20話またしても放送事故
「――皆、待たせたな。クリムゾフィアだ」
いつもより、心なしか語尾が緩んでいる。画面の向こうで、コメント欄がすぐさま反応した。
『あれ、クリム様なんか声柔らかくない?』
『今日早くね?』
『お酒でも入ってます?』
「バレたか。実は、我は少し酒を飲んでいてな。……気分が、高揚しておるのだ」
叶――もといクリムゾフィアは、頬杖をついたまま、へらりと笑った。いつもの配信ならもう少し気を張っているところだが、今日はどうにも、気が緩んでいる自覚があった。
それでも、頭の片隅では、しっかり「クリムゾフィア」を保とうとしている自分がいる。口調も、仕草も、酔いに流されないよう、意識の端で踏ん張っていた。酔ってはいても、これは推しになりきる大事な時間なのだ。
『クリム様が素直に認めた!?』
『レア!』
『飲みながら配信とか最高か』
「今日はちょっと、良いことがあってな……ふふ」
自分でも、締まりのない笑い方をしている自覚はあった。だが、止められない。
「あの、皆には、なかなか照れくさくて言えていなかったのだがな」
『ん?』
『改まってどうした』
「いつも、スパチャ――そなたらの供物、心から感謝しておる。あれのおかげで、我は、随分と救われておるのだ」
柄にもない、と自分でも思う。だが、口が止まらなかった。
『クリム様が素直に感謝を!?』
『泣きそう』
『いつも塩対応気味なのにどうした』
「塩対応をしておるつもりはないのだがな……まあ、良い。とにかく、感謝しておる。皆のおかげで、我は頑張れておる」
言葉に、いつになく熱がこもった。じんわりと、胸の奥が温かくなる。
言いながら、傍らに置いていたグラスに口をつける。ほろ酔いが、心地よく回っていく。
「あ、そういえば、今日、会社で、あ、いや、領地で、良いことがあったのだ」
言い間違いに、コメント欄がざわついた。
『会社www』
『領地じゃなくて草』
『中の人ネタばれてて草』
「あ、いや、その……何でもない」
誤魔化すように、また杯を傾ける。酔いはさらに深くなっていく。
「陳情の一件、その、うまく収められてな。皆、大喜びしてくれて。……なんというか、役に立てておるのだな、と実感できたというか」
『陳情???』
『いつもの世界観設定強いな』
『クリム様のロールプレイガチすぎる』
視聴者たちは、いつも通りの「クリムゾフィア様の異世界統治者ロールプレイ」として受け取ってくれているようだった。都合がいいと言えば都合がいい。叶は内心でほっと胸を撫で下ろしながら、さらに酒を口に運んだ。
「今日は、宴にも誘われてな。いつもは、断っておったのだが。今日は、なんだか、断らずともよいかという気分になってな」
『成長を感じる』
『クリム様、社会性を得た』
『いいぞもっとやれ』
「上役も、酒を振る舞ってくれてな。……なんというか、真面目にやっておれば、ちゃんと返ってくるものなのだな、と。当たり前のことなのだがな」
しみじみとした口調に、コメント欄も心なしか温かい空気になっていた。
「せっかくだ、皆の悩みも聞くとしよう。今日は気分が良いのでな、太っ腹にいくぞ」
叶は頬杖をついたまま、いつもの「為政者クリムゾフィア」の顔を、意識して作った。酔っていても、これだけは崩したくない一線だった。
『きたああああ』
『クリム様の悩み相談コーナー!』
『毎回助けられてるやつだ』
『相談です。後輩に仕事任せたら失敗して、フォローするの正直しんどいです』
「ふむ。……その後輩とやらに、任せる前に、退路をきちんと示してやったか? 失敗した時にどう動けばいいか、こちらが先に用意しておいてやるだけで、相手の動きは大分変わるものだぞ。頼るというのは、丸投げとは違うのだ」
『重い……重いけど的確すぎる』
『いつもよりふにゃふにゃなのに言うことはちゃんとしてる』
『クリム様の中の人、絶対デキる社会人だよね』
自分で言っておきながら、叶は苦笑した。今日一日の自分の行動を、そのまま言葉にしただけだった気もする。だが、それでいいのだろう。誰かの経験は、誰かの助けになる。
『とある陰陽師:相談してもよいか。実力を示しても、身内からはなかなか認めてもらえん。功績を上げても、なぜか正当に評価されないというか。上に取り合ってもらえぬことが、続いていてな』
「ふむ……それは、堪えるな」
クリムゾフィアは、少し間を置いてから、静かに続けた。
「身内というのは、時に、外の誰よりも冷たいものだ。血の繋がりや、家という枠組みが、正しい評価の目を曇らせることもある。……だが、な。認めてくれる場所が一つしかないと思う必要はない。そなたの実力を見ている者は、必ずどこかにいる。今は届いていなくとも、いずれ、な」
『とある陰陽師:……肝に銘じておく。忝い』
『陰陽師さんいつも硬派』
『クリム様と陰陽師さん、なんか妙に息合ってるよな』
『今日も世界観崩壊してなくて安心する』
配信開始から小一時間が経った頃には、叶の呂律は、明らかに怪しくなっていた。
「皆にゃぁ、ほんと、感謝しておるのだぞぉ……」
『語尾!』
『にゃぁって言った』
『完全に出来上がってる』
その時だった。
部屋の隅で丸くなっていたラヴィが、もぞもぞと動き出した。眠りから覚めたのか、とてとてと歩いてきて、当たり前のように叶の膝に飛び乗る。
「わっ、と……」
油断していた叶は、体勢を崩しかけた。とっさに手をついた拍子に、傍らの三脚を蹴飛ばしてしまう。ガタン、と音を立てて、スマホの角度が大きくずれた。
カメラのフレームには、膝の上で丸くなった白くてふわふわの毛玉と、驚いて目を見開いたクリムゾフィアの顔が、一緒に映り込んでいた。
叶が気づいたのは、コメント欄が異様な速度で流れ始めてからだった。
『は????』
『猫!?!?』
『もふもふすぎるんだが!?!?』
『クリム様に懐いてる猫可愛すぎ死ぬ』
『白猫ちゃん尊死』
『これ新キャラ!? 使い魔!?』
『鳴き声かわいい!!!』
『今日も中の人の作り込み完璧すぎるんだよなあ』
『それどころじゃない猫ちゃんかわいすぎ』
「あ……」
コメント欄の反応を見て、叶は察した。誰も、自分の顔になど興味がない。皆の目当ては、完全にラヴィだった。
(……なら、もういいか)
開き直った叶は、酔った勢いも手伝って、スマホをそっと持ち上げ、レンズをラヴィの方へ向け直した。せっかく可愛いと言ってもらえているのだ、ならば存分に見せてやろう、という気分だった。
カメラのフレームいっぱいに、白くてふわふわの毛玉が映し出される。
ラヴィは、カメラなど気にする素振りもなく、レンズの前で丸くなり、「みゃあ」と小さく鳴いた。その仕草の愛らしさに、コメント欄はほとんど阿鼻叫喚と化していた。
『尊い』
『尊い』
『尊い』
『これもうラヴィちゃんの配信では?』
『クリム様が完全に小道具』
『スパチャしていい?いい?』
『供物じゃなくて猫の餌代として送りたい』
言葉と同時に、通知音が鳴り止まなくなった。見たこともないような色とりどりの供物石が、様々なスパチャと入り乱れながら、次から次へと画面を埋め尽くしていく。何の石だとか、金額がどうとか、もはや把握しきれない。ラヴィが映り込んだその一瞬だけを切り取るように、アイテムとスパチャの嵐が吹き荒れていた。
完全に、収拾がつかなくなっていた。
「あー、その、これは、その……」
しどろもどろに言い訳を探すが、酔った頭では、まともな言葉が出てこない。結局、叶は開き直るしかなかった。
「うむ、まあ、その、拾ったのだ。可愛いであろう」
ヤケになったような開き直りの一言に、コメント欄がさらに沸いた。
『開き直った!』
『クリム様が親バカ』
『可愛いって自分で言った』
『名前は!? 名前は!?』
「ラヴィという。よろしく頼む」
膝の上のラヴィの頭を、そっと撫でる。ラヴィは気持ちよさそうに目を細めて、また小さく鳴いた。
その様子に、コメント欄は完全に陥落していた。
配信を終えた後、叶はソファに深く沈み込んで、天井を見上げた。酔いはまだ、じんわりと全身に残っている。
(また、放送事故やらかしたな……)
思えば、最初にクリムゾフィアの正体がバレたのも、放送事故がきっかけだった。あの時とは比べ物にならないくらい、可愛らしい事故ではあったが。
スマホの画面には、配信終了後もなお、感想が流れ込み続けていた。
『神回すぎた』
『今日の配信保存版』
『ラヴィちゃんグッズ待ってます』
「……グッズ、か」
冗談半分の呟きを、叶はぼんやりと口にした。まさか本当にそんな展開になるとは、この時はまだ、思ってもいなかった。
膝の上で丸くなったままのラヴィを撫でながら、叶は目を閉じた。ほろ酔いの心地よさに包まれて、その夜はいつになく、穏やかに眠りに落ちていった。
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あとがき
タイトルって、小説大事じゃないですか。
なんか、引き込まれるようなタイトル、考えてくれません?




