下弦の月
ヴァルさんと別れた後、図書館に寄っていた。
魔術本と、建築本、魔道具の本などを読み漁った。
すっかり日も暮れ、綺麗な夕焼けが見えた。
予定より遅くなってしまったが、森へと帰ってきた。
何も変わらない日常。
特別なことが起きているわけでもない。
それでも、出かける前と後では違って見えた。
みんなのことを意識して見てしまう。
ヴァルさんに言われたことが引っ掛かっている。
「さてどうしようかな……」
あからさまに態度へ出すわけにはいかない。
だが、うまく平静を装えない。
「俺ってこんなにダメなやつだっけか」
愕然としてしまう。
「あれ?お兄ちゃん帰ってたんだ。
おかえりなさい!」
ルナが俺に気付いて駆け寄る。
「お、おうルナただいま。
ごめん、ちょっと考え事してた」
「変なお兄ちゃん」
面を食らって声が上擦ってしまった。
「そうだ、お兄ちゃん。
ご飯の時間だよ」
「わかった」
ルナと一緒に向かう。
「おー、ようやくきたな」
「ロイさん遅いですよー」
「おかえり、ロイ」
「おかえりなさいませ、ロイサマ」
みんなは既に席についていた。
「ごめん、遅くなった。
ただいま」
意識しないように、食事へ視線を向ける。
「よし、じゃあ食べるか」
「「「「「「いただきます!」」」」」」
今日の炊事担当はアーティだった。
「これおいしいね。
アーティちゃんこれ何?」
「こちらは山羊のミルクを使ったシチューデス」
アーティは一通りのことは何でもできる。
「本当にうまいな」
俺も食が進む。
食事をしながらいつものような他愛もない話をする。
「ロイさん、今日何か饒舌ですね」
レウィシアさんに指摘を受ける。
「確かにいつも相槌ばっかりだからな」
「そうだね、重要な事以外でロイから話題を振るのは珍しいね」
ネモとカトレアも同じ意見のようだ。
「まあ、ここ最近ずっと張り詰めてたし。
久々に気が抜けるようになったからかな」
半分は合っているが、半分は嘘だ。
「確かに」
ネモはすぐに納得した。
カトレアも再び食事へ目を向けた。
「うーん」
レウィシアさんは煮え切らない反応を見せる。
「じゃあさ、ロイさん。
礼服を買いに行く時は一人ずつにしませんか?
他の人の買ったものに引っ張られるのも嫌ですし。
人によって選ぶ時間もバラバラですからね」
レウィシアさんが提案を出してきた。
理にかなっているし、断る理由もない。
異論はなかった。
「俺もそれがいいと考えていたところだ」
「即決!?」
提案したレウィシアさんが驚いた。
まさか即決で承諾したこと。
そして同じ考えだったことに驚いたのだろう。
「わーい!お兄ちゃんとデートだ」
「デート、デートかぁ……」
「そう言われると確かに」
「デートデスカ」
ルナの発言を皮切りに色めき立つ。
「そういうことになるのか」
言われてみればそうなのかもしれない。
「それなら決定だね。
そろそろみんな食べ終わった頃だし、片付け始めますか」
レウィシアさんがこの場を締めた。
「《起動》!」
食器洗いの魔道具に魔力を流し込む。
水が汚れを洗い流し、熱風が乾かす。
「やっぱり便利だなこれ」
今日の食器洗い当番は俺だった。
この前カトレアが買ってきたのを使わせてもらっている。
「ついに解放されるのか」
手の甲の紋章を見る。
封印の魔術の制約でできたものだ。
新月の夜に蛇に噛まれるような激痛に襲われる。
「封印を解くなら新月の夜だな」
図書館にて調べて分かったことがある。
新月は封印が最も弱まる時。
確実に成功させるために決めていた。
「とはいえ今の俺で勝てるのだろうか」
Aランク冒険者のパーティが束になって戦う相手。
果たして無事に勝てるのだろうか。
「弱気になってちゃダメだな」
自分の頬を叩いて気合を入れる。
食器を片付け終わり、家へと戻った。
夜が更ける。
ルナとアーティはぐっすり眠っている。
俺は考え事をしていて眠れなかった。
「風に当たってくるか」
考えることがたくさんある。
みんなとの向き合い方。
対ヒドラの戦術。
その他、いろいろなことに悩まされている。
「静かだな」
外に出て空を見上げる。
月明りが明るく照らしている。
下弦の月だった。
「もうすぐ新月になるのか……」
新月まで七日を切っている。
「魔法の練習でもしようかな」
魔術の本に書かれていたことを試したくなった。
森の開けた場所へ向かう。
「あれ?先客がいる」
人が動く影が見えた。
的に向けて何かをしている。
少なくとも敵ではなさそうだ。
「カトレアか」
近付いてようやく見えた。
カトレアが夜な夜な鍛錬を行っていた。
「ロイか、どうしたこんな時間に?」
「眠れなくてな、身体でも動かそうと思って。
カトレアもそうか?」
「そうだな、私は毎日この時間に鍛錬している」
今日は森へ泊まる予定のため、ここで鍛錬しているらしい。
普段は村の跡地で鍛錬をしているらしい。
「夜遅くまで頑張るなあ」
「私はまだまだ未熟だからな。
それに獣人は夜行性だから、夜が一番捗るんだよ」
カトレアは静かに笑った。
表情の下には別の感情が隠れていることはわかる。
「じゃあ俺の鍛錬に付き合ってくれよ」
「もちろんだ、私としても願ったり叶ったりだ」
だけどそこには触れない。
相手を知ることはもちろん必要なことだ。
だが、知らないままでいることも、また必要なことだと思う。
「鍛錬よろしく頼む」
「いくぞカトレア!」
一度お互い距離を取った。
「《水の鞭》」
俺が詠唱すると水が細い鞭の形状へと変化した。
「新しい魔法か!」
振り下ろされる鞭をカトレアは軽々とかわす。
「《砂地獄》!」
カトレアが着地する先の地面に発動する。
「……何っ!」
地面が沈み、カトレアは足を掬われる。
「もらった!《突風弾》」
突風に紛れた風の弾丸が放たれる。
「まだまだ!」
人間では到底真似できないような動きで回避する。
「やるな、カトレア」
「対応するのでいっぱいいっぱいだよ……」
前よりも確実に強くなっている。
毎晩こうして鍛錬を積み重ねてきた結果なのだろう。
ひたむきに頑張るカトレアの姿は月明りよりも眩しかった。




