よい刺激に私は身を委ねた。


「ショウエン?」

ふと、バスタオルの中の彼女の反応が薄くなった。

もしやと思い剥いで見ると、やはり。

規則的な寝息を立てている。

そのまま寝入った彼女はくったりと力なくソファに横たわった。

乱れた襟から覗く鎖骨。

ずり上がった裾から伸びる白い脚。

明るい照明に曝され、触れたい衝動に駆られる。

彼女の全てを暴き、腕の中に閉じ込めて貪りたい衝動。

これは薬の作用がまだ抜けきっていない為だとも認識している。

興奮状態が、まだ続いている。

だけど、その衝動に従いたくない。

それは俺が彼女を……

「おやすみ、ショウエン。」

俺のベッドに彼女を運び、サイドテーブルに水を置いておく。

彼女が目覚めて喉が渇いたときのために。




着替えて一人で最上階に足を運ぶ。

最上階。総帥の部屋。

中に入ると予想通り兄と姉が報告書のチェックに追われている。

「おかえりザクト。ご苦労だった。」

「ショウエンちゃんは?一緒だったでしょ?」

眼鏡を掛けた兄が俺を見る。

少し窶れているのは連日の書類仕事の為だろう。

姉も同様だ。

「俺の部屋で寝ているよ。」

兄さんと姉さんは一瞬目を見開いた。

二人はやれやれと呆れたように頭を振る。

「あれだけ、ここに残すかどうか迷っていたのに、案外あっさりいっちゃったのね。」

誤解しているようだ。

「いや、何もしていないよ。疲れて寝ているだけさ。魔力暴走がまた起こってね、それで消耗したんだよ。」

「ああ、報告は聞いている。少しからかっただけだ。」

「人が悪いよ、兄さんは。…で、例のロメオのとこなんだけど、調子乗っているから消してもいいかい?あんまり派手なことしない方が良いのは分かっているけど。」

気が収まらない。

俺の大切な身内に手を出したんだ。

それ相当のお礼をしないとな。

「良いだろう。」

「サンキュー兄貴。」

「明日はどうするの、ショウエン。私彼女に会いたいんだけど。」

「学校に行かせるよ。勿論、護衛を付けておくけど。」

「その同級生のロメオを揺さぶるもりか。」

ご名答。

消したはずの人間が何事もなかったのように登校している様を見れば、得体の知れない恐怖を感じるだろう。

追い詰めるのは、それからだ。

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