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魔法を願った少年  作者: 彩音りあ
第八章 変異種ヒドラ
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契約

 謎の声が聞こえたことで俺は逡巡する。

 俺は一つの仮説を立てていた。

 あの声はヒドラのものだと。

 ソルヌのみんなの仇であることは間違いない。

 だが、対話ができるのであれば、一度話を聞くべきではないか。

 そういう考えがよぎる。


 目を閉じれば、ソルヌの惨状を思い出す。

 倒れる仲間たち、そしてアンジェさんのこと。

 様々な感情が渦巻く。

 殺せ。

 どす黒い感情の自分が立っている。


 そうだ、みんなはこいつを殺されたんだ。

 情けをかける必要なんかない。

 腹は決まった。

 焼け死ぬのを待つだけだ。

 そう思った瞬間。


『ロイくん』


 アンジェさんの声が聞こえる。


「アンジェさん!?」


 周りのみんなは反応していない。

 幻聴なのか、俺にだけ聞こえていた。

 時が止まったように時間の流れが緩やかになる。


『ロイくん……復讐に縛られないで』

「でも、アンジェさん、みんなの無念を!」

『あなたの力は、人を傷つけるためじゃない』


 アンジェさんの優しい声


『その力は誰かを守り、誰かを笑顔にするために』


 アンジェさんの残した手紙にも、同じ言葉が綴られていた。


「そうか、そういうことなんだ」


 この声は俺の心の中に刻まれていたアンジェさんの思いだ。

 気付けば目の前にアンジェさんの姿があった。

 アインさん、ゲイルさん、ギルドのみんなもいる。


「わかったよ、みんな」


 みんなは微笑みながら頷いた。

 俺は目を閉じて、もう一度目を開く。


 ソルヌのみんなの姿は消え、目の前は月光の森に戻っていた。

 さっきまでの光景は俺の心が見せたものだった。

 燃え盛るヒドラが呻き声をあげる。


「火を消そう!」


 俺は詠唱を開始する。


「了解だよ!」


 ルナもそれに続く。


「「《大水球(ハイアクア)》!」」


 巨大な水球が火を飲み込む。


「カトレア!シア!アーティ!手伝ってくれ」


 ネモが声を上げて、魔道具を起動する。


「了解」

「わかったよ!」

「了解デス」


 それに続き、カトレアもシアもアーティも魔道具を起動した。

 湖の水が吸い上げられて、穴へ放水される。

 森がブレスで燃やされた時のために用意しておいたものだ。

 多方面から水を浴びせ続ける。

 火は徐々に小さくなっていき、しばらくすると完全に消えた。

 ヒドラが穴から這い上がり、こちらを見つめる。


『人間よ、何故わらわに危害を加える?』


 ヒドラが口を開いた。

 声の主はヒドラで間違いなかった。


「俺の大切な人たちがお前に殺されたからだ」


 睨みつけながらも落ち着いた声で話す。


『記憶にないな。

 わらわは人間どもに眠りから起こされた後、妙な魔法をかけられて、それより先は何も覚えておらぬ』


 真っ直ぐ俺を見据えて答えた。

 嘘を言っているようではなかった。

 言葉尻を捕らえそうになったが飲み込む。


『だが結果として、お主の大切な者たちに手をかけてしまったことに変わりなかろう。

 その点は詫びさせてもらう。

 申し訳なかった』


 蛇頭が深々と俺に向けて頭を下げる。

 完全に毒気を抜かれてしまった。

 俺の中で復讐という言葉は完全に消えていた。


 封印を解いたのは人間国軍の連中だ。

 ヒドラはただ操られていただけであった。

 敵討ちは既に終わっていたのだ。


「ははは……」


 気付けば俺は地面に座り込んでいた。

 脚に力が入らない。

 完全に力が抜けてしまった。

 しばらくそのまま立ち上がることができなかった。


「えっ!?あれは誰!?」


 ルナが何かに気付き、声を上げた。

 俺は正気に戻り、立ち上がる。

 指さす先を見るとヒドラの姿は忽然と消えており、

 そこには巫女服を纏った、白髪で緋色の目をした少女がいた。


「わらわの魔力も底をついたようじゃ」


 ヒドラは身体を維持しきれず人間の姿になっていた。


「のう、少年よ。

 お主の魔力に覚えがある。

 一度わらわをその身体に封じ込めておったのであろう」

「そうだ、お前は一度俺の中に封印していた」


 あの時の俺はヒドラを倒す力はなく、封印術によって自らの身体にヒドラを封印していた。


「お主の魔力は底が知れぬ。

 膨大な魔力はわらわにとって何よりも欲するものじゃ。

 お主さえ良ければ"契約"しようではないか」

「契約……」


 俺が魔力をこの少女に分け与える代わりに、少女は俺に力を貸すということだった。

 隷属とは異なり、対等の立場による、制約と制約の繋がりである。

 ヒドラの言葉を信じるべきか、選択を迫られる。


「ロイ!周りのことなんて気にするな。

 自分にとって何が最善かで決めろ!」

「一番後悔しない方を!」

「信じた方で!」


 ネモ、カトレア、シアが声を上げる。

 心のどこかで、決断を恐れていた。

 だけど、みんなが背中を押してくれた。

 答えは既に決まっていた。


「わかった、契約しよう」


 再び封じる術はもう残されていない。

 放っておくこともできない。

 ならば制御下に置くしかなかった。

 だけど本当の理由は――

 罪のない命を奪っては、ソルヌのみんなに顔向けができないからだ。

 復讐に縛られず、みんなを守る力になるのであれば、仇すら信じてみようと思う。


「契約成立じゃな」


 俺の手の甲の紋章と同じ紋章が少女の手の甲にも浮かび上がる。

 俺の紋章から魔力が流れ出し、紋章と紋章がリンクする。


「これでお主はわらわの力を使うことができる。

 呼び出さぬとも力は使えるが、何かあれば呼び出すのじゃ」


 少女は俺の手の甲の紋章に吸い込まれていった。

 森は静けさを取り戻す。

 封印術の制約からは解放された。


 復讐ではなく、契約という形で決着がつく。

 こうして俺の中に一つ区切りがついたのだった。



――第八章 完――

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