第20話 駐在員さんの独白
私の名は 山田 浩。40歳。M証券ロサンゼルス支店の副支店長だ。
私の年齢でロサンゼルス支店の副支店長を務めているということは、控えめに言ってもエリート街道を歩んでいると言ってよいだろう。
実際、上がりのポジションとして赴任してきた支店長を尻目に、支店の実務を切り盛りしている。
さて、そんな私に本店からの業務命令が下った。
業務命令
・トール商会の代表者、トール氏がアーロン・マスクド氏との面会を希望している。面会内容は、Space Z社への投資について。
・ロサンゼルス支店はこの面会をセッティングすること。また、トール氏の投資について必要な支援を行うこと。
この業務命令に接して、私の体に震えが走った。そう、武者震いだ。
トール氏は若くして、当社の伝説級の顧客として知れ渡っている。
父親から借りた150億円を、たった2年間のデイトレードで1,000億円まで増やし、「怪物」と称されることとなった。
だが、トール氏が本当にすごいのはそれからだった。
米国株式市場に参入し、わずか3年間でこの1,000億円を1兆円まで育て上げたのだ。
そのトール氏からの依頼だ。
しかも難易度が高い。
Space Zは株式を公開していない。
トール氏が面会時にマスクド氏に求めるのは、マスクド氏の保有株式を購入すること、あるいはSpace Z社が増資することのいずれかとなる。
どちらの方法であっても、マスクド氏の全面的な同意が必要となる。マスクド氏をいかにして説得するかが、この面会のポイントとなる。
トール氏がいかに天才的なトレーダーだとしても、対人交渉の力量は未知数だ。ここは、私がバックアップせねばなるまい。
その前に面会のセッティングだ。マスクド氏は極めて多忙な人物であり、そもそもSpace Zへの増資について否定的な考えを持っている可能性もある。
ここは私の持っている、いや、M証券の持っているコネクションを最大限に活用して面会を実現させねばならない!
---面会はすんなりと実現することとなった。
米国内においてもトール氏は、新進気鋭の若手トレーダーとして一部の者たちからその動向が注目されているらしい。
マスクド氏にもその話が伝わり、面会する価値があると判断したそうだ。
マスクド氏側の条件としては、可能な限り面会人員数を少数とすること。
投資案件についての情報漏洩を防ぐためであろう。であれば、投資が実現する可能性は十分にある!
トール氏側にその条件を伝えたところ、トール氏、共同出資者であるユメ嬢の他に、当社から運転手兼案内人を1名出してほしいとのことであった。
ここは私が行くしかないだろう!私はブラウンズビルへ飛んだ。
意外なことに、面会時のプレゼンはユメ嬢が行った。
美しい容姿から繰り出されるプレゼンの内容に、私はすっかり魅了されてしまった。
マスクド氏も同様だったのであろう。投資の話はすんなりとまとまった。しかも100億ドルもの巨額な投資が、だ。
ただ、私には気になることがあった。
面談終了後、ホテルへと向かう車中で、私はトール氏に尋ねた。神の使命とは、そして神の声を聞いたとは本当なのか、と。
「ははは、嫌だなあ、駐在員さん。そんなこと、あるわけないじゃないですか。ただのジョークですよ」とトール氏。
だが、マスクド氏は信じている様子だが。
「ジョークに付き合ってくれているだけですよ。ほら、マスクドさんが言ってたじゃないですか。日本人もジョークが上手くなったって」
本当だろうか?私にはそうは思えないのだが。
ホテルに到着、チェックインをしている最中、ユメ嬢の携帯に連絡があった。
「18:00にウエストエッジストリートのレストラン、サンセットバームズ。詳しい場所はコンシェルジュに聞いて、と」
コンシェルジュに確認すると、車で40分以上かかるとのこと。Space ZのVIPだけが利用できる店らしい。
ありがとう、これからマスクド氏との会食なんだ、と言うとコンシェルジュ嬢が驚いたような顔をした。
フハハハ、そう、私たちはVIPなのだよ。私はただの運転手兼案内人なんだけどね。
「それでは、17:00にホテルロビーで。アーリーチェックインが出来るみたいなので僕たちは部屋でゆっくりとします」とトール氏。
え~と、まだ14:00になっていないんだけど。君たちは部屋でいったい何をするつもりなのかな?
そもそも、婚約しているからといって、未婚の男女が同部屋というのは、おじさん、ちょっと感心しないなあ。
---そんなこと言えないけどさ。くそう、うらやまけしからん。
レストランでは、私も同席した。よかった、運転手控え室に案内されるかと思った。まあ、酒は飲めないがな。だって、運転手だもん。
無事に仮契約を終え、22:00に食事会は終了した。トール氏は泥酔状態。
ほら、肩を貸してやるから車に乗りな。だめだよ、まだ若いからといって甘えちゃ。ちゃんと酒の飲み方を学ばないと。
「駐在員さん、ちょっと嫌な予感がします。慎重に運転してください。あと、少しでも変に感じることがあったらば言って下さい」
え?君は泥酔してたんじゃないの?演技だったの?
しばらく車を走らせていると、猛スピードで追い越してきた車が急ブレーキ。
こちらも急ブレーキを踏み、何とか追突を避けた。
突然の出来事と、衝突を回避した安堵とで、しばらくの間、ぼうっとしていたのだろう。
気がつくと、前の車から銃を構えた男が二人、後方に向かって走って行くではないか。
ユメ嬢が危ない!
私はドアを開け、車を飛び出そうとしたその時、
「危ない!車の中で伏せて!!耳を塞いで!!」と、トール氏の声。
私はその声に威圧され、言われるとおり車の中で伏せ、耳を塞いでいた。
しばらくの間、そうしていたが何も起こらない。スタングレネードを使うのかと思ったが、考えてみればトール氏がスタングレネードを持っているわけがない。
耳から手を外し、おそるおそる様子をうかがうと---
私はそこで恐ろしいものを見てしまった。
そこには、倒れている男が4名。そのうちの一人にトール氏がまたがり、顔にナイフを突き立てていた!
「グギャーアア!!」
人が出したとは思えない声がした。
だが、私が見た恐ろしいものとは、それではない。
ユメ嬢だ。
ユメ嬢は、いつものとおりの無表情のままでいた。
ナイフが突き刺せることを見ても、恐ろしい叫び声を聞いても、全く動揺することなく。
氷の魔女---私の脳裏にその言葉が浮かんだ。だめだ、このままでは魔女にやられる!
私は、再び車の中に伏せ、耳を塞ぎ、ついでに目をつむった。
「駐在員さん、車を出して!早く!」
しばらくするとトール氏の声。
え、あいつらは?どこにもいない?
「何か行き違いがあったみたいで引き上げました」
車は2台ともある。徒歩で立ち去る?そんなわけはない。
「賊には賊の都合があるのでしょう。さあ、早く!」
私はユメ嬢の表情をちらりとうかがった。相変わらずの無表情。ぞくっとした。言うとおりにしなければ魔女に---!
私は車を走らせた。
私は東京に戻った。
私は上司にトール氏からの要請で急遽東京に戻ったことを伝えると、本社の海外事業部長のもとへ行くよう命じられた。
「山田君、ご苦労だった。大活躍だったそうではないか」
は?
「トール氏から聞いたよ。君の活躍で、見事にSpace Zへの出資が決まったそうじゃないか。トール氏は大変感謝していると言っていたよ」
私は車を運転しただけなのだが。
「それでだ、君にはトール商会に出向してほしい。本日付だ」
え?
「以前からトール商会の投資部長を送り込んでほしいという要望がトール氏からあってな。トール氏の元で投資を切り盛りする、希望者が続出するポジションだ。君の同期の小笠原君を送り込もうと思っていたのだが---」
小笠原。同期の出世頭だ。私より二年も早く管理職に登用され、今はニューヨーク副支店長のはずだ。
「ところが、トール氏から君を指名されてな。今回の君の活躍をみて、是非にとのことだ」
え~、嫌なんですけど。え~と、ほら、私にはロス支店の業務もあることだし。
「ははは、そんな些末のことを気にすることはない。ロス副支店長など誰でも出来る。そうそう、君の職位だが今日付でM1になる。おめでとう。二階級昇進だ」
二階級昇進---やはり私は死んでしまうのだろうか。
ちなみに断るという選択肢は?
「あるわけないだろうが!」
こうして私は、トール商会に出向して、トール氏の監視を受ける、もとい、トール氏のもとで働くことになった。
ところで、だ。私はトール氏とユメ嬢から「駐在員さん」としか呼ばれていない。もしや、名前を覚えられていないのではないか。
ちなみにトールとユメは、レストランに行く前に、ホテルで仮眠を取っただけです。満タン状態です。え?何がって?魔力に決まってんじゃん。
次回は月曜日に投稿します。




