53話抽選配信
参戦の意思を固めた翌日、叶はブレイズ本人へ、参戦の意思を伝える短いメッセージを送った。
『V-CROWN、参戦させてもらいます』
『マジっすか!? 最高です、ありがとうございます! こちらで告知出しますね』
ブレイズからの返信は、文面からも興奮が伝わってくるほど熱量に満ちていた。
その日のうちに、ブレイズ自身の公式配信アカウントから、一本の告知が投稿された。
『【速報】クリムゾフィア、大型FPS大会「V-CROWN」参戦決定!』
その一文が公開された数分後には、SNSのトレンド欄に「#クリムゾフィア参戦」というタグが躍っていた。
『えっ、あのコラボ拒否貫いてきたクリム様が!?』
『信じられん、大丈夫か?』
『下手プレイでお馴染みのあの人が大会……見届けなきゃ』
『V-CROWN側もよくオファー通したな、企画力の勝利』
賛否というほどではないが、驚きと期待、そして一抹の心配が入り混じったコメントが並ぶ。掲示板でも、いつもの「とある陰陽師」ならぬ常連たちが盛り上がっていた。
『あの人、実力より人柄で持ってる配信者だからな。大会は不安しかない』
『でも指示出しとか意外と上手そうな気配ある』
『統治者ムーブでチームまとめそう』
叶は自室のデスクでその反応を眺めながら、思わず笑ってしまった。ラヴィが膝の上で、画面を覗き込むように顔を上げる。
「案外、好意的だな」
安堵と緊張が半々といった心地で、叶はスマートフォンを置いた。
参戦から数日後、大会運営から「チーム抽選配信」の日程が届いた。参加者七十五名を初心者・中級者・上級者に分け、それぞれの枠から完全ランダムで三人一組のチームを組む――そんな公開抽選が、大会公式チャンネルで生配信されるという。
その数日の間にも、SNSでは参戦発表の反響が静かに広がり続けていた。
当日、叶は仕事終わりに自室のパソコンの前に座り、自らの配信を開いた。今夜は「抽選配信、同時視聴回」と題した特別枠だ。ラヴィも心得たもので、膝の上に丸くなって画面を見上げている。
「――此度は、大会運営の抽選配信を、皆と共に見守ろうと思う」
『同時視聴クリム様!』
『これは新鮮な企画』
『クリム様の反応込みで見れるの贅沢すぎる』
コメント欄には、いつもとは違う種類の高揚が広がっていた。叶自身、自分がどのチームに入るのかまだ分からないという状況で視聴者と同じ立場に立つのは、これが初めての経験だった。
画面の隅に、大会公式チャンネルの生配信を小窓で表示させる。自分の配信のコメント欄と、公式配信のコメント欄――二つの盛り上がりを同時に感じながら、叶は静かに配信を進めていった。
配信のホストを務めるのは、大会を主催した本人――個人勢配信者「ブレイズ」だった。豪快な笑い声と、テンポの良い進行が持ち味の人気配信者だ。企画力に定評があり、界隈でも顔が広い。
「さあ、いよいよ抽選会だ! 今回は完全ランダム方式、忖度なし、コネなし! 運命の三人組、どうなるか俺にも分からん!」
ブレイズの合図で、まずは今大会で使用するゲームタイトルの説明が挟まれた。
「今回のタイトルは『ストームブレイク』! 知ってる奴も多いと思うが、改めて説明しておくぞ」
画面に、ゲームのロゴとプレイ映像が映し出される。三人一組のスクワッドを組み、広大なマップに降り立ち、限られた武器や回復アイテムを拾い集めながら生き残りを目指すバトルロワイヤル形式のFPSだった。時間経過とともに戦えるエリアが「ストーム」と呼ばれる侵食領域によって強制的に狭められていき、最終的に生き残った一チームが勝者となる。
プレイヤーはそれぞれ固有のスキルを持つ「レジェンド」と呼ばれるキャラクターを操作する。索敵に長けたキャラ、回復支援に特化したキャラ、突撃力に優れたキャラなど、役割の異なるレジェンドを組み合わせることで、チームとしての戦術に幅が生まれる仕組みだ。
「エイム力はもちろん大事だが、それ以上に大事なのが立ち回りと連携だ。誰か一人だけ強くても勝てないのが、このゲームの面白いところだな」
ブレイズの説明に、叶は画面の前で真剣に頷いた。個人の腕前だけでなく、索敵情報の共有や、味方を活かすポジション取りが勝敗を分けるという点は、実力に自信のない自分にとって、むしろ希望が持てる話だった。
「あと、大会本編の後には、V-CROWN恒例の『後夜祭』も予定してるから楽しみにしといてくれ! 毎回チームをシャッフルしてカジュアルマッチをやる、お楽しみ企画だ」
『後夜祭、毎年評判いいやつだ』
『あれ好き、絶対見る』
「よし、説明はこのくらいにして、そろそろ本題――抽選に移ろう! 今回は、ちょっと趣向を凝らしてみた」
画面に映し出されたのは、単なる抽選盤ではなかった。巨大な三つのダイス――初心者・中級者・上級者、それぞれの枠に対応した色分けされたダイスが、画面いっぱいに表示されている。
「各枠につき七十五分の……いや、実際は枠ごとの人数で割った出目でチームメンバーを決定する! 俺が一つずつ振っていくから、じっくり見てくれ!」
『ダイスロール演出とかガチっぽくて草』
『これは緊張感ある』
『デジタルダイスなのに変に本格的で好き』
「まずは初心者枠から行くぞ!」
ブレイズが画面上のダイスをクリックすると、コロコロと軽快な音を立てて三つのダイスが転がり出す。視聴者のコメント欄も、その動きに合わせて一喜一憂していた。
『回ってる回ってる』
『止まれ止まれ!』
『なんかこれ見てるだけで面白い』
ダイスが止まると同時に、対応する番号の名前が読み上げられる仕組みらしい。
「初心者枠、一人目――クリムゾフィア!」
名前が読み上げられた瞬間、公式配信のコメント欄が一気に加速した。同時に、叶自身の配信のコメント欄も負けじと沸き立つ。
『来た!』
『クリム様どのチームに入るんだ』
『相方運が全て』
「……ふむ、まさか一番目とはな」
叶は小さく笑いながら、自分の視聴者に向けて呟いた。
『クリム様の第一声聞けるの草』
『同時視聴だとこの反応が見れるのいいな』
『緊張が伝わってくる』
「よーし、続いて中級者枠のダイスだ!」
再びコロコロと音を立てて、ダイスが盤面を跳ね回る。叶は自室の画面越しに、思わず身を乗り出していた。自分がどんな相手と組むことになるのか――その緊張感は、実際に自分の番号が出るのを見ているような気分にさせた。
ダイスが完全に静止すると、ブレイズが出目を読み上げる。
「続いて中級者枠――個人勢の魔法使い、フィガロ!」
その名前に、叶は思わず息を呑んだ。フィガロ。異国風の名を掲げる個人勢配信者で、儀式めいたロールプレイと落ち着いた低い声が特徴の配信者だと、以前チラリと見かけたことがある。実力は界隈でも中堅どころという評判だった。
「そしてラスト、上級者枠のダイスだ! 今回のチームの完成形が決まる、大事な一振りだぞ!」
三度目のダイスロール。コメント欄の勢いも最高潮に達していた。
『頼む、いい人来てくれ』
『クリム様のチーム運、今から祈ってる』
ダイスがゆっくりと回転を止める。
「そして上級者枠――ノクターン・エージェンシー所属、エクソシスト、シャーロット!」
最後に読み上げられた名は、大会界隈でもかなり名の知れた実力者のものだった。硬派なエクソシスト設定で、実際のプレイスキルも高いと評判の配信者。
「以上三名、一番目のチームはこれだ――クリムゾフィア、フィガロ、シャーロット! 運命の三人組が誕生だ!」
ブレイズの声が高らかに響き渡る。同時に、コメント欄が爆発的な速度で流れ始めた。
『クリム様、めちゃくちゃ濃いメンツと組んだな』
『初心者クリム+中級者フィガロ+上級者シャーロット……役割分担的には悪くない?』
『二人ともロールプレイガチ勢だから相性いいのでは』
『これは楽しみすぎる』
叶は画面を見つめたまま、しばらく声も出せずにいた。ラヴィが心配そうに顔を見上げてくる。
「……まあ、なんとかなる、か?」
自分に言い聞かせるように呟いたが、内心は嵐のようにざわめいていた。ロールプレイを貫く二人と組むということは、自分もまた「異世界の統治者」を演じ続けなければならないということだ。ボロが出れば、正体に近づく手がかりを与えてしまうかもしれない。
だが同時に、期待もあった。この二人となら、案外うまくやれるのではないか――そんな根拠のない予感が、胸の奥にあった。
配信の最後、ブレイズが締めの言葉を放つ。
「各チーム、これから約一ヶ月かけて練習期間だ! 大会本番までにどれだけ仕上げてくるか、俺も楽しみにしてるぞ!」
一ヶ月。決して長くはない時間だった。
叶は配信を閉じ、膝の上のラヴィを撫でながら、深く息を吐いた。
「さて。まずは、自己紹介からだな」
新しいチームメイトへのメッセージ画面を開く指先は、わずかに震えていた。
同じ頃、フィガロもまた、自分の配信で抽選結果を見届けていた。彼の配信画面には、薄暗い書斎のような背景が広がっている。ろうそくの灯りを思わせる照明効果の中、フィガロは公式配信の小窓を見つめながら、静かに腕を組んでいた。
「――クリムゾフィア殿と、か」
配信の視聴者に向けて、彼はいつもの落ち着いた声で呟いた。その声には、驚きと、どこか楽しげな響きが同居していた。
『フィガロさんも動揺してるの草』
『あの人と組むの緊張するよね分かる』
『フィガロさんのリアクション珍しい』
「なに、緊張しているわけではない。ただ――良い巡り合わせだと思っただけだ」
その言葉には、嘘のない実感がこもっていた。フィガロは椅子に深く座り直し、視聴者に向けて語り始めた。
「実を言うと、某はクリムゾフィア殿の配信を、以前から拝見していてな。誰とも群れず、己の信じる道を貫く姿には、通じるものを感じていた」
『フィガロさんの語り、いつも良い』
『まさかこんな形で共演フラグ立つとは』
『二人とも独特な世界観貫いてるから相性いいの分かる』
「今回、この巡り合わせを機に、良い戦いができれば――そう思っている」
フィガロの声は、いつもより幾分か柔らかかった。視聴者たちも、その珍しい素直さに気づいたのか、コメント欄には温かい反応が並んでいた。
一方、シャーロットの配信のコメント欄も、同様の盛り上がりを見せていた。彼女の配信画面には、教会のステンドグラスを思わせる荘厳な背景が広がっている。
「クリムゾフィアさんと組めるなんて、光栄です。精一杯、力になれるよう頑張ります」
彼女らしい、誠実な一言だった。
『シャーロットさん嬉しそう』
『クリム様と組めるの羨ましい』
『実力者同士のコラボ楽しみ』
「正直、少し意外ではありました。あの方は、これまで一切コラボをされてこなかった方ですから。何か、心境の変化があったのかもしれませんね」
シャーロットは画面の向こうの視聴者に語りかけるように、静かに続けた。
「私にできることは、精一杯、チームの力になることだけです。上級者枠として恥じぬ働きをお見せしましょう」
その凛とした宣言に、コメント欄からは拍手のスタンプが次々と流れていった。
『シャーロットさんの覚悟、格好いい』
『これは強いチームになりそう』
『大会本番が待ち遠しい』
三者三様の思いを抱えながら、それぞれの配信は静かに幕を閉じた。そして翌日から、三人の新しい関係が始まろうとしていた。




