誠意
俺は一人で町に繰り出していた。
気持ちの整理のため。
そして、ソルヌへの墓参りのために。
仇の一端であった国王は死んだ。
それはもうどうすることもできない。
だが、手の甲に浮かぶ紋章。
変異種ヒドラを封印した時のものだ。
依頼の報酬で封印を解く魔道具を手に入れた。
それにより再び変異種ヒドラを復活させて、この手で葬る。
それが俺ができる唯一の敵討ちだった。
しばらく歩き、ソルヌへ着く。
相変わらず荒廃してしまっている。
魔物が暴れた痕跡が所々に残されていた。
墓標もかなり朽ちてきている。
「墓標も綺麗にしてあげないとな……」
供え物を置いて、俺も地面に腰掛ける。
周りを見渡しても、あの頃の面影はない。
ただ、空を見上げれば、あの頃と変わらない青空が広がる。
いつもの日課として、墓標一つ一つに語りかける。
「アインさん、俺みんなに頼られるくらい強くなったよ……」
アインさんのように強くなりたいと思っていた。
ただ、どれだけ強くなっても、もう追いつくことはできない。
「ゲイルさん、頭を使った戦いでいくつか戦果を挙げたよ……」
ゲイルさんからは常に頭を使って戦うよう叩き込まれてきた。
そのおかげで勝てた戦いは少なくない。
ギルドのみんなにもそれぞれ語りながら手を合わせる。
そして最後にアンジェさんの墓標の前に来た。
いつものように百合の花を置く。
「アンジェさん、いつも守ってくれてありがとう。
ペンダントのおかげで今日まで生きられてるよ」
俺は懐からコードだけになった首飾りを取り出した。
この首飾りに命を救われた。
「それに守りたい人たちができたよ」
家族のように愛してくれたアンジェさんに伝えたかった。
家族のように大事な人ができたこと。
しばらく、他愛もないことを話した。
心の中の蟠りが少し解けた気がした。
立ち上がると墓標に向けて頭を下げる。
「また来ます」
俺はソルヌを後にした。
その後は、獣人国をぶらついていた。
獣人の人間に対する目も変わったように感じる。
人間に恨みがある獣人はまだまだ多いだろう。
実際、ルナとアーティと三人で来た時のように、
人間国に家族を殺された者は大勢いる。
だが、諸悪の根源であった人間国の国王が倒れた。
それに俺たちの姿を見て考え方を改めた人も多いという。
世界は少しずつ変わっている。
「やあ!ロイ殿、ご無沙汰してるね」
「総司令官!ご無沙汰しております」
獣人国軍の総司令官のヴァルさんに声をかけられた。
「総司令官は、お身体は大丈夫でしたか?」
魔物との闘いで、戦場にいた生存者は皆、重傷を負っていた。
「ああ、獣人の回復力は種族一だからな。
国王陛下も簡単な雑務くらいならこなせるほどに回復しているよ」
ヴァルさんだけではなく獣人国国王も元気になられたようだった。
「それと総司令官は堅苦しいぞ、ヴァルと呼んでくれ」
「そんな!恐れ多い。
せめて今はヴァルさんとさせてください!」
やはり目上の人との接し方がよくわからない。
俺には社会経験が圧倒的に不足していた。
「せっかくここで会えたのだし、奢るから飯でも食いに行くか」
「はい、お供します」
色々な話を聞かせてもらった。
ヴァルさんが若いころの話は特に新鮮だった。
俺が一度死んだ戦争の顛末など知らない情報も聞くことができた。
「すまんな、俺ばかり話してしまって」
「いえ、とても貴重なお話が聞けて良かったです」
本心から感謝していた。
世の中には知らないことがたくさんある。
だからこそ、一つでも多く知ることができるのは嬉しかった。
「そういえば、君はたくさんの美少女に囲まれて暮らしているけど、誰かと進展とかあったのか?」
突然の質問に飲んでいた水を噴き出しそうになる。
「な、なんですが突然」
「いや、気になるだろ普通」
少し考えて答えた。
「誰かと付き合ったりはしてないですね。
みんなが俺に対して好意を持ってくれているのは知っていますが、特別一人を選んだりはできないですね」
ヴァルさんが複雑な表情をしている。
「好みじゃないのか?」
「そんなことはありませんよ!全員それぞれ違った魅力がありますし。
そこらの人なんかと比べ物にならないくらい美少女だと思います」
結構恥ずかしいことを口にした気がする。
改めて思えば本当に恵まれた環境なんだと思う。
「なんだ?もしかしてその手の欲求はないんか?」
「俺も男なので多少はありますが、人よりは結構弱めですかね。
何より心に余裕が無いことが多かったので」
実際、その手の欲求を強く感じることはあまりなかった。
「なるほどな。
そうじゃなきゃ、今の関係性は破綻してるわな」
「……かもしれませんね」
ヴァルさんが考え込む。
「まあ、その手の欲求を満たそうとしなくても、婚姻を結ぶのはありだと思うぞ。
獣人国も人間国も法律で重婚は禁止されていないからな」
確かに王族や貴族の一部は一夫多妻制や多夫一妻制の場合がある。
「それは王族とか貴族だからじゃないですか?」
「いや、それは違う。
身分は関係ない。
ただ、養えるか養えないか、それだけだ」
一般市民は生きるだけで精一杯だ。
だから王侯貴族だけのものだと思っていた。
「でも、それは不誠実では?」
一般市民として育った価値観からすると、不貞行為のように感じてしまう。
「不誠実?それは違うな。
なら相手の気持ちに真摯に応えず、なあなあで済ませるのが誠実か?
もちろん一人を選び、他を振るのが最大限の誠実だろう。
だが、一人に決めずに全員を平等に愛することもまた、誠実だと思うがな」
大人の言葉が胸に染みる。
今のまま何事もなく暮らすつもりでいたからだった。
「全員を平等に愛する器量がないなら、愛せるようになれ。
好きになった女を全員支えられるように強くなれ。
今できなくてもいずれできるようになれば良いさ」
ヴァルさんの表情は優しかった。
ヴァルさんも後悔した側の人間だったからこそ、心に響いた。
「ヴァルさん、ありがとうございました」
「いや、俺も自分を振り返るきっかけになったよ」
ヴァルさんと別れて帰路につく。
みんなが今まで俺に好意を寄せてくれていたことは気付いていた。
それに対して真摯に向かい合えていたかと言えば、そうではなかった。
もちろんすぐに受け止めることはできないだろう。
だが、それに対して少しずつ向かい合っていかなければと思った。
最終的に一人に決めるのか、全員を愛するのかは分からない。
それでも、いつか胸を張って答えを出せる男にならなければと胸に誓った。




