63話開幕
「――V-CROWN、開幕だ!」
ブレイズの声が公式配信を通して響き渡ると同時に、七十五名の配信者たちの視線が一斉に自宅のモニターへと注がれた。同時配信の視聴者数は、開幕早々に十万を突破していた。
「今回のルール、改めておさらいしておくぞ! 本番は全五ゲーム。各ゲームの順位に応じたポイントと、撃破数に応じたポイント――この合計を五ゲーム分積み上げて、最終的に合計ポイントが最も高いチームが優勝だ!」
叶たちのチームは、一ゲーム目のロビーに入室していた。それぞれの自宅から、専用のボイスチャットを通して、三人は最終の意思確認をする。
「――行くぞ、二人とも」
「ええ」
「うむ」
――一ゲーム目。
マップに降り立った瞬間、叶の視界が一気に緊張感で研ぎ澄まされた。降下地点は、比較的安全とされる郊外の集落。フィガロの提案通り、序盤の激戦を避けて、堅実に物資を整える方針だった。
「右手、建物の陰に敵影あり。数は二、こちらには気づいていない」
「了解した」
叶の索敵報告に、フィガロが即座に反応する。シャーロットは全体の位置関係を頭に入れながら、静かに指示を出した。
「そのまま様子を見ましょう。無理に交戦する必要はありません」
三人は物資を整えながら、慎重にエリアの中心へと近づいていく。中盤、ストームの侵食が始まると同時に、複数のチームが同じ安全圏へと集まり始めた。
「――囲まれる前に、高台を取りたいですね」
シャーロットの一言に、叶はすぐさま地図を確認する。
「北の岩山なら、視界も広いし死角も少ない。距離は――走って一分といったところか」
「行きましょう」
三人は駆け出した。道中、一度だけ他チームと鉢合わせしかけたが、フィガロの機転で物陰に身を潜め、やり過ごすことに成功する。
高台に到達すると、眼下に広がる戦場の全体像が一望できた。あちこちで交戦の銃声が響き、いくつものチームが脱落していく。叶たちは、あえてその渦中には加わらず、遠方からの索敵と、スナイパーライフルによる時折の牽制射撃に徹した。スコープ越しの広い視界は、索敵役としての叶の目とそのまま重なった。
中盤、一つのチームが安全圏を無視して強引にこちらへ近づいてきた。
「――北の茂み、こちらに向かってくる。距離は遠いが、狙えるか」
フィガロの問いに、叶はスコープを覗き込み、じっと呼吸を止めた。動く的への反射的な射撃はまだ苦手だが、こうして遠方から狙いを定める一撃には、確かな自信があった。
引き金を引く。
弾丸は、先頭を歩いていた敵の肩を掠め、体勢を崩させた。致命傷には至らなかったが、その一撃で、敵チームは怯んだように進路を変えた。
「――牽制、成功だ」
「ナイスです、クリムさん! おかげで近づかれずに済みました」
直接の撃破には至らなかったものの、遠距離からの一撃が確かに戦況を動かしていた。
『クリム様の牽制、地味だけど効いてる』
『スナイパーの使い方、様になってきたな』
「――生存優先で行きましょう。このゲームは、様子見でいいです」
シャーロットの判断は的確だった。終盤、ストームが最終円へと収縮する中、叶たちのチームは無傷に近い状態で残り六チームまで生き残っていた。
「――これは、いけるんじゃないか?」
叶の声に、わずかな期待が滲む。だが、最終円の激しい混戦の中、フィガロが一瞬の隙を突かれて脱落してしまう。
「すまん、油断した……!」
「大丈夫です、私とクリムさんで凌ぎます!」
残る二人は、最後まで粘り強く戦い続けたが、上位二チームの猛攻の前に力尽きた。結果は四位。悪くない滑り出しだった。
画面に表示された暫定スコアボードに、叶は思わず目を凝らした。
――四位:順位ポイント5点、撃破ポイント0点。合計5点。
「――たった五点、か」
叶が呟くと、シャーロットが手元の端末で首位チームのスコアを確認する。
「一位のチームは、順位ポイント12点に撃破ポイント6点で、合計18点です」
「――随分と差があるものだな」
フィガロの声にも、わずかな緊張が滲んだ。優勝ラインが遠いことを、数字がはっきりと突きつけてくる。だが、五ゲームのうちの、まだ一戦目に過ぎない。
『一ゲーム目、堅実な立ち回りだったな』
『クリム様の索敵、地味に仕事してる』
『四位発進、悪くないぞ』
『でも首位とはまだ結構差あるな』
「――四位か。悪くないが、まだまだ伸びしろがあるな」
フィガロの言葉に、叶とシャーロットは頷いた。
――二ゲーム目。
二ゲーム目は、序盤から激しい交戦に巻き込まれた。降下地点が激戦区と重なり、開始直後から複数チームとの同時戦闘を強いられる。
「――囲まれてる、まずいぞ!」
叶の声に、シャーロットがすぐさま反応する。
「落ち着いて。クリムさん、逃げ道は?」
「北側に、倉庫の陰がある。そこなら死角が作れるはずだ」
「了解、そこに向かいます!」
シャーロットの最終判断と、叶が拾い上げた情報が噛み合い、三人はなんとか窮地を脱した。倉庫に身を潜めながら、フィガロが息を整える。
「危なかったな……。だが、悪いことばかりでもない。敵の数を、こちらで一つ減らせた」
実際、逃げる過程で反撃したフィガロの一撃が、追ってきた敵の一人を沈めていた。撃破ポイントとしては、決して小さくない収穫だった。
その後も、二ゲーム目は終始激しい展開が続いた。安全圏が目まぐるしく移動する中、叶たちは何度も交戦と離脱を繰り返した。
「――右、敵二人、こちらに気づいてる!」
「引きます、川沿いに回り込みましょう!」
シャーロットの判断は速く、正確だった。危険を察知するたびに、最短で最善の選択肢を選び取っていく。叶はその判断力に、改めて舌を巻いた。
(――これが、上級者の目、か)
その後、川沿いに回り込んだところで、追跡してきた敵の一人が対岸に姿を見せた。距離はあったが、遮るものは何もない。
「――あれは、我が仕留める」
叶は素早くスコープを構えた。動く標的ではあったが、対岸を移動する速度は緩やかで、狙いを定める時間は十分にあった。呼吸を整え、狙点を先読みし、引き金を引く。
――命中。
「――決まった」
「クリムさんの狙撃、綺麗に決まりましたね!」
シャーロットの弾んだ声に、叶は密かな達成感を覚えた。動く敵に対してここまで確実に仕留められたのは、これが初めてだった。この一ヶ月で染み付いた、スコープ越しの感覚が、確かな成果として実を結んだ瞬間だった。
二ゲーム目は、最終的に生存八位という結果に終わった。順位ポイントこそ伸びなかったが、道中での撃破数が三つと、この試合の中では健闘した部類だった。
――八位:順位ポイント2点、撃破ポイント3点。このゲームの合計5点。累計10点。
『二ゲーム目はサバイバル戦って感じだったな』
『撃破数稼げたのは大きい』
『二ゲーム終わって、まずまずのペースか』
二ゲームを終えた時点で、叶たちのチームは中位につけていた。小休止の間、シャーロットが端末の順位表を確認しながら言った。
「現在の累計は十点。首位は――三十点ですね」
「――二十点差か」
叶は思わず声を漏らした。数字にすると、その開きの大きさが嫌でも実感できる。残るゲームは三つ。このペースのままでは、優勝はおろか、上位進出すら危うい。
「悪くないペースです。ですが、このままでは足りません。残り三ゲームで、確実にポイントを上乗せしていく必要があります」
シャーロットの声には、これまでにない真剣さが滲んでいた。
「ああ。焦らず、だが着実に稼いでいこう」
フィガロの言葉に、叶も頷いた。
五ゲーム勝負、それはまだ折り返し前だった。だが、残された猶予は、思っていたよりずっと少ない。




