54話チーム顔合わせ
チーム顔合わせは、三人それぞれが自分の配信を回しながら行う、という形で企画された。
「せっかくの機会だ、俺のリスナーにも見せてやりたい」
フィガロの提案に、シャーロットも乗り気だった。
「いいですね。私のファンも、絶対気になってるはずですし」
三人がそれぞれの配信を同時に開始し、同じボイスチャットに接続する――いわば、三画面同時視聴のような形での初コラボだった。それぞれの視聴者は、自分の推しの視点からこのやり取りを見守ることになる。
叶は自室のデスクで、配信開始のボタンを押す指先にわずかな緊張を感じていた。これまで、コラボと呼べるものはメイベルとの一件くらいしかない。しかも今回は初対面が二人同時。しかも相手は、どちらも本格的なロールプレイを貫くタイプの配信者だ。
配信が始まると、コメント欄が一斉に沸き立った。
『来た! クリム様の初コラボ相手だ』
『フィガロさんとシャーロットさんじゃん、豪華すぎる』
『三画面同時とか贅沢すぎるだろ』
「――やあ、クリムゾフィアだ。よろしく頼むぞ」
いつもの威厳は保ちつつも、心なしか柔らかい声で挨拶をすると、少し間があって、低く落ち着いた声が返ってきた。
「……お初にお目にかかる。フィガロと申す者だ。此度は奇縁に感謝を」
やけに芝居がかった物言いだった。抑揚は控えめだが、言葉選びは古めかしく、どこか達観したような響きがある。叶は密かに胸を撫で下ろした。この調子なら、自分の口調も浮かずに済みそうだ。
続いて、涼やかで芯のある女性の声が割り込んだ。
「――初めまして。私はシャーロット。悪しきものを祓う者として、此度のご縁、謹んで受けさせていただきます」
シャーロットもまた、配信用の硬質な口調を崩さなかった。三人とも、視聴者の前ではきっちりと自分のキャラクターを貫いている。
『三人とも一切崩さないのすごい』
『これぞプロの矜持』
『クリム様の威厳、フィガロさんの飄々とした感じ、シャーロットさんの硬派さ……絶妙なバランス』
叶は内心で胸を撫で下ろしながらも、いつもより幾分か砕けた調子で言葉を紡いだ。
「此度は、我のような若輩者が同じ舞台に立たせてもらえること、嬉しく思うぞ」
「いや、こちらこそだ。あの規格外の統治者殿と肩を並べられるとは、身に余る光栄」
フィガロの持ち上げるような物言いに、叶はやや面食らいながらも、なんとか統治者らしい言葉を返した。
「買い被りが過ぎるな。我なんぞ、まだまだこの戦場では未熟者よ」
軽く笑いを滲ませたその物言いに、シャーロットがくすりと笑う気配がした。
「謙虚な統治者殿ですね。嫌いじゃないです」
『クリム様の謙虚さ良すぎる』
『三人の掛け合い見てるだけで楽しい』
『これは大会本番が楽しみになってきた』
三人はしばらく、大会に対する率直な気持ちを、それぞれのキャラクターを保ったまま語り合った。
「正直に言うとな、我は――この戦場での戦いぶりには、まだ自信がないんだ」
叶が柔らかく打ち明けると、フィガロが小さく笑う気配がした。
「なに、某とて似たようなものだ。だが」
一拍置いて、フィガロが続けた。
「勝敗のみが全てではあるまい。せっかくの巡り合わせだ、悔いのないよう戦おうではないか」
「同感です。もちろん勝利は目指しますが、初めて轡を並べる者同士、いきなり頂を狙うのも無粋というもの」
シャーロットの言葉に、叶の肩の力がすっと抜けた。
「――ありがとうな、二人とも」
配信では、視聴者からの質問コーナーも設けられた。三人それぞれのコメント欄から寄せられる質問を、順番に拾っていく形式だ。
『クリム様に質問! フィガロさんとシャーロットさん、第一印象は?』
叶は少し考えてから、ゆったりとした調子で言葉を紡いだ。
「フィガロ殿は、思慮深い御仁だという印象を受けたな。シャーロット殿は……率直で、芯の強さを感じる」
『わかる、二人ともまさにそんな感じ』
『クリム様の人物観察力、なんか鋭い』
「では、私からも一つ。クリムゾフィアさんは、想像していたよりもずっと気さくな方ですね。もっと近寄りがたい方かと思っていました」
シャーロットの言葉に、叶は少し驚いた。
「そうか? 我はいつも通りのつもりだが」
「良い意味で、です。統治者という肩書きだけ聞くと、もっと堅苦しい方を想像してしまうので」
「うむ、我も同感だ。噂に聞いていた孤高の統治者像とは、また違った印象を受けている」
フィガロの言葉に、叶は思わず苦笑した。
「――孤高、というのは、少し買いかぶりすぎではないか」
「いや、界隈ではそう囁かれているぞ。コラボを一切受けぬ、謎多き存在だと」
その言葉に、叶の胸がちくりと痛んだ。事実、これまで数え切れないほどのコラボの誘いを断ってきた。その裏側にある事情までは、二人は知る由もない。
「――色々と、事情があってな」
叶が言葉を濁すと、シャーロットは深追いせず、優しく話を引き取った。
「事情は人それぞれですから。今回、こうしてご一緒できただけで、私は十分嬉しいです」
その気遣いに、叶は密かに救われた思いがした。
「フィガロさんに質問です、クリムゾフィア様と組んでみて緊張しませんか?」
シャーロットの視聴者からの質問に、フィガロは少し間を置いて答えた。
「緊張しないと言えば嘘になるな。だが、それ以上に、この巡り合わせに感謝している」
その言葉に、コメント欄がまた温かく沸いた。
配信の終盤、三人は今後の練習方針についても軽く話し合った。表向きはあくまでロールプレイの延長線上――「共に鍛錬を積もうではないか」「うむ、励もう」といったやり取りだったが、視聴者たちはそれを微笑ましく見守っていた。
『このチーム絶対応援する』
『三人とも絶対に配信を止めない、そのプロ意識が逆に面白い』
『次はいつ見れるんだろ、楽しみ』
配信終了後、三人だけの通話に切り替わると、フィガロとシャーロットの声から少しだけ張り詰めた気配が抜けた。
「――いやはや、疲れたな」
フィガロが、少し砕けた調子で息を吐く気配がした。
「本当ですね。ずっと気を張ってました」
シャーロットの言葉に、叶も思わず笑った。
「二人とも、お疲れさまだったな」
叶自身の口調は、配信中とほとんど変わらなかった。今この姿である以上、この喋り方が地なのだから、無理に切り替える必要もない。ただ、肩の力は抜けている分、いつもよりずっと柔らかく、親しみやすい響きになっていた。
「クリムゾフィアさんって、配信外でもそのままの喋り方なんですね」
シャーロットが、興味深そうに尋ねてくる。
「ああ。今はこの姿だからな。喋り方まで変えるほうが、かえって難しい」
叶は苦笑しながら答えた。実際のところ、変身が解けるまでは、この口調が地になる――それが今の自分の在り方だった。
「なるほど……面白い方ですね」
シャーロットの声には、からかいと親しみが半々に滲んでいた。
「二人はどうなんだ? 配信外でも、その口調を貫いているのか」
叶が尋ねると、フィガロが少し間を置いて答えた。
「俺は、半分といったところだな。普段はもう少し砕けている。だが、この古めかしい言葉選びが妙に癖になっていて、気を抜くとつい出てしまうんだ」
「私は真逆ですね。配信中はキャラを保ちますけど、切ったら一気に素です。オンオフはっきりさせる方が、性に合ってるので」
三者三様の在り方に、叶は妙な納得感を覚えた。同じ「配信者」という肩書きでも、キャラクターとの距離の取り方は、人それぞれ違うものらしい。
「今日は、良い経験になった。二人と話していると、不思議と肩の力が抜ける」
叶が素直な感想を漏らすと、シャーロットが小さく笑った。
「私もです。緊張してましたけど、思ったより自然体で話せました」
「うむ、俺も同感だ」
その後、三人は改めて簡単な自己紹介を交わした。フィガロは個人勢として活動して六年ほど、配信では「異国から流れ着いた魔法使い」というロールプレイを貫いているという。シャーロットはノクターン・エージェンシー所属で四年目、悪しきものを祓う「エクソシスト」設定で人気を博しているらしい。
どちらの経歴にも、叶は妙な既視感を覚えた。詳しく聞けば聞くほど、二人のロールプレイの「作り込み」が異様に自然であることに気づく。まるで、演じているのではなく――本当にそうであるかのように。
(……いや、考えすぎか)
自分自身が「本物の悪魔」であることを思えば、他の配信者もそうだと疑うのは自意識過剰かもしれない。叶は内心の違和感を、そっと胸の奥にしまい込んだ。
「では、さっそくだが。練習は、いつから始めようか」
叶の問いかけに、フィガロが答える。
「早いに越したことはあるまい。俺は明日からでも構わんが」
「私も大丈夫です」
「よし。俺も、明日から励むとしよう」
「あ、そういえば」
シャーロットが思い出したように切り出した。
「チーム名、決めておいた方がいいですよね。大会側にも登録が必要みたいですし」
「そうだな。何か案はあるか?」
叶の問いに、フィガロがしばし考え込む。
「――『トライアド』などは、どうだろうか。三位一体、という意味を込めて」
「シンプルでいいと思います。読み上げやすいですし」
シャーロットの言葉に、叶も頷いた。
「悪くないな。三人で一つ、という意味も込められている」
「では、『トライアド』で決まりですね」
こうして、クリムゾフィア・フィガロ・シャーロットの三人は、「トライアド」という名を掲げて大会に臨むことになった。
こうして、初顔合わせは思いのほか和やかに終わった。通話を切ったあと、叶はしばらくぼんやりと天井を見つめていた。ラヴィが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「なあ、ラヴィ。案外――いい人たちかもしれないな」
膝の上で、ラヴィが小さく喉を鳴らした。
叶はふと、これまでの自分を振り返った。クリムゾフィアとして配信を始めてから、ずっと一人で語り続けてきた。誰かと肩を並べて何かをするということが、こんなにも心を軽くしてくれるとは、思ってもみなかった。
もちろん、まだ何も始まっていない。練習は明日からで、大会本番までは長い道のりが待っている。それでも、この日感じた温かさが、これからの挑戦を支える確かな土台になる予感があった。
こうして、笹川叶――クリムゾフィアの、初めての本格的なチーム練習が始まろうとしていた。




