五大国会議
根源の問題が去った今――
俺たちは、新たな問題に直面していた。
「本当に……瘴気が消えたんだな」
深淵の森の空気は、
かつてとは別物になっていた。
重苦しく淀んでいた瘴気は、
もうどこにも存在しない。
澄んだ風が木々を揺らし、
森には静かな生命の気配が満ちている。
根源を封印したことで、
瘴気そのものが完全に消滅したのだ。
――だからこそ危険だった。
この豊かな土地を、
五大国が放っておくはずがない。
結界の異変についても、
恐らく既に各国上層部へ伝わっているだろう。
今はまだ、
不可侵条約という枷によって均衡が保たれている。
だがそれも時間の問題だ。
「できれば……ルナには、この森で暮らしてほしいんだけどな」
母との思い出が残る場所。
ようやく取り戻した居場所。
だからこそ、
何か手を打っておきたかった。
ルナは、もう聖魔法を使えない。
母から受け継いでいた聖魔力も、
あの戦いで完全に失われた。
だからといって、
魔法そのものが使えなくなったわけではない。
俺の魔力が、
今もルナの中に残っている。
「《火球》~!」
ぽん、と小さな火球が飛び出す。
威力こそ弱いが、
ちゃんと発動していた。
「おお、成功したな」
「えへへー!」
まだ身体に完全には馴染んでいないのか、
制御には苦労している。
だがルナは、
元々とんでもない魔法センスの持ち主だ。
そのうち、
すぐ自在に扱えるようになるだろう。
そして――
それに関連して、
俺には別の悩みも生まれていた。
《ステータス開示》
半透明の画面が目の前に浮かぶ。
改めて見ても、
俺の基礎能力値は平均より低い。
これだけの戦いを経験したというのに、
上昇幅は微々たるものだった。
だが、
問題はそこじゃない。
属性欄。
元々は、
火、水、風、土。
人間が扱える一般的な四大属性だけだった。
だが今は違う。
『聖・穢・闇』
その三文字が、
新たに追加されていた。
「……なんだよ、これ」
フードの商人に、
聖魔力を感じると言われた時。
あの時確認したステータスには、
こんな表示はなかった。
つまり――
根源と、
ルナの母エリス。
封印した二人の魔力が、
俺の中へ取り込まれているということだ。
さらに、
スキル欄にも変化があった。
「封印術」の説明文に、
新しい一文が追加されている。
『封印したものの魔力を得る』
「……進化したのか?」
魔法創造で生み出した魔法が、
戦いを経て進化したのだ。
「こんなこと、あるのか……」
闇属性については、
恐らく変異ヒドラのものだろう。
新月の夜になるたび、
身体の内側を何かが這い回るような感覚がある。
封印術の制約。
精神が闇へ侵されていくような、
あの苦痛。
しかも今回は、
根源まで封印した。
次の新月に何が起きるのか。
想像もつかない。
「どうなっちまうんだろうな……」
不安だけが募っていった。
反対に森での生活自体は順調だった。
図書館で読んだ建築本を参考にしながら、
ルナと一緒に資材を集める。
木を切り、
石を運び、
試行錯誤しながら小さな小屋を建てた。
「うわぁ、お家だー!ルナたちのお家~♪」
「そうだな……感無量だ」
キャンプ用のテントより少しマシ。
そんな程度の、
粗末な掘っ立て小屋。
それでも、
俺たちにとっては大切な帰る場所だった。
胸の奥が熱くなる。
前世では、
こんな感情を抱ける場所なんてなかった。
「この森を……この場所を守らなきゃな」
自然と、
そんな言葉が漏れていた。
その頃――
五大国では、
深淵の森についての緊急会議が開かれていた。
「結界に破損が見つかった件は、既に周知されていると思うが」
口火を切ったのは、
獣人国の王だった。
「ああ。こちらでも把握している。しかも外側ではなく、内側から壊れていたそうだな」
竜人国の王が腕を組みながら答える。
「異様な瘴気で、中の様子は確認できなかったらしいぞ」
魔人国の王も険しい顔を浮かべていた。
「お外に漏れ出して、誰か呪われてないといいのだけれど……」
不安げに呟いたのは、
人魚国の女王だ。
本来であれば、
国家機密級の情報。
だが今回は完全なイレギュラーだった。
どの国も、
積極的に情報共有を行っている。
――ただ一人を除いて。
「ふん。そんなに気になるなら、兵でも送り込めばいいだろう」
椅子にふんぞり返り、
傲慢に言い放ったのは人間国の王。
五大国最強の国。
ゆえに、
他国も強く出られない。
「不可侵条約をお忘れですかな」
獣人国の王が低く言う。
「それに瘴気だ。呪いを外へ出す気か?」
竜人国の王も睨みつける。
だが人間国の王は鼻で笑った。
「結界の状況を知りたいのは、どの国も同じだろう?
なら互いの利益のため、特例を認めるべきじゃないか?」
正論だった。
誰も即座には否定できない。
「しかし、呪いについてはどうするおつもりです?」
今度は魔人国の王が問いかける。
すると人間国の王は、
まるで些事のように言った。
「使い捨てればいいだろう。
調査団に中の報告だけ送らせて、外へ出る前に始末すれば済む話だ」
空気が凍りつく。
「囚人でも傷持ちでも使えばいい。恩赦や報酬をちらつかせれば喜んで従うだろ」
その言葉に、
他国の王たちの表情が変わった。
「……貴様、自国民を何だと思っている」
獣人国の王が怒気を滲ませる。
「そうよ、あまりにも横暴だわ」
人魚国の女王も声を荒げた。
民を何より大切にする二国にとって、
その考えは到底受け入れられるものではない。
だが――
「ふーん?」
人間国の王が口角を吊り上げる。
「なら先に、お前らの国へ攻め込んでもいいんだぞ?」
脅迫。
もはや王とは思えない物言い。
だが、
それでも成立してしまう。
人間国は、
それほど圧倒的な軍事力を持っていた。
「……失礼した」
両国王が、
悔しげに矛を収める。
国民を守るためには、
ここで衝突するわけにはいかなかった。
「本当は今すぐ兵を送り込みたいんだがなぁ」
人間国の王は退屈そうに頬杖をつく。
「準備に時間がかかるのが面倒だぜ」
その姿に、
他国の王たちは苦々しい表情を浮かべるしかなかった。
平穏を取り戻したはずの深淵の森へ――
新たな脅威が、
静かに迫っていた。




