ソルヌの町と自分の名前
森を抜けた先にあった町――ソルヌへ辿り着いた。
この町は“獣人の国”との国境近くにある緩衝地帯で、周囲にはダンジョンが多い。
ダンジョン素材や魔石の取引によって栄えており、人の出入りも激しい。
……だからこそ、素性を隠したい人間でも紛れ込みやすかった。
俺はギルドの前で立ち止まる。
足が動かなかった。
無理もない。
ギルドは、前世で何度も追い払われた場所だ。
「魔法も使えない奴に仕事はない」
何度そう言われたかわからない。
入口の前で固まっていると、不意に声をかけられた。
「どうされましたか?」
振り向くと、綺麗なブロンドヘアーの女性が立っていた。
幼い顔立ちだが、制服はきっちり着こなしている。
細身で戦闘向きには見えない。
おそらく受付嬢だろう。
「あ……ぎ、ギルド登録を……」
思わずどもってしまう。
また拒絶される。
そう思って、身体が勝手に強張っていた。
だが――。
「はい、かしこまりました。こちらへどうぞ」
女性は笑顔で案内してくれた。
その瞬間、張り詰めていたものが切れた。
気づけば涙が溢れていた。
「えっ!? ど、どうしたんですか!?」
女性が慌てて駆け寄ってくる。
「す、すみません……その……」
涙が止まらない。
「優しくされたの、初めてで……」
自分でも何を言っているんだと思った。
けれど、それが本音だった。
俺は一度も、人として扱われたことがなかった。
数分後。
女性に落ち着かせてもらい、ようやく呼吸が整う。
「落ち着きましたか?」
「……はい。お恥ずかしいところを見せました」
女性は同情ではなく、ただ真っ直ぐな目で微笑んだ。
「改めまして。ソルヌ冒険者ギルドへようこそ」
「私は受付嬢のアンジェ・リリーネです。これからよろしくお願いしますね」
「アンジェさん……」
優しい笑顔だった。
「それでは登録を始めますね。まず、お名前を」
名前。
その言葉に、胸が詰まった。
俺には名前がない。
生まれた時、魔法の適性がないとわかった両親は絶望した。
国の法律で六歳未満の子供を捨てることができない。
だから六歳になるまでただ食事だけを与えられ、六歳の誕生日に捨てられた。
だから名前すら与えられなかった。
事情を話すと、アンジェさんは目を潤ませた。
「そんな……辛かったですよね……」
そして、おずおずと言う。
「よかったら……私のこと、お姉さんだと思ってくれていいですからね」
また涙が溢れた。
この人は、天使か何かなのだろうか。
「じゃあ……名前、どうしようかな」
アンジェさんは少し考え込み、
「……ロイ、っていうのはどうでしょう?」
そう言って微笑んだ。
だが、その表情がほんの少しだけ曇ったのを、俺は見逃さなかった。
話を聞くと、アンジェさんには弟がいたらしい。
けれど戦争で亡くなった。
しかも――俺が死んだ日と同じ日に。
「雰囲気が少し似てたから……つい」
「重い名前ですよね。別の名前でも――」
「いいえ」
俺は首を振った。
「今日から、俺はロイです」
その後、適性検査を受けた。
ステータス自体は低かったものの、全属性適性持ちだったらしく、ギルド内は少し騒ぎになった。
特に魔力量の測定器は何度もエラーを出した。
無理も無い、魔力は無限だからだ。
それでも、無事に登録は完了した。
「今日から俺も……冒険者か」
Gランクと刻まれたギルドカードを見つめる。
するとアンジェさんが、嬉しそうに笑った。
「はい! これからよろしくお願いしますね!」




