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28話動画は静かに燃え広がる


 告知動画が公開されたのは、打ち合わせから数日後の夜だった。事務所の公式アカウントから投稿されたそれは、わずか十数秒の短い映像だったが、投稿直後から再生数がみるみる伸びていくのを、叶はスマホの画面越しに眺めていた。


    *


【実況】クリムゾフィア コスプレフェスタ出演記念動画スレ


1: 名無しの視聴者

 キタ――!!! 告知動画公開!!!


2: 名無しの視聴者

 もう見た? やばい、たった十数秒なのに何回も見返してる


3: 名無しの視聴者

 「来る日、貴殿らと相まみえるを楽しみにしている」のとこ、声も表情も完璧すぎん?


4: 名無しの視聴者

 いや改めて言うけど、これ完璧なコスプレすぎる

 角の生え方とか瞳の色とか、CGじゃないのが信じられない


5: 名無しの視聴者

 >>4

 メイクさんの技術どうなってんの

 特殊メイクの賞獲れるレベルだろこれ


6: 名無しの視聴者

 声のトーンまで配信と寸分違わないの、逆に怖いまである(誉め言葉)


7: 名無しの視聴者

 早く当日来てくれ……有給取った……


8: 名無しの視聴者

 これもう完全に「本物」を見に行く感覚だわ


9: 名無しの視聴者

 何回も一時停止して見てるけど、瞬きのタイミングまで完璧なんだが


10: 名無しの視聴者

 >>9

 わかる、CGモデルにありがちな不自然さが一切ない

 だからこそ逆に不思議な気持ちになる


11: 名無しの視聴者

 台詞の言い回しも、いつもの配信となんら変わらない自然さなんよな

 付け焼き刃感が全くない


12: 名無しの視聴者

 個人的には最後の一瞬、目が優しく細まったところが一番好き

 あれ絶対リスナーへのメッセージだと思ってる


13: 名無しの視聴者

 >>12

 解釈違いを許さない圧、わかる


14: 名無しの視聴者

 これスクショして待ち受けにしてる人、絶対自分だけじゃないよな?


    *


 一方、フェスタ自体を目当てに調べていた層の反応は、また少し違った色を帯びていた。イベント公式サイトの出演者一覧をきっかけに、クリムゾフィアという名を初めて知った人々の投稿が、SNSのタイムラインに次々と流れていく。


『コスプレフェスタの出演者一覧見てたら、クリムゾフィアって人がいて調べたら、Vtuberの中の人がリアルイベントに出るってこと? そんなのあるんだ』


『え待って、動画見た。これVtuberの人が実際に人前でこの格好して出てくるってこと? 普通そういうのって隠すものじゃないの?』


『中の人がイベントに出演するVtuber、初めて見たかも。しかもこのクオリティ。すごくない?』


『友達に勧められて動画見たけど、普通に美形すぎてびっくりした。こんな人が実在するの……?』


『職場の後輩がクリムゾフィアってVtuberの大ファンらしくて、動画見せてもらったけど、正直これは沼る人の気持ちわかる』


『イベント出演者リストのアイコンだけ見て「なんかかっこいい人いる」くらいの感覚で調べたら、まさかの中身がVtuberで二度見した』


『こういうイベント、正直毛嫌いしてたけど、これだけの熱量を見せられると、当日ちょっと覗いてみたくなる』


 既存のファンにとっては当たり前の存在だったクリムゾフィアが、初めてその名を知る人々の間では、まったく違う驚きをもって受け止められていた。


    *


 そして、もう一つ別の界隈でも、この動画は静かに、しかし確実に話題になっていた。


【雑談】コスプレイヤー交流スレ 233


88: 名無しのレイヤー

 例のクリムゾフィアってVtuberの告知動画、見た人いる?


89: 名無しのレイヤー

 見た見た。フェスタの出演者一覧で見かけて気になって


90: 名無しのレイヤー

 正直、あのクオリティは異常だと思う

 角のシリコンの作り込み方とか、瞳の発色とか、素人の域超えてる


91: 名無しのレイヤー

 >>90

 わかる。しかも一切の違和感がない

 どこのブランドの造形使ってるのか本気で知りたい


92: 名無しのレイヤー

 カラコンの発色もだけど、肌の質感まで変わって見えるのがすごい

 あれ絶対プロの特殊メイクだよね?


93: 名無しのレイヤー

 当日出演するらしいし、絶対現場で見たい

 技術的な話、聞けるものなら聞いてみたい


94: 名無しのレイヤー

 >>93

 わかりみが深い、勇気出して話しかけてみようかな


95: 名無しのレイヤー

 私も。同業者として、あの完成度がどこから来てるのか純粋に気になる


96: 名無しのレイヤー

 実は前から気になってた造形師さんに聞いてみたんだけど、「あそこまでの一体成型は今の技術じゃまだ難しいはず」って言われて余計に気になってる


97: 名無しのレイヤー

 >>96

 え、それはそれで不穏な情報で草

 新技術のお披露目でもあるってこと?


98: 名無しのレイヤー

 個人的に一番気になるのは瞳の色の変化なんだよな

 角度によって色味が違って見えるの、あれどういう仕組みなんだろう


99: 名無しのレイヤー

 当日、絶対お話ししよう。約束な


    *


 同じ頃、Alter Egoの事務所では、舩越がノートパソコンの画面を前に、何度も同じ数字を見返していた。


「桐生くん、これ見たか。動画の再生数」


「見ました見ました! 公開から半日でこの伸び、うちの案件でも過去一じゃないですか?」


 桐生が興奮気味に椅子ごと近づいてくる。画面には、通常投稿の何倍もの勢いで伸び続ける再生数のグラフが表示されていた。


「反応も軒並み好意的だ。むしろ、想定以上といっていい」舩越が眼鏡を押し上げながら呟く。「フェスタの前売り券、追加販売の検討をしてもいいかもしれんな」


「私も同じこと考えてました! それと……」桐生が声のトーンを落とす。「実は、他のコスプレイヤーさんのコミュニティでも話題になってるみたいで。技術面で驚かれてるようなんです」


「それだけの完成度ってことだろう。笹川様は、本当に大した方だ」


 舩越が感慨深げに頷く。桐生も、画面に映る告知動画のサムネイルを見つめながら、しみじみと同意した。


「正直、最初にスカウトした時は、ここまでの逸材だとは思っていませんでしたよ。今となっては、うちが選んだんじゃなくて、選んでいただいた側だなって思います」


「同感だ。当日は、粗相のないよう最大限のバックアップを頼む」


「もちろんです!」


 二人のやり取りは、それからしばらく、当日の警備体制や動線の再確認へと移っていった。フェスタの成功を確信しながらも、その裏でどれほどの秘密が隠されているかなど、二人は知る由もなかった。


    *


 深夜、コメント欄をスクロールし続けていた叶は、思わず苦笑した。褒められれば嬉しい。だが、褒められている理由の根本が、誰の想像とも違う場所にあるという事実は、何度経験しても慣れることがなかった。


「――コスプレイヤーの人たちにまで注目されるとはな」


 プロの視点から見ても「異常」だと評される完成度。それはそうだろう、と内心で独りごちる。技術で作られたものではなく、本物なのだから。


 スクロールを続けるうち、ふと一つのコメントに目が留まった。


『動画の最後、目が優しく細まったところ、なんか救われた気持ちになりました。最近しんどいことが多かったので』


 見覚えのあるハンドル名だった。以前、悩み相談コーナーで言葉をかけたリスナーの一人だったはずだ。何気なく撮っただけの動画の、ほんの一瞬の表情が、誰かの支えになっている――そのことに、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「――そうか。届いていたのだな」


 小さく呟いて、そのコメントに軽くハートマークを押しておいた。それ以上、何をするでもなかったが、それだけで十分な気がした。


 膝の上でラヴィが、にゃあ、と小さく鳴いた。まるで「大変なことになったな」とでも言いたげな声色に、叶はスマホを閉じ、深く息を吐いた。


「――当日、うまく誤魔化しきれるといいが」


 不安と、それ以上の期待とが入り混じった感情を抱えながら、叶はラヴィの頭を撫でる。フェスタまで、あと数日。期待の大きさを噛みしめながら、叶は静かに天井を見上げた。


 窓の外では、いつの間にか降り出していた小雨が、静かに街を濡らしていた。まるで、これから訪れる大きな出来事の前触れのように。

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