64話終盤
――三ゲーム目。
少し休憩を挟んだ後、三ゲーム目が始まった。ここまでの二戦を通して、三人の連携は目に見えて滑らかになっていた。
「今回は、少し積極的に行きましょう。撃破ポイントも稼ぎたいところです」
シャーロットの提案に、叶とフィガロは頷いた。
降下地点には、あえて資源の豊富な激戦区を選んだ。序盤から複数のチームと接触することになったが、三人の連携は乱れなかった。
「――左、敵一人、こちらに気づいていない」
叶の索敵報告に、フィガロが静かに動く。
「仕留める」
一瞬の交戦で、フィガロの正確な一撃が敵を沈めた。続けて、物陰から現れたもう一人の敵にも、シャーロットが的確に対応する。
「クリムさん、右から回り込んで! 私が正面を抑えます」
「了解した!」
サブオーダーとして、叶は自分の判断でルートを選び、側面から援護に回った。エイムこそ心もとないものの、位置取りの的確さが、シャーロットの射線を通す助けとなった。
中盤、離れた岩陰に潜む敵を、叶が一人で発見する場面があった。
「――西の岩陰、一人。距離があるが、狙えそうだ」
「任せます、クリムさん」
シャーロットの言葉に、叶はスコープを構えた。相手はこちらに気づいておらず、じっくりと狙いを定める時間があった。呼吸を止め、引き金を絞る。
――命中。
「――仕留めた」
「クリムさんの狙撃、また決まりましたね!」
フィガロの驚いた声が、通話越しに響いた。この一ヶ月で磨いてきたスナイパーの腕が、着実にチームの得点に貢献し始めていた。
三ゲーム目は、序盤から中盤にかけて、これまでで最も攻撃的な立ち回りとなった。結果、撃破数は五。生存順位も三位という、大会を通して最高の成績を残すことができた。
――三位:順位ポイント7点、撃破ポイント5点。このゲームの合計12点。累計22点。
『三ゲーム目、攻めの姿勢が実った』
『クリム様のポジション取り、地味に効いてる』
『撃破数五は大きいぞ』
「――やったな、二人とも!」
叶の弾んだ声に、フィガロとシャーロットも笑い声を返した。
「この調子でいきましょう」
シャーロットの声には、確かな手応えが滲んでいた。だが、彼女はすぐに端末の順位表に目を落とし、表情を引き締めた。
「――喜んでばかりもいられません。首位は、三十八点まで伸ばしてきています」
「十六点差、か」
叶は思わず唸った。三ゲーム目で大きく詰めたはずなのに、開きはまだ大きい。上位チームも、確実に得点を重ねている。
――四ゲーム目。
四ゲーム目は、思わぬ苦戦を強いられた。強豪チームとの正面衝突で、フィガロが早々に負傷状態に追い込まれたのだ。
「――すまん、動きが鈍っている」
「大丈夫だ、我が援護に回る。シャーロット、頼めるか」
「はい、任せてください!」
叶の判断で陣形を組み替え、なんとかフィガロを立て直させることに成功する。だが、その代償として、有利なポジションを手放す形になった。
「――このまま持久戦は厳しいですね。一度、仕切り直しましょう」
シャーロットの判断で、三人は一時的に交戦を避け、安全圏の外周を回りながら態勢を立て直す方針を取った。
「クリムさん、地形は把握してる?」
「ああ。南に迂回すれば、次の安全圏に先回りできるはずだ」
「それでいきましょう」
迂回の途中、追撃してきた敵の一人が、開けた道の先に一瞬だけ姿を見せた。距離はあったが、遮蔽物のない一本道だった。
「――一瞬でいい、仕留める」
叶は素早くスコープを合わせた。動揺で狙いが逸れそうになるのを堪え、呼吸を整える。
――命中。敵が、その場に崩れ落ちた。
「――決まった」
「クリムさん、ナイスです! これで追撃を振り切れます!」
思わぬ形で得た一撃だったが、その一つが確かな得点となり、三人は無事に離脱することができた。
叶の索敵が、この試合でも確かな道標になっていた。結果的に、四ゲーム目は中位の順位に留まったが、大崩れは避けられた。
――六位:順位ポイント3点、撃破ポイント1点。このゲームの合計4点。累計26点。
『四ゲーム目、苦しい展開だったけど耐えたな』
『クリム様の地形把握、毎回助かってる』
『五ゲーム目に期待』
四ゲームを終えた時点で、順位表には「クリムゾフィア・フィガロ・シャーロット」のチーム名が、上位圏内にしっかりと食い込んでいた。累計二十六点。首位との差は、依然として十五点ほど開いている。
「――残り一ゲームです。この結果次第で、優勝も見えてきます」
シャーロットの声には、隠しきれない緊張と高揚が滲んでいた。
「厳しい戦いになるだろうな。上位のチームはどこも本気で来る」
フィガロの言葉に、叶は深く息を吸った。
「最終ゲームで、最低でも十五点は稼がないと、優勝ラインには届かない。生半可な立ち回りでは足りん」
叶の言葉に、二人が息を呑む気配がした。十五点という数字は、決して容易な目標ではない。だが、不可能な数字でもなかった。
「二人とも、ありがとう。ここまで一緒に戦ってくれて」
「礼を言うのはまだ早い。終わってから言え」
「そうですよ、まだ終わってません」
叶は思わず笑った。
「――そうだったな」
――五ゲーム目、最終戦。
三人は慎重に、しかし積極的に立ち回った。降下地点は、これまでの試合を踏まえ、リスクとリターンのバランスが取れた中間エリアを選択する。
「降下、開始します」
輸送機から飛び出す三つの人影。眼下に広がるマップを見ながら、叶は素早く周囲の地形を頭に叩き込んだ。
「――右手、廃工場に他チームの影。二、いや三人だ。まだ降下中だから、こちらには気づいていない」
「了解。工場は避けて、隣の住宅街に降ります」
シャーロットの判断で、三人は着地点を微調整する。地面に降り立つと同時に、叶はすぐさま周囲を見渡した。
「――静かだな。まずは物資を整えよう」
三人は手早く武器と回復アイテムを回収していく。この一ヶ月の練習で染み付いた連携は、無駄のない動きとなって表れていた。フィガロが窓際で警戒に当たり、シャーロットが中央の部屋を漁り、叶は屋根裏や物陰まで丹念に索敵する。
「――北の方角、足音。単独か、いや、二人組だ」
叶の報告に、フィガロが息を潜める。
「戦うか、やり過ごすか」
「物資はまだ十分じゃない。やり過ごしましょう」
シャーロットの判断で、三人は物音を立てずに南側へと移動した。
最初の安全圏縮小のアナウンスが響く。三人はエリアの中心に向けて移動を開始した。
「右手の高台、敵の反応が薄い。フィガロ、そちらを取れば有利になる」
「了解した!」
「いい判断です、そのまま押しましょう」
シャーロットが叶の情報を即座に拾い上げ、全体の方針に組み込んでいく。高台を確保すると、視界が一気に開けた。眼下には、いくつかのチームが激しく撃ち合う光景が見えた。
「――あそこには近づかない方がいいですね。漁夫の利を狙いましょう」
シャーロットの読み通り、乱戦を制した一チームが疲弊したところを、叶たちは一気に叩いた。
「――今だ!」
フィガロの一撃が、疲れ切った敵の一人を沈める。続けて、シャーロットが的確な射撃でもう一人を仕留めた。三人目は物陰に逃げ込んだが、叶の索敵報告により逃げ場を失い、最終的にフィガロの手で撃破された。
「――三人纏めて頂きだ!」
フィガロの珍しい興奮した声に、コメント欄も沸き立つ。
『漁夫の利、綺麗に決まったな』
『トライアド、この試合絶好調じゃないか』
『撃破数もう五超えてる』
この時点で、撃破ポイントだけで既に三点を積み増していた。生存順位次第では、大きく点差を詰められる。叶は逸る気持ちを抑えながら、索敵を続けた。
中盤、安全圏はさらに狭まっていく。三人は着実に生存順位を確保しつつ、機を見て積極的に交戦を仕掛けた。フィガロの正確な援護、シャーロットの冷静な判断、そして叶の絶え間ない索敵報告――それぞれの役割が、寸分の狂いもなく噛み合っていた。
「――残り、八チーム」
シャーロットの声に、緊張が滲む。安全圏はいよいよ狭まり、逃げ場のない終盤戦へと突入していた。
残り六チーム。最終安全圏まで、あと二段階。三人は岩場の陰に身を潜め、次の縮小を待っていた。
息を潜めるだけの数十秒が、やけに長く感じられた。安全圏を示す青い光の輪が、じりじりと縮まっていく。逃げ場は、確実に狭まっている。
「――静かすぎるな」
フィガロの呟きに、叶も同意した。周囲に不自然なほど気配がない。それは、嵐の前の静けさに似ていた。
「敵影、東から接近。三人組、装備は充実してる」
叶の報告に、三人の空気が張り詰めた。
「正面から当たるのは分が悪いですね。地形を活かして、迎撃態勢を」
シャーロットの指示で、三人は岩の隙間に散開した。心臓の鼓動が、耳の奥で響いているのが分かる。やがて、敵チームが油断した様子で近づいてくる。足音、装備の擦れる音――一つひとつの気配が、これまでにないほど鮮明に感じられた。
「――今」
シャーロットの合図で、一斉に射撃が開始された。奇襲は完璧にはまり、敵チームの一人がまず沈む。だが、残る二人も然るべき実力者だったのか、即座に反撃態勢を整えてきた。
激しい銃撃戦が続く。叶は物陰から物陰へと移動しながら、敵の位置を逐一報告し続けた。額に、じんわりと汗が滲む。ゲームの中の出来事だと分かっていても、この緊張感だけは、どうにも慣れることがなかった。
「――左に回り込まれてる! フィガロ、そっちに気をつけろ!」
「――くっ!」
フィガロが被弾する。だが致命傷には至らず、なんとか態勢を立て直した。
「シャーロット、援護を!」
「行きます!」
シャーロットの反撃が、敵の一人を沈めた。残る一人は、劣勢を悟ったのか、開けた場所を横切って撤退を試みた。
「――逃がすか」
叶は即座にスコープを構えた。走って逃げる標的への射撃は、これまでずっと苦手としてきた類のものだった。だが、これまでの練習とゲームの数々が、確かな自信となって背中を押していた。動く軌道を先読みし、呼吸を止め、引き金を引く。
――命中。
敵は、そのまま力なく倒れ込んだ。
「――仕留めた」
「クリムさんの狙撃、また決まりましたね! 最高です!」
シャーロットの興奮した声が響く。逃げる的を仕留めるという、これまでの自分では考えられなかった一撃に、叶自身も内心驚いていた。
「――勝った、のか」
「勝ちました! これで残り五チームです!」
激戦を制した三人は、束の間の安堵に包まれた。だが、それも長くは続かない。安全圏の最終収縮が告げられ、逃げ場のない極限の戦いへと突入していく。
残り五チーム。安全圏は、これまでで最も狭い範囲まで収縮していた。開けた土地には遮蔽物が乏しく、一歩踏み出すだけで敵の視界に入りかねない状況だった。
「――ここからは、一手のミスも許されませんね」
シャーロットの声には、これまでにない緊張が滲んでいた。
最終安全圏へと向かう途中、別のチームと交戦が始まった。距離は近く、逃げ場もない。三人は瞬時に物陰へと散開し、応戦した。
「――右手、二人。距離、近い!」
「クリムさん、下がってください! 私が前に出ます!」
シャーロットが果敢に前線を支える中、フィガロが側面から援護を回す。三人の連携は、これまでの練習と本番四試合の集大成そのものだった。だが、敵も一筋縄ではいかない相手だった。
「――囲まれかけてる!」
叶の警告に、フィガロが即座に反応する。
「退くぞ、一旦距離を取る!」
三人は建物の陰へと後退した。息を切らしながら、叶は素早く状況を整理する。残る敵の数、安全圏の縮小までの時間、そして自分たちの残弾。全てを頭の中で組み立て、次の一手を導き出す。
「――北の窓から、狙い撃てる。フィガロ、援護を頼む」
「了解した」
叶の指示通り、フィガロが窓際から牽制射撃を放つ。その隙に、シャーロットが的確な一撃で敵の一人を沈めた。
「――一人、仕留めました!」
残る敵は撤退を選択したのか、その場から離脱していく。深追いはせず、三人は次の安全圏へと移動を再開した。
試合は終盤、残り数チームまで絞られていく。叶たちのチームも、生き残りをかけた激しい撃ち合いに巻き込まれた。フィガロが先に脱落し、残るは叶とシャーロットの二人のみ。
心臓が、これまでにない速さで脈打っていた。画面の向こうでは、視聴者たちの緊張感がコメント欄の勢いとなって伝わってくる。
『残り二人か……!』
『ここが正念場だな』
『トライアド、頼む……!』
叶は、素早く周囲を見渡した。残る敵は一チーム。互いに、最後の一撃を狙って睨み合う膠着状態が続いていた。
「――シャーロット、右だ! 我が囮になる、その隙に仕留めてくれ!」
「クリムさん、それは――」
「頼む! サブオーダーの我が言うのもおかしいが、これは我の判断だ!」
叶が咄嗟に前に出る。危険な賭けだった。だが、この一瞬の隙こそが、勝機だと確信していた。心臓が早鐘を打つ。異世界での命懸けの局面を何度も潜り抜けてきた経験が、今この瞬間、確かな胆力となって背中を押していた。
視界の端で、敵の照準がこちらへと向くのが分かった。恐怖がないと言えば嘘になる。だが、それ以上に、二人の仲間を信じる気持ちの方が勝っていた。
スコープを覗く間もない。今この瞬間、自分にできるのは、あえて姿を晒し、敵の意識を引きつけることだけだった。
一秒にも満たない、永遠にも感じられる静止。
銃声が響く。
――結果は、シャーロットの正確な一撃が、敵を沈める形で決着した。生存順位は上位、加えて最終ゲームの撃破ポイントも大きく上乗せされた。
『やった……!!』
『クリム様の判断、命懸けの囮作戦だった』
『サブオーダーがここで独断で動くとか、胆力えぐい』
『この試合、トライアドの集大成って感じだった』
『これは熱すぎるだろ……!』
叶は、詰めていた息を、ゆっくりと吐き出した。指先が、まだ微かに震えている。それでも、胸の奥に広がるのは、恐怖よりもずっと大きな達成感だった。
最終ゲームの結果が画面に表示される。生存二位、撃破ポイントは合計六。このゲームだけで――順位ポイント9点、撃破ポイント6点、合計15点。
「――十五点、入りました!」
シャーロットの声が、興奮で上ずっていた。
「累計は、四十一点だ」
叶は、震える指で暗算した数字を口にした。二十六点だった累計に、十五点が上乗せされた。目標にしていた十五点を、ぎりぎり達成できた。それでも、これまでで最大の上積みだった。
「――全五ゲーム、お疲れ様でした! これより、最終結果の発表に移る!」
ブレイズの声が、公式配信を通して響き渡る。全参加チームの緊張が、画面越しにも伝わってくるようだった。
「まずは、下位から発表していくぞ!」
順位が一つ、また一つと読み上げられていく。二十位、十五位、十位――聞き覚えのあるチーム名が、次々とコールされていった。トライアドの名前は、まだ呼ばれない。
「――五位、六位、それぞれのチーム、健闘だったな!」
名前が呼ばれるたび、叶の心臓が跳ねた。まだ呼ばれない、ということは、それだけ上位にいるということだ。
「四位……サンダーボルト!」
「三位……フェニックスユニオン!」
残るは、あと二チーム。優勝と、準優勝。
「――結果発表だ! 合計四十一点、堂々の――トライアド、第二位!」
ブレイズの声が公式配信を通して響き渡ると同時に、コメント欄が沸き立った。叶は自室の椅子から、膝から崩れ落ちるように座り込んだ。
「……二位、なのか」
「二位です! 優勝は逃しましたけど、十分すぎる結果ですよ!」
シャーロットの興奮した声に、フィガロも静かに、しかし確かな声で続いた。
「見事だった、クリムゾフィア殿。あの囮の判断、並の胆力ではできぬことだ」
優勝チームとの点差は、わずか四点だった。最終ゲームでもう少し早く仕掛けていれば――そんな「もしも」が頭をよぎったが、それすらも、悔しさというより、清々しい達成感の一部だった。
『準優勝、素晴らしい結果だ』
『優勝との差、たった四点かよ』
『初心者クリム様含めて準優勝はやばい』
『トライアド、来年こそ優勝だな』
叶は、こみ上げる感情を抑えきれずに、小さく笑った。
「――二人がいたから、できたことだ」
優勝こそ逃したものの、それは誰も予想していなかった、ゲーム未経験だったクリムゾフィア個人の快進撃でもあった。




