55話エイム練習
「――クリムゾフィア殿、まずは基本の操作から確認しよう」
初回の練習は、いつも通りの配信として行われた。特別に隠すような内容でもない、というフィガロの一言で、普段通りの配信枠がそのまま充てられることになったのだ。
「よし……えっと、動くのは、これで合ってるか?」
叶がキャラクターを操作すると、画面の中のアバターがぎこちなく前進した。カメラ視点がぐらぐらと揺れ、壁に頭から突っ込む。
『いきなり壁ドン不可避で草』
『初心者感がすごい』
『でもこれくらいの方が親しみ持てるまである』
コメント欄が和やかに沸く中、フィガロが咳払いをした。
「うむ、まずは視点の動かし方から――エイム、と言うのだが。マウス感度をもう少し下げてみるといい」
「感度……これか?」
「そう、それだ。ゆっくりでいい、慣れれば自然と手が覚える」
フィガロの指導は、思いのほか丁寧だった。焦らせることなく、一つ一つの操作を根気よく説明してくれる。叶は素直に頷きながら、何度も同じ動作を繰り返した。
一方、シャーロットは編成そのものについて切り出した。
「クリムさんの使うキャラ、そろそろ決めましょうか。エイムがまだ安定しない分、正面切っての撃ち合いは厳しいと思うので」
「なるほど……では、我は何を使えばいい?」
「索敵に特化したレジェンドがいいと思います。索敵持ちなら、エイムの精度に関係なく、敵の位置を探ったり味方に情報を送ったりできますから」
叶は頷きながら、レジェンド選択画面をスクロールした。索敵系のレジェンドは、周囲の敵影を可視化するスキルや、遠方の情報を仲間と共有するスキルを持つという。
「指揮は、私が引き受けます。上級者枠として、判断の速さには多少の自信がありますから。ただ、私一人で全部見切るのも限界があるので――クリムさんには、サブで指示出しを手伝ってほしいんです」
「サブ、というと?」
「索敵で拾った情報をもとに、『こっちに回った方がいい』とか『今は下がった方がいい』とか、局所的な判断は任せます。全体の大きな方針は私が決めるので、クリムさんはその場その場のフォローをお願いします」
叶は少し驚いたが、すぐに納得した。統治者としての経験は、全体を統べることより、むしろ現場に近い立場で状況を見極め、細やかな判断を積み重ねることの大切さをよく知っている。それなら、自分にもできることがあるかもしれない。
「――分かった。副官のような役回り、というわけだな。我なりに、二人の力になれるよう頑張ろう」
『クリム様、サブオーダー担当なのか』
『指揮はシャーロットさん、それを支えるクリム様、いい布陣』
『役割分担しっかりしてて安心する』
その日から、練習は連日続いた。仕事終わりの限られた時間を縫って、叶は毎晩コントローラーを握った。
正直、負担がないと言えば嘘になる。日中は営業マンとして走り回り、夜は配信とゲーム練習。ラヴィの世話も欠かせない。だが不思議と、辛さよりも充実感の方が勝っていた。
「最近、なんか顔つき変わったよな」
ある日、石井が休憩スペースでふとそう漏らした。
「そうか?」
「なんか、目に力あるっていうか。仕事も前より丁寧になった気がする」
叶自身、自覚はなかったが、言われてみれば思い当たる節はあった。ゲームの中で周囲を観察する習慣が、仕事での書類確認や取引先とのやり取りにも、良い意味で影響しているのかもしれない。
「気のせいだろう」
「まあ、いいことなら気のせいでもいいけどな」
石井は笑いながら、そう言って自分のデスクに戻っていった。
最初のうちは散々だった。索敵のマークを出そうにも、画面のどこに何があるのか把握しきれない。味方の位置と敵の位置を混同し、見当違いの方向にマークを飛ばしてしまう。
『クリム様、それ味方だぞw』
『索敵への道は険しい』
武器選びにも、叶は苦労させられた。最初に手にしたのは、扱いやすいと勧められたアサルトライフルだった。連射が利き、初心者向けとされる武器だという。
「――当たった、のか?」
的当ての練習では、静止した的にはそれなりに命中するようになった。だが、いざ動く敵を相手にすると、まるで歯が立たなかった。
「――くそ、また外した」
「焦らなくていい。連射武器は、動く相手には慣れが必要だ」
フィガロの励ましにもかかわらず、叶の命中率は一向に上がらなかった。動き回る的に照準を合わせ続けるという感覚が、どうしてもしっくりこないのだ。
「クリムさん、他の武器も試してみます? 人によって、合う合わないがありますし」
シャーロットの提案で、叶はいくつかの武器を試すことにした。ショットガン、サブマシンガン、どれもしっくりこないまま数日が過ぎた頃、叶はふと、スナイパーライフルを手に取ってみた。
一発ごとに照準を合わせ、呼吸を整え、引き金を引く。連射とは真逆の、一撃に全神経を集中させる武器だった。
「――これは」
スコープを覗き込んだ瞬間、叶は妙な感覚を覚えた。狭いはずの視界のはずなのに、なぜか周辺の状況までもが、驚くほど自然に頭に入ってくる。的の動きを先読みし、呼吸を止め、一瞬の静止を狙う――その一連の流れが、不思議なほどしっくりときた。
引き金を引く。
――命中。
「――当たった」
動く的への初めての命中に、叶は思わず声を上げた。
『え、急に当たるようになったんだけど』
『スナイパー適性、めちゃくちゃあるじゃん』
『さっきまでのアサルトライフルは何だったんだ』
「クリムゾフィア殿、それは……」
フィガロも驚いた様子だった。
「なんというか、性に合っている気がする。一発に神経を使う分、周りもよく見える」
それから、叶はスナイパーライフルを中心に練習を重ねるようになった。索敵役として周囲を見渡す習慣と、一発一発に集中する武器の性質が、驚くほど噛み合っていたのだ。マップの遠方から敵の動きを見極め、必要な時にだけ確実な一撃を放つ――それは、統治者として物事の全体を俯瞰しながら、要所要所で的確な判断を下してきた叶の性分に、どこか通じるものがあった。
「意外な発見でしたね。索敵とスナイパー、相性抜群じゃないですか」
シャーロットの言葉に、叶も頷いた。
「うむ。妙にしっくりくる。なぜだろうな」
こうして、スナイパーライフルは瞬く間に叶の主力武器となっていった。
それでも、日を追うごとに少しずつ変化が生まれた。マップの地形を頭に入れ、敵の動きのパターンを覚え、味方の位置を常に意識するようになる。とっさに反応して撃ち合うような瞬発的なエイムは相変わらず苦手なままだったが、腰を据えて狙うスナイパーの一撃と、情報を拾う速さは目に見えて上達していった。
「クリムゾフィア殿、今のマーク、助かったぞ」
フィガロの言葉に、叶は照れくさそうに笑った。
「たまたまだ」
「いや、たまたまではない。地形の把握が的確だった証拠だ」
フィガロの声には、お世辞ではない実感がこもっていた。
ある夜の練習では、こんな一幕もあった。序盤の交戦で味方が二人とも劣勢に陥り、絶体絶命の状況に追い込まれたときのことだ。叶は咄嗟に、これまで頭に叩き込んだマップの地形を思い出し、判断を口にした。
「――北側の岩陰、敵の反応がない! フィガロ、そちらに回り込め! 死角になるはずだ!」
「了解した!」
シャーロットも即座にそれを拾い、全体の指示に組み込む。
「今のでいきましょう、私は正面を抑えます!」
三人の判断が噛み合い、危機は脱せられた。
「――今の、よく分かったな」
フィガロが驚いたように言う。
「たまたま、地形図を眺めていた時に気づいただけだ。全体を見るのはシャーロット殿の仕事だが、目の前の一手くらいなら、我にも出せる」
「いや、それを咄嗟に拾って伝えられるのが才能だ」
褒められ慣れていない叶は、思わず言葉に詰まった。
練習の合間、雑談の中でシャーロットがふと漏らした。
「クリムさんの索敵報告、聞き取りやすいですよね。簡潔で、判断材料になる情報だけをちゃんと絞ってくれるっていうか」
「そうか? ただ見たままを伝えているだけなんだが」
「それが難しいんですよ。焦ると、要らない情報まで喋っちゃう人多いので」
シャーロットの言葉に、叶はどこか誇らしい気持ちになった。全体を統べる指揮官ではなく、その傍らで支える副官のような立場でも、自分にできることがある――そんな実感が、静かに胸の中に積み上がっていった。
その夜、練習を終えたあと、叶は自室で一人、小さく呟いた。
「――見極める力、か」
異世界で培ってきたものが、こんな形で役に立つとは思ってもみなかった。膝の上のラヴィが、労うように顔をすり寄せてくる。
「明日も頑張るか、ラヴィ」
窓の外はすっかり暗くなっていたが、叶の胸の中には、久しぶりに感じる充実感があった。




