02:今世の家族
とりあえず嘆いてなどいないでサリの仕事を始めるとするか。一日はもう始まっているからね。
私は今来た道を引き返した。水を汲むのは叔父のカラが担当だ。サリは昨日の残り水を使って朝餉の支度をする。今朝は芋を蒸かす予定だった。残念だ、今世はおいそれと肉を食べられそうもない。パンなど生涯無縁確定だ。こんなことなら昨夜もうひとつパンを食べておくんだった。
随分と明るくなってきた。点在している住居から人が動き始める気配がする。サリの暮らす家の母屋からカラが水瓶を担いで降りてくるのが見えた。
「おう、サリ。今朝も早いな」
「おはようカラ叔父さん」
サリの両親は既に他界している。サリの通称である[ラニを継ぐサリ]のラニが、母親の名だ。サリはこの集落でかつてのラニと同じ職を担っている。
今の家族は祖母と叔父のカラ、カラの妻ダラ、それから叔父夫婦の娘マヤの5人家族だ。ダラは集落の連中からは[ムアラのダラ]と呼ばれている。ダラが他にもいるからだ。名前の種類が少ないのだよ。同じ名を持つ人間がそこここにいるのさ。名字はない。
正式な年齢はわからないが、サリは30手前くらいだと思う。夫はなし。今世は生涯独身だろうね。理由?それはこの見た目さ。サリの見た目は村の誰とも似ていない。
驚くほど白い肌。ひとつ前の人物も白い肌と言えたが、ここまで白くはなかった。その上髪の色まで白と来たものだ。集落で暮らすものらが全て日焼けした肌に黒い髪をしていることから、いかにサリの存在が異質なものかがわかるだろう。
皮肉にもこの外見が、サリのラニを継ぐものとしての価値を高めていた。母は祈祷者だったのさ。後の世で広く知られる言葉で言うとシャーマンというやつだ。サリはこの集落で祈祷者、霊媒者として相当な信頼を得ている。私が最も忌む存在のひとつさ、皮肉なものだね。
サリが祈祷者となったいきさつについては、後程ゆっくり語ろう。まずは朝餉だ。
母屋の中から石刃を取り出して、もう一度川へ向かった。今日だけは動きに無駄が多いことを大目に見ていただきたい。道中でバナナの葉を何枚か切り出し、それを川で洗って帰る。
炊事小屋に入り炉の灰をかいて火種を起こすと、住まいの中にある保存庫から昨日のうちに下準備を済ませてあったタロイモを運んできた。保存庫などとは言っても仕切りすらない一角さ。
タロイモを葉で包んで、鍋で蒸す。これが主食だ。蒸したてに塩をつけて食べると美味しいんだよ。これは何度も食べてきた味だ。
蒸している間に皿代わりにする葉を取りに行った。適当なものを数枚切り出して炊事小屋へ戻る。立てかけて干してあった籠にそれを敷いて準備完了だ。蒸しあがるまではもうしばらくかかるだろう。
再び住まいへ戻り、中央の広いスペースに葉を数枚敷く。それから保存庫に置いてある小さな壺の中から少しだけ平たい貝の上に塩を移した。今朝使う分さ。最後にバナナを一房置いた。私はバナナが嫌いなんだ。サリは食べていたようだけれど悪いね、今日からサリの口にバナナが入ることはない。ということは、今朝はタロイモだけか、寂しい。肉が食べたい。
匂いにつられてか、一気に家の中が賑やかになる。それぞれが起き出してきて作業を始める時間だ。
「おはようサリ」
「おはようサリ姉さん」
ダラとマヤから同時に声をかけられた。
「おはよう、今日もいい朝だね」
祖母も入れると女手が4人もある家族の中で、サリ1人が朝餉の支度をしていることが不思議かい?何もサリが厄介者で家事を押し付けられているわけではないよ。サリには畑仕事ができないんだ。外に出て働くことができない代わりに、こうして家の中の役割を担当しているというわけだ。
カラ叔父さんが水を運んで帰ってきた。時間がかかるのはいつものことさ。水場で会った連中と話し込んでいたんだろう。集落の結びつきは固いんだ。男たちは共に行動することが多い。漁をするにも狩りをするにもひとりで行くより効率がいいからね。
さて、そろそろ蒸しあがった頃だろう。炊事小屋へ戻っていたサリは、端の芋に枝を刺して蒸し具合を確認した。うん、ほっくりと蒸しあがっている。それを包んだ葉ごと取り出して、用意しておいた籠に乗せ、母屋へと運んでいった。カラが汲みたての水を木椀に5つ、注いでいるところだった。
「婆、朝餉だよ」




