おかえり
時刻は間もなく正午。
獣人国の海港に着いた。
船は出払って一艘も無い。
近くに誰もいないことを確認した。
「もうすぐデス……」
今から海の底へ沈む。
この身体は重く、浮かばない。
このまま飛び込めば沈んでいくだろう。
沈むことも爆発することも怖くはない。
痛みすら感じることはないからだ。
だが。
「痛いデス……」
痛覚は無いはずなのに、胸が痛む。
核の魔導回路の暴走が始まったのか、あるいは。
「マスター、ルナサマ、レウィシアサマ、アネモネサマ、カトレアサマ……」
名前を口にする。
楽しかった日々の記録を思い出した。
みんなを守るため今から死ぬ。
「皆サマ、さようならデス」
そう呟き、海に飛び込んだ。
大きな水飛沫を上げ、ゆっくりと沈んでいった。
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ロイが走り出してから三十分が経とうとしていた。
「手がかりは無しか……」
一度、三人で合流して情報共有をしていた。
三人とも結果は芳しく無かった。
再び捜索に出ようとしたその時。
全力で駆け抜けるロイとすれ違った。
「ロイ、どうした?」
あたしが話しかけて、ようやく三人に気付いたようだった。
「ごめん、話は後だ、この手紙に書いてある。
それと役所に行って海に近づかないよう防災無線で呼びかけるよう伝えてきて」
ロイは手紙をカトレアに渡して、それだけ言うと、すぐに走り去った。
要領を得ない説明だったが、とにかく手紙を読めば良いのだろう。
「なんなんだ一体……」
「とにかく読みましょ」
受け取った手紙を読んだあたしたちは顔色を変えた。
「何をバカなことを……」
呆れ、怒り、悲しみ、複数の感情が胸を渦巻いていた。
冷静さを失いそうになった。
シアも唇を噛み締めて、血が流れ出ていた。
だが。
「でも、ロイが何とかしてくれる、それを信じるしかない」
カトレアはロイを信じていた。
その言葉で目が覚めた。
今はやるべきことをやるしかない。
「そうね、私たちは頼まれた仕事をこなしましょう」
シアも深呼吸して気持ちを切り替えたようだ。
今はとにかく住民の安全の確保が最優先だ。
あたしたちは役所に走って行った。
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魔導回路を流れる魔力の乱れを感じながら。
真っ暗な海の底へ沈んでいく。
魔導回路が次々と焼き切れていく。
核の中で制御不能になった魔力が膨張していく。
「……」
アーティが何か呟こうとした瞬間。
重い地響きとともに、轟音が鳴り響く。
海水が勢いよく持ち上げられた。
その衝撃は数キロ先まで海を揺らし、巨大な波となって広がっていく。
海中で無ければ国は一たまりもなかっただろう。
その後、雨のように地面に降り注ぐ。
それはまるで涙のようだった。
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「間に合わなかった……」
立っていられないような、大きな揺れに足元を掬われる。
遠くから轟音とともに水飛沫が上がる光景が目に入った。
「くそっ!!!」
跪いて地面を思い切り叩く。
また大切な存在を失ってしまった。
俺自身の無力さに打ちひしがれそうになったその時。
「《瞬間移動》」
無意識に海へ移動していた。
対象が生命の危機に瀕した時に発動する魔法。
アーティが最期の瞬間、生きたいと願ったのだろう。
その気持ちが魔術が発動条件となったのだ。
「まだ終わっていない……」
瞬間移動が発動した瞬間、頭の中で一つの可能性が繋がった。
「アーティ待ってろ!」
そのまま海へ飛び込む。
真っ暗な海中を泳ぐ。
必死に探す。
息が続かないが、地上に上がる猶予は残されていない。
どこだ、どこにある。
呼吸の限界が近づいた瞬間、真っ暗な海中に一つの光を見つけた。
アーティの核の残骸の一片。
俺はそれをつかみ取ると、地上へ浮上する。
「……はぁ、はぁ」
なんとか間に合った。
水面から上がると、手に持った核の残骸を地面に置く。
「《修復魔術》!」
非常に重い代償を伴う代わりに、壊れた物を修復できる魔術。
だが、アーティを取り戻せるのであれば、その程度の代償は安いものだった。
核の残骸に魔力を注ぎ続ける。
魔力が無限とはいえ、心身ともに摩耗している。
急激な魔力の消費は身体を蝕む。
息が苦しい。
鼓動が早まり、意識が飛びそうになる。
それでも、気力だけで意識を保つ。
どれくらい時間が経っただろうか。
目はほとんど見えていない。
俺はついに力尽き、地面に倒れ込む。
沈みゆく意識の中で、誰かの声を感じた――
目を覚ますと見慣れた天井だった。
月光の森の家の天井だった。
俺はベッドの上で寝ていた。
「お兄ちゃんが目を覚ました!!!」
ルナが叫ぶと大慌てでみんなを呼びに行った。
しばらくすると部屋にみんなが入ってくる。
「心配したんだぞ!」
ネモが抱き着いてきた。
力こそ強かったが手の震えを感じた。
「良かった、目が覚めたみたいね」
レウィシアさんが安堵と、姉の行動に対する微笑みを浮かべる。
「ああ、良かった……」
カトレアは膝から崩れ落ちた。
あれから一睡もできなかったようでそのまま寝息を立て始めた。
「……マスター」
扉からわずかに顔を覗かせるアーティの姿があった。
俺は救うことができたのだ。
「アーティ……」
言いたいことはたくさんある。
お説教したい気持ちもある。
だけどもまずはこれが言いたかった。
「おかえり」
「……ただいまデス」
――第五章 完――




