束の間の平穏
「馬鹿どもが、どいつもこいつも使えん奴らばかりだ!」
国王がグラスを床へ叩きつける。
砕け散った高級酒が赤く広がった。
召使たちが慌てて片付けに入る。
人間の国は荒れていた。
深淵の森への出兵は失敗。
隊長は謀反の末に失踪。
処分のために向かわせた兵団も全滅。
瘴気研究所兼病院は一帯ごと崩壊し、研究所長も死亡。
それ以前にも、変異種ヒドラ討伐への妨害。
魔力圧縮魔術砲作戦の失敗。
司令官の殉職。
何もかもが上手くいかない。
「あのガキ……楽に死ねると思うなよ」
名前など覚えていない。
だが、忌々しい若造がすべてを引っ掻き回している。
それにヴァント山では獣人族まで絡んできた。
五大国会議で楯突いてきた獣人国を思い出し、舌打ちする。
平民を大事にするなどと甘い理想を掲げる国。
前々から気に入らなかった。
兵器の多くは失った。
だが、まだ国力そのものは残っている。
国内の不満を抑え、威信を取り戻すには戦果が必要だった。
「おい、大臣」
「は、はい、国王陛下!」
「軍部に伝えろ。獣人国への侵攻を開始するとな」
深淵の森は変わった。
かつては瘴気に覆われ、昼でも薄暗い不気味な森だった。
だが今は違う。
木々の隙間から陽の光が差し込み、風も心地よい。
ルナはその景色を見上げながら、小さく微笑んだ。
昔の森みたい。
エルフの国があった頃。
みんな笑っていて、毎日が楽しかった。
思い出すと少し胸が痛む。
それでも今は前を向けている。
お兄ちゃんがいるから。
そして最近、新しい友達もできた。
「ルナは今日も元気だなぁ」
アネモネが目を細める。
最初に森へ攻めてきた時は怖い人だと思っていた。
でも本当はとても優しい。
妹思いで、強くて、かっこいい。
あと、お胸が大きい。
ちょっと羨ましい。
たまに「撫でてもいい?」と聞きながら、わしゃわしゃ頭を撫でてくる。
嫌ではないのだが、くすぐったい。
「お姉ちゃん、ルナちゃんばっかり見てないで、ここに可愛い妹がいるんですが~?」
悪戯っぽく笑うのは、アネモネの妹のレウィシア。
ルナはシアちゃんと呼んでいる。
シアちゃんは回復魔法が得意で、怪我をするとすぐ治してくれる。
アネモネとは正反対で、柔らかくて人懐っこい。
けれど姉思いなのは同じだった。
アネモネがいないところでは、よく姉の自慢をしている。
ルナはそんな二人が大好きだった。
こんな毎日がずっと続けばいいのに。
ロイは悩んでいた。
《魔法創造》が再び使えるようになったからだ。
「どうしようかな……欲しい魔法はたくさんあるんだが」
一か月に一つしか創造できない。
しかも創った魔法には制約が生まれる。
適当に決めれば後悔する。
これまでの戦いも、《魔法創造》が切り札になってきた。
向こうではルナたちが楽しそうに遊んでいる。
みんな笑っていた。
この場所を守りたい。
「となると、森を守れるものが良いかな」
自分が外へ出れば、森は無人になる。
瘴気も消え、以前ほど侵入しづらい場所ではなくなった。
不可侵条約があっても、魔人族のように踏み込む者は必ず現れる。
「《妨害魔術》も万能じゃないしな……」
強力ではあるが、制約が重すぎる。
展開し続ければ命に関わる。
「考えても埒が明かないな。少し外に出るか」
一旦思考を切り替え、森の外へ向かった。
人間国は妙に慌ただしかった。
トピアの街も人が少ない。
「どうなってんだ?」
活気が消えている。
歩いていると、見覚えのあるフード姿の商人が目に入った。
「やあ、久方ぶりだねぇ」
「ああ、そうだな」
相変わらず胡散臭い。
だが今は情報が欲しかった。
「悪いが、今の情勢を教えてくれないか?」
「もちろんさ。色々世話になってるからねぇ。
それと、これも渡しておきたくてさ」
金貨の入った袋を差し出される。
「何の金だ?」
「事後報酬ってやつさ」
意味がわからず眉をひそめる。
「軍部付属病院の研究所長について調べていてね。
怪しい研究をしていたもんだから、調査と排除を頼む予定だったのさ」
あの老人のことだろう。
「そういうことなら、ありがたく頂くよ」
正直、金は足りていなかった。
「そこで今回、新しい情報と依頼を持ってきた」
「ああ、聞こう」
商人の空気が変わる。
「近々、人間国は獣人国へ侵攻する」
ロイの表情が強張った。
街から人が消えた理由。
徴兵、あるいは傭兵募集。
獣人国への敵意は以前から感じていた。
だが、動きが早すぎる。
真っ先に一人の顔が浮かぶ。
「カトレアが危ない……!」
家族と国を守るため、彼女は戦場へ立つはずだ。
大規模な戦争になれば、無事では済まない。
商人は静かに告げた。
「今回の依頼は――
人間国の侵攻を失敗させることさ」




