封印
国軍が到着するまで、なんとしても町を守らなければならない。
ギルドは慌ただしかった。
住民の避難誘導。
防壁の建設。
武器や物資の確保。
ヒドラが地上へ現れた時に備え、誰もが必死に動いていた。
俺も防壁作りを手伝っていた。
《堅土壁》。
《土壁》を強化した初級応用魔法だ。
通常の土壁より遥かに硬く、耐久力も高い。
魔力が無限にある俺だからこそ、休みなく作り続けられる。
他にも、《キュア》で疲労した冒険者たちを回復させた。
自分にできることを、必死にやった。
アンジェさんもほとんど眠っていないのだろう。
目の下には濃い隈が浮かび、それでも気丈に動き回っていた。
皆が、この町を守ろうとしていた。
――だが。
その努力を嘲笑うかのように。
国軍到着予定の半日前。
ダンジョンから、変異種ヒドラが地上へ現れた。
地響き。
咆哮。
巨大な影が、ゆっくりと町へ近づいてくる。
「迎え撃てぇ!!」
マークさんの怒号が飛ぶ。
傷が癒えきっていないはずなのに、誰より前に立っていた。
ゲイルさん率いる後衛部隊も一斉に攻撃を開始する。
俺も《ヒール》で負傷者を支援しながら、後方から魔法を放った。
「半日……! 半日耐えればいいんだ!」
国軍が来れば助かる。
皆、そう信じて戦っていた。
そして――。
地平線の向こうに、国軍の旗が見えた。
「来た……!」
安堵が広がる。
だが、何かがおかしかった。
国軍は動かない。
ヒドラを前にしても、ただ遠巻きに眺めているだけだった。
「ロイ!」
マークさんが血を吐きながら叫ぶ。
「悪いが、国軍に状況を確認してきてくれ……!」
「分析してるのか、作戦を立ててるのかわからねぇ……」
「だが、俺たちはもう限界だ……! 国軍に早めの加勢を頼んでくれ!」
「わかりました!」
俺は駆け出した。
《風起こし》を背後へ放つ。
風圧が身体を押し出し、速度が一気に加速する。
無我夢中だった。
一秒でも早く。
一秒でも早く助けを呼ばなければ。
国軍の元へ辿り着き、息を切らしながら叫ぶ。
「ソルヌの冒険者です! 加勢をお願いします!」
「このままじゃ、みんなが――!」
だが返ってきたのは、あまりにも軽い声だった。
「ああ、もう少し待ってくれ。戦略をまとめてるところだからさ」
薄ら笑い。
緊張感の欠片もない態度。
背筋に嫌なものが走る。
それでも、今は頼るしかなかった。
「……お願いします」
頭を下げ、前線へ戻ろうとした時だった。
「つーか、加勢するわけないだろ」
小さな笑い声。
「獣人族との戦争のために国がヒドラの封印を解いたってのに」
思考が止まった。
血の気が引く。
今、なんと言った?
国が――ヒドラを?
震える手。
国軍の態度。
すべてが繋がる。
ソルヌは最初から見捨てられていた。
怒りで頭が焼けそうになる。
今すぐこいつらを殺してやりたい。
だが――。
「っ……!」
今は違う。
みんなを守る方が先だ。
俺は踵を返し、全力で前線へ戻った。
そして。
辿り着いた時には、もう遅かった。
防壁は崩壊していた。
前衛も。
後衛も。
立っている者は、もう誰もいない。
「アンジェさん……!?」
崩れた建物の間を駆け回る。
血。
瓦礫。
倒れた仲間たち。
最悪の光景だった。
それでも。
まだ終われない。
ここまで戦った皆を無駄にしないためにも。
ヒドラを止める。
今の俺の魔法では倒せない。
なら――。
「《魔法創造》!!」
脳裏に浮かぶのは、たった一つ。
《封印術》。
ヒドラを倒せるレベルの攻撃魔法では制約が重すぎる。
恐らく今の自分ではその制約に抗う力はない。
だが封印なら、成立する可能性はある。
「――《封印術》」
代償:
『術者の死と共に封印は解ける』
『新月の夜、術者へ激痛を与える』
それでも構わない。
次の瞬間。
俺の身体から無数の魔力の鎖が溢れ出した。
鎖はヒドラへ絡みつき、その巨体を強引に引きずり込んでいく。
「な、何が起きている!?」
遠くで国軍が騒いでいる。
そんなことはどうでもよかった。
「――封印、完了」
手の甲に、蛇の紋様が刻まれる。
ヒドラは消えた。
「アンジェさん!!」
必死に瓦礫を掻き分ける。
そして見つけた。
血塗れのアンジェさんを。
「アンジェさん! 今ヒールを――!」
魔力がうまく練れない。
封印の反動だ。
それでも無理やり《ヒール》を発動する。
「ロイ……くん……」
アンジェさんが、かすかに笑った。
「ヒドラ……倒したんだ……すごいね……」
「喋っちゃダメだ! 絶対助けるから!」
だが回復が追いつかない。
無限の魔力があっても、救えない。
「私……多分、助からないと思う……」
「やめてくれ……」
視界が滲む。
涙が止まらない。
「泣き虫さんだね……初めて会った時みたい……」
震える手が、そっと俺の頭を撫でた。
「いやだ……」
「死なないで……!」
「アンジェさんを失ったら、俺は……!」
大切な人を失いたくない、その一心でヒールをかけ続ける
「ロイくん……胸のペンダント……受け取って……」
「私だと思って……大事にしてね……」
目線を落として、ペンダントを示す。
そしてアンジェさんは、静かに目を閉じた。
また、独りになった。
自分を受け入れてくれた人。
居場所をくれた人。
家族みたいに笑ってくれた人。
全部、失ってしまった。
「全軍撤退! 国王陛下へ報告しろ!」
国軍が慌ただしく撤退していく。
ロイは、それを静かに見つめていた。
その目は、もう以前のものではなかった。
「……絶対に許さない」
ギルドの仲間たちと、アンジェさんの墓を作り終える頃には。
ソルヌには、風の音だけが残っていた。




