総力抗戦
魔人国側の国境は凄惨たる状況だった。
獣人と人間の大量の躯が転がっている。
地形が変わるほどの魔法の爪痕が残っていた。
地面は血で赤く染まり、粉々になった武器や防具が散らばっている。
「手こずらせやがって」
人間国軍の総司令官が呟く。
数千人規模の戦闘。
一歩も引かない獣人国側の徹底抗戦の末の結果だった。
人間国軍も無傷では済まなかった。
立っていられる者は約三百名。
負傷者は約六百名。
死者は約三百名に及ぶ。
対する獣人国軍の被害はさらに深刻だった。
無傷者はゼロ。
負傷者が約三百名。
死者は約五百名に及んでいる。
人間国軍の勝利に終わったが、その代償は決して小さくなかった。
深淵の森に次々と運ばれてくる負傷者。
張り詰めた空気に息が苦しくなりそうになる。
「重傷者から優先に!
あ、その人は毒を受けているからポーションじゃなくて解毒薬を。
そっちの人は輸血をお願いします!」
レウィシアの指揮のもと、衛生兵たちが治療にあたる。
普段のゆるゆるとした雰囲気は消え、真剣な表情だった。
「ヒールが必要な奴はいるかー?」
アネモネも治療を手伝っている。
「ううっ......痛い......」
「誰か......誰か......」
目を覆いたくなる惨状が広がる。
一般市民も怯え、子供たちも泣き出してしまう。
「ママー、怖いよぉ」
「ぼくたち死んじゃうのかな?」
「そんなことないですよ~
外では兵士の方たちが必死に皆さんを守ってくれています。
信じましょう」
ルナが必死に子供たちをあやしていた。
だが、限界に近い。
心なしかルナの表情もやつれてきているようだった。
レウィシアが備品の確認をしていると、ポーションの残りが少なくなっていることに気付く。
「ポーションが切れそうなんだけど、備蓄はどこにあります?」
「ポーションの備蓄なら、ここから一キロ先の武器庫にあります」
「ありがと。取ってくるしかないか」
武器庫へ向かおうにも、深淵の森の外は戦闘中である。
衛生兵を行かせるわけにはいかない。
「お姉ちゃん、ついてきてくれる?」
「わかった」
レウィシアがアネモネに声をかけ、結界の外へ出る。
武器庫へ到着し、中へ入ろうとしたその時だった。
「危ない!」
アネモネが剣で魔法を切り払う。
炎が霧散した。
「あちゃー、敵兵とご対面か」
「そうみたいだな」
二人が戦闘態勢を取る。
「おーおー、可愛い嬢ちゃんたちだこと。
これは楽しめそうだ」
ヴァント側の人間国軍が進軍してきた。
デコイを除いても兵士は約三百名。
対する獣人国側は百数名と、レウィシアとアネモネの二人だけ。
ロイは魔人国国境側へ向かってしまっている。
圧倒的に不利だった。
「シア、背中は任せる」
「了解、お姉ちゃん」
久しぶりの姉妹での共闘になりそうだ。
獣人国王宮。
「陛下、魔人国側が制圧されました」
「なんだと、どういうことだ」
「実は、ヴァント側の軍勢は囮で、本命は魔人国国境側でした」
斥候からは、ヴァント側に千二百ほどの軍勢がいると報告を受けていた。
囮とは考えにくい数だ。
「魔人国側に多くの兵を回したではないか」
ヴァント側には地形の有利があり、ロイ殿による魔法の援護もある。
そのため兵力の大半を魔人国側へ回していた。
「実はヴァント側の兵が突然消え、魔人国国境側に現れたそうです」
転移か。
莫大な魔力を消費する代物だ。
まさか戦争のためだけに準備していたというのか。
「我の失態だ。責任を取らねばなるまい。
我も戦場へ行く」
「陛下、おやめくださいっ!陛下の身に何かあれば――」
「そうはいくまい。
ここまでの容赦の無さ、獣人国を亡ぼすつもりなのだろう。
民に犠牲を強いてまで生きながらえようなど恥ずべき考えだ。
それに民を守れずして何が王か」
国民たちの笑顔が脳裏をよぎる。
あの笑顔を失わせてなるものか。
「では陛下、わたしもお供させていただきます。
陛下を守るのがわたしの使命ですから」
重鎮たちも武器を手に取った。
これは獣人国にとって。
いや、獣人族の誇りを懸けた戦いだ。
「皆の者、いざ参るぞ」
国王以下、臣下と近衛兵たちが城を出発した。
ロイは魔人国国境側の人間国軍のもとへ向かっている。
魔人国側が制圧された。
つまり領土内への侵攻が始まる。
そうなればカトレアが危ない。
深淵の森にはいなかった。
きっと村を守ろうとしている。
「くそ、別れる前に村の名前を聞いておけば良かった」
獣人国の村は各地に点在している。
名産品や夕焼けの話だけでは絞り込めなかった。
カトレアの村へ人間国軍が辿り着く前に止めなければならない。
だが、猶予がどれほど残されているのかもわからない。
「カトレア、頼む。無事でいてくれ......」
大切な人を失わないために。
その想いを胸に、ロイは走り続けるのだった。




