表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/76

30話経営シミュレーションゲーム配信


「――というわけで、本日は二度目のゲーム配信だ」


 開幕の挨拶に、コメント欄が沸き立つ。


『待ってた!』

『今日は何をプレイするんです?』

『また壁に頭突きするクリム様が見たい』


「本日プレイするのは――こちら」


 画面に表示したのは、領地経営シミュレーションゲームだった。プレイヤーは小さな村の領主となり、税制や産業、インフラを整備しながら、街を発展させていく――というコンセプトらしい。前回のリスナー投票で、ダントツの一位を獲得した作品だった。


『経営シミュ、まさかの実現!』

『クリム様の本業では?』

『これは期待していいのか』


「――ほう。この身の本領、というやつだな」


 自信満々に呟いたのも束の間だった。チュートリアルが始まり、最初の税率設定画面が表示された瞬間、叶の目つきが変わった。


    *


「――待て。この初期税率、明らかに高すぎるだろう」


「クリム様、いきなりガチ分析入った」


「これでは民の不満が募る一方だ。まず最初の一年は、種もみ代を差し引いた最低限の税に留めるべきであろう」


 画面の中で、律儀に税率スライダーを最低値近くまで下げる。統治シミュレーションゲームとしては、決して間違った判断ではなかった。むしろ堅実すぎるほどだった。


『ガチ勢の税制論が始まってる』

『いや初期はある程度取らないと詰むよこのゲーム』

『クリム様、ゲームと現実の区別ついてる?』


 案の定、序盤の資金繰りが早々に苦しくなった。画面には赤字を知らせる警告が点滅している。


「な……何故だ。理に適った施策のはずなのに」


「クリム様、そのゲーム、初期は割とえげつない税率取らないと詰むタイプのやつです」


 いつの間にか紛れ込んでいたメイベルのコメントに、思わず呻き声が漏れる。


「ぬぐ……理想と現実の乖離、というやつか」


 結局、慌てて税率を上げ直す羽目になった。だが、その時にはすでに村人からの不満度ゲージが赤く点滅していた。


    *


 次の関門は、産業配置の割り振りだった。農地を優先すべきか、それとも工房を増やして交易品を生み出すべきか――画面をじっと睨みながら、叶は珍しく長考に入った。


「――むう。正直なところ、こういう配分の判断は、我にも自信がない」


「え、クリム様でも迷うことあるんですか?」


 迷うに決まっている、と内心で独りごちる。統治者としてこの身で立ってきたのは、さほど長い年月ではない。政の全てに通じているわけがないのだ――もっとも、そんな事情をここで打ち明けるわけにもいかない。


「……無論、我とて万能ではない。時に迷うこともある、というだけの話だ」


 当たり障りのない言葉で誤魔化すと、コメント欄が静かにどよめいた。


『クリム様、意外と正直』

『そういうところも含めて信頼できる』

『完璧超人じゃないの、逆に安心する』


 結局、農地と工房を半々に割り振るという、いかにも無難な選択に落ち着いた。案の定、これといって特徴のない、平坦な発展曲線を描くことになったが、少なくとも致命的な失敗は避けられた。


 ――正直なところ、異世界で統治者として過ごした期間を振り返ってみても、大したことは分かっていない。書類仕事に追われ、陳情の裁定にあたふたし、気づけば時間だけが過ぎていく毎日だった。堂々と胸を張れるほどの実績も、体系立てて語れるほどの知識も、自分には備わっていない――そう自覚してもいた。


 だが、ゲームとはいえ、こうして一から領地を回してみると、「なるほど」と膝を打つ場面が、思いのほか多いことに気づく。税をどこまで絞れば民が離れず、どこから絞りすぎれば反発が生まれるのか。福祉と収支のバランスをどう取るべきか。断片的にでも、実際に自分の手で判断を下してきた経験が、確かに血肉になっているらしかった。


 ――知らず知らずのうちに、色々と学んでいたのだな。


 そんな小さな感慨を抱きながら、叶は次の判断へと画面を切り替えた。


    *


 その後も、叶の「本業ならでは」の判断は、ことごとくゲームバランスとの相性が悪かった。道路整備を最優先にした結果、肝心の食料生産が疎かになり飢饉が発生。福祉施設を手厚くしすぎて、税収とのバランスが崩壊。極めつけには、隣接する村との小競り合いに際して、律儀に「話し合いによる解決」を選び続けた結果、時間切れで一方的に攻め込まれるという展開まで発生した。


「――なっ、卑怯な……! 交渉の席を設けようとしたというに!」


『クリム様の交渉、ゲームには通じなかった』

『現実の統治スキルとゲームバランスは別物だった』

『でも民想いなのは伝わってくる』

『むしろこの誠実さで詰んでいくの、逆に尊い』


 コメント欄の温度が、いつしか「応援」から「見守り」へと変わっていくのを、叶は薄々感じていた。


    *


「――むう。埒が明かぬ。少し、方針を変えるとしよう」


 何度目かのやり直しの末、叶はついに開き直った。理想論を捨て、ゲームとしての最適解を模索し始める。税率を厳しめに設定し、浮いた資金を軍備に注ぎ込み、隣村との交渉は最低限に留める――統治者としての矜持をひとまず脇に置いた、ある意味で割り切った判断だった。


「――これで、どうだ」


 すると、途端に村の発展速度が目に見えて上がり始めた。人口が増え、建物が並び、資金繰りにも余裕が生まれてくる。


『急に有能になった』

『割り切った瞬間の伸びがすごい』

『クリム様、ゲームでは冷徹路線の方が向いてるのでは』


「……皮肉なものだ。慈悲深さよりも、割り切りの方が民を富ませるとは」


 思わず漏れた本音に、コメント欄が静まり返った――かと思いきや、次の瞬間には「深い」「これもうゲーム実況じゃなくて為政者の哲学配信」といったコメントで再び埋め尽くされた。


    *


 配信終了間際、ようやく村は小さいながらも安定した都市へと成長を遂げていた。


「――どうにか、形にはなったな」


「クリム様、最初の税制論から比べると、えらい成長っぷりですね」


 メイベルのコメントに、思わず苦笑が漏れる。


「現実の統治とゲームの統治は、また別物と学んだ。良い経験であった」


『次はもっと難易度高いのやってほしい』

『クリム様の為政者ロールプレイ、飽きない』

『民想いすぎて詰みかけるの、また見たい』


 コメント欄には、次回を望む声が相変わらず続いていた。統治者としての矜持と、ゲームバランスとの板挟みになりながらも、どこか楽しんでいる自分がいることに、叶は気づいていた。


「――さて、次は何に挑もうか」


 軽く独りごちたところで、ふと思い出したように居住まいを正す。


「――ときに、皆にまだ伝えていないことがあった」


 コメント欄が、一瞬静まり返る。


「来る日、この身は『コスプレフェスタ』なる催しに、直に赴くことになった」


『え!?』

『マジで!?』

『生クリム様、来るのか!?』

『告知動画見ました! ついに正式発表きた』

『知ってました、絶対いきます!』

『有給もう確保済みです』

『待ってました、この瞬間』


 コメント欄が一気に沸騰する。すでに動画や噂で知っていたはずのリスナーたちも、本人の口から正式に告げられると、また違った衝撃があるらしい。初耳の者たちの驚きの声と、知っていた者たちの「ついに来た」という高揚が入り混じり、コメント欄はしばらく統制の取れない盛り上がりを見せていた。


「正直に申せば、迷いがなかったわけではない」


 いつになく静かな声で、叶は続ける。


「いわゆる『中の人』が、大勢の前に姿を現す。それが、この身にとって是なのか非なのか――何度も、己に問うた」


 コメント欄の勢いが、わずかに落ち着く。誰もが、続く言葉を待っているようだった。


「だが、結局のところ、答えは単純だった。我は、この姿が――この形が、たまらなく好きなのだ。ならば、それを一人でも多くの者に見てもらいたいと思うのは、当然のことであろう」


『クリム様……』

『尊い……』

『葛藤の末にそれ言うのずるい』


「フェスタに来られる者も、来られぬ者も、皆が案じてくれることに変わりはない。だからこそ、この身も、精一杯応えたいと思う」


 言葉を紡ぎながら、内心では、少し違う想いも渦巻いていた。クリムゾフィアという存在が、こうして一人でも多くの人々に知れ渡っていくこと――それこそが、叶がずっと願ってきたことだったのだ。ただの信者だった自分が、今やその願いを、自らの手で少しずつ叶えている。そのことに、静かな高揚を覚えずにはいられなかった。


「――当日、皆に会えることを、楽しみにしている」


『絶対行く』

『有給申請、二重で出しといた』

『クリム様の晴れ舞台、見届けたい』


 コメント欄には、期待と応援のコメントが、途切れることなく流れ続けていた。


 次々と流れ込むスパチャの通知音を聞きながら、叶は毎回のように感じるあの感覚――体の奥を静かに満たしていく、魔力の奔流を意識していた。今日もまた、多くの想いが、遠い異世界の民を支える糧に変わっていく。


 だが、と胸の内でふと思う。この感覚には、もう随分と慣れてしまった。あの、初めて異世界へ引き込まれた時の、目も眩むような高揚感は、もはやどこにもない。毎回、確かに魔力は満ちていくのに、あの時ほどの強い衝動は湧いてこないのだ。


 ――まだ、奉納するに足るだけの量には、達していないということなのだろうか。


 根拠のない、ただの直感に近い予感だったが、妙に腑に落ちる感覚もあった。いつかまた、あの祭壇に立つ日が来る。その時に向けて、静かに、しかし確実に、何かが積み上がっているのかもしれない――そんな予感を抱きながら、叶は静かに配信を締めくくった。


 どっと肩の力が抜け、膝の上で丸くなっていたラヴィの寝顔を横目に、叶は静かに息を吐く。フェスタまで、あと僅か。不安と、それを上回る高揚感を抱えながら、叶は画面の向こうの盛り上がりを、しばらく静かに見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ