66話打ち上げ配信
大会翌日。三人は改めて、三画面同時視聴形式での「お疲れ様会配信」を開くことにした。
「昨日は本編に後夜祭にと、大忙しだったからな。今日は、ゆっくり振り返る回にしよう」
叶の提案に、フィガロとシャーロットも賛同した。
「賛成です。ちゃんと打ち上げらしいことがしたいですね」
「うむ、俺も同感だ」
配信が始まると、コメント欄はすぐに温かい歓迎ムードに包まれた。
『打ち上げ配信きた!』
『三人揃っての振り返り、待ってた』
『昨日は本当にお疲れ様でした』
「――さて、まずは乾杯といこうか」
叶がそう言うと、画面の向こうでフィガロとシャーロットもそれぞれ飲み物を掲げる気配がした。
「トライアド、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様だ」
三者三様の掛け声が重なり、コメント欄には祝福の言葉が溢れた。
『乾杯の音、揃ってて微笑ましい』
乾杯を終えると、話題は自然と大会の振り返りへと移っていった。
「振り返ってみると、最初のエイム練習が懐かしいな。壁に頭から突っ込んでばかりだった」
「ありましたね、あれ」
シャーロットがくすくすと笑う。
「あの頃と比べれば、随分と上達したものだ。もっとも、エイムは相変わらずだが」
「そこは正直に言うんですね」
「事実だからな。だが、スナイパーライフルとの出会いは、我ながら大きかったと思う」
叶がしみじみと言うと、フィガロも頷いた。
「あれは意外だったな。索敵役とスナイパー、まさかあそこまで噛み合うとは」
『スナイパー覚醒の回、伝説だよな』
『あそこから流れ変わった気がする』
話題は、スクリムでの出来事、大会前夜の緊張、そして本番五ゲームの一つ一つへと移っていく。
「五ゲーム目の囮作戦、正直今思い出しても心臓に悪い」
叶が苦笑すると、シャーロットが少し咎めるような声で言った。
「本当ですよ。あの時は、心臓が止まるかと思いました」
「すまない。だが、あの一瞬しかないと思ったんだ」
「――結果的には、正解だったがな」
フィガロの言葉に、三人はしばし黙り込んだ。あの瞬間の緊張感が、まざまざと蘇ってくるようだった。
「そういえば、後夜祭のチームも、なかなか賑やかだったな」
叶がふと話題を変えると、シャーロットが興味深そうに身を乗り出す気配がした。
「そうそう、私も気になってました。犬の獣人さんと、氷の妖精さんでしたっけ」
「ああ。二人とも良い方だった。特に、あの氷の妖精殿の落ち着きぶりには助けられたな。我と犬耳殿が壁にはまって動けなくなっている間、一人で戦況を支えてくれていた」
「壁にはまった、んですか」
シャーロットが思わず声を上げて笑う。
『壁ハメ事件、シャーロットさんも初耳だったのか』
『あの試合本当に面白かった』
『クリム様のポンコツムーブ、貴重』
「笑いすぎだ、シャーロット殿」
「す、すみません……でも、想像したら止まらなくて」
配信の空気は終始和やかで、堅苦しさとは無縁だった。視聴者からの質問コーナーでは、これからの活動についての質問も飛んできた。
『今後もコラボの予定はありますか?』
その質問に、叶は少し考えてから答えた。
「正直に言うと、まだ具体的な予定はない。だが――」
「私たちは、この縁をここで終わらせるつもりはありませんよ」
シャーロットが先に言い切ると、フィガロも頷いた。
「うむ。トライアドは、今日で解散するわけではない」
「――そうだな。また、いずれ」
その言葉に、コメント欄が温かく沸いた。
『トライアド、これからも見たい』
『解散じゃなくて一旦お休みってことか、良かった』
『また三人揃うところ見たいです』
配信の終盤、叶はふと、この一ヶ月余りを振り返った。ゲーム未経験から始まり、二人という得難い仲間と出会い、大会という大きな舞台を経験した。何より、「誰かと共に戦う」という経験そのものが、自分にとってかけがえのないものになっていた。
「――二人とも、改めて。この一ヶ月、本当にありがとう」
「こちらこそだ、クリムゾフィア殿」
「私も、楽しかったです。ありがとうございました」
三人の声が、静かに重なった。
打ち上げ配信は、笑いと感謝に満ちたまま、穏やかに幕を閉じた。
配信を切ったあと。
シャーロットは、自室の薄暗い部屋で一人、小さく息をついていた。喉の渇きを覚え、グラスに手を伸ばす。
「――少し、頑張りすぎましたね」
誰に言うでもなく呟くと、指先に淡い輝きが灯った。グラスの中の水面に、すっと霜が走る。瞬く間に、透き通った氷の欠片がいくつも浮かび上がった。
演出でも、小道具でもない。彼女にとっては、ただの日常の一幕だった。
氷の音を立てるグラスを傾けながら、シャーロットは窓の外に目をやった。
(クリムゾフィアさんも、フィガロさんも、本当にお上手ですよね……)
あれだけ自然に、あれだけ堂に入った演技ができるとは、大した役者だと思う。自分がこうして密かに正体を隠し続けているように、まさか彼らも同じ立場だとは、シャーロットは夢にも思っていなかった。
「――いつか、種明かしをする日が来たら、面白いでしょうね」
軽い冗談のつもりで呟いたその言葉が、まさか現実になるとは、彼女自身、想像だにしていなかった。
その呟きは、誰の耳にも届かないまま、静かな部屋に溶けていった。
同じ頃、フィガロもまた、自室で一人、配信の余韻に浸っていた。
「――疲れた、な」
小さく笑いながら、彼は指先を軽く振った。空気がわずかに揺らぎ、机の上に置かれた蝋燭に、ひとりでに火が灯る。
マッチもライターも使わない、ただの意思の力だった。
(クリムゾフィア殿も、シャーロット殿も、随分と役に入り込む質のようだな)
フィガロは、灯った炎をしばし見つめながら、そんなことを思った。あれほど自然に威厳を纏い、あれほど堂々と立ち回れるのだから、余程この道を極めているのだろう――そう結論づけて、それ以上は深く考えなかった。まさか自分と同じく、正体を隠したまま生きる者が、他に二人もこの場に集っていたとは。
「――我ながら、良い仲間に恵まれたものだ」
独り言ちて、フィガロは静かに笑った。
炎を見つめながら、彼はふと思う。自分がこうして正体を隠し続けているのと同じように、いつか誰かに見抜かれる日が来るのだろうか、と。だが、それはまだ遠い未来の話だろうと、フィガロはそっと蝋燭の火を吹き消した。
炎が、静かに消えた。
この時、三人は誰一人として気づいていなかった。互いに互いを、ただの「演技派」だと思い込んだまま――実のところ、三人とも紛れもない「本物」であったことを。
三者三様の秘密を抱えたまま、それぞれの夜は静かに更けていった。だが、それぞれが思い描くよりもずっと早く、その真実が明かされる日は近づいていた。
三人が真実の姿で向き合う日は、まだ訪れない。だが、その日は確かに、少しずつ近づいていた。




