憎しみの連鎖
私は夢を見ているのだろうか。
目の前には確かにロイの姿がある。
にわかに信じられない。
誰かが近づく気配があれば気付ける。
だが、私も人間国軍の兵士たちも気づけなかった。
そもそも村のことも教えていない。
「どうして……」
涙が溢れて止まらない。
そう言葉にするのが精一杯だった。
「俺を呼ぶ声が聞こえたから」
張り詰めていたものが切れた。
安堵した途端、全身から力が抜ける。
視界が揺れた。
「おい、カトレア!?」
ロイの声を最後に、意識が闇へ沈んだ。
急いでカトレアに駆け寄る。
慌てて抱き起こす。
呼吸は安定している。
良かった……命に別状はない。
そのままカトレアを寝かせると、兵士の方を振り返る。
俺がカトレアに気付けたのは《瞬間移動》の魔術だった。
一瞬で目的地へ移動できる魔法。
制約は二つ。
『魔力のマーキングがある人物の元にしか飛べない』
『対象が生命の危機に瀕していなければ発動できない』
カトレアが生命の危機に瀕した瞬間、彼女の声が頭に響いた。
鮮明に場所が浮かび上がってきたのだ。
心の中で飛べと念じると、カトレアの目の前に瞬間移動することができた。
マーキングについては、別れ際に交わした口づけ。
魔力を意図して送り込んではいない。
だが、僅かにお互いの魔力が行き来したのだ。
それが発動条件を満たす。
今回の魔法も大切な人を守るために活かすことができた。
「誰だお前は。何故人間が俺たちの邪魔をする」
剣を振るった隊長が叫んだ。
訳がわからないだろう。
獣人を斬りつけようとしたら、突然人間が目の前に現れた。
しかも獣人を庇ったというのだ。
「そうか名乗ってなかったな。
俺の名前はロイ。人間国のお尋ね者だ」
ロイだと……?
こいつがあの。
「そうか、お前がロイか。
話の通りだと確か、魔術師だったな」
隊長は一転して余裕の表情を浮かべる。
魔術師ではこの軍全部を相手にすることは難しい。
距離を取りながら戦うのが魔術師の戦い方だ。
剣士の目の前では詠唱もままならない。
「奴を殺せ、首を持ち帰れば、勲章物だ!」
兵士の士気が上がる。
「死ねっ!」
「裏切り者の人間が!!!」
怒号を浴びせながらこちらへ向かってくる。
その時だった。
「俺が何も考えなしに来てるわけがないだろ」
腰から一丁の拳銃のようなものを取り出した。
向かってくる敵に向けて引き金を引くと。
「うわぁ、なんだ」
「がはっ......」
銃口から魔力の弾丸が放たれ、兵士を貫く。
「なんだ、何が起きている?なんだその武器は!?」
国軍側に動揺が走る。
「魔導銃だよ」
使用者の魔力を弾丸に変えて撃ち出せる魔道具。
本来は魔法適性のない者でも戦えるよう開発された武器だ。
だが試作品のまま開発は凍結された。
「な、過去に実用化できずに闇に葬り去られた魔道具が、何故?」
「獣人国の武器庫に残されていたものだ」
防衛につく前に護身用に持ち帰ったものだ。
獣人国王から武器庫のものは、どれでも持って行って良いとお墨付きをもらっていた。
「だが、確か魔力の消耗が激しく、何発も扱える代物では......」
並みの者の魔力では一発が限界。
最悪の場合、魔力欠乏症で死に至る。
威力を落とせば使い物にならず、威力を上げれば使い手が先に潰れる。
それが実用化されなかった理由である。
「おあいにくさま、俺の魔力が人並み以上でね」
俺は魔力が無限に使える《魔力無限》というスキルを持っている。
何発撃とうが魔力が尽きることはない。
「《魔力付与》」
魔導銃に魔力を付与した。
これで炎、水、土、風の四属性を込めた弾丸も打てる。
そして威力も上がる。
「さて、カトレアに剣を向けたことを後悔させてやる」
俺は銃を撃ち続けた。
剣を振るより速く、詠唱する隙も無く。
魔導銃に対する戦い方を知る者はいない。
兵士は次々と倒れていく。
盾を構える者、魔法で迎撃しようとする者、必死に回避を試みようとする者。
だが。
「盾が貫通されただと......」
「ダメだ、数が多すぎて魔法で相殺しきれない......」
対魔法装甲であろうと貫通する。
厳密には魔法ではなく、銃弾に近い。
魔力だけは吸収できても弾丸として機能する。
対魔法装甲は物理的な防御力は低い。
もう止めるすべはなかった。
隊長以外の兵士はすべて弾丸に倒れた。
「なあ、最後に教えてくれ。
何故お前は人間に楯突く?」
銃口を突き付けられた、隊長が質問する。
「俺はソルヌで国軍から大切な人たちを奪われた。
そして今、大切な人に手を下そうとしていたからだ」
俺は思い出しながら重く口に出した。
「我々だって家族がいる。守りたい人がいる。お前と一緒だ」
隊長が目を伏せながら語る。
「お前がしていることは、そんな家族や大切な人から俺らを奪うことに他ならない。
それはわかっているよな?」
言っていることは正論だ。
俺は名も知らぬ人々から大切な人の命を奪っている。
「わかっている、一生顔も知らない人々に恨まれ続けられるだろう。
だが、ここで俺がお前を逃がしたとしたら、お前に奪われた者たちの気持ちはどうなる」
戦いで散っていった兵士たちの顔を思い浮かべながら続ける。
「憎しみの連鎖は止めることができない。
俺ができることは罪を背負うことだけだ」
隊長は笑いながら。
「人を殺めた時から覚悟してきたつもりだ。
お前にこの罪を背負ってもらうよ。
命を預かる隊長としての責務を果たせなかったのは心残りだがな」
俺は引き金を引いた。
隊長は穏やかな表情で崩れる。
手元の銃が砕け散った。
魔力付与に耐えきれなかったのか、想定以上に使ったからなのか。
それとも、隊長の最後の抵抗なのか。
失われた技術により作られたため、二度と再現することはできない。
魔導銃はこの世から完全に消えた。
俺は戦いに勝った。
カトレアを守ることができた。
それなのに。
引き金を引いた感触だけが、いつまでも手の中に残り続けていた。




