『煙』10.崩れ行く日常
10.崩れ行く日常
「ショウエン、今朝の車に乗ってたのってショウエンのお父さん?」
「なんか若くて、かっこいい人ね!」
黒塗りの高級車で校門まで送られる。
その様子をクラスメイトは見ていたらしく、さっきから質問され続けだ。
「うん、私の父よ。」
実際の年齢は、私よりも20歳程上らしい。
世間からすれば、若い父親ということになるのだろう。
「いいな~優しそうなお父さんで。」
「しかもかっこいいし…そういえば、ショウエンってお父さん似?お母さん似?」
無邪気な質問。
私の家庭を知っている子の表情が強張る。
気にしなくて構わない。
私の本当の両親はもう、とっくに居なくなっているのだから。
「さあ、母はずっと昔に居なくなったから。」
案の定、質問したクラスメイトは驚きと恥じらいで顔が赤くなる。
私は笑顔を一つ作って。
「気にしないで。もう慣れているから。」
「でも、あの…ごめんなさい。私知らなくて。」
謝る必要なんて無い。
だって、それは只の事実だから。
「最近物騒だから、暫くは父が送迎してくれることになったんだ。本当に、過保護なんだ。」
それも事実だ。今朝になって急に車で送ると言ってきた。
昨日の事があるのだろうけど、大丈夫だと断った。
でも、結局押し切られた。
帰りも一方的に時刻を告げられて、そのままだ。
花壇の世話は、なんとか出来るだろう。
「お父さん、待たせて良いの?」
「構わないよ。もうすぐで終わるんだから。」
カモミールの世話が終わり、道具を片付け始める。
そこで校門に黒塗りの高級車、すなわちDの車が停まったのだ。
私は気にせず片付けを続ける。
もし急いでいるなら端末に掛かってくるだろうから、少し待たせるのは大丈夫なようだ。
でもアデーレは、待たせては悪いから、と急いでくれた。
私もそれを手伝った。
片付けが終わり、手洗い場で手を洗っていると誰かの気配がした。
てっきりDかと思って振り替えると、そこには。
「やあ、ショウエン。アデーレ、この後暇かい?」
ロメオがいた。
私は横目でアデーレの様子を伺うと、彼女と目が合う。
彼女は、笑顔だった。
「ごめんなさい、ロメオくん。私達今日はもう帰るの。ショウエン、行きましょう。」
彼女は私の手を引いて、その場を離れる。
花壇の近くに置いた荷物を持って、やや早足で車に向かった。
「…アデーレ」
「びっくりしたね、ショウエン…バルトくん、相変わらずだったね。」
彼女にしてはやや明るく、そしてやや興奮した声で言う。
「そうだね。あいつのアレは、もう直らないだろうね。」
アデーレは小さく頷いた。
車はやはりDだった。
車の後部座席のドアが開き私は身を滑り込ませる。
「アデーレも、いい?」
「良いですよ。どうぞ、アデーレさん。」
私の誘いにアデーレは素直に従う。
校庭にはまだロメオがいるから、早くここを去りたいのだろう。
彼女が乗ったのを確認すると、ドアが閉まる。
「あの男の子は、友達ですか?」
「前一緒のクラスだった男の子よ。」
「そうですか。仲は良かったのですか?」
「全然。」
私の態度にDは苦笑する。
アデーレも同じく笑う。
「ショウエンは相変わらずはっきりしているわね。」
「そうか?」
「バルトくんに色々話しかけられても平然としているの、ショウエンくらいよ。」
「…バルト、と仰るんですね。あの男の子は。」
「そうです。バルト・ロメオくんです。私達より三つ歳が上なんですけど、気さくで、親しみやすい人だと思います。」
一瞬、ほんの一瞬、Dの体が力んだような気がした。
何かに驚いたような、そんな感じ。
「…そうですか。中々、複雑な事情がありそうですね。」
「病気か何かで入院していた、と言っていたような気がする。」
「そうですか…アデーレさん。家はこの辺りでしたよね?」
気がつけばアデーレの家のすぐ近くになっていた。
「はい、その角を曲がれば家なので、近くで降ろしていただければ。」
アデーレを家の前で降ろし、少し進んだところでUターンをする。
「ロメオがどうかしたの?」
私はDに聞く。さっきの態度は、やはり引っ掛かる。
「…貴女を襲った男が『ロメオ』という若い男に金で頼まれてやったと言っていたのです。」
…なんだって?
「え…」
「この辺りでロメオの名前で大金を融通できるのは一人。とある不動産の社長ですが、歳を取っている。貴女との関連もありません。彼の子供は全員娘です。」
「じゃあ、あいつは関係ないんじゃ…」
不意にDの端末が音を立てる。
運転中のDは社内モニターに通信回路を開いた。
そこには、スーツ姿の誰かがいた。
「こちらDどうぞ。」
『こちらC。例のアドラー・ロメオだが、隠し子がいることが分かった。名前はバルト・ロメオ。17歳。高級娼婦との間に生まれた私生児だが、一昨年アドラーの元に引き取られている。それまでろくに学校に行けなかったようで、今はジュニアハイスクールに入り直して二年生になっている。…金にものを言わせて女遊びに耽っているようだ。』
私は戦慄く。
「了解。こちらからも報告が一つ。そのバルト・ロメオだが、ショウエン様の元クラスメイトだそうだ。」
『!ショウエン様は?』
「今後部座席にいる、今帰宅中だが」
突然、衝撃が横からくる。
車が道路から逸れて、否弾き出されて建物にぶつかる。
後部座席に装備された対衝撃クッションが作動して私を包み込む。
「D!D!」
私は運転席にいるはずのDを呼ぶ。
だけど、何も返事はない。
揺れが収まり、クッションが収納される。
同時に扉が開いた。
Dだ。
「ショウエン様!早く外に!」
私はDの手を迷わず手を伸ばした。
でも、私が掴むと同時に、Dが地面に崩れ落ちる。
「手間掛けさせやがって」
若い男の声。
崩れ行くDの後ろには、赤い髪の毛が。
「ショウエン、逃げ、ろ」
煙のようなものが辺りに漂い、私は意識を失った。




