『煙』11.薄暗い領域に居る者は悪
11.薄暗い領域に居る者は悪
ショウエン達が曲がった先で大きな衝突音が聞こえ、アデーレは振り返る。
まさか、と思いながら角から様子を伺うと、彼女の懸念は的中してしまった。
しかも、車から出てきたショウエンの父親が、現れた男に背後から刺されるという、ショッキングな場面を目撃してしまう。
あまりに現実離れしていたから、アデーレは声も出せず、動けず、男がショウエンを運び去っても、何もできなかった。
男は、髪の毛が赤く、服装は、よく見ている学校の。
「バルト、くん…?なん、で…」
歯が震える、膝が笑う。
崩れ落ちそうになるのを抑えて、アデーレはショウエンの父親、Dに近寄った。
騒ぎを聞き付けた野次馬も出始めている。
「お、おじさん!しっかり!」
「…っ…」
Dの背広は赤黒く変色していく。
血の臭い。
同時に、ガソリンの臭いも漂い始める。
ガソリンタンクが割れて、漏れている。
「動かさなきゃ、誰か、誰か!」
アデーレは必死になってDを車から離れた場所に移そうとするが、女の子一人では無理だ。
通行人の一人が手伝い、なんとか車から離れた場所に移せた。
血の跡が、道に出来上がる。
「っ…君、は」
「おじさん!今、救急車を」
携帯端末を取り出したアデーレの手首をDは掴む。
「かまうな、きみも、にげ、ろ」
アデーレは気付かなかった。
自分の後ろに一人、野次馬に紛れてナイフを向けている人間が居ることを。
Dは懐に仕舞っていた得物を取り出そうとしていたのだが、傷の所為で動くことが出来ない。
「おじさん…っ」
コールしようとするアデーレに向かって、ナイフが振り下ろされる。
「ぐぎゃあっ!」
何かが折れる鈍い音と、ぶつかる音が背後から聞こえて、アデーレは振り返る。
「見ない方が良いぜ。」
後ろには壁、嫌、誰かの足があり、それで視界が塞がれている。
しかし、その向こうには誰かが倒れているのが見えた。
「さらに、ナイフが」
「ひっ…!」
「君を狙っていたのさ。お嬢さん。」
アデーレは慌ててDの方を見る。
薄く目を開き、浅く呼吸をしている。
「D、生きているか。」
「…ショウエン様が攫われた。相手は、見ていないが恐らく例の男だ。」
「分かった。直ぐに本部から車が来る。暫く待てよ。」
Dと同じくらいの年齢の男だった。
染めているのか、少し長い明るい金髪に、一房の黒髪。
服は派手な柄物シャツに黒い革パン、更にはサングラスと、気質の人間には思えない。
アデーレは警戒するが、Dの様子からDの知り合いなのだと判断する。
「君は?」
「あ、あの、私は、アデーレと言います。ショウエンのクラスメイトで、さっき、家まで送ってもらって…」
「ショウエン様の?」
Dを含め、ショウエンが様付けで呼ばれていることに疑問を感じたが、それよりも気になることがある。
「そうだ、ショウエンが、攫われて、早く警察に言わなきゃ!」
「それは出来ない。彼女は攫われたんだ。ヘタに公にすると彼女の身が危ない。」
男はDの服を剥いでいき、傷口をあらわにする。
そしてDの上着の内ポケットから湿布の様な物を取り出し、傷口に張り付ける。
「肝臓には達していない。上手く避けたな。D」
「…情けないよ、C」
更に包帯を取り出し、巻いて行く。
アデーレはその様子を呆然と見ている。
手慣れている。手当も、こうした怪我を負うことにも。
そうしているうちに野次馬を掻き分けて一台のバンが留まる。
黒い車体にマジックミラーの、怪しい車だ。
しかし中から出てきたのはアデーレも見たことがある人物だった。
紅い髪の毛。
目には丸いサングラスを掛けている。
黒いカッターシャツにワインレッドのベストを着ている、スマートな男性。
以前、ショウエンをバイクに乗せていた男性だった。
「状況は。」
「Dは負傷していますが、命に別状はありません。兎に角、車の中で。」
CはDを担ぎ上げると車に運ぶ。
そのまま紅い髪の男、ザクトも去ろうとしたが、アデーレに気付く。
「あ、あの。ショウエンが…ショウエンが」
短時間の間に色々起きすぎて、アデーレの精神は憔悴している。
誰が攫ったのか、伝えたいのに感情が高ぶりすぎて上手く口が動かない。
彼女は更に焦る。
「確か君は、ショウエンの友達だね。…もしかして、彼女を攫った人間を見たのかい?」
アデーレは頷く。するとザクトは時間にして数秒考え、
「そうか。君も車に乗ってくれ。話を聞きたい。」
提案した。
アデーレは迷うことなく車に乗り込んだ。
ショウエンの友人からの話と、直前にショウエンがDに伝えた内容から犯人はバルト・ロメオに間違いなかった。
アドラー・ロメオの隠し子で、アドラーの金で女を漁り、学校でも女という女に手を出しているようだ。
俺はアデーレという少女に事実を伝えた。
ショウエンが昨日男達に襲われたことも含めて。
彼女は酷く驚き、そして酷く傷付いた顔をした。
「でもなんで、ショウエンを…?」
「Dの話では、数日前に奴を転かしたんだと。コケにされたと感じて復讐しようとしたんだろう。」
「ショウエン…」
「君には悪いが、協力して貰う。俺達はバルト・ロメオの居場所を知らない。奴がどこにいるのか、探すのを手伝ってくれ。」
父親の方を今A、B、Eが当たっているが、恐らく何も知らないだろう。
「私で力になれるなら…でも、彼がどこにいるのかは、私知らないんです。」
「家も?」
少女は頷く。
「じゃあ、学校で特に仲の良い人間に心当たりはあるかい?」
「えっと…あ、私と同じクラスのクリスチーヌという子が、多分…」
俺は情報端末にその名前を打ち込む。
既にショウエンの学校の生徒の個人情報を手入れ居ているから、該当者のデータはすぐに出てきた。
ごく普通の家庭の女の子のようだが、最近素行が悪いようだ。
昼間から繁華街を彷徨いているようで、どうやら売春に手を出している。
あの辺りはそういった商売の縄張りがあったはずだが、子供にはそれは分かっていないらしい。
「C、繁華街に迎え。この女を探す。」
運転席のCに指示を出す。クリスチーナという少女の容姿をモニタに映す。
「最近の子は、派手ですね。」
「そうとは言えないだろう、ショウエンもこの子も違うからな。」
「…へえ、若いのに。こんな事してるんですか。」
横にいる少女は首を傾げる。
まさかクラスメイトが男に身体を売っているとは想像もしていないのだろう。
それでいい。
表に生きる人間は、その世界を見る必要はない。
「キツイお灸を、怖い人達から据えられる前に助けようじゃないか。」
「…そうだ、ショウエンのお父さん、デナードさんは…?」
後部座席に寝かせたDが気になるらしい。
鎮静剤入りの湿布で止血は澄んでいる。更に自動魔法で傷を塞いでいる最中だから、小一時間もあれば復活するだろう。
「大丈夫。直ぐに起きるさ。」
「…でも、あんなに血、流れてて……あ。」
後部座席のDが片腕をあげる。
少女を安心させるつもりなのか、招くように手を動かす。
「アデーレさん。ショウエンさんを、助けましょう。」
アデーレは滲む涙をぬぐい、力強く頷いてくれた。
繁華街。
夜は賑わう場所だが。昼間は人が疎らで、歩いているのはサラリーマンと、学生風の若者達だ。
その集団の一つに、制服姿の女子グループがいた。
「あの子かい?」
車の窓からアデーレに確認をさせると、彼女は頷く。
「アデーレ、君はDと一緒に後部座席にいてくれ。彼女達をここに連れてくるから。」
アデーレは頷いて、Dの寝ている後部に移る。
それを確認して、俺とCは車から出た。
服の前を多少くつろげ、遊び人風に整える。
そして何かを話しながら歩くクリスチーナ達に、声を掛けた。
「ねえ、彼女達、時間ある?」
振り向いた顔は、間違いなくさっき見た少女だ。
俺は笑顔を作る。
「俺達、初めてこの辺に来たんだけど、良かったら遊ぶ場所を教えてくれないかな?」
「君たちこの辺りの学校の子?」
Cも俺に合わせて軽薄な笑みを浮かべる。部下の中でもこういったことに慣れている奴が居て良かった。
「え~でも知らない人に付いていくのはだめだしぃ~」
「お兄さん達格好いいけど、悪い人だったら嫌だなぁ」
ああ、勿論俺達は悪い人間だ。
「そんな事ないよ。なあ。」
「そうそう。だって、そうしたら君たちの彼氏に怒られそうだからね。」
と言えばキャアキャアと叫ぶ。
うざい。
「アタシ達彼氏なんていないよぉ~。」
「ええ、そんなに可愛いのに?もったいないなあ…よくもてそうなのに。」
「だって、ガッコウいってもガキばっかだし。やっぱり年上が一番良いよぉ」
「俺達みたいな?」
Cがへらへらと笑う。
「かもね。で、どんな所に連れて行って欲しいの?」
クリスチーナが笑みを浮かべながら尋ねる。
「とりあえず若いオンナノコが好きそうな所かな。車があるから、一緒に行こう。さ、こっちに」
Cが車の脇までグループを誘導する。
扉を開けると、迷うことなくグループは乗り込んだ。
俺は扉を閉めてロックを掛ける。
「さて、君たちに聞きたいことは一つ…ロメオはどこだ。」
「え?」
「どうゆうこと?」
「…貴女達だけが頼りなの、お願い、教えて。」
後部座席からの声でクリスチーナ達は振り返り、そして唖然とする。
怪我をして横たわっている男性と、自分達のクラスメイト。
「アデーレ!なんであんたがここに!」
「先に僕の質問に答えてくれるかな?…ロメオはどこだ。」
ドスの聞いた声が口から溢れる。
「なっ、なんなのよアンタ達!」
「保護者さ。ショウエンのね。」
ショウエンの名前を聞いた瞬間、少女達は怯えた目をする。
「ロメオにショウエンが誘拐された。だから奴のアジトが知りたい。…」
「バルトに誘拐?いい気味だわ。彼を転ばしたり虚仮にしたりした罰が当たったのよ!」
「…」
「今ごろ、彼の仲間に良いようにされているわ。それでちょっとは自分の身を弁えて」
「だまれ」
俺は喋る女の首を掴む。
力を入れれば簡単に折れそうな、細い首だ。
女は外そうともがく。その仲間も俺の腕を引き剥がそうとするが、無駄なこと。
「君を殺してショウエンが帰ってくるなら、俺は躊躇わずそうするよ。」
息が詰まらない程度に力を込める。
女の顔は真っ赤だ。
俺はまた、笑みを浮かべる。
「さ、教えてくれるかな?」
俺はアデーレを家に送り届けた。
幸い、彼女の親が居たからそのまま引き渡す。
ショウエンの誘拐は口止めしている。事が終わるまでは、と。
「さて、君たちだけど」
後ろで震えるクリスチーナ達が震える。
俺は車をある場所に走らせる。
「身体を売ってたんだって?見も知らない。男達に。」
「なっ…」
「何で知ってんのよ!てか、どこに連れていくのよ!」
「さあ。どこだろうね。」
「しかし、なんでまたそんな事を?」
「っ、それは…」
黙り混む彼女達に、俺は鼻で笑う。
「大方、ロメオって男の為だろ。客も奴の紹介。じゃなきゃ、こんな面子を相手に出来ないだろ。」
俺は情報端末から送られてきた彼女達の『客リスト』をモニタに出力する。
某会社の社長、専務。表沙汰にすれば会社が潰れかねないスキャンダルだ。
「っ…!」
「な、なんなのよアンタ達は!探偵かなんかなの!?」
「いいや、ただの、悪い人間さ。」
クリスチーナ達を繁華街の高級娼婦達に引き渡した。
本当はそのまま解放するつもりだったが、俺も人間だ。
愛しいものを侮辱されて怒りはする。
縄張りを荒らされた高級娼婦やホステス達に、灸を据えてもらうことにした。
「助かったよ、坊っちゃん。最近商売上がったりだったんだよ。」
「そんなに派手にやっていたのか。捕まえたりはしなかったのか?」
母の元同僚で、娼婦達の世話役の女が煙草を吹かす。
「用心棒みたいなのをつけていたのさ。ご丁寧にね。どこかの組織かとも思ったんだけど、それならあんな安宿使わずに接待するだろうしさ。チンピラ集団が小遣い稼ぎしてる位だと思っていたのさ。」
「なるほどね。じゃあ、後は適当に頼むよ。」
扉の向こうから鳴き声と、女達の罵倒する声が聞こえてくる。
ま、殺されることはないだろうが暫く外で歩けなくなるぐらいには、お仕置きされるだろう。
「…そっちも、うまくやりなよ。」
クリスチーナからの情報で、とある倉庫がアジトだと聞いた。
そこは確かにロメオが所有するもので、書類上は現在使われていない様だ。
「A、B、Eから連絡です。」
「繋げ」
『こちらA。収穫はありませんでした。バルトについても、知らないの一点張りです。』
「了解した。こちらは臨海地区の倉庫群に向かう。『準備』をしていないから、お前達は本社に寄って取ってこい。」
『了解』




