遺恨とこの先
魔物事件から数日が経過した。
平和な日常が戻ってきた。
「ロイサマ、お茶をどうぞデス」
「ああ、ありがとう」
アーティは俺を名前で呼ぶようになった。
「ふーん?」
レウィシアさんがニヤニヤしながら寄ってきた。
「なんだよ!」
「別にぃ~。何があったかは知らないけどね?」
レウィシアさんは俺とアーティを見比べる。
明らかに何か気付いている反応だった。
「お姉ちゃんもカトレアちゃんも薄々気付いてるよ」
カトレアとネモが遠くからこちらをチラチラ見ている。
どこか落ち着かない様子だ。
「まあ、名前の方が良いよ。
主従関係みたいなのはあまり好きじゃないし。
魔法傀儡じゃなくて一人の人として接しやすいし」
実はマスターという呼び方に引っ掛かりはあった。
その呼び方一つで対等ではないように感じられたからだ。
「ルナもお兄ちゃんのこと、ロイくんって呼んだ方がいいかな?」
「名前で呼びたいならいいけど、そうじゃないなら今のままが良いかな」
ロイくん、と呼ばれると逆に距離が遠のくようであまり好ましくなかった。
ルナは人を呼び捨てで呼ぶのが苦手で、どうしても君さん付けになってしまう。
「わかった!ルナはお兄ちゃんはお兄ちゃんって呼び続けるよ」
「そうしてくれた方が嬉しいかな」
最近張り詰めた空気であることが多かった。
久しぶりにゆるい時間を過ごせている。
その時、森へフードの男が訪ねてきた。
「どうも久方ぶり。
調子はどうさ?」
あくまで王子としてではなく、商人として訪ねてくる。
「調子はまあ普通かな」
訪問理由は報酬の受け渡しだろう。
場所を変えて、フードの男と二人きりになる。
「この度は依頼の完遂感謝するさ」
人間国内戦への協力依頼を受けていた。
魔物の件で色々あったが、有耶無耶にはしないところは信用している。
「報酬の金貨と、魔道具さ」
袋には大量の金貨。
そして、鍵のような見た目の魔道具。
「使い方を説明するさ。
まず、鍵に魔力を流し込む。
そうすると鍵が光るさ。
光ったら封印した場所に当てて錠を開けるように動かすだけさ」
複雑な方法は必要なさそうだ。
これで一旦報酬はすべて受け取った。
「国王はどうなったんだ?」
「国王は死んでいたさ。
魔力が完全に枯渇して……
骨と皮だけの状態で発見されてね」
因果応報ではあるが、フードの男は言い淀む。
恨みつらみはあれど、肉親であることには変わりない。
「そんな状態にも関わらず、表情は穏やかだったさ。
あの顔を見るのは、王妃が亡くなる前の、より良き国王の頃以来さ……」
フードの中身は隠蔽されていて、表情は見えない。
だが、悲しみに暮れているのは声でわかった。
「そういえば、国王の亡骸に瘴気のような淀んだ魔力の残滓が確認されたさ」
あまりに微量だったためすぐに消滅してしまったそうだ。
「じゃあ国王が人が変わったようになったのは、瘴気の影響?
だとしたらあそこまで長生きできるはずが」
「仮説にはなってしまうけど、国王は稀代の戦闘の天才と呼ばれるくらいに強かったさ。
強靭な精神力で、僅かな瘴気くらいなら抑え込めるほどには。
ただ、王妃が亡くなった際の心の揺らぎで、瘴気を受け入れてしまったのだろうさ」
瘴気については未知な部分が多い。
「じゃあ瘴気が無くなったって言うのは……」
「捕らえた側近から聞いた話だけど、国王はあの魔物を隷属魔術で縛っていたさ。
そこで魔力がリンクしていて、魔物が倒されたタイミングで消滅した線が強いさ」
情報の断片が今、一本の線に繋がった。
少女は国王に隷属魔術で操られていた。
それで月光の森や獣人国を襲ったのだろう。
そして魔力が繋がっていたから、思念も少女の中へ移っていたのか。
「そろそろお暇させて頂くさ。
あーそれと、来週国王の即位式があるから、良ければお越しいただきたいさ」
国王亡き今、王子が新しく国王に即位することが確定している。
「だけど俺たちはお尋ね者の身だぞ」
「そんなのもう撤回済みさ、自由に人間国に出入りしても問題ないさ」
フードの商人は去っていった。
「そうか……国王は死んだか……」
やり場のない感情が燻っている。
ソルヌをヒドラで襲わせ、アンジェさんたちを殺したこと。
それ以外にも数々の悪行を尽くした。
今ここにいるみんなも死んでいたかもしれない。
それらの清算をすることないまま、穏やかに逝ったのだ。
「ロイさん、なんか怖い顔してどしたの?」
「どうかしたのか?あの王子に何か言われたのか?」
レウィシアさんとネモがこちらに駆け寄ってくる。
「ああ、人間国の国王が死んだそうだ」
「そうなんだね」
「そうか、死んだか」
レウィシアさんとネモは複雑そうな表情をしている。
二人は人間国の国王に実質殺されかけている。
恨みこそあるが、人の死を手放しで喜ぶような性格はしていない。
「そうか……」
カトレアの耳にも入っていた。
カトレアこそ人間国には酷い目に遭わされている。
戦争で同胞が多数犠牲になり、自身も奴隷として捕らえられている。
それでもやはり人の死を喜ぶ気にはなれないのだろう。
結界の外を見ると、現体制の崩壊を喜ぶ祭りが開かれていた。
外の賑わいとの対比に、何とも言えない気持ちになった。
「あーそれと新しい国王から即位式の出席を頼まれた。
ドレスコードに合う服が無いと思うから買いに行こう」
空気が重くなってしまったため、話を変えた。
手に持った金貨の袋を掲げる。
「やった!」
「約束だったからな」
「そうだったね」
「な……!?私は初耳だぞ」
「ワタシも良いのデスカ?」
全員が声を上げた。
「もちろん全員分だよ」
「「「「「やったー!」」」」」
仇である国王は亡くなった。
だが、まだ俺の中の遺恨は消えていない。
いつか気持ちに整理をつけなければならない。
復讐ではなく、今を生きるため、俺は新たな一歩を踏み出そうとしていた。




