打算
森の外へたどり着いたロイは、
目の前の惨状に言葉を失った。
兵士の亡骸がそこら中に転がっている。
「アネモネさんっ!」
ロイが声を上げる。
重傷を負ったアネモネが横たわっていた。
手遅れか――と一瞬思ったが、
微かにまだ息はある。
ヒールでは何の役にも立たないだろう。
ここで俺が取る手段は一つ。
《超回復薬生成》
ポーションを生成し、アネモネに飲ませる。
喉を通った瞬間、
傷がゆっくりと塞がっていく。
呼吸も安定してきた。
ひとまずは安心して良いだろう。
周囲の屍を火葬する。
せめてもの時間稼ぎのために。
それにしても彼女の規格外さには驚かされる。
この人数を一人で倒すなんて。
俺たちが勝てたのは、
偶然が重なった結果だろう。
瘴気について聞き出すために殺す気は無かったこと。
ルナには一切手を出さなかったこと。
疲労や地の利、隠蔽魔法具、世界樹の魔力。
数えればキリがない。
ロイはアネモネを再び小屋へ運んだ。
「ここは……」
この天井は見覚えがある。
深淵の森の小屋だ。
負傷も大きかった。
毒も回っていた。
なのに身体が何ともない。
一瞬、ここは黄泉の世界かと錯覚しそうになった。
頬を思い切り抓る。
「痛い……」
痛みを感じる。
「あたし、生きてる……」
ありえない。
万が一、一命を取り留めたとしても、
無傷である説明がつかない。
「あ、起きたみたい!お兄ちゃんー!起きたよー!」
「わかった、すぐに行く」
前にも聞いたやり取りだった。
現れた少年が真剣な眼差しで口を開いた。
「色々言いたいことがあると思う。
それは理解している。
だが、時は一刻を争う。
質問に答えてくれ」
こちらの質問責めを先回りして封じつつ、
回答の必要性を伝えてくる。
「……わかった」
二度も命を救われた。
異論はもう無かった。
「妹さんの状況を教えて欲しい」
「妹は瘴気に侵されている。
本来なら既に殺されているところを、
あたしが従順であることを条件に生かされている」
依頼を受けた理由はわかった。
だが、瘴気は周囲に感染する。
それを承知の上で生かしているというのか。
「瘴気は感染するはずだが?」
「ああ、研究のデータ収集も兼ねていて、
魔法耐性があれば感染を遅らせつつ、
症状も抑えられるという研究成果が出ている」
言っていることは間違っていない。
魔法耐性を持つ魔人族が森へ侵入した時、
瘴気の影響をほとんど受けていなかった。
魔法耐性の結界か何かで守っているのだろう。
「実のところ、深淵の森に既に瘴気は無い」
「は?どういうことだ。
上空を覆っていたと聞いたが」
ロイは簡単に説明した。
絶滅したエルフが復讐のために残した怨嗟の集合体――根源。
その封印から漏れ出した怨嗟が、
世界樹の魔力と結びついたものが瘴気であること。
同じく封印されていたエルフのルナ。
ルナの中にあった、
エルフの女王が遺した聖魔力によって根源を弱らせ、
俺の封印術で根源ごと瘴気を封印したこと。
その代償として、
ルナは聖魔力を完全に失ったこと。
そして上空を覆っているものは、
妨害魔術という、
魔力を遮断する結界魔法であることも伝えた。
「規格外すぎる……。
そんなやつに勝てるわけないわな」
アネモネは呆れたように、乾いた笑い浮かべる。
高く買ってくれるのは良いが、
俺一人の力ではない。
もちろん《魔法創造》が規格外なのは間違いないが。
「妹は助かるのか?」
瘴気が無くなったことは僥倖だったのだろう。
だが、聖魔力が失われた今、
どうやって浄化する。
もっともな疑問だ。
「可能性はある。
僅かな聖魔力でも瘴気は無力化することがわかっている。
俺の中に、僅かながら聖魔力が残っている」
封印した際、
ほんの少しだけ体内に残されたと伝えた。
「まだ聞きたいことはあると思うが、一旦終わりだ。
俺たちはあなたの妹を助けたいと思う。
信じてくれるか?」
正直、二度助けられ、
ここまで話を聞いてもなお、
信用しきれない部分があった。
男という性別そのものに嫌悪感がある。
だが妹のためなら、
そこは目をつむれる。
けれど、そうじゃない。
ここまで見返りを求めず尽くされること自体が、
本能的な恐怖を呼び起こしていた。
お人よし。
そんな言葉では表現できない。
人間の醜さに漬かりきって生きてきた。
だからこそ、
眩しすぎる光は目に毒だった。
これでもまだ信用されていなさそうだった。
確かに相手にとって都合が良すぎる。
タダより高いものは無い
そんな諺があるくらいには。
どうすれば信じてもらえるか。
悩んだ末に口を開いた。
「俺の過去を聞いて欲しい」
生前のこと。
転生のこと。
そしてソルヌのギルドでのこと。
魔法の才能が無く、
最期は肉壁として戦場で散ったこと。
神によって、
魔法を使える状態で生き返らせてもらったこと。
そして国軍の策略で、
ギルドの仲間――家族のように大切だったアンジェさんを失ったこと。
そのアンジェさんの遺言。
『昔のあなたみたいに、泣いている誰かを助けてあげてください』
その言葉を信念に、
アネモネや妹を救いたいと思っていること。
死してなお、
何度も命を救ってくれた。
天使のような人。
その願いを純粋に叶えたい。
「俺一人の力じゃ、大切なものを守り切れないと知った。
だから力を貸して欲しい。
もちろん無理にとは言わない。
それが見返りじゃ、ダメかな?」
転生云々はにわかには信じ難い。
だが、傷一つない自分の身体の説明がつかないのも事実だった。
そしてアネモネは理解した。
打算が無いわけではないのだ。
言いようによっては、
こちらの人生に干渉する、
ある意味で我儘な願い。
時には身を危険に晒すこともある。
ただ願いの方向性が、純粋なだけだったのだ。
この人は、信用しても良い。
そう思えた。




