『煙』12.鮮血の花
12.鮮血の花
頭がガンガンする。
痛すぎて、目が開けられない。
「いつまで寝ている気だ?おい起きろ!」
ヒステリックな声で余計に痛みが増す。
しかも拘束されているようで、手足が動かない。
ばしゃり、と冷たい水が私に掛けられる。
ぼんやりしていた意識が覚醒してく。
「漸くお目覚めか。」
「っ……誰、だ。」
薄く目をあけた。
暗いどこかの倉庫のような空間に、はだか電球がともる。
複数の男達が私を囲むように聳え立ち、此方を無遠慮に眺める。
「よくも俺を虚仮にしてくれたな。俺はそういう奴が大嫌いでね。」
ああ、奴だ。ロメオだ。
「…昨日も、お前の仕業だったんだな。」
なんとか縄をほどこうと身をよじるが、薬のせいか身体が思うように動かない。
意識も朦朧とする。
「お仕置きだよ。身の程を弁えない、生意気な女にね。」
「人に任せて、自分じゃ何も出来ないくせに、良く言う。」
バルトの表情が険しくなる。
「責められることを恐れて、金を使って人を使うお前に、私は」
激痛が肩を走る。
私の肢体は激しく地面に打ち付けられた。
「黙れよ!女は黙って、男に股広げとけばいいんだよ!!」
バルトが蹴ったのだ。
息が詰まる、意識が遠退きかけるが堪える。
「お前らの好きにしろ。後始末も含めてな。」
バルトがその場から去っていく気配。
同時に、回りの男達が私に近寄ってくる動き。
嫌だ、触るな。
「さすが、ロメオ様は話がわかる。」
「今までの女で一番言い顔じゃねえか。」
下卑た笑みが投げ掛けられる。
荒い息が私に掛かる。
嫌だ、嫌だ。
服が破られる音が響く。
露になる肌が空気に、固い地面に触れて震える。
男達の指が、私に、触れる。
嫌だ、やめて。
誰か
誰か誰か誰か
「ザクト、さま…」
「あん?誰だって?」
「彼氏の名前か?んじゃ、使い古しか?」
「いや分かんねえぞ。…ってなわけで、俺が一番だな。」
私の下肢に男の手が、指が延びてくる。
嫌だ、嫌だ
私の頭に、あの日の事が、フラッシュバックする。
燃える家、倒れる人、血と硝煙の、臭い
「いやだああああああああああああああああああああ!!!」
私は思わず叫んだ。
消えてしまえ、すべて、わたしに、がいをなすもの、すべて
最後に男達の悲鳴のようなものが聞こえて、私の意識は闇に沈んだ。
「さて、行くか」
A達と合流し、持ってこさせた戦闘服と武器を装備する。
愛用のパイルバンカーも背負い、もう一度突撃メンバーに確認する。
「目的はショウエンの奪還だ。邪魔するものは蹴散らせ。」
「「「了解」」」
メンバーはA、C、Eだ。BとDは出入り口付近を見張ると同時に、本部からの伝達を担当してもらう。
「作戦時刻0。行こうか」
俺たちは倉庫に身を滑らせた。
中は薄暗く、安全灯の明かりしかない。
俺たち以外に人間が居ないか、見渡す。
暗視スコープと熱線サーモを起動させると、奥の方に、複数。
「(前方、距離30に人影有り。)」
「「(認識)」」
荷物群をすり抜け、距離を詰めていく。
二人組の男だ。
いかにもチンピラといった風で煙草を吹かせながら雑談をしている。
こちらには気付いていない。
「でもよ、あいつらずりーよな。」
「ああ。折角の上玉だっていうのに、俺たちは蚊帳の外だぜ?ついてねーよなこんな時に見張りなんて。」
「なんでも、ロメオの学校の女らしいぜ。いーよな、そんな若い女。今ごろお楽しみだぜ。」
間違いない、ショウエンのことだ。
「(拿捕せよ)」
「「(了解)」」
AとCが飛び出す。
背後から締め上げ地面に押さえ着けた。
「なっ、何しやがる。」
「なんだ!てめえらは!」
一瞬の出来事に、チンピラ共は喚く。
しかし喚いたところで、もう遅い。
「ショウエンはどこだ。お前達が拐った女の子だ。」
「あ?何で言わなくちゃいけねえんだ!」
「お前ら!こんな事してただじゃおかね」
ナイフを横に滑らせる。
鮮血が散る。
首を裂かれた男は一瞬何が起きたか分からないといった表情だったが、次第に青ざめ、脂汗をかき、最後に口を金魚のように開閉させながら絶命した。
血だまりが広がる。
「ああ、間違えた。本当は耳か鼻にするつもりだったんだけどな。」
間違えて殺しちまった。
「ひっひいいいいいいいい」
生きている方の男がもがく。
だが、拘束は解けない。
「早く何処に居るか言えよ。今、急いでいるんだから。」
「ち、地下です!この倉庫の!!入り口はあの壁の下に!」
男が指示した方をスコープで覗くと確かに入り口がある。
あの下か。
「そうか。ありがとよ。」
俺は右腕を挙げる。
男を押さえつけていたCが素早く銃口を向けて、引き金を引く。
何が起きたか理解出来ないまま、男は絶命した。
「急ぐぞ。」
地下への入り口に向かって走る。
ドアの回りに張り付き、一呼吸。
今回はCが突入役だ。
だが、Cが扉を開ける前に、中から誰かが転がり出す。
「た、助けてくれ!!」
素早くCが拘束する。
さっきのチンピラの仲間だろう。
しかし、逃げていると言うのはどういうことだ。
しかも身体中に何かに引っ掛かれたような痕が走っている。
「何があった」
銃口を突きつけながら詰問しても、男は震えるばかりだ。
ふと、地下への階段から足音が聞こえてくる。
ぺたりぺたりと、裸足で床を歩いているような音
それに混じり、何かを引きずりぶつけるような音
「き、きたあああ!!」
男はもがく
「あ、馬鹿!」
ぱきん、と男の肩が外れる。
「ぎゃああああああ!!」
Cは男から離れる。
芋虫のようにのたうち回る男に、俺は銃口を向ける。
俺が引き金を引こうとした瞬間、何かが俺の視界を横切った。
長細い、鞭の様な何か。
「ああああああああああ!!!!」
男はそれに絡め取られ、地下室へと引きずり込まれた。
暫く悲鳴が響いたが、それも、直ぐにやんだ。
「下がれ!距離を取れ!」
「「「了解!」」」
デジャヴ。
この感じは、前に経験した。
そうだ
あの時だ。
「火炎放射器を装備、攻撃されても慌てるな。」
ショウエンとはじめて出会った、あの時。
飛んできた蔓を避ける。
ひたひた、ずるずる。
何かが、ゆっくりと地下から出てくる。
「目標を肉眼で確認。」
俺はパイルバンカーに装填する。
火炎弾。
そしてナイフも、何時でも出せるようにする。
「……ショウエン…」
やはり、彼女だった。
身に纏っているのはおびただしい数の花。
血を思わせる赤い花のドレス。
蔓が幾重にも重なり、また蛇の様に彼女の回りを漂う。
全貌が現れ、俺は息を呑んだ。
彼女の後ろには、蔓に巻かれ、根に蹂躙された男達が引きずられて姿を表した。
身体中の肉、血を抜き取られたかのごとく痩せ細り、その表情は苦悶。
おそらく、彼女の纏う植物に寄生され、絶命したのだろう。
た・す・け・て
「!」
何かが聞こえた。
「ザクト様、如何致しましょうか。」
地下から現れて一向に動かないショウエンに、部下達は戸惑う。
攻撃してくるのなら、迷うことなく反撃出来る。
しかし、彼女は動かないままだ。
だが、少しでも近寄る素振りを見せると、
「おっと!」
蔓が飛んでくる。
「俺、デジャヴなんですけど。」
一度痛い目を遭わされたCが言う。
「そうだな」
たすけて、だれか
ああ、まただ。
分かっている。
元より、選択肢は無いのだけど。
「突入する、その間援護せよ。あと隙を見て根を切れ。そうすればアレは力を無くすだろう。」
「「「了解」」」
俺はパイルバンカーを構える。
まず一発目。
「!!」
炎の柱が前方に舞い上がる。その炎の後ろから俺はショウエンに近付く。
襲ってくる鞭も、流石に炎には敵わない。
ショウエンまであと二歩。
蔓がショウエンに巻き付き、彼女を守ろうとする。
俺は引き金を引く。
二発目。
今度はショウエンを囲むように広がる。
植物の悲鳴のようなものが聞こえたが、構わず三発目。
俺はパイルバンカーを投げ捨ててナイフを抜いた。
炎の隙間から、彼女の顔が見えた。
そこに腕を伸ばし、彼女を引き寄せる。
「ああああああああ!!!」
悲鳴。
ショウエンの悲鳴だ。
「俺だ、ショウエン」
抱き止めた腕であやすように彼女を撫でる。
ナイフを持った方で、彼女にまとわり付く蔓を切っていく。
しかし、どんどんどんどん蔓は再生していく。
間に合わない。
ナイフを持つ腕に何本も蔓が。
「ザクト様!」
視界が炎に染まる。
ショウエンの向こう側、つまり、根が燃え始めた。
ぱきぱきと燃える音が鳴る。
「いやああああああ!!」
腕の中のショウエンが暴れる。
「ショウエン!落ち着け!俺だ!!」
弱まった蔓を振りほどき、彼女に巻き付く蔓を一気に引き裂く。
しかし、それでも間に合わない。
「(使いたくなかったが……)」
俺は口の中の奥歯のひとつを三回噛み締める。
途端に、身体中に力が溢れる。
薬物強化。
歯に仕込んだ筋力増加薬で、短時間ではあるが常人の何倍もの力を発揮できる。
それを、使った。
ショウエンを抱き締め、強引に植物から引き剥がした。
その場を離れ、追ってくる蔦をナイフで切り落としていく。
「ショウエン…ショウエン!」
暴れるショウエンを、優しく、しかし逃がさないように抱擁する。
「あ、…ああ…」
これでもかと見開かれた瞳が、俺を捉える。
紅い目、血のように、宝石のように美しい目。
「俺だ、ザクトだ…」
「…ざ、くと……さ、ま…?」
揺れていた瞳の焦点が合い始める。
「そうだ、俺だ。」
俺はスコープを外す。
ああ、肉眼で見る君はやはり。
「ざ、う、わああああああ!!!」
涙を溢し、彼女は俺に抱き付いた。
もう蔓の追撃がぱたりと止んだ。
彼女は正気に戻ったのだ。
「よく、頑張った。」
「こわ、かった。恐かった…!!」
わんわんと泣く。
「もう大丈夫だ。」
俺は暫く、彼女を抱き締め続けた。
倉庫の入り口でA、C、Eの後始末を待つ間、俺はショウエンにロメオの事を聞いた。
愛想の良い、ただの女好きという印象だったと。
無責任なほど女の子に気を振りまく。
それがショウエンは気にくわなかったらしい。
「Dは?刺されて、いたんですが。彼は、生きていますか?」
「大丈夫さ。奴は俺の部下の中でも一番優秀で、一番強いからな。」
ショウエンが驚く。
「そうだったんですか…ずっと一緒に居ましたが、そんな風には見えませんでした。」
「それも含めて、優秀なんだよ。ま、今は意識は回復しているし、心配はないだろう。」
A、C、Eが戻ってくる。
「爆破準備整いました、この区域より離脱後爆破します。」
「ご苦労。さ、撤退だ。」
俺はショウエンを横抱きにしてその場を去る。
「ひ、一人で歩きます!」
暗い中でもわかるほど顔を真っ赤にさせてショウエンは抗議するが、無視。
「魔力を大分使ったんだろ。遠慮するなって。」
「あっ……うう……」
これほど感情を露にする彼女も珍しい。
俺は調子に乗って彼女の頭にキスを一つ。
わざと音を立ててやると、それこそ。
「!」
目を見開いて、信じられないという表情をして、ああ可愛い。
「隊長、そういうのは帰ってからにして下さい。」
Cがやれやれ、といったジェスチャーを伴って俺を諌める。
「そうだな、帰ってからにするよ。」
「帰って、って、え?え?」
ショウエンは何が何だか分からないと、混乱している。
もう車が見えてきた。
外にはDが立っていた。
「お帰りなさいませ、隊長…ショウエン様」
「D!無事、だったのか!」
俺に抱き抱えられたままショウエンはDに手を伸ばす。
Dはその手を取り、顔を伏せる。
「貴方を守れなかった。申し訳有りません。」
「いいの。でも、良かった…。」
ショウエンの目が潤む。
「おかえりなさい。ショウエン様。」
ただいま、とショウエンが小さく呟くと、地面に一滴の涙が溢れ落ちた。
「タワーに向かえ。」
「了解。」
俺はノウエンタワーに帰還するように指示を出した。
助手席に座ったDが言うには、俺たちと入れ違いに誰かがあの倉庫から出てきたらしい。
画像などは撮れなかったが、ショウエンの話からそれがロメオだと判断する。
「あの野郎にはたっぷり礼をしないとな。親父も含めてな。」
「…でも、父親は関係無いのでは…」
「いえ。そうでも無いんですよ。調べていてわかったんですが、ここ最近連続している少女誘拐事件…どうやら彼らが関与しているようなんですよ。」
「ロメオがナンパ、もしくは拐かし、父親が売る…しかもその売った先は会社の取引先だな。あと、君のクラスメイトの、クリスチーナだったか?彼女の売春相手もことごとく彼らの取引先に人間だ。」
人身売買。
その言葉にショウエンは戦慄く。
それはそうだ。彼女自身もその人身売買で人生を狂わされたのだから。
「一介の不動産会社が、そんなリスキーなもんに手を出すんですかね。俺たちみたいな組織みたいな真似して。」
Cの指摘の通りだ。大小様々な組織が入り乱れるこの街で表の会社ごときがそんな真似をしたら、どうなるか分かっているだろうに。
…いや、そうか。
「俺たちは表向き『壊滅した』ことになっているんだったな。傘下組織も、だいたいなくなったからな。他組織から襲撃されることも無いと踏んだのか。」
「今警察は組織を潰すことに気を取られていますからね。肝心の行方不明事件とかを重要視していないんですかね。」
俺は鼻で笑う。
「だから三流なんだよ。この街の警察は。」




