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04:平穏な日常が壊れる時

 サリとしての暮らしにも概ね慣れた。相変わらずサリの朝は早い。サリ歴2日目の朝以降は、炉の灰をかいて火種を起こすことから1日を始めていた。それから女たちの専用となっている水場へ向かい、水浴びをする。ここは集落の女が共同で使う場所だが、早朝から水浴びに来るものはサリの他にはいない。サリは薄い朝日が昇り始める中で、悠々と身体を清めることができた。人目を避けているわけではない。昼間太陽の下で身体をさらけ出すことができないだけだよ。共に水浴びをしたいものがいれば拒みはしない。但し女に限る。


 何度か熱を出した子供の家へ呼ばれたことがあった。熱さましに呼ばれていることが事前にわかっていたため、薬を煎じて持参する。この程度ならばサリの知識で賄える範疇だ。


 生姜とウコンを砕いてすり潰し、煎じる。そこへ香りのよい木の皮を加える。シナモンだよ。いい香りだ。完成した薬とも呼べぬ液体を木椀に注いで病人宅へと向かった。葛があれば尚よかったのだが、生憎この地に自生はしていないらしい。あれはもう少し寒い地域で育つんだったかな。


 恐らくは自然に治癒しているのだろうが、快復した者らからは大層感謝された。どうも居心地がよくない。


 豊穣を願う祈祷を依頼されたこともあった。今は乾季、通常の年なら田を休ませている時期だ。しかし今年は婆が長年の経験から「いける」と断言したので、数年ぶりに二期作行うことになった。無事に収穫できれば集落にとって、大きな蓄えとなる。祈祷は重要な役目だった。

 祈祷のために男たちは狩りに出かけ、猪を仕留めて帰ってきた。猪の他に、魚やもぎたての果物、米も備えてサリは祈った。祈祷の後はさながら大宴会だった。集落総出だったからね。炙った猪は大変旨かった。


 そんな風にして数ヵ月が過ぎただろうか。無事稲刈りも終わり、しばらくしたある夜嫌な夢を見た。

水で集落が流される夢だ。やけに生々しい夢だった。どうも過去のことではない気がする。すごく不快だった。こんな夢を見るサリという人物が忌々しく思えた。私はそういう類のものが嫌いなんだ。


 翌朝も普段通りに火種を起こし、水浴びをして朝餉の支度をした。家族らとそれを囲んでいた席で、サリは夢の話をすることにした。


「カラ、氾濫が起こるかもしれない」


 最初にサリはそれを叔父のカラに伝えた。しかし狭い場所だ。全員がそれを聞いていた。

口いっぱいに米を頬張っていたカラが、急いでそれを飲みこむと水をグイと飲み干して、乱暴に木椀を置いた。大変慌てた様子だ。


「視たんだな」


「視た」


 乾季も終わりに近い。それは誰もが知っている。事態は一刻を争う。

「わかった」と言ってカラは家を飛び出していった。


 カラが集落の中を走り回って叫んでいる。


「ラニを継ぐサリの夢見だ。今すぐ氾濫に備えるぞ」


 家の中、陰になる場所から外をそっと覗いてみた。あちこちの家から男も女も飛び出てくる。男らは鋤や鍬を準備し、女たちは床下に並んでいる用具を家の中へと移動させ始めた。サリの暮らす家でも、ダラとマヤが忙しく用具を運び入れている。炉は仕方ない。また作り直しだ。どの家の炉も壊れる。珍しいことではない。壊れたらまた作ればよいだけのことだ。


 そこから先は早かった。集落の人々が分担して来たる雨季への備えを始めた。女手を中心に、幾人かの男も加わって溝の整備をすることに、残りの男らは氾濫時のための備蓄準備に回った。


 今年は天候に恵まれ、婆の判断を得て二期作できた。そうして蓄えた貴重な籾の備蓄を守ることが重要だ。今現在の田はすっかり乾いている。溝の整備は骨が折れる作業だろう。例年は雨季が始まって、土が少し緩んでから始める作業だ。力を貸すことの出来ぬことがもどかしい。今は女手ひとつすら貴重だ。


 翌日は皆、朝が早かった。サリの起きる時間に他の者も起き出して支度を始めていた。水浴びは省略して急いで朝餉を用意した。ダラとマヤも加わって普段の朝より早くに仕上がった。

溝の整備はまだまだこれから、と言ったところだそうだ。今日のうちに全ての溝をさらい終えて畦を完成させ、明日までには作業を終える予定だとダラがおしえてくれた。


 午後になり、空が一気に暗くなった。それに気がついた時には雨が降り出していた。家の中にいたのはサリひとりだ。ダラとマヤは田の溝堀に、婆は備蓄用の木の実の収穫、カラは同じく備蓄のための魚を獲るため川へ向かったきりだ。まずいな。この雨の降りようは普通じゃない。乾季からの変わり目の季節にこれほどの豪雨を見た経験がなかった。いや経験など今話している場合ではないな。現実に目の前では大粒の雨が途切れることなく降り続いている。危険だ、早く戻ってきてくれ。


 最初に戻って来たのはカラだった。この雨では魚を干すことも叶わない。火を起こすことも出来なくなった。サリはカラと共に残りの家族を探しに行くことにした。皮肉にも厚い雲のおかげで私は外に出ることができるからね。濡れるのは大歓迎さ。暑くて蒸し蒸ししていたところだ。


 ピタリとカラの後ろをついて歩いた。カラは慎重に田に向かって進んで行く。田に向かう道の途中で引き返してくる者らと合流できた。作業に当たっていた者全ての確認が取れているらしい。よかった、あとは婆だけだ。


 雨足はますます激しくなっていた。4人で婆を探していたが、カラから戻れと言われ女3人は先に家へ戻った。まだ帰る場所が残っていた。集落は今のところ無事だった。


 しかしその日婆は見つからなかった。陽が暮れる直前、不安と苛立ちの顔をしたカラ1人が帰ってきた。その夜は誰もが寝付くことができず、気がつけば家の真ん中で4人が集まってまんじりともせず朝を迎えていた。雨は依然激しく降り続いている。

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