静かな怒り
その頃、獣人国王宮。
「国王陛下、大変です。
人間国が我が国に攻め入ろうとしております」
「あの愚王め、ついに来たか……」
突然の知らせにも、私は顔色一つ変えなかった。
深淵の森への出兵失敗の報は既に耳にしている。
あの王のことだ。何が何でも成果を欲するだろう。
「して、状況は?」
「はっ!緩衝地帯、ソルヌ跡地にて人間国軍が陣営を形成しています」
斥候の報告によれば、既に国境付近まで到達しているらしい。
だが、ある程度は予測していた。
「こちらの軍備は間に合っているか?」
「はい!迎撃部隊は既に国境へ配置済みです」
できれば国境を越えられる前に決着をつけたい。
国力では人間国が上。
だが、今の人間国軍は士気が低い。
急な出兵による不満も大きいと聞く。
ならば短期決戦。
ここで敗北を与えれば、人間国側の士気は更に落ちる。
「わが軍の五割を国境戦線へ配備!必ず撃退する」
「はっ!」
国民を危険に晒すわけにはいかない。
獣人国王として。
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ソルヌ跡地には人間国軍が陣営を築いていた。
兵数はおよそ三百。
先鋒隊ゆえ、正規軍より質は落ちる。
獣人国側の出方を見るための捨て駒。
軍師は読んでいた。
人間国は失敗続き。
国王は短慮で力押しを好む。
だから獣人国は、今回も国境で正面衝突を狙うはずだと。
しかし成功体験ほど視野を狭めるものはない。
先鋒をぶつけ、その裏で各地へ兵を展開する。
国境外の警備は薄い。
そこを突く。
ヴァント側では獣人奴隷に道案内をさせ潜伏。
魔人国側には賄賂と脅迫で軍の駐在を黙認させる。
本隊へ戦力を集中している以上、今回は勝てる。
そう信じていた。
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ソルヌ跡地を遠くから見下ろす。
「兵士は三百程か……なんか妙だな」
国軍の旗は掲げられている。
だが兵士たちから練度を感じない。
おそらく捨て駒。
深淵の森の時のような傷物兵ではない。
普通の兵士たちだ。
多少の同情はあった。
「早いところ終わらせて、犠牲を最小限にするか」
カトレアを守る。
それが最優先。
だが、無意味に命を奪いたいわけじゃない。
目的はあくまで侵攻を止めること。
そう考えながら様子を探っていた時だった。
アインさんの墓標に武器が立てかけられていた。
兵士たちが、武器置きみたいに雑に使っている。
「……はっ?」
アインさんの墓標に武器が立てかけられていた。
兵士が武器を置くのに使っているようだ。
俺の中で何かが音を立てた。
死者への冒涜。
兄貴とも呼べる存在に対する無礼。
それだけでも許せなかったのに。
「クソ、やってられっか……」
捨て駒にされた苛立ち。
不安。
鬱憤。
そういうものがあるのかもしれない。
だが、その時、兵士の一人が、苛立ったように荷箱を蹴り飛ばす。
勢いのまま、アンジェさんの墓標まで蹴りつけた。
周囲の兵士たちがそれを見て笑う。
「……何してんだ」
心が静かに冷えていく。
――殺してやりたい。
本気でそう思った。
「……違う」
ここで感情に任せれば、結局また同じだ。
怒りのまま人を殺せば、人間国軍の連中と変わらない。
みんなもそれを望みはしないだろう。
だが、このまま通すわけにもいかない。
ここでこいつらを戦場へ送り込めば、荒んだまま獣人国へ攻め込むことになる。
荒んだ怒りは、弱いところへ向く。
兵士だけじゃない。
無関係な者まで巻き込む。
ソルヌみたいな場所を、また増やすだけだ。
できる限り双方の軍には干渉しない。
そのつもりだった。
だが、その考えは捨てる。
侵攻そのものを止める。
ここで退かせる。
必要なら手を汚すことも厭わない。
そう、作戦を変えた。
国軍出撃まで残り数刻。
整列を始め、進軍しようとしたその瞬間。
「《火球》」
火球が陣営へ撃ち込まれた。
現場は一瞬で混乱する。
獣人国からの奇襲。
誰もがそう誤認した。
その火球には細工が施されていた。
炎の魔力へ反応して爆発する種子。
それを火球内部へ仕込んでいる。
包みが焼け落ちた瞬間、種子が反応し連鎖爆発を起こした。
本来は潜入用の陽動。
混乱を誘う程度で済ませる予定だった。
だが、俺は狙いを変えた。
軍旗、弾薬、予備装備、魔石。
それらを徹底的に焼き払う。
継戦能力を削ぎつつ、獣人国からの攻撃と誤認させた。
「敵襲だ!!」
「撤退しろ!」
怒号が飛び交う。
進軍どころではない。
現場は混乱し、指揮系統が乱れる。
それに加え、軍備の喪失。
もう先鋒としてすら機能しない。
人間国軍は撤退を余儀なくされた。
俺は静かに墓標へ歩み寄った。
汚れを払い、倒れた石を直す。
「……悪い、少し頭に来た」
そう呟きながら、遠く離れていく国軍を見据えるのだった。




