嵐の爪痕
人間国の宮廷。
玉座の間では、人間国国王が憤慨していた。
「何だと……深淵の森の侵攻が失敗しただと……」
部屋のあちこちには、砕け散った物の残骸が転がっている。
「それに精神に異常をきたしているだと。
アレですら瘴気の中では耐えきれんのか」
実際とは異なるがそれを国王は知る由もない。
瘴気に長く当てられ、精神がやられたと判断している。
「くそ、使えん使えん使えん」
国王は待たされるのが嫌いだった。
床には大量の残骸が散らばっている。
「どいつもこいつも本当にイラつかせる」
国王の精神は相当脆くなってしまっている。
臣下には手を挙げないことが、唯一残された良心であった。
例の魔物を使役するために使われている魔力。
それが精神を擦り減っていっている。
それは穢の魔力だった。
「早く、早く、この世界をオレ様のものに」
血走る目はどこか虚ろだった。
俺は自分の足にヒールをかける。
痛みが引いていく。
初級レベルのヒールのため、折れた骨がすぐに元に戻るわけではない。
あくまで応急処置だ。
「派手にやられちまったな……」
魔物は去った。
だが、倒したわけじゃない。
また現れたら、今度こそ誰も守れない。
落ちていた木の枝を杖代わりに歩く。
何度も転びながら、アーティの元へ向かう。
アーティは魔力が尽き、機能停止していた。
「魔力を供給しなきゃな」
アーティに魔力を流し込む。
いつもの量ではまだ足りていない。
「どれだけ消耗したんだ……」
いつも以上に流し込むとようやく満タンになったようだ。
アーティがゆっくりと目を開けた。
壊れていないことに胸を撫で下ろす。
だが、様子がおかしい。
「……?」
アーティに呼びかけるが反応がない。
「もしかして、どこか破損したのか!?」
必死にアーティに声をかけ続ける。
「マスター、ワタシはいったいどうなりマシタ?」
幸い、時間経過とともに元に戻った。
「核に吸い上げられた魔力が放出されて。
魔物は倒せなかったけど、追い払えたよ」
「そうデスカ。
マスターはご無事デスカ?」
「俺は足の骨が折れているがそれ以外は無事だよ」
「それは大変デス、ワタシに掴まってクダサイ」
俺はアーティの手を借りると家へと向かった。
「何事だ!?」
あたしは爆音に叩き起こされた。
周囲を見ると、シアとカトレアが寝ている。
ルナもおそらくロイの家で寝ているだろう。
「くっ……ダメージが残っているな」
身体の節々が痛む。
身体強化で最悪のパターンこそ免れたものの、重症を負っている。
「ぺっ……血か」
口から赤黒い血が出てきた。
臓器あたりも損傷があるかもしれない。
ヒールを使おうにも、うまく魔力が練れなかった。
「今どういう状況だ……?ロイはどうした……?」
うわ言に近い声を上げながら、ゆっくりと扉へ向かう。
扉を開けると、目の前には地獄のような光景が広がっていた。
「な、なんだこれは……」
あたしは一瞬目を疑った。
森の木々はなぎ倒され、ある場所では燃え盛っている。
地面にも抉られたような痕跡があった。
「ロイ!ロイはどうなったんだ」
そもそもロイのことが何もわからない。
戦いに勝ったのか、そうでないかも把握できていなかった。
足を引きずりながら必死に辺りを見渡す。
「ロイ!」
遠くにロイの姿を見つけた。
アーティも一緒だ。
生き延びていた。
だが、彼は木の枝を杖代わりに使い、ふらつきながら歩いている。
足は変色し、あらぬ方向へ曲がっていた。
アーティが支えていなければ、長い移動も困難だろう。
「ロイ!大丈夫か!」
出来る限りの速度で駆け寄る。
「ネモ……よかった目を覚ましたんだな」
「ああ、って、今はそんなことよりも。
状況を教えて欲しい」
ロイから話を聞くが、にわかに信じられなかった。
「そんな魔物のことなんて聞いたことないぞ……」
人間国にそんな異質な魔物がいたという話は聞いたことない。
「それにロイの魔法で傷一つ負わないなんて」
あたしでも勝てる気がしない。
いや、おそらく全員が力を合わせても勝てる見込みはない。
「アーティの件も不可解だな」
それについては何もわからない。
だが、もしアーティの謎の力で追い払うことができなければ。
森ごと、あたしたちは全員死んでいたということだ。
「また奴が森に現れたとしたらどうする?」
「今は森に留まって回復に努めるしかないだろう」
あたしの問いにロイが苦々しい表情で答える。
悠長だが、そうするしかない。
あたしが魔力を練ることすらできない状況。
カトレアも同じような状態だろう。
他のみんなだって、それに近いだろう。
「魔物の本能がこの場所を避けてくれると良いのデスガ」
アーティいわく、魔物には痛手を負った場所を本能的に嫌う習性があるらしい。
こういう時に便利な情報だ。
「そうであってくれることを信じるしかないな」
あたしたちは再び、家へと引き返すのだった。
王子は頭を抱えていた。
秘密裏に進められていた研究。
失敗に終わり、凍結したはずだった。
「まさか、成功させていたとは……」
自身の知らないところで動いていたことになる。
「正直彼らでも勝てるかどうか」
彼らの活躍で内戦は反国王派の勝利で終わった。
あの宮廷魔術師に勝ったというのだ。
その知らせを聞いた時は胸が躍った。
だが、それは一瞬で覆された。
「アレは危険すぎる。
どうして成功なんてしてしまったのだ」
裏で手を回して失敗させていた。
そうでなくても成功する確率は極めて低かった。
それにより何人もの犠牲を出したかはわからない。
「殿下。
例のアレですが、深淵の森へ侵入したとのことです」
「何だと!まずい!」
万全な状態でも逃げ切るのが困難である。
にも関わらず、彼らが手負いである可能性が高い。
森もろとも全滅するのは目に見えていた。
「私は取り急ぎ森へ向かう」
「殿下!危険です。
おやめくだされ」
「止めるな!彼らなしで、アレをどうにかすることは不可能だ」
臣下の忠告も聞かず、急ぎで拠点を飛び出す。
「頼む、間に合ってくれ」
こうして走るのも何度目だろう。
足を止める間もなく、ただひたすらに森へ向かうのだった。




