67話頂は見えずとも
大会・後夜祭を終えた翌日、SNSは叶たちのチームの話題で持ちきりだった。
『初心者クリム様、まさかの準優勝』
『あの囮作戦、大会通しても屈指のハイライトだろこれ』
『フィガロさんとシャーロットさんのサポートも神がかってた』
『三人の絆、見てて泣きそうになった』
『後夜祭のシャッフルマッチも良かった、来年もこの企画やってほしい』
叶は自室に戻り、ラヴィを抱き上げながら、その反応の数々を眺めていた。
「見たか、ラヴィ。俺たち、思ったより頑張れたみたいだぞ」
ラヴィが誇らしげに鳴く。
翌日、会社に出勤すると、石井が待ってましたとばかりに駆け寄ってきた。
「見たか、大会! お前の推し、めちゃくちゃ活躍してたじゃんか! あの最終試合、俺まで手に汗握ったぞ」
「――ああ、見た見た。まさかあそこまでやるとは思わなかったな」
叶は内心の動揺を押し殺しながら、努めて平静に答えた。
「準優勝はすごいよな。お前も鼻高々なんじゃないか?」
「まあ、な」
曖昧に笑って誤魔化す。まさか自分自身の話だとは、口が裂けても言えなかった。
石井の屈託のない笑顔に、叶も自然と口元が緩んだ。
大会終了から数日後、叶はフィガロとシャーロットと改めて通話を繋いだ。今回限りの企画のはずだったが、自然と、また話す機会を持ちたいという空気が三人の間に流れていた。
「――正直、最初はどうなることかと思っていた」
フィガロの言葉に、叶は苦笑した。
「俺もだ。足を引っ張るんじゃないかと、ずっと不安だった」
「私も同じですよ。でも、蓋を開けてみたら、こんなに楽しい経験になるなんて」
シャーロットの言葉に、三人はしばし沈黙した。心地よい、満ち足りた沈黙だった。
「――なあ、二人とも」
叶が切り出す。
「打ち上げ配信でも言ったことだが、改めて言わせてくれ。この縁が続いてくれたこと、心から嬉しく思っている」
その言葉に、フィガロとシャーロットが、ほぼ同時に答えた。
「うむ、俺たちの気持ちは変わらんぞ」
「私もです。次のコラボ、もう今から楽しみにしてます」
三人の笑い声が、通話越しに重なった。
こうして、笹川叶――クリムゾフィアにとって初めての大型コラボ企画は、優勝という結果こそ得られなかったものの、かけがえのない仲間との絆という、何物にも代えがたい成果を残して幕を閉じた。
通話を終えたあと、叶はしばらく窓の外を眺めていた。膝の上のラヴィが、満足そうに丸くなっている。
「――NOと言えない性分も、案外悪いものじゃないな」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
それから半月ほど経ったある日、叶はふと目にしたSNSの投稿に、思わず目を疑った。
『クリム様が話してた神社、行ってきた! めちゃくちゃ良い雰囲気だった』
『場所特定班が頑張って見つけたらしいw でも現地の人に迷惑かけないようマナー守って行こうな』
『稲荷系の神社らしいけど、静かで空気が澄んでて最高だった』
『御朱印もらってきた、写真あげとく』
あの旅の配信で、何気なく口にした一言。詳しい場所は伏せたはずなのに、リスナーたちの熱意と探究心は、いつの間にか土地を特定してしまったらしい。
叶は慌てて反応を追いかけた。幸い、投稿の多くは節度のあるもので、地元の迷惑にならないよう気遣うコメントも目立った。何より、寂れていたはずのあの神社に、少しずつ人の気配が戻り始めているという事実に、胸が熱くなった。
(――良かったのか、これで)
脳裏に、稲実の神の朗らかな笑い声が蘇る。あの神社が、再び多くの人に見出される日が来るとは、あの時は思いもしなかった。
その夜、叶は不思議な夢を見た。
あの荒れていた境内が、夢の中では鮮やかに蘇っている。石段の上に、見覚えのある神々しい姿――稲実の神が、狐姿の眷属を傍らに、うっすらと笑みを浮かべて立っていた。
「――おお、来たか来たか」
朗々とした声が、夢の中に響く。
「見よ、あれを」
神が指し示した先には、参道を行き交う大勢の人々の姿があった。若者、家族連れ、カメラを提げた旅行者――かつての寂れた面影が嘘のような賑わいだった。
「こんなにも人が来るとはのう。そなたのおかげか?」
悪戯っぽく笑う神に、叶は夢の中でも思わず言葉に詰まった。
ふと、参道を歩く人々の姿をよく見ると、妙なことに気づいた。何人もが、見覚えのある意匠のグッズを身につけている。ペンダント、キーホルダー、ステッカー――それは紛れもなく、クリムゾフィアの変身後の姿をモチーフにしたグッズの数々だった。
「――ほう」
眷属が、狐の顔でにやりと笑うような気配を見せた。
「訪れる者の大半が、そなたの――いや、あの御方の意匠を身にまとっておるようじゃな」
「これは……」
叶が言葉を探していると、稲実の神は満足げに頷いた。
「良いではないか。信仰の形など、時代によって変わるもの。かつては米や酒を捧げていたが、今は、こうして人が足を運ぶこと自体が、何よりの供物よ」
その言葉に、叶は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「――力になれていたなら、嬉しい」
「うむ。礼を言うぞ、笹川叶」
神の声が、夢の輪郭とともにゆっくりと霞んでいく。
目が覚めると、窓の外はすでに白み始めていた。叶はしばらく天井を見つめ、夢の余韻を反芻していた。膝元で丸くなっていたラヴィが、寝ぼけ眼でこちらを見上げてくる。
「――なあ、ラヴィ。今のは、本当に夢だったのかな」
答えは返ってこなかったが、なんとなく、そうではない気がしていた。
夢の中で見たあの賑わいを思い出しながら、叶は静かに微笑んだ。ちいさな、けれど確かな変化が、あの土地に芽吹き始めていた。
この時、叶はまだ知らない。フィガロとシャーロット、それぞれが抱える「秘密」に、自分がいずれ偶然出くわすことになるのを。
だが、それはまた別の物語である。
大会編は、こうして静かに幕を下ろした。




