真正面
苛立ちが止まらなかった。
完全にしてやられた。
「おのれぇ……!」
吹き飛ばされた瞬間、自ら仮死に近い状態へ移行する魔法か術式を使ったのだろう。
珍しいが、存在しない技術ではない。
だからこそ、完全に騙されたことが腹立たしかった。
「次は確実に息の根を止めてやる!」
穢れの羽を放とうとした、その時だった。
「……なんだ、これは」
周囲に靄のような霧が広がっていく。
視界が遮られ、奴らの姿が完全に見えなくなった。
「瘴気か?……いや違う、吸えねぇ」
未知の現象への興味は湧いた。
だが今は、それよりも飢えの方が勝る。
「こんなもん、まとめて吹き飛ばしてやる!」
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《妨害魔術》
展開が間に合った。
「うまくいったな」
「ありがとう、ネモのおかげだよ」
この作戦は賭けだった。
まず一つ。
男に止めを刺されないこと。
《妨害魔術》には制約がある。
展開中、術者は睡眠と同じ状態に陥る。
完全に無防備になるのだ。
だから俺は、わざとやられたふりをした。
建物の倒壊に巻き込まれたように見せかけ、
壁へ叩きつけられる。
頭を強く打ったように見せる必要があった。
身体強化で致命傷だけ避け、そのまま《妨害魔術》を発動。
意識を完全に落としたことで、本当に気絶したように見せかけた。
実際、攻撃されても一切反応できなかった。
問題は、展開の完了までに止めを刺されないかだった。
術の制約によって意識は完全に落ちる。
攻撃されても、一切反応できない。
だからこそ男は、本当に気絶したと判断した。
だが、それでも殺される可能性はあった。
男は飢えている。
ならばまず、瘴気で精気を吸収しようとするはず。
しかし俺の体内には聖魔力が残っている。
瘴気は通じない。
男はそれを未知と判断し、
研究対象として生かしておく。
そこまで含めて、ようやく成立する作戦だった。
そしてもう一つの賭け。
妨害魔術が完成するまで、ネモが耐え切れるかどうか。
レウィシアさんを守りながら、限界寸前の状態で回避を続ける。
一歩間違えれば終わっていた。
だが男は焦っていた。
魔力切れも近いのだろう。
攻撃が雑になっていた。
だからネモは、ぎりぎりで捌き続けることができた。
そして最後。
結界が保たれている間に、レウィシアさんの瘴気を浄化すること。
おそらく妨害魔術だけでは完全には防ぎきれない。
あくまで時間稼ぎだ。
「レウィシアさん、すいません」
俺は一言断ってから、レウィシアさんにそっと唇を重ねた。
魔力を流し込む。
少しずつレウィシアさんの顔色が戻っていく。
穢れた魔力も薄れていき、やがて完全に消え去った。
その間、ネモは背を向けたまま拳を握り締めていた。
安堵と、胸の奥に刺さるような痛み。
その両方を押し殺すように。
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一方その頃。
結界を攻撃し続けていたが、なかなか壊れない。
「なんなんだよ、この壁はぁ!!」
飢えが近づいてくる。
早く精気を吸わなければならない。
結界には魔力遮断の効果がある。
瘴気も大きく弱められていた。
だが完全ではない。
根源に近い穢れの力は、少しずつ結界を侵食していく。
何度目かの攻撃の末、バリン、と音を立てて結界が砕け散った。
「ようやく壊れたか……!」
もう容赦するつもりはない。
三人とも殺して、精気を吸いつくす。
殺意を滲ませながら、奴らの方へ飛び立つ。
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シアの浄化は終わった。
穏やかな寝息を立てて眠っている。
長い苦痛から解放されたような安らかな表情だった。
「これで後は、あいつの魔力切れを待てば……」
「あたしは、もう魔力が尽きそうだ」
あたしは苦々しく呟く。
実際、限界だった。
元々、あたしは魔力量が少ない。
高火力と引き換えに継戦能力が低いのだ。
対してロイは、膨大な魔力を持つ代わりに決定打に欠ける。
互いの長所を補えれば。
そう考えた瞬間、あたしの視線がロイの唇へ向いた。
胸が痛んだ。嫉妬していた自分に気付いたからだ。
だが、それ以上に……。
その時、あることに気付く。
勝てる方法に気付いてしまった。
だが、それが意味することは。
今までの自分なら絶対に考えもしなかった。
むしろ嫌悪していたこと。
男に触れること。
男を受け入れること。
だけど彼なら。
「ロイ!」
初めて名前を呼んだ。
「貸せ」
「何を――」
言い終わる前に、あたしがロイの胸倉を掴む。
そのまま唇を重ねた。
「ん……!?」
ロイが目を見開く。
離れたあたしは、悪戯っぽく笑う。
「魔力をだよ」
身体が熱い。
ロイの魔力が流れ込んでくる。
それだけじゃない。
胸の奥から力が湧き上がっていた。
「死ねええええええ!!!!」
男が叫びながら結界を破壊し突撃してくる。
あたしは正面から迎え撃った。
「《豪炎螺旋槍》!」
炎が螺旋を描き、槍となって放たれる。
上級応用魔法。
「そんな攻撃、効くかよ!」
男は穢れの翼で防御する。
だが。
「なっ……!?」
炎槍は翼を貫き、そのまま胸を穿った。
巨大な風穴が開く。
しかし直後、穢れが集まり始めた。
肉が再生し、骨が繋がっていく。
「危ねぇじゃねぇか……だが、お前も終わりだ」
あたしは詠唱によって、隙を晒した状態だった。
次の攻撃は回避できないだろう。
男が瘴気を放とうとした、その時。
「……が、はっ!?」
男が大量の血を吐いた。
再生に魔力を使い切ったのだ。
身体が急速に老いていく。
穢れの翼も崩れ落ち、消滅した。
「わ、わしの研究が……未知の力が……」
あたしは無言で男に剣を突き立てた。
そのまま男は絶命した。
時間切れを待つのではなく
真正面から打ち勝つ方法を選んだ。
勝てる自信があたしにはあったからだ。
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数日後。
レウィシアさんは完全に快復していた。
「この度は助けていただき、ありがとうございました」
「いやいや、当然のことをしたまでだよ」
俺は照れ臭くて笑った。
今では四人で、姉妹の新しい家を建てていた。
「痛っ!」
転んだルナに、レウィシアさんが慌てて駆け寄る。
「ルナちゃん、大丈夫?《ヒール》」
柔らかな光が傷を癒した。
「ありがとう、シアちゃん!」
既にルナとは打ち解けていた。
レウィシアさんは回復特化のヒーラーである。
攻撃特化のネモとはまさに正反対だった。
「ロイ!これどこに置けばいい?」
「ネモ、そっちお願い!」
戦いの後から、俺とネモの距離は明らかに縮まっていた。
砕けた口調で話せるようになっている。
それを見て、レウィシアさんがにやにや笑う。
「ロイ、ネモねぇ……」
「シア、何がおかしい?」
「あの男嫌いのお姉ちゃんが、ネモって呼ばせてるんだもん」
レウィシアさんは何かを察しているようだ。
ネモ呼びに特別な意味があるのだろうか。
「お姉ちゃんも隅に置けませんなぁ」
「シ~ア~?あとで覚えてろよ!」
「きゃー、怖ーい!」
姉妹仲良く追いかけ回している。
性格も、能力も、何もかもが正反対の姉妹。
そんな二人が、新たな仲間として加わったのだった。
――第三章 完――




