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魔法を願った少年  作者: 彩音りあ
第三章 正反対の姉妹
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真正面

男は苛立っていた。

完全にしてやられた。


「おのれぇ……!」


吹き飛ばされた瞬間、

自ら仮死に近い状態へ移行する魔法か術式を使ったのだろう。


珍しいが、存在しない技術ではない。

だからこそ、完全に騙されたことが腹立たしかった。


「次は確実に息の根を止めてやる!」


穢れの羽を放とうとした、その時だった。


「……なんだ、これは」


周囲に靄のような霧が広がっていく。

視界が遮られ、ロイたちの姿が完全に見えなくなった。


「瘴気か?……いや違う、吸えねぇ」


未知の現象への興味は湧いた。

だが今は、それよりも飢えの方が勝る。


「こんなもん、まとめて吹き飛ばしてやる!」



《妨害魔術》


展開が間に合った。


「うまくいったな」

「ありがとう、ネモのおかげだよ」


この作戦は賭けだった。


まず一つ。

男に止めを刺されないこと。


《妨害魔術》には制約がある。


展開中、術者は睡眠と同じ状態に陥る。

完全に無防備になるのだ。

だからロイは、わざとやられたふりをした。


建物の倒壊に巻き込まれたように見せかけ、

壁へ叩きつけられる。

頭を強く打ったように見せる必要があった。


身体強化で致命傷だけ避け、そのまま《妨害魔術》を発動。


意識を完全に落としたことで、

本当に気絶したように見せかけた。


実際、攻撃されても一切反応できなかった。


問題は、展開の完了までに止めを刺されないかだった。


術の制約によって意識は完全に落ちる。

攻撃されても、一切反応できない。

だからこそ男は、本当に気絶したと判断した。


だが、それでも殺される可能性はあった。

男は飢えている。

ならばまず、瘴気で精気を吸収しようとするはず。


しかしロイの体内には聖魔力が残っている。

瘴気は通じない。


男はそれを未知と判断し、

研究対象として生かしておく――。


そこまで含めて、ようやく成立する作戦だった。


そしてもう一つの賭け。


妨害魔術が完成するまで、

ネモが耐え切れるかどうか。


レウィシアを守りながら、限界寸前の状態で回避を続ける。

一歩間違えれば終わっていた。


だが男は焦っていた。

魔力切れも近いのだろう。

攻撃が雑になっていた。


だからネモは、ぎりぎりで捌き続けることができた。


そして最後。


結界が保たれている間に、

レウィシアの瘴気を浄化すること。


おそらく妨害魔術だけでは完全には防ぎきれない。

あくまで時間稼ぎだ。


「レウィシアさん、すいません」


ロイは一言断ってから、そっと唇を重ねた。


魔力を流し込む。


少しずつレウィシアの顔色が戻っていく。

穢れた魔力も薄れていき、やがて完全に消え去った。


その間、ネモは背を向けたまま拳を握り締めていた。


安堵と、胸の奥に刺さるような痛み。

その両方を押し殺すように。



一方その頃。


男は結界を攻撃し続けていた。


「なんなんだよ、この壁はぁ!!」


飢えが近づいてくる。


早く精気を吸わなければならない。


結界には魔力遮断の効果がある。

瘴気も大きく弱められていた。


だが完全ではない。

根源に近い穢れの力は、少しずつ結界を侵食していく。


何度目かの攻撃の末――


バリン、と音を立てて結界が砕け散った。


「ようやく壊れたか……!」


殺意を滲ませながら、男はこちらへ突っ込んできた。



レウィシアの浄化は終わった。


穏やかな寝息を立てて眠っている。

長い苦痛から解放されたような安らかな表情だった。


「これで後は、あいつの魔力切れを待てば……」

「あたしは、もう魔力が尽きそうだ」


ネモが苦々しく呟いた。


実際、限界だった。


元々、ネモは魔力量が少ない。

高火力と引き換えに継戦能力が低いのだ。


対してロイは、膨大な魔力を持つ代わりに決定打に欠ける。


互いの長所を補えれば――。


そう考えた瞬間、ネモの視線がロイの唇へ向いた。


胸が痛んだ。嫉妬していた自分に気付いたからだ。


だが、それ以上に――。


その時、あることに気付く。


勝てる方法に気付いてしまった。


だが、それが意味することは。


今までの自分なら絶対に考えもしなかった。

むしろ嫌悪していたこと。


男に触れること。

男を受け入れること。


だけど――彼なら。


「ロイ!」


初めて名前を呼んだ。


「貸せ」

「何を――」


言い終わる前に、ネモが胸倉を掴む。


そのまま唇を重ねた。


「ん……!?」


ロイが目を見開く。


離れたネモは、悪戯っぽく笑った。


「魔力をだよ」



身体が熱い。


ロイの魔力が流れ込んでくる。

それだけじゃない。

胸の奥から力が湧き上がっていた。


「死ねええええええ!!!!」


男が叫びながら結界を破壊し突撃してくる。

ネモは正面から迎え撃った。


「《豪炎螺旋槍》!」


炎が螺旋を描き、槍となって放たれる。


上級応用魔法。


「そんな攻撃、効くかよ!」


男は穢れの翼で防御する。


だが。


「なっ……!?」


炎槍は翼を貫き、そのまま胸を穿った。


巨大な風穴が開く。


しかし直後、穢れが集まり始めた。


肉が再生し、骨が繋がっていく。


「危ねぇじゃねぇか……だが、お前も終わりだ」


ネモは詠唱によって、隙を晒した状態だった。

次の攻撃は回避できないだろう。


男が瘴気を放とうとした、その時。


「……が、はっ!?」


男が大量の血を吐いた。

再生に魔力を使い切ったのだ。


身体が急速に老いていく。


穢れの翼も崩れ落ち、消滅した。


「わ、わしの研究が……未知の力が……」


ネモは無言で剣を突き立てた。

そのまま男は絶命した。


時間切れを待つのではなく

真正面から打ち勝つ方法を選んだ。


勝てる自信がネモにはあったからだ。



数日後。


レウィシアは完全に快復していた。


「この度は助けていただき、ありがとうございました」

「いやいや、当然のことをしたまでだよ」


ロイが照れ臭そうに笑う。


今では四人で、姉妹の新しい家を建てていた。


「痛っ!」


転んだルナに、レウィシアが慌てて駆け寄る。


「ルナちゃん、大丈夫?《ヒール》」


柔らかな光が傷を癒した。


「ありがとう、シアちゃん!」


既にルナとは打ち解けていた。


レウィシアはロイと同じ後衛型だ。

魔力は多いが身体能力は高くない。


攻撃特化のネモとはまさに正反対だった。


「ロイ!これどこに置けばいい?」

「ネモ、そっちお願い!」


戦いの後から、二人の距離は明らかに縮まっていた。

砕けた口調で話せるようになっている。


それを見て、レウィシアがにやにや笑う。


「ロイ、ネモねぇ……」

「シア、何がおかしい?」

「あの男嫌いのお姉ちゃんが、ネモって呼ばせてるんだもん」


ネモ呼びは、心を許した相手だけに許す愛称だ。

好意を寄せていることは明白だった。


「お姉ちゃんも隅に置けませんなぁ」

「シ~ア~?あとで覚えてろよ!」

「きゃー、怖ーい!」


姉妹仲良く追いかけ回している。


性格も、能力も、何もかもが正反対の姉妹。


そんな二人が、新たな仲間として加わったのだった。


――第三章 完――

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