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魔法を願った少年  作者: 彩音りあ
プロローグ
7/17

封印

国軍が到着するまで、なんとしても町を守らなければならない。


ギルドは慌ただしかった。


住民の避難誘導。

防壁の建設。

武器や物資の確保。


ヒドラが地上へ現れた時に備え、誰もが必死に動いていた。


俺も防壁作りを手伝っていた。


堅土壁(ハードウォール)》。


土壁(ウォール)》を強化した初級応用魔法だ。


通常の土壁より遥かに硬く、耐久力も高い。


魔力が無限にある俺だからこそ、休みなく作り続けられる。


他にも、《キュア》で疲労した冒険者たちを回復させた。


自分にできることを、必死にやった。


アンジェさんもほとんど眠っていないのだろう。


目の下には濃い隈が浮かび、それでも気丈に動き回っていた。


皆が、この町を守ろうとしていた。


――だが。


その努力を嘲笑うかのように。


国軍到着予定の半日前。


ダンジョンから、変異種ヒドラが地上へ現れた。


地響き。


咆哮。


巨大な影が、ゆっくりと町へ近づいてくる。


「迎え撃てぇ!!」


マークさんの怒号が飛ぶ。


傷が癒えきっていないはずなのに、誰より前に立っていた。


ゲイルさん率いる後衛部隊も一斉に攻撃を開始する。


俺も《ヒール》で負傷者を支援しながら、後方から魔法を放った。


「半日……! 半日耐えればいいんだ!」


国軍が来れば助かる。


皆、そう信じて戦っていた。


そして――。


地平線の向こうに、国軍の旗が見えた。


「来た……!」


安堵が広がる。


だが、何かがおかしかった。


国軍は動かない。


ヒドラを前にしても、ただ遠巻きに眺めているだけだった。


「ロイ!」


マークさんが血を吐きながら叫ぶ。


「悪いが、国軍に状況を確認してきてくれ……!」


「分析してるのか、作戦を立ててるのかわからねぇ……」


「だが、俺たちはもう限界だ……! 国軍に早めの加勢を頼んでくれ!」


「わかりました!」


俺は駆け出した。


風起こし(ウィング)》を背後へ放つ。


風圧が身体を押し出し、速度が一気に加速する。


無我夢中だった。


一秒でも早く。


一秒でも早く助けを呼ばなければ。


国軍の元へ辿り着き、息を切らしながら叫ぶ。


「ソルヌの冒険者です! 加勢をお願いします!」


「このままじゃ、みんなが――!」


だが返ってきたのは、あまりにも軽い声だった。


「ああ、もう少し待ってくれ。戦略をまとめてるところだからさ」


薄ら笑い。


緊張感の欠片もない態度。


背筋に嫌なものが走る。


それでも、今は頼るしかなかった。


「……お願いします」


頭を下げ、前線へ戻ろうとした時だった。


「つーか、加勢するわけないだろ」


小さな笑い声。


「獣人族との戦争のために国がヒドラの封印を解いたってのに」


思考が止まった。


血の気が引く。


今、なんと言った?


国が――ヒドラを?


震える手。


国軍の態度。


すべてが繋がる。


ソルヌは最初から見捨てられていた。


怒りで頭が焼けそうになる。


今すぐこいつらを殺してやりたい。


だが――。


「っ……!」


今は違う。


みんなを守る方が先だ。


俺は踵を返し、全力で前線へ戻った。


そして。


辿り着いた時には、もう遅かった。


防壁は崩壊していた。


前衛も。


後衛も。


立っている者は、もう誰もいない。


「アンジェさん……!?」


崩れた建物の間を駆け回る。


血。


瓦礫。


倒れた仲間たち。


最悪の光景だった。


それでも。


まだ終われない。


ここまで戦った皆を無駄にしないためにも。


ヒドラを止める。


今の俺の魔法では倒せない。


なら――。


「《魔法創造》!!」


脳裏に浮かぶのは、たった一つ。


《封印術》。


ヒドラを倒せるレベルの攻撃魔法では制約が重すぎる。


恐らく今の自分ではその制約に抗う力はない。


だが封印なら、成立する可能性はある。


「――《封印術》」


代償:


『術者の死と共に封印は解ける』


『新月の夜、術者へ激痛を与える』


それでも構わない。


次の瞬間。


俺の身体から無数の魔力の鎖が溢れ出した。


鎖はヒドラへ絡みつき、その巨体を強引に引きずり込んでいく。


「な、何が起きている!?」


遠くで国軍が騒いでいる。


そんなことはどうでもよかった。


「――封印、完了」


手の甲に、蛇の紋様が刻まれる。


ヒドラは消えた。


「アンジェさん!!」


必死に瓦礫を掻き分ける。


そして見つけた。


血塗れのアンジェさんを。


「アンジェさん! 今ヒールを――!」


魔力がうまく練れない。


封印の反動だ。


それでも無理やり《ヒール》を発動する。


「ロイ……くん……」


アンジェさんが、かすかに笑った。


「ヒドラ……倒したんだ……すごいね……」


「喋っちゃダメだ! 絶対助けるから!」


だが回復が追いつかない。


無限の魔力があっても、救えない。


「私……多分、助からないと思う……」


「やめてくれ……」


視界が滲む。


涙が止まらない。


「泣き虫さんだね……初めて会った時みたい……」


震える手が、そっと俺の頭を撫でた。


「いやだ……」


「死なないで……!」


「アンジェさんを失ったら、俺は……!」


大切な人を失いたくない、その一心でヒールをかけ続ける


「ロイくん……胸のペンダント……受け取って……」


「私だと思って……大事にしてね……」


目線を落として、ペンダントを示す。


そしてアンジェさんは、静かに目を閉じた。


また、独りになった。


自分を受け入れてくれた人。


居場所をくれた人。


家族みたいに笑ってくれた人。


全部、失ってしまった。


「全軍撤退! 国王陛下へ報告しろ!」


国軍が慌ただしく撤退していく。


ロイは、それを静かに見つめていた。


その目は、もう以前のものではなかった。


「……絶対に許さない」


ギルドの仲間たちと、アンジェさんの墓を作り終える頃には。


ソルヌには、風の音だけが残っていた。

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