恋心
ロイとアネモネは軍付属の病院へ向かっていた。
変装のため、ロイは兵士の鎧を身に着けている。
アネモネは思い出していた。
男なんて最低な生き物だと。
父から始まり、ストリートチルドレン、軍学校の生徒、
軍隊での上司、道行く人間にまで。
あらゆる男に辛酸を舐めさせられてきた。
女だと馬鹿にされ、蔑まれ。
差別を受け続けてきた。
実力で黙らせるしか生きる道はなかった。
周りより発育の良かった身体のせいで、
何度も不快な思いをしてきた。
豊満さは、あたしには重荷でしかなかった。
いかがわしい目線。
下心を隠そうともしない奴ら。
殺したあの隊長も、あたしに色目を使ってきた男だった。
どいつもこいつも、化け物にしか見えない。
男なんて皆そういうものだと思っていた。
――ただ、この少年は違った。
話す時はちゃんと目を見て話す。
下心も見えてこない。
「あたしって魅力ないのかな……」
「えっ?」
「いや、何でもない」
いやいや、今のは無しだ。
なんだか調子を狂わされる。
ルナちゃんだったか。
すごく懐いているように見えた。
相当信頼しているのだろう。
そうでなければ、ああはならない。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「答えられることなら」
「あたしの身体って魅力無いか?」
想定外の方向から質問を投げかけられた。
「えっ、ええっ」
露骨に戸惑っている。
焦っているところが、不覚にも可愛く見えた。
「いや、魅力的だとは思います。
引き締まった身体に整った顔立ち、豊満な胸。
男なら誰しも憧れる存在です」
慌てすぎて急に敬語になってしまっている。
なんだか照れてしまう。
そんな風に思ってくれていたんだ。
男性を嫌い続けていた反動なのか、
自分が思った以上に乙女な性格だったことに気付く。
恥ずかしくて顔が火照った。
「その……なんだ。
女として見たりするのか?」
何を聞いているんだと、自分でも思う。
「まったく見ないわけではないです。
それくらい魅力的な方だと思うので。
俺も年頃の男ですからね」
褒めた後、一呼吸置いて。
「でも、それを表に出すのは、
一人の女性として対等に見ていない。
あなたに失礼だと思います。
あなたは人間であって、
決して慰み者なんかじゃないんですから」
真面目な表情に切り替わった。
五大国で最も差別が酷い人間の国。
魔法や剣術、家柄もさることながら、
男尊女卑の思想が極めて強い。
普通に育てば、男性は女性を見下すようになる。
おそらく育った環境が特殊なのだろう。
女性であっても平等に接する。
いや、どこか自分を下に置いている節すらある。
魔法適性が無く差別を受けていたという出自。
だからこそ差別的な思想を、
誰よりも嫌っているのかもしれない。
「そ、そうか……ありがとう」
女性に関心が無いわけではない。
あたしのことを魅力的だと言ってくれた上での答え。
「……なあ、あたしのことをネモって呼んでくれないか?」
自分でも思ってもいなかった言葉が口から出た。
妹と亡き母にしか呼ばせたことのない愛称だ。
「わかったよ。
……ネモ、改めてよろしく」
「ああ、よろしく」
ああ、そうなんだ。
あたしは、この少年のことを好きになってしまったのだ。
病院へ到着する。
病床で眠る少女がいた。
ネモが少女へ目を落として言った。
「これがあたしの妹のレウィシアだ」
顔色は悪く、頬も痩せこけている。
瘴気による穢れた魔力が感じられた。
生命力を吸い取られているようだ。
それでも、相当精神力が強いのだろう。
必死で生きようとしている。
そうでなければ、
恐らく既にこの世にはいない。
「なあ、頼む。
妹を……シアを助けてくれ」
凛々しい顔ではなく、
必死で懇願する子供のような顔でこちらを見てくる。
どれだけ大切にしているか、
ひしひしと伝わってきた。
助ける手段はある。
だが、それを聞いてネモはどう思うだろうか。
妹を大切にしているからこそ、
とても伝えづらい方法だった。
浄化魔法は使えない。
聖の魔力を持つ俺が瘴気を祓う唯一の方法。
「俺の魔力をレウィシアさんに流し込むことだ」
魔力を他人へ送るには、
粘膜での接触を行う必要がある。
過去にルナへ人工呼吸の形で魔力を送った、
あれも方法の一つだ。
魔人族のサキュバス一族のような例外を除けば、
基本的にはその方法しかない。
ネモは胸が苦しくなった。
妹を救うために必要だと理解している。
それでも、
好きになった人との特別を、
妹に譲らなければならないことに、
どうしようもなく胸が締め付けられた。
そして、そんな状況で嫉妬してしまった自分にも。
命の危機だというのに。
大切な妹に対して、
初めて抱いてしまった負の感情。
申し訳なさで目を逸らしてしまう。
その時だった。
「裏切り者だ!裏切り者を捕らえろ!!」
号令とともに兵士たちが病室の入口へ集まってきた。
ネモが謀反を起こしたことが伝わってしまったのだろう。
周囲を囲まれている。
レウィシアを守りながら、
この狭い場所で戦えるのか。
互いの背中を預けながら、
二人は敵を見据えて構えた。




