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56話三人の呼吸



 練習期間の折り返しを迎える頃には、三人の間には不思議な連帯感が芽生えていた。


 毎晩の練習配信は、いつしか固定のリスナーがつくようになっていた。「クリムゾフィアの成長を見守る会」などという冗談めいたコミュニティタグまで生まれ、コメント欄は日を追うごとに温かい応援で満ちていった。


『今日のクリム様、索敵指示めちゃくちゃ的確だった』

『フィガロさんの教え方も上手いよな』

『シャーロットさんの前線処理えぐい、上級者の実力見せつけてる』

『この三人、なんか安心して見れる』


 もっとも、他の初心者枠の参加者たちと比べても、叶のエイムの上達は際立って遅かった。物心ついてからゲームらしいゲームに触れてこなかった弊害は大きく、マウス操作の基礎だけで一週間以上を要した。他チームの初心者枠が既に人並みの射撃精度を身につけている中、叶だけが明らかに出遅れていた。


「クリムさん、正直に言うと、エイムだけ見たら参加者の中でも最下位クラスです」


 シャーロットにそう言われても、叶は不思議と落ち込まなかった。


「うむ、自覚はある。だが――」


 その代わり、といっては何だが、レジェンドの持つスキルの使い方に関しては、目を見張るほどの速さで上達していった。索敵スキルの発動タイミング、効果範囲の把握、味方との連携を意識したスキル配置――そうした「立ち回りの機微」を、叶は驚くほどの速さで飲み込んでいった。


「――スキルの使い方だけなら、もう中級者の上澄みレベルですね」


 フィガロが感心したように呟いた。


「不思議なものだ。統治の実務では、細かい手順よりも、状況を読んで最善の一手を選ぶ力の方が重要だったからな。それに近いのかもしれん」


 叶自身、思い当たる節があった。異世界での政務も、マニュアル通りにはいかないことばかりだった。目の前の状況を的確に読み、限られた手札の中で最善を選ぶ――その感覚は、ゲームのスキル運用にも、驚くほど自然に活きていた。


『エイムだけならクリム様やばいのに、スキル回しだけは異様に上手い』

『これがギャップというやつか』

『才能の偏り方が面白すぎる』


 叶自身、日々の練習を通して二人への信頼を深めていった。


 フィガロは、口調こそ古めかしいが、根は面倒見の良い性格だった。叶がミスをしても決して責めず、むしろ「今のは某の指示が悪かった」と自分の非を先に挙げる。その謙虚さに、叶は何度も助けられた。


 シャーロットは対照的に、率直で歯切れの良い物言いをする。だが、その裏には確かな気配りがあった。叶が落ち込んでいるときには、さりげなく話題を変えて場の空気を軽くしてくれる。


「クリムさん、今日のプレイ、悪くなかったですよ。指示のタイミング、前より読みやすくなってます」


「本当か?」


「はい。私たちも動きやすくなりました」


 その一言が、叶にとってどれだけ支えになっていたか、二人はまだ知らない。


 ある夜、練習配信の合間の雑談で、フィガロがぽつりと漏らした。


「――正直に言うと、某は昔、一人で活動することしか考えていなかった」


「え?」


「配信者というのは、孤独な稼業だと思っていた。誰かと組めば、いずれ足を引っ張り合うだけだと」


 フィガロの声には、どこか自嘲めいた響きがあった。


「だが、今回の一件で、少し考えが変わった。こうして誰かと呼吸を合わせるというのも、悪くないものだな」


 その言葉に、叶の胸がじんと熱くなった。かつて自分も、あるいは今この身を借りているクリムも、似たような孤独を抱えていたはずだ。


「――我も、同じことを思っていた」


 叶が呟くと、シャーロットが小さく笑う気配がした。


「なんか、二人とも思ったより似た者同士なんじゃないですか?」


「……そうかもしれん」


 フィガロが苦笑する声が聞こえた。


「私も、少し話してもいいですか」


 シャーロットが、珍しく躊躇いがちに切り出した。


「私、事務所に入る前は、正直かなり自信がなかったんです。エクソシストなんて大層な肩書きを名乗るのも、最初は気恥ずかしかったくらいで」


「そうだったのか」


「でも、配信を続けるうちに、応援してくれる人が増えて。今の私は、リスナーの皆さんに育ててもらったようなものです」


 その言葉に、叶は深く頷いた。


「我も似たようなものだ。誰かに支えられて、ここまで来た」


 脳裏に、これまでの旅路が蘇る。異世界での貴族たちとの絆、ラヴィとの出会い、要との奇妙な縁。誰一人欠けても、今の自分はいなかっただろう。


「なんだか、湿っぽい話になったな」


 フィガロの言葉に、三人は同時に笑った。


 練習の成果は、確実に積み上がっていた。索敵とサブオーダーに徹する叶、的確なサポートで場を整えるフィガロ、そして指揮官として全体を統べるシャーロット。三者三様の役割が噛み合い始め、チームとしての形が少しずつ出来上がっていった。


 もちろん、うまくいかない日もあった。連携ミスで全滅することもあれば、叶の判断が裏目に出て二人に迷惑をかけることもあった。それでも、そのたびに三人は反省点を洗い出し、次の練習に活かした。


 特に印象に残っているのは、ある夜の惨敗だった。叶の指示が一瞬遅れ、三人揃って敵の奇襲を受けて全滅したのだ。


「――すまない、我の判断ミスだ」


 叶が肩を落とすと、シャーロットが首を横に振った。


「いえ、あの状況で正解を出せる人なんて、そういません。むしろ、私たちの立ち位置の共有が甘かったのが原因です」


「そうだ。全員で背負う失敗だ、クリムゾフィア殿一人のせいにはさせん」


 フィガロの言葉に、叶は胸が熱くなるのを感じた。責任を押し付け合うのではなく、共に背負う。それがこのチームの在り方だった。


 ある夜の練習後、叶はふと画面越しに二人へ問いかけた。


「なあ、大会本番――正直、どこまで勝てると思う?」


 少しの沈黙のあと、シャーロットが答えた。


「分からないです。相手は皆、実力者揃いですし」


「だが」


 フィガロが続けた。


「勝敗がどうであれ、某はこのチームで戦えたこと自体を誇りに思うだろう。……柄にもないことを言ったな」


「いえ、私も同じ気持ちです」


 叶は、膝の上で丸くなるラヴィの背をそっと撫でた。


「――我もだ。ありがとう、二人とも」


 窓の外には、初夏の夜風が静かに流れていた。大会本番まで、残り二週間。三人の呼吸は、確かに一つになりつつあった。


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