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魔法を願った少年  作者: 彩音りあ
第二章 深淵の森
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思念

 防戦一方。

 そんな生易しい状況ですらなかった。

 まるで歯が立たなかった。

 攻撃は通じず、防御も簡単に破られる。

 時間を稼いだところで状況は悪化するだけだ。

 完全に手詰まりだった。

 このまま黙ってやられるしか無いのだろうか。


 ……いや、まだだ。

 諦めるな、何かあるはずだ。

 無力な自分の使えるすべてを注ぎ込む。

 知識や経験、持てる手札をすべて使う。

 今まで創造した魔法を思い出す。

 その中で、唯一可能性があるもの。


 《封印術》

 あれしかない。

 だが、ヒドラの時のような隙は存在しない。

 近づく前に殺される。

 仮に発動できても、回避されれば終わりだ。


 なら方法は一つだ。

 先にルナの聖魔法で、跡形もなく消し飛ばす。

 急所を貫くだけじゃ足りない。

 肉体そのものを完全に浄化する。

 そして再生が始まるその瞬間。

 根源が形を持つ一瞬だけを、封印する。

 成功率など、万に一つあるかどうか。

 それでも。


「僅かでも可能性があるなら……諦めるわけにはいかない!」


 自分を奮い立たせる。

 問題はルナだった。

 受動的に聖魔法を発動させるため、危険へ晒すわけにはいかない。

 聖魔法の使い方を思い出していることに賭けるしかない。

 その間、俺が時間を稼ぐ。


「《土円蓋(ダートドーム)》!」


 半球状の土壁が展開される。


「おやおや。さっきの結果を見てなかったのかい?」


 少年が嗤う。


「無駄だよ」


 穢れの羽が、容易く土円蓋を貫いた。

 崩れた土砂が周囲へ飛び散る。


「……ちっ、逃げたか」


 そこに俺たちの姿はない。


「まあ、どこへ逃げようと無駄なんだけどね」


 少年は興味なさそうに呟いた。


 その頃。

 俺は土煙に紛れ、ルナを抱えて洞窟へ飛び込んでいた。


 住処としていた洞窟。

 複数設けた入口の中の一つ。

 世界樹から見て、植物に隠れる死角位置に作った場所だ。

 入口は土壁で塞いだ。

 外から見れば、ただの岩肌にしか見えない。


 《身体強化》

 全力で脚へ魔力を流し込む。

 さらに。


 《風起こし(ウィンド)

 背後へ風を放ち、強引に加速する。


 カトレアには及ばないが、あの速さに少しだけ近づけている。

 恐らく魔力感知で居場所はいずれ割れる。

 それでも、少しでも時間が必要だった。


「……ルナ」


 腕の中で、ルナが苦しそうに呼吸している。

 かける言葉が見つからない。

 洞窟の奥へ寝かせる。

 少しでも楽な体勢になるよう、そっと頭を支えた。


 《ヒール》

 意味がないのはわかっていた。

 傷ではない。

 記憶の封印による苦痛。

 回復魔法ではどうにもならない。

 それでも、何もしないよりはましだった。

 無力さが歯痒い。

 拳を強く握りしめた。


-----------------------------------------------------------


 一方。

 世界樹の前では。


「さて……五大国の連中をどうしてやろうか」


 エルフの少年が、瘴気を吸い込みながら嗤う。

 ロイもルナも、既に眼中にない。

 居場所は感知している。

 いつでも殺せる。

 だからこそ、意識はその先へ向いていた。


 復讐。

 数百年積み重なった怨嗟。


「苦痛だけじゃ足りないなー。

 奪われる側の絶望を、理解させないと」


 静かな声だった。

 しかし、その静かさに反して、宿る憎悪は、底なしだった。


「さてどうしてやろうか」


 最も絶望させられる手段を思案していたが、思うように浮かばない。


「……ああ、なんだか腹が立ってきた」


 瘴気が揺らぐ。


「そろそろ殺しに行こうか」


 黒い翼を広げて飛び立つ。


-----------------------------------------------------------


「……気づかれた!」


 穢れの魔力が動き出す。

 真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 距離はあったはずなのに一瞬で詰めてくる。

 ルナはまだ苦しんでいる。


「まずはお前から死ねぇぇぇぇ!!」


 無数の穢れの羽が迫る。

 土壁で防ぐか。

 いや、身体強化で回避するか。

 どちらも駄目だ、防ぎ切れない。

 死を直感した。

 それでもよかった。

 ルナを守れるなら。


 ……いや、違う。駄目だ。

 俺が死ねば、ルナはまた一人になる。

 孤独、そして憎しみに囚われる。

 その先に待つのは、また新たな怨嗟の連鎖。

 ヒドラも解き放たれ、世界は混沌に沈む。

 カトレアだって無事では済まない。

 だから俺はルナを信じる。


「あああああああああああっ!!」


 光が集約し、解き放たれる。

 エルフの少年の身体が、木っ端微塵に消し飛ぶ。

 防衛反応。

 だが今回は、ルナ自身への危機じゃない。

 俺を守ろうとした。

 その意志が、無意識に聖魔法を発動させた。


「今だっ!《封印術》!!」


 魔力の鎖を放つ。

 狙うのは世界樹頂上から漏れ出す怨嗟の根源。

 瘴気が再生を始める前に封じる。

 これで勝てる、そう思った。

 だが。


「……え?」


 鎖が、すり抜けた。

 触れられなければ封印できない。

 根源には実体が存在しなかった。

 意思か概念か、あるいは怨念そのもの。

 この世界の理から外れた存在。

 魔力ですら、干渉できない。

 世界樹の魔法陣だけが、唯一の檻だったのだ。


「なんで……こんなの……」


 膝から崩れ落ちる。

 絶望が胸を潰す。


「ふふっ……だから言っただろう?」


 声が響く。

 砕け散ったはずの肉片が、瘴気を吸い寄せ始める。

 骨が生まれ、肉が繋がり、皮膚が再生する。

 やがて、傷一つない姿で、エルフの少年が立っていた。


「無駄だってね」


 嗤う姿を見て、全身から力が抜けた。

 勝てない。

 こんな化け物、どうすればいいのか。


「さて」


 少年がこちらを見る。


「そろそろ聖魔力を貰おうかな」


 興味を失ったように、俺から視線を外す。

 狙いはルナに向けられた。


「させるかっ!!」


 それでも身体を動かす。

 恐怖で震える脚を、気力だけで前へ出した。


「邪魔」


 穢れの羽が、俺の身体を貫いた。

 遅れて激痛が襲い、視界が揺れる。

 そのまま地面へ崩れ落ちた。


「聖魔力、いただきまーす」


 少年の身体が霧のように崩れる。

 実体を解除したのだ。

 黒い怨嗟が、ルナへ流れ込んでいく。

 止められない。

 声も出ない。

 防衛反応も起きない。

 光は現れなかった。


 黒い怨嗟は、そのままルナの中へ吸い込まれていった。

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