弱み
俺たちは迷路づくりに取り掛かった。
ウキウキしながら構想を練る。
「まずはここに、これを置いて」
「おお、いいな。じゃあここにこれはどうだ?」
まずは土壁を使い、空間を区切っていく。
何層も重ねることで、万が一壁に穴を開けられても、すぐ先に道があることを悟られにくくできる。
もちろん、そのままでは人工物だと分かってしまう。
そうなれば、真っ先に破壊されるだろう。
そこで、土壁の周囲を植物で覆うことにした。
魔力を吸収して育つ植物を壁際へ植え直し、水球で水分と魔力を注ぎ込む。
すると、みるみるうちに植物が成長し、土壁を覆い隠していった。
強力な魔法までは防げない。
だが、低級魔法程度なら吸収してくれる。
この植物は低級魔法耐性装備の素材として使われるほど、
魔力耐性に優れているのだ。
これなら、土壁の防御としても十分役立つ。
「「《大火球》!」」
ルナと二人で火球を撃ち込み、地面を爆ぜさせる。
轟音と共に土が吹き飛び、広範囲に巨大な穴が掘り起こされていった。
「《水瀑流》!」
続いて放ったのは、水の中級魔法。
滝のような激流が空から降り注ぎ、穿たれた穴を満たしていく。
やがてそこには、大きな人工湖が出来上がっていた。
「うわぁ……!大きい湖だー!」
ルナが目を輝かせる。
もちろん、泳いで渡ることもできるだろう。
飛行魔法で越えられる可能性もある。
だが、侵入者側からすれば、水棲魔物の存在や、瘴気に侵された水の危険性を警戒するはずだ。
わざわざ水上を進もうとは思わないだろうし、水上で外部へ魔術による連絡を行う危険性も低い。
他にも、植物を利用した罠。
水球と土壁を組み合わせた沼地。
巧妙に隠した落とし穴。
道と道の境目には植物を密集させ、時には土砂の山を置き、行き止まりを作る。
さらに、こちらの存在を悟られにくくする細工も施した。
入口付近には、人の手で整備されたような道をあえて作る。
先駆者が切り開いた道だと思わせれば、
侵入者は自然とそこを進む可能性が高くなる。
逆に、奥へ進むほど人工の道には植物や土砂を配置し、
長らく放置された道に見せかける。
そして最後は、完全な自然地帯。
人工の痕跡そのものを消し、本格的な迷路へと変えていく。
上空から見られる危険についても考慮済みだった。
瘴気は上空に溜まりやすい性質がある。
高度ほど危険性が増す。
既に瘴気は無いが、それを知る由もない。
加えて、森に自生する植物が放つ微弱な魔力には、魔力制御を乱す性質がある。
さらに入口付近だけ妨害魔術の結界高度を低く設定しておけば、
侵入者側に「上空からの索敵が妨害されている」と誤認させることもできる。
上空からの索敵は入口で行うのが基礎中の基礎。
安全を確保しつつ、攻略を有効に進める王道手段。
それを逆手に取る。
付け焼き刃の迷路ではある。
だが、目的は完璧な防衛ではない。
森の外へ状況を伝達させないこと。
情報を持ったまま生きて帰さないこと。
それを考えれば、十分すぎるほどだった。
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その頃、人間の国。
「あなたに召集令状が届いております」
病院の一室。
病床を見守っていた女戦士の前に、国軍の使者が現れた。
令状を読んだ瞬間、少女は激昂する。
「ふざけるな……深淵の森に侵攻だと!?」
命を軽んじているとしか思えない命令だった。
瘴気が満ちるあの森へ足を踏み入れるなど、自殺行為に等しい。
病床で眠る少女。
彼女の妹だ。
妹は瘴気に侵され、精気を奪われ続けている。
元々は治療部隊に所属しており、負傷兵の治療を担当していた。
だが、その中に瘴気へ侵された兵士が紛れ込んでいた。
結果、その場にいた全員が感染した。
当然、兵士も治療部隊も全員殺処分された。
妹を除いて。
研究材料として。
そして、この女戦士――国内有数の実力者を縛る弱みとして。
「お従いいただけない場合、妹さんの命の保証はできませんよ」
「……っ!?」
少女は唇を強く噛み締めた。
瘴気汚染は不治の病とされている。
助かる見込みなど、ほとんど無い。
伝承では、聖魔法と呼ばれる力で浄化できるらしい。
だが、そんな使い手に心当たりはなかった。
噂では、とある宗教団体の修道院長が、僅かな聖魔力を宿す
奇跡の存在だと言われている。
だが、それも真偽不明の与太話に過ぎない。
仮に接触できたとしても、治療してもらえる保証はない。
そもそも、本当に治療可能なのかすら分からない。
「……分かった。従えばいいんだろ」
少女は低く吐き捨てる。
「妹は、妹の身の保証はしてくれるんだよな?」
「ええ、もちろんですとも。
その程度、我々にとって何の負担にもなりません」
それでも、妹を助けたかった。
僅かでも、生き残る可能性に縋りたかった。
唯一残された私の家族。
深淵の森から帰って来られないかもしれない。
だが、もし瘴気の秘密に辿り着ければ。
あるいは、治療法の手掛かりを掴めるかもしれない。
「待ってろ……絶対に治す方法を見つけるから」
病床の妹へ優しく声をかける。
そして女戦士は、静かに病室を後にした。
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「……国軍、動き出したか」
ロイは変身魔術で姿を変え、国軍拠点を見渡せる場所へ潜伏していた。
双眼鏡を覗く。
視界の先には、およそ百人規模の部隊。
だが隊列を見る限り、統率は甘い。
正規軍とは思えなかった。
目的は深淵の森の調査。
つまり、瘴気を外へ持ち出させないための使い捨て。
囚人や罪人を寄せ集めた烏合の衆なのだろう。
注意すべきは、一部に混ざっている連絡係の正規兵くらいか。
とはいえ、この距離ではそれ以上の詳細までは掴めない。
近づけば感知される危険もある。
情報によれば、瘴気の影響が最も薄まるのは早朝とされているようだ。
侵攻が始まるとしても、早くて明日の朝だろう。
ロイは双眼鏡を下ろす。
そして、迫り来る脅威を迎え撃つため、深淵の森へと戻っていった。




