57話スクリム一日目
大会本番を控え、各チーム合同のスクリム――非公式の練習試合が、五日間の日程で開催されることになった。運営が用意した専用サーバーに、出場予定の全チームが集い、本番さながらの緊張感で腕試しをする場だ。
思えば、この一ヶ月は自分でも驚くほどの強行軍だった。日中は営業マンとして取引先を駆けずり回り、夜は配信と練習、そしてスクリムの準備。正直、体力的にはかなりきつかった。会社では欠伸を噛み殺す日もあったし、目の下の隈も濃くなる一方だった。
それでも、不思議と「やめたい」とは一度も思わなかった。むしろ、疲れている自覚があるはずなのに、練習の時間になるとどこからか力が湧いてくる。二人と過ごす時間、少しずつ上達していく実感、そして何より――このチームで大会に挑めるという事実そのものが、疲労を上回る熱意になっていた。
(体力より、気持ちが先に立つとはな)
叶は自嘲気味に笑いながら、パソコンの前に腰を下ろした。今夜のスクリムに向けて、気持ちを切り替える。
「本番前の肩慣らしとしては、これ以上ない機会だな」
フィガロの言葉に、叶は緊張しながら頷いた。
「相手も皆、本気で来るということか」
「ええ。手加減はまず期待できません」
シャーロットの言葉通り、スクリムが始まると、周囲のレベルの高さに叶は圧倒された。上級者たちの動きは洗練されており、初動から的確な判断で戦況を掌握していく。中には、明らかにプロ顔負けの反応速度を見せるプレイヤーもいた。
『これがガチ勢の実力か……』
『クリム様たちのチーム、今のところ善戦してるな』
『フィガロさんのサポート、地味に効いてる』
スクリムの合間、待機ロビーで、他のチームの配信者たちと軽く言葉を交わす場面もあった。上級者枠の実力者の一人が、興味深そうに話しかけてきた。
「クリムゾフィアさん、初心者だって聞いてたけど、思ったより指示が的確ですね」
「恐縮だ。まだまだ二人に助けられてばかりだが」
「いやいや、謙遜しすぎでしょ。あの索敵スピード、素人のそれじゃないですよ」
その言葉に、叶は少しだけ面映ゆい気持ちになった。異世界での統治実務が、思わぬところで評価されている。なんとも不思議な感覚だった。
最初のラウンドは、善戦とはいえ早々に敗退した。三人一組のチームが次々と脱落していく中、叶たちのチームも例外ではなかった。
「――すまない、我の索敵が甘かった」
敗退直後、叶は素直に非を認めた。だが、フィガロは首を横に振った。
「いや、あの状況で判断を誤らない者はそういない。次に活かせばいい」
「そうですよ。むしろ、あそこまで粘れたこと自体が上出来です」
二人の言葉に、叶は肩の力を抜いた。責められることを覚悟していただけに、その優しさが余計に胸に染みた。
だが、二ラウンド目は、さらに厳しい結果となった。開始早々、叶の索敵が敵の位置を見誤り、チーム全体が不利な体勢のまま交戦に突入してしまったのだ。
「――すまん、また我のせいだ」
結果は、ラウンド開始からわずか数分での全滅だった。フィガロもシャーロットも、口では「気にするな」と言ってくれたが、コメント欄の反応は正直だった。
『今のは流石にきつかったな』
『索敵ミスが響いた感じ』
『やっぱり本番までにもう一段階必要か』
叶は、画面の前で拳を握りしめた。練習を重ねてきたはずなのに、本番さながらの緊張感の中では、簡単なミスすら防げない。頭では分かっているつもりでも、実戦の速度についていけていない自分がいた。
(――足を引っ張っているのは、俺なのかもしれない)
弱気な考えが、頭の片隅をよぎる。フィガロもシャーロットも、自分よりずっと実力がある。もし自分が別の誰かだったら、このチームはもっと上を目指せたのではないか――そんな思考が、静かに胸を蝕んでいった。
「――クリムさん」
シャーロットの声が、沈黙を破った。
「今、何か余計なことを考えていませんか」
図星を突かれ、叶は言葉に詰まった。
「……分かるのか」
「分かりますよ、声のトーンで。あのですね、私たちは別に、勝つためだけにこのチームを組んだわけじゃないです。それに、ミスは誰にでもあります。私だって、これまで数え切れないくらい失敗してきました」
「うむ、某もだ。この程度で心が折れるようでは、大会になど出られん」
フィガロの言葉にも、叱咤というより、静かな励ましが滲んでいた。
「次のラウンドで取り返せばいい。落ち込むのは、その後にしろ」
その率直な物言いに、叶は思わず笑ってしまった。
「――ああ、そうだな。すまなかった、二人とも」
沈んでいた気持ちが、少しずつ持ち直していくのを感じた。二人の存在が、こんなにも心強いものだとは、改めて実感させられた瞬間だった。
三ラウンド目、叶は意識して深呼吸をしてから、コントローラーを握り直した。
「――今度は、慎重に行く」
降下地点は、あえて人気の少ない外周エリアを選んだ。焦って前に出るのではなく、まずは確実に状況を把握することを優先する。
「北東の廃屋に、動く影。一人だけのようだ」
叶の報告に、フィガロが即座に反応した。
「単独か。好機だな」
「いえ、待ってください。単独に見えて、実は物陰にもう一人潜んでいる可能性があります。慎重に近づきましょう」
シャーロットの慎重な判断に、叶は素直に感心した。自分にはまだ見えていない危険を、経験に基づいて先読みする力。それこそが、上級者と呼ばれる所以なのだろう。
結果、シャーロットの読みは当たっていた。廃屋に近づいた瞬間、物陰から二人目の敵が飛び出してきたのだ。だが、あらかじめ警戒していた三人は、慌てることなく対応できた。
「――来ると思っていた!」
フィガロの一撃が、飛び出してきた敵を捉える。続けて、正面の敵もシャーロットが着実に沈めた。
「――やった、な」
小規模な戦闘ではあったが、三ラウンド目にして、初めて危なげなく交戦を制することができた瞬間だった。
『三ラウンド目、良い感じに立て直したな』
『さっきの落ち込みから、よく持ち直した』
『シャーロットさんの警戒、さすがだった』
四ラウンド目、叶にとって思いがけない出来事があった。安全圏の外周を移動していた際、遠く離れた場所に立つ敵を発見したのだ。
「――北西、開けた場所に一人。かなり距離があるが……狙えるか、我のスナイパーで」
「試してみてください。今の距離なら、動きも読みやすいはずです」
シャーロットの後押しに、叶はスコープを構えた。まだ本番用に持ち替えたばかりのスナイパーライフル。動く的への射撃は、これまで散々苦戦してきた。それでも、じっくりと狙いを定められるこの距離なら――そう信じて、呼吸を止め、引き金を引いた。
――命中。
「――当たった、のか?」
半信半疑のまま呟くと、フィガロが驚いたような声を上げた。
「見事だ! まさか、あの距離から仕留めるとはな」
「クリムさん、才能あるかもしれません、それ」
初めての遠距離撃破に、叶自身が誰よりも驚いていた。エイムに苦手意識を持ち続けてきた身にとって、それは小さくない自信の種になった。
『クリム様、スナイパー覚醒か?』
『あの距離で当てるのはガチですごい』
『索敵だけじゃなく火力にもなってきたな』
五ラウンド目は、目に見えて改善したとは言えないまでも、致命的な崩れ方をすることはなかった。初日のスクリムを終え、三人だけの通話に切り替わると、どちらからともなく、深いため息がこぼれた。
「――疲れたな」
フィガロの声には、心地よい疲労が滲んでいた。
「今日一日で、随分と鍛えられた気がします」
「うむ。だが、悪くない一日だった」
叶がそう言うと、シャーロットがくすりと笑う気配がした。
「クリムさんの声、なんだか楽しそうですね」
「――そうか? 自分では分からんが」
「分かりますよ。声のトーンで」
先ほどの台詞をそのまま返され、叶は思わず苦笑した。
「意趣返しか」
「うまくいきましたか?」
三人の笑い声が、通話越しに重なった。今日一日の疲れも、悔しさも、この笑い声の中に溶けていくようだった。
「明日も、頑張ろうな」
「はい」
「うむ」
これが、五日間にわたるスクリム期間の、初日の締めくくりだった。




