家族の温もり
アーティと出かけた翌日。
即位式まであと二日。
新月――ヒドラを復活させる日まで四日。
本日はカトレアと出かける日だ。
「すまない、待たせた?」
カトレアが不安そうな顔をしてやって来た。
「いや、俺もさっきついたところだ」
獣人国領地の時計台の前で待ち合わせだった。
カトレアも初めて見る装いだった。
白いブラウスに茶色のジャケットを羽織り、キュロットとロングブーツの組み合わせ。
動きやすさを重視しながらも、さりげなくおしゃれを意識した服装だった。
こちらをチラチラ見ながらソワソワしている。
「似合っているよ、カトレア」
「そ、そうか……良かった」
カトレアは安堵した表情を浮かべる。
いつもより大人っぽく見える。
俺は服装の奥深さを実感している。
「まずは食事にしよう、どこに行きたい?」
「その……ロイが良ければなんだけど、うちに来ないか?」
カトレアの村は戦争で廃村しており、今は城下町に引っ越しているらしい。
「いいのか?お邪魔しちゃっても」
「ああ、問題ない」
断る理由もなかったので、承諾した。
カトレアは急に頬を赤くした。
だが、俺はその理由がわからなかった。
他愛もない話をしながら城下町を歩く。
戦火の被害が少なかった城下町は、以前と変わらず活気にあふれていた。
道中にマッゴーのジュースの屋台を見つけて、一緒に飲んだり、
町に来ていた大道芸を見たりした。
そうこうしているうちにカトレアの家に着いた。
「ここだ」
そう言ってカトレアが指さした先には立派な一軒家が建っていた。
戦争の貢献者ということで獣人国国王が便宜を図ってくれたらしい。
「さあ入ってくれ」
「お邪魔します」
玄関をくぐると、シランさんともう一人、カトレアを大人の女性にしたような人がお出迎えしてくれた。
「ロイさんお久しぶりです」
「あなたがロイくん?娘たちがお世話になっております」
もう一人の方はカトレアとシランさんの母親だった。
「こちらこそカトレアにはお世話になっています」
「カトレアですって、まぁまぁ!」
口元に手で覆うような仕草を見せる。
「お母さん、いいから!ご飯!ご飯!」
普段のカトレアからは想像もつかない慌てっぷりだった。
いつものクールな口調も崩れてしまっている。
カトレアと初めて会った頃の口調に似ていた。
あれは素に近い感じだったのだろう。
「ロイさん、あれがお姉ちゃんの素ですよ」
シランさんが補足してくれた。
「クールを気取らずにありのままで接したらいいのに」
「シランも余計なこと言わないの!」
慌ただしいやり取りも終わり、食事となった。
「「「「いただきます」」」」
ご飯はとても美味しかった。
だが、それ以上に家庭の温かさというものを感じている。
俺には無縁だと思っていたものだ。
これが本当の家族というものなのだろう。
「ロイさん、この煮付けはカトレアが作ったのよ」
「なあ、ロイ。
その……どうだった?」
「美味しかったよ」
俺が答えるとカトレアは何事もなかったかのように振る舞うが、尻尾が思い切り揺れていた。
それを微笑ましくみんなで見ていた。
「ごちそうさまでした」
食事を食べ終わった。
食器の片付けを手伝っていると。
「ロイさん、よろしければ今晩うちに泊まって行きませんか?」
「ちょ、ちょっとお母さん!シランも何か言って!」
シランさんはニヤニヤしたまま何も返さない。
「そんな悪いですよ」
俺は断ろうとするが、カトレアの尻尾が垂れたのに気付く。
本音では泊まって欲しいのだろう。
長い付き合いで感情が顔か身体に出てしまうことを知っている。
「いえいえ、私の命を救っていただいた恩人ですので、
前々から恩返しをさせて頂きたいと思っておりました」
カトレアの母親は不治の病にかかっており、超回復薬生成で作ったポーションを渡した経緯がある。
好意を無碍にするのも気が引けた。
「わかりました、今晩はお世話になります」
「良かったね、お姉ちゃん!」
「良かったわね、カトレア」
カトレアは顔を真っ赤にして俯くが、尻尾は激しく揺れていた。
約束していた礼服を見に行くため、二人は一度家を出た。
カトレアと服屋へ向かう。
いつもの人間国ではなく獣人国の服屋だ。
ウィンドウショッピングしながら歩いていると目的地へ着いた。
「いらっしゃいませ!」
いつもの圧の強い店員はいないはずだが、俺は身構えてしまう。
人間国の店員が脳裏をよぎってしまう。
「ロイ、大丈夫。
店員さんはとって食べたりしないから」
上機嫌なカトレアにしては珍しく冗談を言った。
「それじゃロイ。
少し待ってて」
みんなとの約束で礼服は当日まで見せない決まりになっている。
いつも通り服屋の中を一人でぶらつく。
「おお、帽子や下衣に穴が空いてる」
耳や尻尾を出す穴が空いている服が並んでいる。
空いていないものもあるが、空いているものが多数だった。
「そうだよな獣人向けだからな」
文化の違いに感心していると、カトレアが走ってきた。
「早かったね、良いのは見つかった?」
「ああ、私が着ても良いのか不安になるが」
相変わらずカトレアは自分に自信がない。
とはいえ、見てもいないのに、評価をするわけにはいかなかった。
「当日楽しみにしているよ」
それだけ言うのが精一杯だった。
夕焼けも沈む頃に帰路につく。
普段カトレア以外はみんな月光の森に住んでいる。
家への帰路が一人でないことが嬉しいようで、ずっと尻尾を揺らしている。
カトレアから獣人国の話を聞きながら歩いていると、家に着いていた。
「「ただいま!」」
「「おかえりなさい~」」
玄関をくぐると、また二人がお出迎えしてくれていた。
そのまま夕飯をごちそうになる。
魔物の肉に香草で味付けした獣人国の伝統料理を頂いた。
お腹もいっぱいになる。
食後はカトレアの母親から、幼い頃のカトレアの話を聞いた。
カトレアは終始耳を塞ぎながら恥ずかしそうにしていた。
夜も更けて寝る時間になる。
「ロイさん!布団はこちらです」
「えっ!?」
シランさんに案内された場所には布団が敷いてあった。
ただ枕が二つ置いてある。
「どういうこと!お母さん!」
カトレアが母親を問い詰めると。
「お父さんの布団、戦火で燃えちゃったの忘れてて。
だから一緒に寝てね」
カトレアは聞かされていなかったようで狼狽している。
「俺床で寝るよ」
「そんな!客に床で寝させるのは獣人のプライドが許せない」
堂々巡りになりそうだったので、腹を決めて一緒に寝ることにした。
同じ布団に入るとカトレアの熱を感じる。
お互いの心臓の鼓動が聞こえそうだった。
隣から聞こえる寝息と温もりが、不思議と嫌ではなかった。
そんなことを考えながら、眠れない夜を過ごした。




