70話エクソシストの挟持
シャーロットが配信活動を始めたのは、五年前のことだった。個人勢として一年ほど活動したのち、ノクターン・エージェンシーにスカウトされ、それから四年になる。
もともと彼女は、「エクソシスト」として人知れず活動していた。人の負の感情や未練が凝り固まって生まれる「澱」と呼ばれる存在を鎮め、本来あるべき形へと還す――それが、シャーロットの本当の生業だった。
人知れず現れる悪しきものを祓い、それを誰に語ることもなく、日常へと戻っていく。そんな生活を何年も続けてきた彼女にとって、「誰かに見てもらえる」という体験そのものが、これまでの人生になかったものだった。
――なぜ、この業界に入ろうと思ったのか。
その答えは、彼女自身の在り方と、切っても切り離せないものだった。自分という存在をそのまま出すことはできない。だが、自分が何者であるかを、まったくのゼロから偽るのも、どこか気が進まなかった。ならばいっそ、自分の本質に近いキャラクターを作り、その姿で世に出てみよう――そう考えたのが、始まりだった。
こうして生まれたのが、「エクソシストのシャーロット」という配信者だった。台詞や設定こそ配信用に整えたものだが、根底にある在り方は、紛れもなく本人そのものだった。最初から、その立ち絵で、その名前で、配信を始めた。
配信活動と並行して、シャーロットは今も、月に数度、深夜にひっそりと「任務」に出かける。とはいえ、無償の奉仕というわけではない。彼女のような者たちを束ね、案件を割り振る裏の機関があり、シャーロットはそこから正式な依頼を受けて動いていた。廃墟、古い神社、忘れられた墓地――機関から届く依頼書に記された場所を巡り、澱の気配を探る。見つけた澱には、まず静かに語りかける。何を恨み、何に執着しているのか。その声に耳を傾け、時には涙を流しながら、澱の未練を解きほぐしていく。力ずくで祓うことは、最後の手段でしかない。任務を終えれば、機関からささやかながら正当な報酬が支払われる。それは、彼女の生活を静かに支える、もう一つの収入源でもあった。
配信を始めたばかりの頃、雑談中にふと零した独り言に、視聴者から温かいコメントが返ってきたことがあった。
『今日も一日、お疲れ様です』
たったそれだけの一言に、シャーロットは不思議なほど心を動かされた。誰にも気づかれず、誰にも労われることのなかった日々の中で、画面の向こうの誰かが、自分の存在を認識してくれている――その事実が、何より嬉しかった。
(この仕事は、私のための居場所を作ってくれるのかもしれない)
そう思ったのが、この業界にのめり込んでいった、本当の理由だった。
Vtuberという活動の良さは、シャーロットにとって、単なる「表現の場」以上のものだった。素顔を明かさずにいられること。設定という名の仮面を被りながら、それでいて誰よりも本音で語り合えること。そして何より――視聴者との間に生まれる、対価を求めない温かい繋がり。それは、任務としてのみ人と関わってきた彼女にとって、まったく新しい世界だった。
個人勢として活動を始めてしばらく経った頃、配信のコメント欄に、聞き覚えのないアカウントからのメッセージが届いた。
『いつも拝見しています。エクソシストという設定、とても丁寧に作り込まれていて素敵ですね。もしよろしければ、一度お話しできませんか?』
最初は、怪しい勧誘の類かと疑った。だが、送り主のプロフィールを確認すると、それはノクターン・エージェンシーの現役スカウト担当者だった。
オンラインでの面談を経て、シャーロットは正式にスカウトの申し出を受けた。
「あなたの『エクソシスト』、すごく完成度が高いんです。うちで、本格的にやってみませんか?」
突拍子もない誘いだった。だが、細々と一人で続けてきた配信活動に、どこかで限界も感じ始めていた頃だった。誰かに見出されるという経験に、シャーロットは静かな高揚を覚え、その誘いに乗ることを決めた。
事務所に所属してからも、キャラクターそのものを変える必要はなかった。台本や演出こそ整えられたが、「悪しきものを祓う者」という核の部分は、最初から変わらず、彼女自身のものだった。
「――足を引っ張らないよう、援護に回ります」
配信で初めてその台詞を口にしたとき、シャーロットは自分でも驚くほど、その言葉がしっくりと馴染むのを感じた。前に出るのではなく、後ろから誰かを支える――それは、本業でも、配信活動でも変わらない、彼女という存在の核だった。澱と向き合うときも、彼女は決して前面に立って戦う者ではなかった。寄り添い、耳を傾け、必要であれば静かに力を貸す。それが、シャーロットのやり方だった。
それから四年、シャーロットは着実に実力をつけていった。ゲームの腕前も、配信でのトーク力も、事務所内でも上位に数えられるまでになった。だが同時に、心のどこかで、ずっと引っかかっていることがあった。
(私は、本当に誰かの力になれているのだろうか)
本業でも、配信でも、常に「支える側」に立ち続けてきた彼女にとって、自分自身の存在意義を見失いそうになる瞬間が、時折あった。
その答えが見えたのが、今回のV-CROWNだった。
初心者のクリムゾフィアと、飄々としたフィガロ。二人と過ごした一ヶ月は、シャーロットにとって、これまでの活動の中でも特に濃密な時間だった。
「クリムさんの索敵報告、聞き取りやすいですよね」
あの練習中の何気ない一言が、思いのほか叶を喜ばせたことを、シャーロットは今でも覚えている。誰かの努力を、正しく言葉にして伝える。それもまた、自分にできる「援護」の一つなのだと、気づかされた瞬間だった。
打ち上げ配信の夜、氷の音を立てるグラスを傾けながら、シャーロットは静かに思いを巡らせていた。
(あの二人は、きっと私よりずっと先を行く人たちなんでしょうね)
クリムゾフィアの底知れない威厳も、フィガロの飄々とした達観も、自分にはまだ手が届かない領域のように感じられた。だからこそ、彼らの隣で戦えたことが、シャーロットにとって何よりの誇りだった。
「――また、ご一緒できますように」
小さな願いを込めて、シャーロットはグラスを掲げた。氷が、涼やかな音を立てた。
窓の外には、今夜も澱む夜が広がっている。だが、この温かい繋がりがある限り、明日もまた、前を向いて歩いていけるような気がしていた。




