交戦
目の前に立つ二人の姿に、女戦士は目を疑った。
何故、この森に人がいる。
そして何故、自分たちを攻撃する。
意味がわからなかった。
瘴気が満ち溢れる森で暮らしているとでもいうのだろうか。
だが道中を振り返れば、人為的な痕跡はいくつもあった。
整備された道。
不自然に配置された障害物。
明らかに誘導するような地形。
つまり――彼らが仕掛けたのだ。
「お前たちは何者だ?」
警戒を込めて問いかける。
すると少年は落ち着いた様子で口を開いた。
「人に名を尋ねるなら、まず自分から名乗るべきじゃないか?」
「あ……これは失礼した」
アネモネは咳払いを一つして名乗る。
「あたしの名はアネモネ。国軍特殊作戦部隊隊長だ」
「俺はロイ。見ての通り魔術師だ」
「ルナはルナ! エルフの国の王女だよーっ!」
互いに名を名乗り合う。
だが、アネモネの思考は別のところに向いていた。
男の方――
とんでもない魔力量だ。
あたしの何倍ある。
……いや、それ以上かもしれない。
それほどまでに膨大だった。
そして、もう一人の少女。
可愛らしい容姿をした少女だが、
エルフという種族は聞いたことがない。
エルフの国?
そんな国も存在しない。
魔人族に似た特徴はあるが、それとも違う。
何より異常なのは――
魔力を一切感じないことだった。
魔術適性の無い人間でも、魔力そのものは持っている。
魔力が尽きれば人は死ぬ。
なのに目の前の少女からは、何も感じ取れない。
だが分身や傀儡には見えない。
確かに血の通った生物だった。
「聞きたいことは山ほどあるが……何故我らの邪魔をする?」
「それは、俺たちがこの森を根城にしているからだ」
アネモネはさらに混乱した。
つまり、この二人は本当にこの森で暮らしている。
遠くには小屋まで見える。
長期間生活している証拠だった。
「何故、瘴気に当てられても平気でいられる?」
「それを答えることはできない」
予想通りの返答だった。
瘴気への対処法を知られれば、この森への本格的な侵攻は避けられない。
彼らからすれば、瘴気を恐れられていた方が都合が良いのだろう。
言い分は理解できる。
だが――こちらにも退けない理由があった。
妹の命がかかっている。
無理にでも聞き出すしかない。
「そうか。それなら申し訳ないが――力づくで聞き出させてもらう!」
アネモネは剣を構え、一気に踏み込んだ。
まあ、そうなるだろうな。
俺はある程度予想していた。
彼女は、この寄せ集めの中では明らかに別格だった。
実力もあり、聡明であることは疑いようもない。
にも関わらず、自らこんな自殺同然の任務を望むとは思えない。
長時間この森へ留まり、任務を遂行しようとしている。
おそらく家族か何か、大切なものを人質に取られている。
なら、まずは対話から入るべきだろう。
「戦う前に教えてくれ。
あんたは何故、こんな命を粗末にする任務を受ける?
何か弱みを握られてるんじゃないのか?」
アネモネの動きが、一瞬止まった。
図星か。
だが次の瞬間には、再び踏み込んでくる。
「だからどうした!お前には関係ない!」
身体強化によって引き上げられた身体能力で、一気に間合いを詰めてくる。
速い。
敏捷性だけならカトレアの方が上だった。
だが剣技、判断力、身体強化を含めた総合力では、目の前の女戦士の方が上だ。
鋭い斬撃が襲いかかる。
俺は飛び退いて回避した。
今まで戦った剣士の中でも、ヴァントの山で戦った司令官に次ぐ実力だ。
構えに無駄がない。
フェイントも小細工もなく、
重く、速く、正確に、最短で斬ってくる。
軍人として洗練された剣だ。
同じ軍勢同士の戦いなら、恐ろしく強いだろう。
だが――洗練されすぎている。
あまりにも教科書通りの剣捌き。
無駄が無いからこそ、次の動きが読める。
下半身への身体強化を使い、
俺は我流の動きで、受け流すように回避していく。
変則的な動きへの対処が苦手なのか、
あるいは疲労の蓄積か。
アネモネの剣は、俺を捉えきれない。
そして彼女は、ルナへ一切攻撃を向けていなかった。
戦士としての矜持か。
それとも、人質となっている誰かと重なるのか。
「なんだこいつ……!
動きが速いわけでもないのに、捉えきれない……っ!」
焦りからか、太刀筋が乱れ始める。
このままでは消耗させられる。
剣だけでは埒が明かないと判断したのだろう。
「《豪炎球》!」
上級魔法。
俺の《火炎弾》とは比べものにならない火力だ。
だが――対抗手段はある。
「《水瀑流》!」
激流が炎を呑み込む。
こちらの方が等級は下。
それでも属性相性によって押し切った。
「なっ……あたしの《豪炎球》を!?」
アネモネは炎の適性しか持ち合わせていない。
水属性とは相性が悪い。
並の水魔法なら押し切れる威力はあったのだろう。
だが、俺の魔法も簡単に突破されるほど弱くはない。
本来なら、最低でも相手の体勢を崩せるほどの高威力の攻撃。
詠唱直後の隙など問題無かったはずだ。
だが完全に防がれたことで、致命的な隙が生まれた。
そこを狙う。
「《火炎弾》!」
アネモネは咄嗟に剣で斬り払った。
だが体勢が崩れる。
「しまったっ!」
それでも踏みとどまり、即座に防御体勢を取る。
身体強化を防御寄りへ集中。
被害を最小限に抑える動き。
それができるだけでも相当な実力者だった。
俺が今使える魔法の中で、最も瞬間火力が高い《火炎弾》でも、決定打にはならないだろう。
だが――魔法を使えるのは俺だけじゃない。
「ルナ、頼む!」
「了解! いっけぇぇぇぇ!《大火球》!」
「な……!?」
完全に意識の外からの攻撃だった。
アネモネは反応できない。
俺への防御に集中していた身体へ、大火球が直撃する。
アネモネの身体が吹き飛び、地面へ崩れ落ちた。
「どうして……魔力が一切無いのに、何故魔法が使える……」
掠れた声で問いかけてくる。
ルナは得意げに指輪を見せた。
「この指輪で、ルナの魔力がわからなくなるの!」
魔力隠蔽の魔道具。
元々は聖魔力を隠すためのものだった。
今でも、ルナは大切そうに身につけている。
「魔道具……だったのか……」
そこまで言い切る前に。
アネモネの意識は、静かに途切れた。




