月光の森
あれからアーティは人と会話することが増えた。
「アネモネサマはワタシのことを友達だと思いマスカ?
それとも仲間だと思いマスカ?」
今回はネモに質問をしているようだ。
「そうだな、あたしにとっては妹みたいなものだな」
「妹デスカ?妹とはレウィシアサマのことでは無いのデスカ?」
「そうだ、シアは実の妹なのは確かなんだが、
ルナもカトレアもそれにアーティもあたしにとっては妹みたいなもんだ」
「それは何故デス?血の繋がりも無いデス。種族も違いマス。
それにワタシは生き物ですらアリマセン」
アーティには理解できない話であろう。
「人間にはな、自分より年下の可愛い子のことを妹のように思う習性があるんだ。
妹に対する感情ってそういうものだから、例えみたいなものかな」
「な、なるほどデス……」
俺のことは例外に思ってくれてはいるが、本来ネモは男に対する嫌悪感が非常に強い。
その反動で女の子に対してはすごく可愛がるところがある。
「情報の整理が難しいデス」
アーティは目を回しているように見えた。
また別の日。
ネモとレウィシアさんの病院での治療任務に帯同していた。
「ダンジョン攻略で冒険者のみなさんが怪我をしてまして」
「ヴァントに自生している植物の毒に触れてしまって」
「兵士の訓練で魔法が暴発してしまって」
いろいろなところから怪我人が運び込まれてくる。
「はい、順番に治療していきますね。《ヒール》」
「あたしのところにも来てくれ。《ヒール》」
どちらも手際良く怪我人を捌いていく。
捌くペースはネモの方が早い。
医療の知識も多少勉強しているようで、簡単なものであれば自分で判断できる。
「あーあ。本当に嫉妬しちゃうな。もう殆どお姉ちゃんに勝てないよ」
レウィシアさんが頭を抱えている。
「あのレウィシアサマ。アネモネサマに敵意があるのデス?」
レウィシアさんから負の感情を読み取ったのだろう。
「あー違う違う、敵意は無いよ。
お姉ちゃんのことが好きなのは間違い無いし。
なんて言うかライバルというか、超えたい目標と言えばいいのかな?」
「では何故負の感情を抱いているのデス?」
「人間はね、自分より優れた人に対して負の感情を抱くことはあるよ。
それが親でも姉妹でも仲間であってもね」
アーティの持つ情報だけでは、その結論に到達できないようだった。
「例え味方であっても嫌いになることだってあるし。
逆に敵であっても好きになることはある。
人間の感情って一筋縄ではいかないんだよー」
レウィシアはにっこりと笑った。
アーティの中の定義が揺らいでいく。
「もっとお話しして、たくさん情報を得なければイケマセンネ……」
それからアーティは積極的にみんなと話すようになった。
この森のメンバーだけではなく、獣人国の人々とも会話しているところを見かけた。
少しずつ変わろうとしているのだろうか。
「今日はこの森の名前を決めましょう。深淵の森という名称はちょっとアレですし」
レウィシアさんが森の名称についての議題を挙げた。
確かに他所の国ならともかく、俺たちや獣人国にとっては深淵の森は相応しくない。
「確かに今思えば変えた方が良いな」
「ルナも賛成だよ!」
「そうだな、深淵って訳じゃないしな」
「私も参加して良いのかな?」
議論には俺、ルナ、ネモ、カトレア、アーティ、そして進行役のレウィシアさんが参加している。
「元々エルフの国だったのなら、エルフの森はどうだろうか?」
「いや、エルフという存在を知っている人は限られている。俺ら以外しっくりこないと思う」
カトレアが一番オーソドックスな提案をしてくれた。
ただ、現状を考えるとこの名称は難しいだろう。
「うーん、世界樹の森とか?」
俺からも提案をする。
「あの木は枯れてるからなあ。
それに瘴気の原因の一つを名前にするのは憚られる」
「そうだね、私もちょっと嫌かも」
二人にとって瘴気には思うところがある。
特にレウィシアさんは命に関わる問題であった。
「すまない……ちょっと考えが足りてなかった」
「大丈夫、大丈夫、私も世界樹は案としてあったし」
「直接的な原因は根源だろ、あたしたちが過剰に反応しただけだから。気にするな」
二人は気にしてないが、自戒しようと思った。
「うーん、なかなか決まらないね~」
色々案が出てくるが、どれもしっくりこない。
真面目な案だけでなく、冗談半分の案もいくつか出たが、結局決め手には欠けていた。
案も尽きかけたその時。
「あの、この森はルナサマの生まれ故郷ということなので、
ルナサマに纏わる名前はいかがでショウ?」
アーティが挙手をする。
ルナの森という率直な案は出ていたが、ルナに即座にダメ出しを受けたものだった。
「ルナサマのお名前には月という意味がアリマス。
なのでそこから取って月光の森というのはどうでショウ?
明るく元気なルナサマのイメージから光という言葉を添えマシタ」
アーティなりに集めた情報から導き出した名称なのだろうか。
それでもルナという存在を理解した上で出された素敵な名前だった。
「すごくいいな」
「ルナも気に入った、それにしようよ!」
「異議なしだ」
「すごいねアーティちゃん、センスいいよ!」
「うむ、暗いイメージとの対比があっていいと思う」
満場一致で月光の森に決まった。
「国王陛下に書状を書かないと」
俺は大慌てで手続きの準備に向かった。
「それにしてもアーティちゃんは人間にすごく近づいたよね」
「そ、そうでショウカ?」
少し照れ臭いような表情をしたように見えた。
「そうだな、前は淡々と話していたけど、今は少しユーモアを交えたりもしてるし」
「私もそう思った。表情が少し柔らかくなったように感じる」
「ルナのことあんな風に感じてくれていたの嬉しかったよ!」
「嬉しいデス……」
いつものように無表情ではある。
だが、俺たちにはアーティが微笑んだように見えた。
俺の中からも脅威は殆ど無くなっていたのであった。




