賭け
目の前の脅威に、絶望がちらつき始めた時だった。
ネモが動く。
「《豪炎球》!」
凄まじい炎が男へ向かう。
「その程度で、このオレを止められると思ったか!」
穢れの翼が広がり、
炎を呑み込むように防いだ。
炎は霧散する。
「この魔法を受けて無傷だと……」
ネモが驚愕した表情を浮かべる。
だが逆に、俺は突破口に気付き始めていた。
「翼が縮んだ……?」
ごくわずかだが、翼が小さくなったように見えた。
恐らく防御に魔力を使っている。
ここは深淵の森のような怨嗟に覆われた場所ではない。
魔力を補充しなければ、尽きる一方だ。
兵士たちは既に残渣になっている。
この病院は極秘研究を扱う施設だ。
周辺に住民の姿は無い。
ならば次に狙うのは――俺たちの生命力。
「ハハッ! もっと楽しませろよ!」
翼から羽が射出される。
速い。
だが、躱せないほどじゃない。
俺とネモは寸前で回避した。
レウィシアさんから距離を取りつつ、
互いにカバーできる位置を維持する。
「逃げ回るだけか? くだらねぇ」
羽が次々と降り注ぐ。
そのたび紙一重で回避する。
これで追加でわかったことがある。
レウィシアさんを狙っていない。
手に入れた力を力を誇示するため。
そして今の姿を維持するため、
俺たちの生命力を奪う方が優先なのだろう。
攻撃を受ければ致命傷は免れない。
だが、速度が劣るのか、制御が不完全なのか、
回避できないわけではない。
防御面も、あの根源のように絶対ではない。
魔力で防がなければダメージが通る。
つまり魔力がどんどん消費されている状況だ。
倒す必要はない。
時間を稼げば、自滅する。
だが時間をかけ過ぎれば、
レウィシアさんの命が危ない。
どうにか突破口を見つけなければならない。
少しでも時間が欲しい。
ネモへアイコンタクトを送る。
察したようにネモが「《豪炎球》」を放った。
「だから効かねぇって言ってんだろうが!」
翼で炎を防ぐ。
「《土円蓋》」
土のドームで姿を隠す。
「そんな安い壁で隠れたつもりか!」
羽ばたきによる衝撃で土壁が吹き飛ぶ。
だがそこに俺たちの姿は無い。
わずかな時間。
その陰で、俺はネモに耳打ちする。
ネモは一瞬だけこちらを見る。
「……わかった」
二手に分かれて建物の陰に隠れた。
「どこへ消えた、羽虫どもが……」
飢えにも似た感覚が身体を蝕み始めていた。
それに苛立っているのか、一帯へ無差別に攻撃を撒き散らす。
魔力を温存する様子も無い。
次々と建物が崩壊していく。
そして攻撃が、俺の隠れていた建物へ直撃する。
回避が間に合わない。
直撃は免れたものの、俺の身体は吹き飛ばされた。
「しまった!」
壁へ叩きつけられる瞬間、
ネモの姿が見えた。
次の瞬間、頭を強く打ち付ける。
そのまま糸が切れたように崩れ落ちた。
「……一人潰れたか」
「そんな……」
ネモが駆け寄ろうとする。
だが。
「おっと、通すと思うか?」
二人の間へ羽が突き刺さる。
ネモは助け出したい衝動を押し殺し、建物の陰へ退いた。
今飛び出せば、二人とも終わる。
ロイは反応しない。
目の前へ攻撃が飛んでも、
身動き一つしなかった。
完全に気を失っているように見える。
「……寝たふりではないな」
攻撃を受ければ、無意識でも身体は強張る。
いわゆる防御反射。
この凶悪な魔力だ、見えなくとも肌で感じられる。
それすら無かった。
気絶している。
そう判断するには十分だった。
ならば、精気を吸って魔力を補充するだけ。
男は瘴気を放ち、ロイから生命力を奪おうとする。
だが。
「……なんだ?」
瘴気が弾かれる。
吸収できない。
あり得ない現象だった。
「瘴気を拒絶した……?」
聖魔力を宿しているロイに、
瘴気は効かない。
だがそれをこの男が知る由も無かった。
男の目に興味の色が宿る。
未知だ。
理解できない。
だからこそ価値がある。
「ククク……いい。
お前は殺さず、連れて帰るとしよう」
飢えよりも知的探求心が勝った。
ならば先に、もう一人を始末すればいい。
「次はお前だ、小娘!!!」
穢れの羽が無差別に降り注ぐ。
ネモが隠れていた建物も崩壊した。
攻撃を必死に躱す。
周囲の建物は次々と破壊されていく。
もう隠れる場所は無い。
羽は止まらない。
ネモは歯を食いしばりながら回避を続ける。
既に身体強化も弱まり始めていた。
上級魔法はもう撃てないだろう。
使えて火球を数発。
万事休す――そう思われた時だった。
「お待たせしました、ネモさん!」
ロイが立ち上がる。
「待たせ過ぎだ、バカ……」
安堵と張り詰めていた緊張が混ざり、
思わず軽口が漏れた。
ロイの目は、既に勝ち筋を捉えていた。




