72話大会の余波
V-CROWNから数日が経った頃、叶のもとに、これまでにない数のメッセージが届くようになっていた。
「――なんだ、これは」
事務所を通さない個人アカウント宛にも、いくつかのダイレクトメッセージが届いている。差出人の名前を見て、叶は思わず目を見張った。界隈でも名の知れた大手勢の配信者たちからだった。
『V-CROWN、拝見しました。良ければ今度、コラボのお話などいかがでしょうか』
『準優勝おめでとうございます。あの索敵力、ぜひうちの企画にもお借りしたいです』
これまで、コラボの誘いは何度もあったが、その大半は本物のクリムがやんわりと断ってきたものだった。だが今回ばかりは、その断り文句を口にする気になれなかった。
(――少しずつ、変わってきているのかもしれないな)
叶は、自室のパソコンの前で、届いたメッセージの数々を眺めながら、静かな感慨に浸っていた。
中には、界隈でも屈指の登録者数を誇る大手事務所所属の配信者からのメッセージもあった。
『初めまして。以前から配信は拝見していました。もしよろしければ、来月企画している視聴者参加型の大型企画に、ぜひご参加いただけないかと思いご連絡しました』
差出人の名前を見て、叶は思わず息を呑んだ。界隈でも一二を争う知名度を持つ配信者だ。これまでなら、間違いなく丁重に断っていた相手だった。
少し悩んでから、叶は返信を打った。
『ご連絡ありがとうございます。詳細を伺えますか』
送信ボタンを押す指先が、わずかに震えていた。これまでの自分なら考えられなかった一歩だった。
変化は、それだけではなかった。事務所の桐生からも、思いがけない連絡が入った。
『クリムゾフィアさんのグッズ第二弾、企画が本格的に動き出しそうです。大会でのトライアドの活躍、かなり反響大きかったので』
グッズ化第一弾は、以前フェスタの折に一度実施していたが、あの時とは比べ物にならないほどの熱量が、今回は感じられた。
後日、桐生とのオンライン打ち合わせが設定された。画面越しに映る桐生は、いつも以上に張り切った様子だった。
「今回は、大会の『トライアド』を意識したデザインも検討中です。三人お揃いのアクセサリーとか、需要ありそうだなと」
「――俺の一存では決められんな。フィガロ殿とシャーロット殿にも、話を通す必要がある」
「そうですよね。もし良ければ、三人合同でのグッズ展開、事務所同士で調整してみましょうか」
叶は、思いがけない提案に目を見開いた。これまで一人で背負ってきた活動が、少しずつ、誰かと分かち合えるものになっていく。その実感が、じわりと胸に広がっていった。
「――頼めるか」
「もちろんです! こういう企画、久しぶりにワクワクしますね」
桐生の弾んだ声に、叶も自然と口元が緩んだ。
その日の夜、叶は久しぶりにメイベルへメッセージを送った。
『あの節は、相談に乗ってくれてありがとう。結果、準優勝だった』
返信は、すぐに届いた。
『知ってるよ! ずっと見てたから!! 本当にお疲れ様、めちゃくちゃ格好良かった』
『それと』
メイベルからのメッセージには、続きがあった。
『次は、私ともまたコラボしようね。今度はゲームでも良いし』
叶は、思わず口元を緩めた。
『ああ、また頼む』
メイベルからのメッセージは、さらに続いた。
『そういえば、界隈で噂になってるよ。「あのクリムゾフィアがついにコラボ慣れしてきた」って』
『そんなに噂になっているのか』
『なってるなってる。良い意味でだから安心して』
軽快なやり取りに、叶は思わず声を出して笑った。
界隈との繋がりが、少しずつ、しかし確実に広がっていく。それは、これまで一人で配信を続けてきたクリムゾフィアにとって、まったく新しい景色だった。
翌日、会社の昼休み。石井が缶コーヒー片手にやってきて、いつものように向かいの席に腰を下ろした。
「最近、なんか忙しそうだな。残業も増えてるし」
「ああ、まあ、色々とな」
「例の『挑戦』ってやつ、うまくいってるみたいだな。前より生き生きしてるぞ、お前」
石井の何気ない一言に、叶は少し驚いた。詳しい事情は知らないはずなのに、確かな変化を見抜かれている。
「――そうか。分かるものなんだな」
「そりゃ分かるよ、長い付き合いなんだから」
石井の屈託のない笑顔に、叶は静かな温かさを覚えた。
仕事終わり、叶はいつものようにラヴィを抱き上げながら、窓の外を見つめていた。
「――なあ、ラヴィ。俺たちの日常、少しずつ賑やかになってきたな」
ラヴィが、答えるように小さく鳴いた。
大会という一つの出来事が、思いのほか大きな波紋を広げていた。フィガロやシャーロットとの縁、新たなコラボの誘い、グッズ化第二弾、三人合同での展開の可能性――それらはまだ始まったばかりの、これからの物語の種だった。
この賑やかさが、いつか自分の「NOと言えない」性分と、どう向き合うことになるのか。叶はまだ、その答えを知らない。
だが今は、この温かい繋がりを、素直に喜びたいと思った。
窓の外に広がる夜空を見上げながら、叶はふと、これまでの道のりを振り返った。放送事故から始まった配信者生活、フェスタでの一件、温泉編での出会い、そして今回の大会。一つひとつの出来事が、確かな糸となって、今の自分を織り上げている。
(この先、どんな縁が待っているのだろうな)
その問いに、まだ答えはない。だが、不思議と不安はなかった。むしろ、これから先の日々に、静かな期待すら抱いている自分がいた。




