進軍
女戦士たち国軍は、深淵の森の入口へと到着した。
相変わらず、禍々しい空気を放つ場所だ。
軍の何人かは、既に怖気づいてしまっている。
「だらしない。これだから男どもは」
女戦士は周囲を見回し、頭を抱えた。
所詮は烏合の衆。
最初から統率など取れていない。
こんな連中をまとめなければならないと思うと、先が思いやられる。
不本意ではあるが、あたしがこの部隊の隊長に任命されていた。
「全員、マスクを装着しろ!」
号令と同時に、兵士たちが一斉に手にしていたマスクを装着する。
空気中に漂う魔力への耐性を得るための魔道具だ。
妹から得られた研究データによれば、魔法耐性を持つ者は瘴気へ感染しづらく、仮に感染しても進行が遅くなることが判明している。
その結果開発されたのが、この対瘴気用の魔道具だった。
攻撃魔法への耐性はほぼ皆無。
だが、毒魔法や催眠魔法など、空気中に漂う魔力への防御だけに特化している。
これがあれば、瘴気も恐れる必要はない。
「皆の者、出撃だ!!」
森へ足を踏み入れる。
空気が重い。
肌にまとわりつくような不快感があった。
だが、身体に異常は感じない。
「……マスクの効力か」
ひとまずは安心した。
「飛行部隊!空中から索敵及び地形把握を行え!」
「御意!」
飛行部隊が飛行魔法で空へ舞い上がる。
これで森全体の構造を把握できる。
そう思っていた。
だが。
「うわああああああっ!!」
悲鳴と共に、飛行部隊が墜落してきた。
それも全員。
大半は地面へ叩きつけられ、そのまま絶命する。
「何が起こったっ……!?」
女戦士が驚愕の声を上げる。
「す、すいません……。
上空は靄のような霧に覆われていて、何も見えませんでした……!」
辛うじて息のあった兵士が報告した。
やはり瘴気か。
上空により濃く集まっており、マスクの耐性限界を超えたのだろう。
中毒症状による魔力制御の乱れ。
そう判断した。
「報告ご苦労。もう喋るな、休んでいろ」
女戦士は表情を引き締める。
やはり、この森は危険だ。
気を抜けばすぐに死ぬ。
実際には、《妨害魔術》の結界を通過した際、
内部と外部で魔力循環が断絶されたことによる魔力制御の乱れ。
さらに、植物が放つ微弱な魔力干渉によって飛行制御が破綻したことが原因だった。
だが、彼女たちにそれを知る術はない。
「全員、森の植物には不用意に触れるな!」
空気中の瘴気はマスクである程度防げる。
だが、植物内部に蓄積された瘴気を浴びれば、ただでは済まないはずだ。
一行は、先人が整備したように見える道を進んでいく。
周囲に障害物は少なく、歩きやすい。
「隊長!湖があります!
ここを渡れば近道できるかもしれません!」
「駄目だ」
女戦士は即座に否定した。
「水は空気の次に瘴気を溜め込みやすい。
体内へ入れば致命傷になる可能性が高い」
口と鼻はマスクで守られている。
だが水は違う。
皮膚からでも吸収される危険がある。
「面倒でも、道なりに進むぞ」
部隊はそのまま奥へ進んでいった。
「うわああああっ!!」
「ぐああっ、毒だ!毒があああ!!」
天然の罠に掛かり、植物毒を浴びる者。
地面が崩れ、落とし穴へ転落する者。
無理やり道をこじ開けようと魔法を放ち、味方ごと吹き飛ばす者。
部隊は既に散々な状態だった。
半数近くが離脱している。
「軟弱な奴らが……」
女戦士は舌打ちした。
あまりにも酷い有様だった。
唯一まともだった連絡係の正規兵も、
通信妨害を受けていることから、伝令のため引き返してしまった。
さらに瘴気の影響か、体調を崩す者も続出している。
危険任務へ送られたことへの不満も噴出し始め、士気は完全に低下していた。
――あたしだって。
妹のことが無ければ、今すぐ逃げ出したい。
数時間後。
一行は、ついにそれへ辿り着く。
「……なんだ、これは……」
そこにあったのは、見上げるほど巨大な大樹だった。
既に枯れている。
葉も無い。
生命の気配も無い。
それでもなお、圧倒的な存在感だけは失われていなかった。
まるで世界そのものを支えているかのような威圧感。
膨大すぎる魔力が周囲へ満ちている。
「これが……瘴気の元凶か?」
詳しいことは分からない。
だが、異常な魔力を放つ存在であることだけは確かだった。
この魔力が魔物へ作用し、瘴気を生み出しているのかもしれない。
「ならば、破壊するのみ!《豪炎球》!!」
上級炎魔法が放たれる。
轟炎が世界樹を包み込んだ。
だが、燃えない。
炎が消えた後も、焦げ跡一つ残っていなかった。
「なんなんだよ……規格外すぎるだろ……!」
瘴気。
それは、あまりにも巨大すぎる脅威だった。
原因らしきものは確認できた。
ならば撤退するべきだ。
そう号令を出そうとした、その瞬間。
「「《火球》!!」」
大量の火球が空から降り注ぐ。
初級魔法だ。
直撃したところで致命傷にはならない。
兵士たちは散開して回避する。
だが、火球が地面へ着弾した瞬間、
周囲に散らばっていた植物の種子が赤く発光した。
次の瞬間。
無数の爆発が連鎖する。
火属性の魔力に反応して破裂したのだ。
「各員、防御態勢を!」
指示は間に合わなかった。
爆炎が一斉に兵士たちを飲み込む。
「ぐあああああっ!!」
疲労と負傷で回避しきれなかった者たちが吹き飛ばされる。
咄嗟に防御魔法を展開できた数人だけが辛うじて立っていた。
だが、休む暇など与えられない。
「《水瀑流》」
滝のような激流が降り注ぐ、中級水魔法。
辛うじて立ち上がった兵士たちも、水流に飲み込まれていく。
それでも、数人の猛者だけは耐え抜いた。
しかし。
「《烈風破》!」
暴風が唸りを上げる。
水でぬかるんだ地面に足を取られ、回避できず吹き飛ばされる者。
咄嗟の詠唱が間に合わず、相殺できない者。
通常なら避けられる程度の魔法。
だが、長時間の行軍による疲労。
絶え間ない精神消耗。
そして、見えない位置からの不意打ち。
その全てが積み重なっていた。
気付けば、立っているのは、あたし一人だけだった。
目を凝らすと、遠くに人影が見える。
「誰だ!姿を現せ!!」
怒声が森へ響く。
その直後、木々の奥で、ガサリ、と葉が揺れた。
現れたのは、魔術師の少年。
そして、可愛らしい他種族の少女だった。




