思念
防戦一方。
そんな生易しい状況ですらなかった。
圧倒的だった。
攻撃は通じず、防御も簡単に破られる。
時間を稼いだところで状況は悪化するだけだ。
完全に手詰まりだった。
このまま黙ってやられるしか無いのだろうか。
……いや、まだだ。
諦めるな、何かあるはずだ。
無力な自分の使えるすべてを注ぎ込む。
知識や経験、持てる手札をすべて使う。
今まで創造した魔法を思い出す。
その中で、唯一可能性があるもの。
《封印術》
あれしかない。
だが、ヒドラの時のような隙は存在しない。
近づく前に殺される。
仮に発動できても、回避されれば終わりだ。
なら方法は一つだ。
先にルナの聖魔法で、跡形もなく消し飛ばす。
急所を貫くだけじゃ足りない。
肉体そのものを完全に浄化する。
そして再生が始まるその瞬間。
根源が形を持つ一瞬だけを、封印する。
成功率など、万に一つあるかどうか。
それでも。
「僅かでも可能性があるなら……諦めるわけにはいかない!」
自分を奮い立たせる。
問題はルナだった。
受動的に聖魔法を発動させるため、危険へ晒すわけにはいかない。
聖魔法の使い方を思い出していることに賭けるしかない。
その間、俺が時間を稼ぐ。
「《土円蓋》!」
半球状の土壁が展開される。
「おやおや。さっきの結果を見てなかったのかい?」
少年が嗤う。
「無駄だよ」
穢れの羽が、容易く土円蓋を貫いた。
崩れた土砂が周囲へ飛び散る。
「……ちっ、逃げたか」
そこに俺たちの姿はない。
「まあ、どこへ逃げようと無駄なんだけどね」
少年は興味なさそうに呟いた。
その頃。
俺は土煙に紛れ、ルナを抱えて洞窟へ飛び込んでいた。
住処としていた洞窟。
複数設けた入口の中の一つ。
世界樹から見て、植物に隠れる死角位置に作った場所だ。
入口は土壁で塞いだ。
外から見れば、ただの岩肌にしか見えない。
身体強化。
全力で脚へ魔力を流し込む。
さらに。
《風起こし》
背後へ風を放ち、強引に加速する。
カトレアには及ばないが、あの速さに少しだけ近づけている。
恐らく魔力感知で居場所はいずれ割れる。
それでも、少しでも時間が必要だった。
「……ルナ」
腕の中で、ルナが苦しそうに呼吸している。
かける言葉が見つからない。
洞窟の奥へ寝かせる。
少しでも楽な体勢になるよう、そっと頭を支えた。
《ヒール》
意味がないのはわかっていた。
傷ではない。
記憶の封印による苦痛。
回復魔法ではどうにもならない。
それでも、何もしないよりはましだった。
無力さが歯痒い。
拳を強く握りしめた。
一方。
世界樹の前では。
「さて……五大国の連中をどうしてやろうか」
エルフの少年が、瘴気を吸い込みながら嗤う。
ロイもルナも、既に眼中にない。
居場所は感知している。
いつでも殺せる。
だからこそ、意識はその先へ向いていた。
復讐。
数百年積み重なった怨嗟。
「苦痛だけじゃ足りないなー。
奪われる側の絶望を、理解させないと」
静かな声だった。
しかし、その静かさに反して、宿る憎悪は、底なしだった。
「さてどうしてやろうか」
最も絶望させられる手段を思案していたが、思うように浮かばない。
「……ああ、なんだか腹が立ってきた」
瘴気が揺らぐ。
「そろそろ殺しに行こうか」
黒い翼を広げて飛び立つ。
「……気づかれた!」
穢れの魔力が動き出す。
真っ直ぐこちらへ向かってくる。
距離はあったはずなのに一瞬で詰めてくる。
ルナはまだ苦しんでいる。
「まずはお前から死ねぇぇぇぇ!!」
無数の穢れの羽が迫る。
土壁で防ぐか。
いや、身体強化で回避するか。
どちらも駄目だ、防ぎ切れない。
死を直感した。
それでもよかった。
ルナを守れるなら。
……いや、違う。駄目だ。
俺が死ねば、ルナはまた一人になる。
孤独、そして憎しみに囚われる。
その先に待つのは、また新たな怨嗟の連鎖。
ヒドラも解き放たれ、世界は混沌に沈む。
カトレアだって無事では済まない。
だから俺はルナを信じる。
「あああああああああああっ!!」
光が集約し、解き放たれる。
エルフの少年の身体が、木っ端微塵に消し飛ぶ。
防衛反応。
だが今回は、ルナ自身への危機じゃない。
俺を守ろうとした。
その意志が、無意識に聖魔法を発動させた。
「今だっ!《封印術》!!」
魔力の鎖を放つ。
狙うのは世界樹頂上から漏れ出す怨嗟の根源。
瘴気が再生を始める前に封じる。
これで勝てる、そう思った。
だが。
「……え?」
鎖が、すり抜けた。
触れられなければ封印できない。
根源には実体が存在しなかった。
意思か概念か、あるいは怨念そのもの。
この世界の理から外れた存在。
魔力ですら、干渉できない。
世界樹の魔法陣だけが、唯一の檻だったのだ。
「なんで……こんなの……」
膝から崩れ落ちる。
絶望が胸を潰す。
「ふふっ……だから言っただろう?」
声が響く。
砕け散ったはずの肉片が、瘴気を吸い寄せ始める。
骨が生まれ、肉が繋がり、皮膚が再生する。
やがて、傷一つない姿で、エルフの少年が立っていた。
「無駄だってね」
嗤う姿を見て、全身から力が抜けた。
勝てない。
こんな化け物、どうすればいいのか。
「さて」
少年がこちらを見る。
「そろそろ聖魔力を貰おうかな」
興味を失ったように、俺から視線を外す。
狙いはルナに向けられた。
「させるかっ!!」
それでも身体を動かす。
恐怖で震える脚を、気力だけで前へ出した。
「邪魔」
穢れの羽が、俺の身体を貫いた。
遅れて激痛が襲い、視界が揺れる。
そのまま地面へ崩れ落ちた。
「聖魔力、いただきまーす」
少年の身体が霧のように崩れる。
実体を解除したのだ。
黒い怨嗟が、ルナへ流れ込んでいく。
止められない。
声も出ない。
防衛反応も起きない。
光は現れなかった。
黒い怨嗟は、そのままルナの中へ吸い込まれていった。




